「鰻さーん」
平塚が奥の扉を開けると、髭面の男が振り返って見せた。魚屋の店主、鰻だ。
「おう、遥斗くん。久しぶり。とは言っても、一週間ぐらいかな?」
「はい。これ、頼まれてた物です」
そう言って、平塚は小包を鰻に渡す。
「あぁ、これこれ。これがなくちゃ完成しないからね」
受け取った小包を開きながら、鰻はハハッと笑って見せる。入っていたのは良質な木の最も頑丈な部分。
「ということは、大体は完成してるんですか?」
「あぁ、とはいっても全体の八割くらいだけどね。今回は物が物だから」
少しばかり皮肉を言ってから鰻は書類を広げる。平塚が魚を買いに来たときに渡した書類だ。
「無理言ってすみません」
平塚の謝罪を笑い飛ばしながら、鰻は小包から出した木の板を書類通りに整形する。
「良いんだよ謝らなくて。俺はただの武器好きの魚屋で、遥斗くんはお得意さんなんだから」
そう言いながら、鰻は整形した木を鑢にかける。表面を削りすぎないようにゆっくりと丁寧に。
「あの子……シャルちゃんって言ったっけ。あの子のための物だよね?これ」
平塚が肯定すると、鰻は一息ついてから木にニスを丁寧に塗っていく。
「俺の作ったコイツで、あの子が何をしてくれるのか。非常に楽しみだよ。……はい。あとは乾かして取り付ければOK。メンテナンスと調整はこっちでやっておくから」
「ありがとうございます」
平塚が礼を言うと、指についたニスをタオルで拭きながら鰻は静かに笑う。
「あぁそうだ、風呂、入っていきなよ」
突然の鰻の風呂入って行け宣言に、平塚は戸惑う。
「え、あの」
断ろうとでも思ったのか、鰻が顔を顰めようとするので
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
と。思わず平塚は風呂入って行きます宣言をしてしまった。
一方。
家の風呂というには大き過ぎる浴槽に張った大量のお湯。
地下の炉の熱を適度に逃がすために温泉があるのだというのだが。
そのお湯にざぶんと浸かるシャル。少し熱めのお湯が全身を包みこむ。
「……はぁ~」
思わずでた声に頬を赤らめるシャル。
「どうだい?気持ちいいだろ」
そう言った少しばかりハスキーな声は、洗い場で体を洗う佳那からだった。
引き締まった身体は思わず感嘆の声が出るほど美しく、それでいて胸や尻など、女性らしさを感じさせる部分はちゃんと出ている。
「毎日この時間だけが楽しみでさ。鉄と親父に囲まれた生活での唯一のオアシスと言っても過言じゃないんだよねぇ」
ぼやきながら佳那は全身をシャワーで洗い流す。背中についた泡が水流に流され、下に落ちていく。
傷痕。
左肩口から背中にかけての大きな傷。ほとんど目立たないが、やはり焼けた肌と比較すると違う。
シャルは見なかった事にしようと目をそらす。が。
「背中の傷、やっぱ目立つよね」
そう聞きづらいことを平然と言いながら、佳那はお湯に浸かる。
微妙な空気が二人の間を流れる。
「………アタシさ。8年前のあの日、遥斗たちの戦いから逃げ遅れたんだ。もっと早くに逃げるべきだったのに、馬鹿だよね。瓦礫の下敷きになって、不思議な光が見えてさ。もう死ぬんだと思った」
「でも、アイツが、遥斗が助けてくれたんだ。遥斗が、アタシを生かしてくれたんだ」
そう言って、佳那は弱々しく微笑む。
「じゃあ、その傷は……」
「そう。遥斗が治してくれたんだ。でも、酷い傷でね……どうしても傷痕が残っちまった」
シャルはそっとその傷痕に触れる。
「ハハハ、くすぐったいよ」
「どうして、私にその話を?」
シャルの質問に、佳那は頬をぽりぽりと掻いてから答える。
「んー、この話するとさ、大抵の人は“大変だったねー”とか、そんな事を言ってくるようなもんなんだけど。でも、たまにアンタみたいになにも言わずに傷痕に触ってくる人がいるんだ」
「アンタの反応を試したのさ。前者ならそれっきり、後者なら末長い付き合いをしようってのがアタシの信条でね」
そう言って、佳那はカラカラと笑って見せる。
シャルはお湯のなかに頭を突っ込んで、息を吐き出す。泡となって水面で弾ける。
「ど、どうしたの?」
息を吐ききって、水面から顔を上げたシャルに佳那が聞く。
「……なんだか最近、試されることが多くって……」
そう答えたシャル。その言葉は、シャルの本心だった。
「た、大変だったね……あっ」
「……ふっ」
二人は朗らかに笑う。
二人の笑い声が月夜の寒空にこだまする。