耳をつんざくような剣戟の音と共に、二人の男の間には無数の火花が散る。
黒のコートをたなびかせながら、平塚は両の手に握った短刀で相手が放ったメスを打ち払いながら猛追する。
初老の男は右手の指に挟み込まれた四本のメスを平塚に向かって投げつける。迫り来る平塚の右足が次に踏み込むであろう場所を狙って放たれる刃群。
「お……らぁッ!!」
その刃群を左足だけでの跳躍で空中へと体を逃がし、右足で通路の壁を蹴ってそのまま男の左側頭部に蹴りを捩じ込む。
「チィッ」
すんでのところで腕で防がれるが、男の身体は衝撃で吹き飛び、地面を転がる。すぐさま起き上がる男の口元からは一筋の血が。口の中を切ったのか、左手で口の端から流れた血を拭って男はニィと笑って見せる。平塚が痛みを感じた左肩に手を伸ばすと、二本のメスが刺さっていた。おそらく平塚に蹴られた時に刺したのだろう。
「言っておくが」
笑う男の前でメスを抜きながら平塚は口を開く。
「失血によるお前の勝ちは諦めた方がいいぞ。さっきも見せたとは思うがこの程度の傷ならすぐ塞がる」
傷が塞がる様を見せながら平塚はコートを脱ぐ。男は白髪混じりの頭をガリガリと掻きながら肩をすくめる。
「なるほど、さっき見たのは幻覚じゃなかったわけか」
「一応、この国の最高戦力やらせて貰ってるんでな。この程度の傷は屁でもない。さて、とっとと降服してくれると手間が省けて助かるんだがな」
ふらふらと立ち上がる男性に平塚が間合いを詰める。
「おいおい、あまり笑わせないでくれるか……な!」
「……だろう…な!」
懐から取り出した6本のメスを指に挟み、平塚に突進する男。前のめりになりながら全速力で飛び出してくる男に、平塚は。
コートを広げ、その場に漂わせて大きく跳躍した。
やがてそこを通過する男がコートに気をとられて失速した途端、
「今だ!やれ、シャル!!」
背後で二挺の銃を構えながら待機していたシャルに向かって平塚はそう叫ぶ。
「や、やぁぁぁぁぁ!!」
張り上げた声と共にシャルが2つの引き金を連続で引き絞る。待ちわびたかのように一際大きな氷弾が飛び出したのを合図に礫群が一斉に男に飛び掛かる。
コート越しに男の全身に突き刺さる弾に、男は苦悶の声をあげる。肉を叩き、骨を砕いたシャルの弾丸は男の意識を簡単に刈り取った。
崩れ落ちた男の身体のすぐそばに降り立った平塚がしゃがみこみ、コートを引き剥がす。
「ナイスだシャル。っと、こっち来いって」
「は、はい」
シャルを労ってから呼び寄せる。平塚に言われた通りに近寄るシャル。
「なんだこれ…」
平塚の声に男の顔を見る。頬についた傷から血のかわりに何やら黒い靄が出ている。
平塚が男の顔をむんずと掴むと、ズルリと皮が剥がれる。そのまま引き剥がした平塚の顔が曇る。
「おいおい……マジかよ」
平塚が苦虫を噛み潰したような表情をする。
・・・・・・・・・
男には顔がなかった。
いや、その表現は正確にはあってはいないのだが。
目や鼻、口はある。あるにはあるのだが、そのすべてが黒い靄に包まれているのだ。
その怪奇な面構えにシャルは閉口する。
「………見た……な」
意識が戻ったカオトリは飛び起きると大きく距離をとって左手で顔を隠すようにしておさえる。平塚の事を見つめながら大きな目を憎悪に染め、指を突きつける。
「必ず、お前を、殺す。いつか、必ず、だ!」
そう、低く呻くような声をあげ、カオトリは闇に紛れて姿を消す。
「ま、待て!」
「……追うな」
追おうとするシャルを平塚が手で止める。
「でも!」
「まぁ見てろって」
そう言って、平塚は指をならす。
ぱちん、という乾いた音が周辺に響くと、カオトリと思わしき悲鳴が響く。
足を引き摺って走る。足を踏み出す度に激痛がはしり、痛みに顔を歪ませる。
「クソッ……クソックソッ……クソクソクソクソクソ!!クソがァ!!」
右腕を壁に打ち付け、大きく荒れた息を正常に戻そうとする。
「(見てろよ……剥がしたテメエの顔をズタズタに引き裂いてやるからよ)」
そう思考した男の顔が憎悪による笑みを浮かべた途端、強烈な光が男の身体に降り注ぐ。
「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”!!!」
強烈な熱と光がカオトリの身体を突き抜ける。光が止むと、男は身体を大きく仰け反らせて仰向けに倒れる。
薄れ行く意識のなかで、傍らに移動してきた若い男がこちらを見ながらコートを羽織る。
「俺と鉢合わせた時に逃げの一手を決め込むべきだったのさ。それがお前の敗因だ」
やがて近付いてきたサイレンの音に、男の意識はかき消されていった。