次の日の夜。
村外れの神社の境内にある祭壇に、千尋は身体を鎖で繋がれて俯いていた。
篝火に照らされた周囲を数人の大人が奇怪な面を着けて踊っている。
「……」
「どうしたの?」
そう、何者かの声がして、千尋は周囲を見渡す。が、大人達以外の姿はない。
ふと頭上に気配を感じ、顔をあげようとするが、鎖で縛られていて身体が自由に動かない。
無理矢理上を向くと、声の主は見当たらないが、代わりに紅く大きな月が目に入る。
「どうしたのって」
顔の見えない声からの問いに、千尋は仕方なく答える。
「……僕、本当は神降ろしなんてしたくない」
「どうして?」
「もしこの儀式が成功しても、僕の立場は変わらない。虐げられていつか、苦しみのなかで死んでいくのさ」
「なら、なんで君はここにいるの?」
「儀式を成功させるために必要だからさ」
「君はそれで良いの?」
「嫌に決まってるでしょ!?でも、やらないとまた酷い目に逢わされるから……だから、やるしかないんだよ!」
「ふーん」
なにかつまらないものを見るような、声は心底つまらなさそうにそう言う。
数分の間をとって、声がまた口を開く。
「ねぇ」
なにか面白いものでも見つけたかのようなトーンに、千尋は僅かに頭をあげる。
「もし君に力があると言ったら、君はどんな風に使う?」
「力?」
「うん。持っている人の気持ち次第でなんでも出来る可能性のある、そんな可能性の欠片が君の中にあると言ったら?」
「有り得ない。……けど、そんなものが本当にあるとしたら……僕は」
「僕は僕の置かれたこの状況を破壊する。生まれた境遇、外見、特性、それだけで運命が左右される世界なんて間違ってる」
「んふふ………君、やっぱり面白いや。気に入った」
「な、なんだよ!?」
「言ったろ?君には力がある。だけどその力はまだ種火だ。だから私が薪になってあげる」
声の言っていることがよく分からない。
「君の住む世界を変える手助けをしてあげるって言ってるの!」
「な、なんであんたの力なんか………っ!?」
「1度体験した方がいいね……習うより慣れろ、さ」
「なにを……!?」
黒い障気が千尋の身体に入り込む。それは千尋の心の中のぽっかりと空いた穴のなかに入り込み、充満する。
「なんだ……これ……!?力が………!?」
「君の本当の力はまだまだこんなものじゃないけれど、現在を破壊するには充分だね」
謎の声がそう言うと、千尋の身体を縛っていた鎖が解ける。
パキン、という何かが割れるような音に、大人たちは踊るのをやめる。
「おい、あれ」
ひとり立ち上がった千尋を見て、面の男のひとりが声をあげる。
「鎖が緩かったか……?」
「おい、忌み子!儀式の途中だ!まだ動くな!」
「……の、名前は……」
「あ?」
「___僕の名前は忌み子なんかじゃないッ!」
そう叫んだ千尋の握った鎖が、まるで意思をもつかのように大人達の首に巻き付き、上空へと持ち上げる。
「ガフッ!?」
「グッ………クッ」
声にならない呻きを聞きながら、千尋はけたたましく嗤う。
「辛いか?苦しいか?それはよかった。だがな、生来、僕の受けた苦しみはそんなもんじゃすまないぞ」
「だ……れだ………おま……え…は……!?」
「僕の………いや」
ゴキン、と。太い骨が折れる音がして、男達は糸の切れた操り人形のように項垂れる。
「俺の名は………月嶋尋だ!!」
紅い月の下で、紅い双眸の少年は自身の新しい名を吼える。
「……月嶋千尋という名はお前との契りで文字通り捨てる。力を貸してくれ……」
そこまで言ったところで、少年は声の主の顔も名前も知らないことに気が付く。
「んふふ、そういえばまだ名乗ってなかったね」
そう言って、声の主は姿を顕す。見開かれた大きな紅い瞳が、互いの姿を鏡のように写し出す。
「初めまして、月嶋尋君。私はツクヨミ。もっとも、君たちが降ろしたかったのは豊穣の私なんだろうけれど」
自身をツクヨミと名乗った少女はにこりと微笑んでみせる。
「改めて、お誕生日おめでとう。それで、これからどうするの?」
「決まってる」
月嶋尋はくるりと身を翻すと、村に向かって歩き出す。
「___皆殺しだ」
月嶋尋は嗤う。その顔を憎悪に歪ませながら。
「やっぱり、君、面白いや」
ツクヨミは、その紅い瞳から笑みを滲ませる。
紅い月の浮かぶ夜空に二人の笑い声がこだまする。