なんか机にパンツ降ってきたけどどうすればいい?   作:リンゴ餅

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プロローグ

 

 春は出会いの季節。

 これは言わずと知れた慣用表現で、学生とかの若者に限って言えばまあ確かにそうだろうとは思う。

 

 でもさ、普通この出会いって言うのはさ……

 

「お、おい……(ゆう)。お前、それどうしたんだ?」

 

 目の前に座っている昨日できたばっかしの友人が声をかけてくる。

 

 他の生徒を見るとまるで犯罪者を見る目で、いや、正確には()犯罪者を見る目で見られていた。

 

 ここはとある学校の教室で、神聖な学びの場。

 そして、俺は昨日入学してきたピッカピカの新入生だ。

 今日は高校生活二日目。

 希望と期待に満ち溢れた学園生活が始まり――

 

 そして今終わったところだ。

 

「……とりあえず、佐倉。後で職員室に来い」

 

 担任の教師……初日の時点で「グラサン」というあだ名をつけられた名も知らぬティーチャーがグラサン越しでも分かる威圧の視線を俺に向けている。

 教師がホームルームの時間にグラサンを付けてるとかなかなかに非常識だとは思うが何かしら事情があるのだろう。

 まあ、それはともかく。

 

「先生違うんです。これは急に空から降ってきたんです」

 

「ほう……で?」

 

「つまり、僕は悪くありません」

 

 俺は最後のあがきと思って必死に弁解をする。

 

 俺の机には一つの異物が置かれていた。

 

 色はピンク。

 ほのかに香る洗剤の匂い。

 ふんわりと柔らかそうな生地。

 

 一言で言ったらパンツだった。

 

 パンツ。

 しかも女性もの。

 それが男の俺の机に置かれている。

 誤解をするなというのが無理というものだ。

 

 周囲を改めて見渡してみると、女子生徒からの懐疑と軽蔑の視線が酷い。

 余りにもひどすぎて何かに目覚めてしまいそうだ。

 

 一方で男子からは違った目線を向けられていた。

 多分、これは尊敬の目線だ。

 目の前にいる友人も思わず「おぉ……」とか声に出てしまっている。

 人前で、しかも学校のホームルームの時間に、臆せず女子のパンツを観察する男。

 彼らの中の俺の認識はそうに違いない。

 

 ならば何も問題はない。

 もともと俺はどこかさえないタイプで女子からのアプローチとかは全然なかった方だからな。

 男子とさえ付き合っていければ全然やっていける。

 

 だが、俺の内心はともかく、不本意なのは確かなのだ。

 このパンツは本当に唐突に降ってきた。

 グラサンのおっさんが渋い声でこれからの授業予定とか説明してるとき、ボーっとかわいい子いねえかなとか思って後ろの席から見てたらなんか降ってきたのだ。

 マジで意味が分からない。

 

 幸い両隣の席は今日はいなかった。

 遅刻だか欠席だか知らないが助かった。

 そう思って驚きを隠しながら何事もなかったかのようにパンツを手に握った時点でグラサンにばれた。

 

 「それは何だ」、と彼は言った。

 その時点でクラスにいる全員の注意がこちらに向いた。

 公開裁判の開始である。

 

 俺は、「これは誤解です、先生」と声高に答えた。

 あたかも俺はやっていない、何の罪もない、そう主張するように。

 ていうか、実際にやっていないし。

 

 次に裁判長はこういった。

 「ならば説明しろ」と。

 もはや有罪判決は出ているが、最期の言い訳ぐらいは聞いてやるというかのように。

 

 俺は考えた。

 確かに、俺がやっていないという証拠はない。

 だが、俺がやったという証拠はある。

 この絶望的状況を覆すには。

 考えて、考えて、考えた結果。

 

「これは妹のパンツです。間違って入ってたみたいで、わざとじゃありません」

 

 瞬時に閃いてそのまま口に出た解答。

 我ながら渾身のひらめきだと思った。

 だが、この答えはある意味で二重に自分の首を絞めた。

 

「……確か、お前は今年の春からアパートで独り暮らしを始めたと調査票で見た覚えがあるんだが」

 

 俺には実際に妹が居る。

 けど、先生が言った通り俺は今年から一人暮らし。

 そして妹のパンツを持っていると俺が主張した。

 さて、これらのことを結びつけると……?

 

 ――シスコンの兄が妹のパンツを一人暮らしであることをいいことにクンカクンカ。

 

 裁判は終了した。

 否、これは裁判ではなく、一方的な尋問だった。

 基本的人権? 推定無罪の原則?

