カオトリが捕らえられたその日。
平塚は夜になっても自宅に帰らなかった。
「よう」
独房の中で横たわるカオトリに向かって平塚は声をかける。
「……なんの用だ」
「そんな邪険にするなよ。アンタの傷を治しに来たんだ」
「……何?」
平塚の行動にカオトリは、ない眉をひそめる。
「そんなことをしてお前になんの得がある。………無駄な情けをかけるな!殺せ!!」
激昂するカオトリは異形の顔を歪ませながら独房の境界へと近付く。
「あのなぁ」
呆れたような口調で平塚が右手で男の口元を柵越しに掴み上げる。
「俺に出されたのはアンタの捕獲命令で、殺せなんていう命令は一切出されてないの。わかる?」
「ッ!!ふざけるな!!」
男が平塚の手に噛みつく。歯が肉に食い込み、皮膚は破け、鮮血が滲む。
「………」
「クッ……殺せ!!」
「……ふざけてんじゃねえ!!!」
カオトリの顔を奥の壁へと投げ飛ばす。壁に激突したカオトリが苦悶の声をあげると、独房のロックを外して独房に侵入した平塚がカオトリの胸ぐらを掴んで引寄せる。
「答えろ。テメエは何者だ。誰の命令だ。何のために顔を剥いだ!答えろ!!」
「…………ッ」
「もういい……後はこれを使ってからゆっくりと聞かせてもらう」
カオトリから手を離した平塚は、懐から注射器と赤い薬品を取り出す。
「たッ!」
「た?」
カオトリが咳き込むように口を開く。
「大義の為だ!あの方の恩義に報いる為だ!!」
「あの方?」
「私の顔を見ても唯一眉ひとつ動かさず、忌み嫌わなかった方だ!あの方は私を受け入れてくれた!私はその恩義に報いたかった!」
汗をかきながらそう言うカオトリに、平塚は薬品を入れた注射器をあてがう。
「そうかい」
「だから、待て、やめろ!それだけは」
懇願するカオトリを無視して針を突き刺し、薬品を注入する。
「あぐ……ガッ……!?」
苦しみ悶えるカオトリに平塚が薬品を片付けながら冷たい声で告げる。
「なんか勘違いしているようだけど」
「それ、ただの回復活性剤だぞ?治り切るのには一晩かかるだろうが、痛みは引いただろ?」
「…ゥ……へ?」
平塚の言葉に目を点にするカオトリ。事実、呼吸する度に痛んでいた筈の身体から痛みが引いていく。
「いや、自白剤なんて使う筈ないじゃん。アンタ、ケガニン、オレ、ゼンニン。OK?」
「なんで……?」
「だってアンタ、自白剤使わなくても良さそうなんだもの。根っこは優しそうだ。アンタみたいな恩義を大事にする人なら、今治した恩にも報いてくれそうだしな。あぁ、それと」
平塚はその場に胡座をかきながら口を開いた。
「アンタは皮を剥いだだけで殺しはしなかった。それだけで、殺すなんて惨いことは出来ないよ」
「……甘いな、お前は。敵に情けをかけてまで救おうと言うのか」
ふっ、と、すっかり毒の抜かれたカオトリは笑いを溢してからそう答える。
「それで、アンタの言うあの方っていうのは……もしかして月嶋尋のことか?」
「………あぁ、その認識で合っている」
ピクリと目を細めてからカオトリは質問に答える。
「含みのある答え方だな。なに、少し違うのか?」
「あの方には、二面性があるのだ。完全に善と悪が離別しているというか……人格が入れ換わると言った方が早いか」
「二重人格…ね」
ふとツクヨミが見せてくれた記録を思い出す。
「成る程……。あ、アンタの見せたあの変装……というか、変身?あれはどうなっているんだ?」
「ん……あぁ、被った皮を解析して擬態している。最初が幼かったのは、皮を変質させて、その元の顔の幼少を再現していたからだ。自分でも原理はよく判っていないがな」
思った以上にペラペラと喋るカオトリに、あっけらかんとする平塚。
「はぁ。……最後の質問だ。何のために顔を剥いだ?なにか目的があるんだろう?」
懐から出した帳面に記載しながら、平塚は最後の質問をぶつける。
少し黙ってからカオトリは口を開く。
「……詳しいことはいくらお前にでも言えん。……だが明日、お前と相対する四人に奪った皮を被せた」
「その四人の目的は」
「こちらの世界に逃れた者の確保だ。儀式に必要なんだそうだ」
「儀式?」
大きく咳払いしてから、カオトリはわざとらしく笑って見せる。
「おっと。つい口が滑ってしまった。これで終わりなんだろう、ならとっとと出て行け」
「あぁ。情報提供、感謝する」
あっさりと身を引き、牢を施錠する平塚。
踵を返して立ち去ろうとすると、長い廊下にカオトリの声が響く。
「天地に満ちた紅き月と星が顕れし時!新たな依代に旧き神が宿るだろう!!」