夜明けの明るんだ空にすっかり薄くなった月がぼんやりと浮かぶ朝
。
赤ん坊の泣く声がする。
ほぎゃあ、ほぎゃあ、と力一杯泣く声が。
だが。
「__忌み子だ」
最初に、誰かが言った。
周りの大人達は赤ん坊の姿を見るなり口々にそう言った。
「__なんて事だ、このアマ、忌み子を産みやがった!」
赤ん坊の父親らしき男が、出産を終えたばかりの母親を指差し、畏怖と失意の念を含んだ震える声でそう叫んだ。
周囲もそれに同調し、人々は声を荒げる。
赤ん坊の身体は。髪は雪のように白く、瞳は血のような紅だった。
「う……ぅうぅぁぁぁあぁぁぁ…………!」
母親が悲痛な叫びをあげ、自身の頸を両手で掴むと、ガクンという音と共に崩れ落ちる。
突然の出来事に産婆が短い悲鳴をあげる。
「あ、あああああああああああああああ!!!うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
正気を失った父親が叫び声と共に外に飛び出して行き、暫くしてどこか遠くで何かが転げ落ちる音がした。
辺りに冷たい空気と沈黙がたちこめる。
一人、泣く赤ん坊を遺して。
その日の真夜中。朝の騒ぎを聞きつけた村の大人達が村長の家に集まった。
「忌み子……じゃが、この子を捨て置くことは出来んだろうのう」
「しかし、長老!この子を育てるというのですか!?」
「忌み子を殺すという事はこの月の村の掟を破るという事じゃ。それに、この子に罪はない」
「儂が育てよう。」
「では、儀式に?」
「それは経過を見てからじゃのう。なぁーに、仮にも天才と呼ばれた巫と覡の子じゃ。忌み子であろうとなかろうと、その役目はそう変わらんじゃろうて」
村長は白く長い顎髭を触り、ガハハと笑い飛ばす。
それから数年がたった。
村の御神木の下で、数人の子供が白髪の男の子を囲んでいる。
「いみご」
そう言って、身体の大きな子供が白髪の子供の頬を張り倒す。
「いみご」
そう言って、痩身の子供が白髪の子供に石を投げる。
口々に忌み子という言葉を浴びせ、暴力を振るう子供達に、地面にうずくまる白髪の男の子は泥だらけになりながら。
「え、えへへ」
と。そう笑った。
「うわ、またわらった!きもちわりい!」
「こんなやつほっといて、あっちいこうぜ」
そう言って、子供達は男の子から離れていく。
「なんじゃ千尋。またいじめられたのか?」
村長はそう言って千尋と呼んだ男の子の顔に薬を塗りたくる。
「ち、ちがいます!ぼくが、かってに…その、ころんだだけで……いたっ」
必死に否定しようとする千尋だったが、顔についた傷に薬を塗られた痛みで顔を歪ませる。
「仕返ししてやりたいと思うか?」
「………ううん、おもいません。ふくしゅうは、とてもおろかなことだっておじいさまがいうので」
千尋は涙を滲ませながら、否定する。
「うん、良く言った」
ガシガシと乱暴にだが、村長は千尋の頭を撫でる。
生まれた直後に両親を亡くした千尋は物心つくより前から忌み子の烙印を押された。その事実は本人はおろか、村中の大人から子供全員に知り渡り、千尋は小さな頃から迫害の対象になっていた。
勿論、村長を除いて、だが。
そして、千尋が10歳になったその年。
「明日は100年に1度の月読命降ろしです。……気持ちは決まりましたか?」
夜になり、神主が村長の家を訪ねてきた。千尋はウトウトしながら話を聞いていた。
「こんなにも幼い覡は前例がありません……。もしかしたら、この子の心が……」
「…この子の心は強い。きっと大丈夫じゃろ」
囲炉裏の前で舟を漕ぐ千尋を見ながら、村長は目を細める。
「……この月の村では100年に1度、月読命をこの地に降ろして五穀豊穣を願う儀式が伝統としてあり、その儀式のために巫の一族が存在している。月の村の人間は霊媒体質であることが多く、中でもその一族はより強力な霊体を降ろすことが出来る……じゃが………」
そのあとに続いた筈の言葉を村長は酒と共に飲み込む。
「よろしいのですね……?」
「……元々は巫の家の子じゃ。これが、この子の運命だったんじゃ」
そう、悲しそうな目をした村長が、千尋を見詰める。
夜は更けていく。