 そんなものは無視した公開処刑だ。

 

 このパンツは今、俺が、空から降ってきて、手に入れた。

 

 現行犯に言い訳ができるわけがなかったのだ。

 

 そして、冒頭の「職員室に来い」宣言。

 最後のあがきで本当のありのままの事実を述べたが結果はお察しの通り。

 

 バカには構っていられないと言わんばかりにその後滞りなくホームルームは進行、終了した。

 

 どうすることもできないまま事態をさらに悪化させ、俺は放課後に拘置所送りとなったのだった。

 

 

 … … … … …

 

(とあるドS天使視点)

 

「先生、違うんです。これは突然空から降ってきたんです」

 

 朝のホームルーム中に起こった事件。

 最初は、いきなりやらかしましたねぇ、ぐらいにしか思いませんでしたが、彼のその発言に耳を疑いました。

 

 突然女性ものの下着が空から降ってきた。

 

 一般人からすれば到底正気の沙汰とは思えない発言内容ですが、私は一般人ではありません。

 

 今年から下界の高校に通うことになった天使見習いの一人。

 天界で学んだことを生かしながら下界で私たちが救うべき対象である人間をよく学ぶ。

 そのために私は一般人に紛れ込んで高校生活を送ることになりました。

 

 そんな私のほかにも似たような事情でこの高校に通っている人はたくさんいます。

 私のような天使だけでなく、悪魔の方々もいらっしゃいます。

 もちろんこのクラスにも何人かいますが、今日はお休みの方が多いようですね。

 

 何はともあれ、退屈でなければ私は構いません。

 そう思ってた矢先に起こった今日の事件。

 最初はただの変質者の所業かと思いましたがどうもそうではないようです。

 

 基本的に下界で起こる非現実的な出来事……俗にいう「奇跡」のことですが、これはたいていが天使の仕業です。

 もちろん、あまり好き勝手に振舞えるわけではありません。

 天使は、自ら助くるものを助くのです。

 日々を真面目に生き、他人を愛し、善行を積んでいる人だけが救われる。

 本当にそんなことができる人は限られていて、しかもその全員を助けられるとは限らない。

 神ではなく、あくまで天使なのですからそれも当たり前。

 身の程はわきまえないといけません。

 

 そして、今回の件も恐らく天使が関わっています。

 入学して早々自分の人生をぶち壊しにするようなことをする酔狂な人などそういませんし。

 

 パンツを男子の机に置いて、冤罪を着せる。

 

 中々に悪魔的な所業ですが、大方誰か遅刻しそうな天使が神足通でも使って失敗して下着だけ転送されてしまったのでしょう。

 

 実際、天使が失敗をして結果的に悪魔よりも悪魔のような所業をしてしまうというのはよく聞く話です。

 というか、下手をすると意図してそのようなことをやっている天使もいますからね。

 まったく、頭が痛くなる話です。

 

 それにしても、今回はいったい誰の仕業やら。

 といっても見当はついていますが。

 

 前の席の方から後ろを振り返ると席が二つ空いているのが分かります。

 その席というのも、現在進行形でパンツをホームルームに持ってきた変質者として糾弾されている彼の両隣。

 

 窓側の一番後ろの席と、その右の右の席。

 

 窓側の方の座席主は私もよく知っている人物です。

 

 天真=ガヴリール=ホワイト。

 天使学校を首席で卒業した今期最大の有望な天使見習いで、私の友人。

 私は次席でしたが、彼女になら首席の座を譲っても心残りはありません。

 本当に努力家で、本当に真面目で、本当に思いやりのある子ですからね。

 

 そんな彼女が昨日と今日の二日間をお休みしている。

 ただ事ではありません。

 しかも先生に聞いたところ、無断欠席。

 あの真面目なガヴちゃんが、です。

 

 流石に心配になりました。

 だから今日放課後にお見舞いに行くことを決めたのですが……。

 

 あのパンツ。

 よく見たら見覚えがある物です。

 天界の宿泊学習などで彼女と一緒にお風呂に入ることがありましたが、彼女はあのタイプの下着を良くはいていました。

 

 それに加えて、本当は被害者である彼の発言。

 これはあとで謝罪をしたほうがよさそうですね。

 

 私は友人が無事そうなことに安堵を覚え、それから突然女の子のパンツが机に降ってきて内心慌てふためいている佐倉君というクラスメイトの今後の学校生活を心配して真っ青になっているお顔を見て、思わず微笑んでしまいました。

 

 

 

 


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