自宅の扉を開け、室内に入った平塚を暖かい空気が包む。
年末の凍れる空気から抜け出した平塚は、靴を脱ぎながらホッと息をつく。
時刻は既に8時をまわっている。
明日からの祭に備えて早く寝ないと…とまで思考したところで平塚の鼻腔をふわりと甘い香りが撫でた。
見れば窓から射し込む月明かりに照らされながら、シャルがこてん、と横になっている。
戸締りを忘れてはいなくとも、カーテンを閉め忘れ、部屋が暗いままだったところを見ると、どうやら読みかけの本を開いたまま眠ってしまったようだった。
カーテンを閉めてから、シャルにタオルケットを掛けると、平塚はそのままキッチンへと姿を消す。
「さてと」
数十分後、コトコトと煮込むような音と共に、ふわりと優しく撫でるような香りがしてシャルはそっと瞼を開ける。
「……んぅ?……寝ちゃってた」
未だ眠りたがっている眼を擦りながら、シャルはキッチンの方に歩いて行く。
「遥斗さん?」
暗いキッチンに向かって呼びかけてみるものの、聞こえて来たのはカチャンというコンロの火が消える音だけだった。どうやらタイマーをセットしていたようだ。
「ここじゃないとなると……あ、あの部屋の明かりがついてる」
あの部屋、とは平塚の家にある謎のスペースの事である。特別家具が置いてあるわけでもないのに壁は防音で、硬めのマットだけが敷き詰めてある少し広めの部屋。
「あの、遥斗さん?」
他の部屋と比べて少しばかり重いその扉を開けながら、シャルは平塚に声をかける。
そこにいたのは、
「19857、19858、19859...」
淡々と膨大な回数を数えながら左腕だけで体を支え、倒立腕立て伏せを繰り返す平塚の姿だった。
既に相当な負荷を与えられているであろうその身体は、普段の平塚の物腰からは想像も出来ない程引き締まっていた。
「…19899、19900……あ、シャル、起きた?あと100回だけ待ってくれる?」
「は、はい……わかりました…」
額に珠の汗をかきながら、平塚は1.5倍速まで速度を上げる。19999まで数えたところで、大きく身体を揺らしてからそのまま腕を曲げ、そこからゆっくりと全身の筋肉を伸ばすかのようにつま先から指先までを一本の棒のように真っ直ぐにしてから足をつき、立ち上がる。
「おまたせ。んじゃ、ご飯にしようか」
そう言った平塚は、ホカホカと湯気をたてる上気した身体を大きなタオルで拭いながら壁についたディスプレイを弄ると、床に紫色の幾何学模様が表れ、模様を変化させて消える。
「あっ、あの、今のは?」
目の前で起きた現象と、平塚の身体をまじまじと交互に見ながらシャルが口を開く。
「ルシファー印の重力制御装置〜ってやつさ。重力を操作して体への負荷を限界ギリギリまで上げてたんだ。俺が使ってる時はその赤いラインからこちらに来ないように、気をつけてね」
「わ、わかりました」
シャルがコクコクと頷くと平塚は少し笑ってからシャルの頭をくしゃくしゃと撫でる。
「ご飯食べる前に軽くシャワー浴びてくるね」
暫くして、平塚が向かった風呂場から水音が聴こえて来ると
「きゅぅ」
という小動物を思わせる声と共にシャルは赤面しながらその場に崩れ落ちる。
風呂から上がった平塚が放心状態のシャルを見つけてから介抱して、やっと晩御飯を食べ終えたその頃。