局長室にて。
3天使の手には平塚から渡された報告書。そこにはここ10日間の情報がこと細かくまとめられていた。
「月の村の惨劇……これはいつ起こったのかな」
「それはわかりません……が、とにかく古い様式の建物でした。日本古来の家屋に近いかと」
ガブリエルの問いに平塚が答えると、隣に座っているラファエルが口を開く。
「それに、カオトリの言葉も気になるよね……」
「天地に満ちた紅い月が顕れし時、新たな依代に旧き神が宿る、ですか」
ミカエルがそう言うと、ガブリエルが茶を啜ってから溜め息をつく。
「情報が足りないね……少しでも情報が……あっ」
何か思い出したような反応をしたガブリエルの顔を、3人は覗き込む。
「あ、アーカイブだよ、あそこなら記録を閲覧出来るかもしれない」
ガブリエルが白衣のポケットから端末を取り出し、連絡を取り始める。
「あ、ウリエルちゃん?」
「……ウリエル?」
「今からそっち行っても良い?……はーい、わかった、それじゃ後でね」
平塚がガブリエルが口にした名前に反応する。
「んじゃ、アーカイブに向かおう。……遥斗君?」
「どうかした?……すごく恐い顔だよ?」
平塚の異変に気付いたガブリエルとラファエルの心配を、平塚は茶と共に飲み下す。
「……いえ、何も。特に問題は有りません」
そう言った平塚の瞳には少し、後悔の色が映った。
一行が向かったのは管理局の中層、普段多くの天使達が働いているスペースのとある階だった。
他の階と比べて少しばかり暗い照明の中を歩くと、平塚達の前に現れた重厚な扉。
その上の札には少し癖のある字で“Archive”と書かれた板が照らされて光っている。
「ウリエルちゃん、居るかい?」
扉を開けたガブリエルが大きな声で呼び掛けながら入っていく。
その後を付いていくと、少しばかり黴臭い空気が身体を包む。
目が暗闇に慣れてきた頃、平塚は目の前に広がった光景に圧倒された。
ファイルや書類など、色や形は様々であれど、本であることには相違ない。
そんな本が、反対側の壁が見えないほどの空間に、ずらりと並んだ夥しい数の本棚に納まっていたのだ。
「………」
思わず絶句する平塚の周囲にふわりと香る金木犀の香り。覚えのある香りに平塚は周囲を見渡すが、灯りが照す壁や天井は暗くて何も見えはしない。
「気のせい……じゃないよな」
そう呟きながら、三人の後を追う。
暫く進んだ先に少し開けた場所があり、司書と書かれたプレートの置いてあるカウンターの向こう側に、一人の女性が立っているのが見えた。
「いらっしゃい、ガブ、ラファ、ミカ。そして…こうして会うのは何ヵ月ぶりかしら?平塚君」
「……2年7か月と13日ぶりですよ。お久しぶりです、ウリエルさん。お変わりないようで何よりです」
「あら。それはどういう意味かしら?」
ウリエルと呼ばれた女性は口に手をやってクスリと笑う。ブロンドの髪を靡かせながら平塚に近付くウリエルに、ガブリエルが割って入る。
「ウリエルちゃん、少し調べて欲しいことがあるんだけど良いかな?」
矢継ぎ早にそう言ったガブリエルに、ウリエルは肩を竦める。
「……構わないわよ?お仕事だもの」
そう言って、ウリエルは空中に両手を翳した。すると空中に半透明の光が顕れる。キーボードでもあるのだろうか、ウリエルがその表面を叩くと、それに反応するかのように本棚がひとりでに動き出す。
「それで?探したい資料はどんなものなの?」
ガブリエルが示した条件を、ウリエルは眉をピクリと動かしてから光に打ち込む。
暫く動き続けた本棚群の中から、他のものと比べると少しばかり小さな本棚が現れる。
「__, __, __ .」
その本棚の前に立ったウリエルが、平塚には聞き取れない言語を二言三言口にすると、その本棚の中から3冊のファイルが出てきた。
「あの、今のは?」
「あれは天使語。天上の世界でも滅多に使われない、神様の加護を持った言語です」
平塚の問いにミカエルが答える。
天使語。門の向こうにある天使達が暮らす天上の世界。そこから遣わされて来た天使達がそこの言語を使ってもなんら問題はないだろう。
「さぁ、これがお探しの資料よ」
ウリエルがそう言って平塚に渡そうとする。平塚が受け取ろうとすると、ひょいとウリエルが資料を取り上げる。
「労働の対価は払ってもらうわ」
そう言ったウリエルは背後に親指を突き出す。その先にあるのは、“司書室”と書かれた部屋だった。
「……」
平塚は右肩を回しながらその部屋に向かう。
暫くして、辺りに響いたのは。
ウリエルの艶かしい矯声だった。