平塚とシャルが街に帰れたのは日付もとうに変わった深夜だった。
人気のない路地を音をたてないように歩く。
つい昨日まで雪山にいたはずなのに、夜の街はどこか寒く感じられ、シャルは大きく身震いする。
街灯に紛れるように、魚屋鯲の看板がぼんやりと照らされている。
「ちょっと寄るから。荷物、ここに置いて行くよ」
背負った荷物を静かに地面に下ろし、平塚は店の奥へと歩いていく。シャルは戸惑いつつも平塚の後について行く。
薄暗く長い廊下を歩き、扉を開けた先にあった螺旋状の階段を下る。
どの程度下ったのだろうか、とシャルがそう思ったとき、奇妙な音をシャルの耳が捉えた。
カン、カンと一定のリズムで打ち鳴らされる金属同士がぶつかる音。
その音が階段を下る度に徐々に大きくなっていく。
下り終えた時、そこに広がっていた光景。それは。
赤々と煮えたつ巨大な炉から取り出した金属を金槌で叩く。
その度に耳をつんざくような音と共にオレンジ色の火花が散る。
その金槌を振るう腕には無駄な筋肉など一切なく、その腕は大きな金槌を乱れることなく振るい続ける。
「ここって……」
シャルが掠れた声で口にした言葉を、平塚が口に人差し指を当てて抑える。
どうやら、終わるまで待てということらしい。
しばらくして、金属音が鳴り止み、水に浸けた金属がジュウッという音ともに水を焦がす。
「こんばんはー、鰻さんいる?」
平塚がそのタイミングを逃さずに声をかける。
平塚の声に振り向いた職人の顔に、シャルは驚愕の声をあげる。
「えっ!お、女の人……?」
赤銅色に焼けた肌に白いタンクトップ、黒のぶかっとした作業着といった中性的な出で立ちだが、出るところがちゃんと出ている。
れっきとした女性であった。切れ長の目にスラッとした鼻という、全体的に整った顔。
「いらっしゃい。親父ならまだ奥でゴソゴソやってるよ」
頭に巻いていたタオルをほどき首にかけると、長い金髪がばさりとおりる。
「ありがとう。佳那さんは今の今まで?」
「うん。もうすぐ祭りだから武器新調したいっていう依頼が多くてね。最近はずっと寝不足だよ」
どうやら本当なのだろう、佳那と呼ばれた女性は両腕を上にあげて大きく伸びをする。
「それで……その子は?」
そう言って、佳那は煙草を咥えて火を着ける。
「あー、初対面だよね。ほら、シャル」
平塚に言われてシャルはお辞儀をしながら挨拶する。
「あ、あの、シャルロットって言います!この度、遥斗さんとコンビ組ませていただくことになりました!」
煙草の煙を吐き出しながら、佳那はシャルの顔をまじまじと見つめながら笑う。
「おお、元気良いね。アタシは鰻佳那。そっか。君が噂の遥斗のパートナーか……誰とも組まなかったあの遥斗がねぇ?」
「うるっせぇよ。組まなかったじゃなくて組めなかったんだっつの」
平塚がそう訂正すると、佳那は肩を竦めながら煙草の灰を落とす。
「はいはい」
「聞く気ねぇだろ……」
平塚の意見を受け流して、佳那は楽しそうに笑う。
平塚はがっくりと項垂れるが佳那は平塚の様子を見てまた笑う。
「そういえば親父になんか用があるんじゃねぇの?」
「あ、そうだった。頼んでたもの出来上がったか見てくるわ。その間、シャルの事お願いしていい?」
そう言われた平塚は工房の奥に歩を進めようとするが、佳那に呼び止められる。
「えー、アタシもう風呂入って寝たいんだけど」
「んじゃシャルも一緒に入れて貰える?ここの風呂広いじゃん」
「……まぁ、良いけど……。パートナーがどんな子なのかちゃんと見ておきたいし」
そう言われて佳那は渋々といった体で引き受ける。
「じゃあシャル、また後でね」
「あっ、はい!」
平塚はシャルに小さく手を振って、奥へと歩いていく。
「んじゃあシャルちゃん、だっけ?」
そう言って、佳那が平塚に手を振り返したシャルの肩を抱く。
「は、はい」
「お風呂行こっか。裸の付き合いってやつ」
「は、裸!?」
抱かれたシャルが赤面する。
「れっつごー!おー!」
「お、おー?」
などと、肩を組んで腕を上に突き上げながら、二人は工房を後にする。