「っくし!」
突如として出た嚔をティッシュで拭き、鼻をかむ。ぶるっと身震いしてから平塚は頭をぽりぽりと掻く。
「風邪、ではないと思うけど……」
時刻は日付が変わって少し経った頃。
シャルは平塚の膝を枕代わりにしてソファで横になっている。
すぅすぅと寝息をたてる度にシャルの耳がピクピクと動く。
起こさないようにそっと頭を撫でると、シャルがくすぐったいのか、少しばかり寝返りをうつ。
サラサラの髪の毛が平塚の指を撫でると、流石に疲れたのか平塚の意識が徐々に遠のいていく。
(……明日、というか今日は、早めに起きないとな……)
そう思考した平塚の肩を誰かが強く掴んだ。
何処からか声が聞こえる。
『……ナイ』
その酷く掠れた声は強い意志を孕んでいた。
『……サナイ』
先程とはまた違う人の声。
『……許サナイ』
その声が響く度に、平塚の身体に掴み掛かってくる手は多くなっていく。
『私達ヲ無駄二スル事ハ』
『僕達ヲ無駄二スル事ハ』
『『許サナイ』』
その声は平塚の身体の奥底から響いてくる。
それは平塚の身体を構築する者達の声か、はたまた彼の因果の歯車の動く音か。
平塚の意識はその声と手に導かれるがまま、深く深く落ちていく。
深層よりも深く、漆黒よりも尚暗く。
やがて平塚が辿り着いた場所は先程までの声が嘘のように静まり返った、果てしなく広い空間。
その空間に犇く無数の紅い双眸。
何を言う訳でもなく、ただその瞳で平塚の事を見つめている。
その瞳からは、後悔、苦痛、憂い、そんなありとあらゆる負の感情と、平塚になにかを託そうとする希望。そんな感情がごった返し、渦巻いている。
『……』
『………』
『……………』
影達は何も言わずに佇むばかりではあるが。
その物言わぬ影に、平塚は大きく頷いた。
途端、巻きついた鎖が解けるように、重かった身体は浮上を始める。
浮上して行く平塚を、影達は少しばかり誇らしげな表情で見送っている。
彼等はかつて平塚と目的を同じくして造られた者達。その残滓である。
大きく息を吸う。少しばかり暖かな空気が鼻腔を、そして肺を満たす。
すぐ横にシャルの気配を感じて少しばかり目を開けると、枕にしていた膝にその姿はなく、平塚の身体にもたれかかる形で首に両腕を回しているシャルの姿が目に入る。
「……ありがとうな」
平塚の胸に耳を当て、心音を聴きながら寝入っているシャルの頭を撫でてから、平塚はシャルの身体を膝に座らせてその上から毛布を被る。
「おやすみ、シャルロット。良い夢を」
静かに、柔らかな声でそう言った平塚は、部屋の灯を消す。
___願わくば、この安らかな眠りが毎夜彼女に訪れますように。
そんな事を思いながら彼は深い眠りに落ちる。