なんか机にパンツ降ってきたけどどうすればいい? 作:リンゴ餅
ガンガンと痛む頭と目を抑えながら、俺は騒がしい声を耳にして少しだけ意識を取り戻した。
「ああ、いでぇ……」
「佐倉君! 起きたのね! 大丈夫?」
「うあ……?」
目を醒ました矢先。
ぼやけた視界でとらえたのは殺人事件の現場だった。
「ひい! 師匠! 誰がこんなことを……!?」
「し、師匠? 佐倉君……何を言ってるの?」
俺は気怠い体を無理やり動かして天真師匠のもとに這いずりながら近寄る。
「…………」
酷い。
酷すぎる。
師匠の頭には槍のようなものが深々と突き刺さっていた。
そして、彼女は死んだように動かない。
「……諸悪の根源は私が始末したわ。今日は自分の部屋でゆっくり休んで? 私が学校に連絡しておくから」
「でも、師匠が……師匠がぁ……」
「佐倉君……あなた、疲れてるのよ。大丈夫。今日一日ぐっすり眠ればきっとよくなるわ。だから一回自分の部屋に帰りましょう? こんな汚い部屋に居たら体を壊しちゃうわ」
視界は朧気で、思考もひどく鈍かった。
しかし、師匠を見捨ててはいけない、ということだけは確かに違いない。
俺は師匠の手を取った。
「……冷たい」
まるで無機物のような冷たさが手の平に伝わる。
すでにこと切れているとしか思えないほど、温もりが感じられない。
「師匠……私は最後までお供します」
師匠のいない世界で生きていくなどできるわけがない。
俺は彼女とともに息絶えることを決心した。
「……ごめんなさい、佐倉君。ちょっと痛いかもしれないけど、あなたのためなの……えいっ!」
「ぐべっ」
首に衝撃を感じた直後に俺の朦朧としていた意識は、完全に闇に染まった。
… … … … …
結局意識を取り戻したのは午前11時ころ。
徹夜した後独特の気分の高揚感がまだ残っていたが、それに勝る後悔の念に俺は苛まれていた。
「……ゲームで徹夜して遅刻とかアホすぎる」
昨日。
俺は天真さんの策略に見事ハマってしまった。
いや、別に彼女はハメるつもりで自分の部屋に招いたのではないだろうが、とにかく俺は彼女の誘いに乗ってしまった。
その結果がこの醜態である。
特に、ヴィーネさんに見られたのが辛い。
わずかに記憶に残っているが、朝の俺は相当惨めで無様な様相を呈していただろう。
絶対見損なったに違いない。
それに、何だよ師匠って。
いくら徹夜してたせいで変なテンションになってたからって、あんな腐海の女王を師匠って呼ぶとか馬鹿じゃねえの。
どんだけネトゲにはまってたんだよ。
恐ろしいのは今でも心の中で俺の弱い部分が昨日の続きをシたいと声高に主張していることだ。
何を、と聞かれればナニを、ではなくネトゲを、だ。
いまだかつてあれほど熱中したものはないといっても過言ではないほど面白かった。
天真さんの時代遅れ発言は決して誇張ではなかったのだ。
かつては真面目だったらしい天真さんが堕落してしまったのも頷けるし、何より俺自身堕落しかけた。
ネトゲ恐るべし、である。
「……はあ。とりあえず腹減ったから何か食うか」
ヴィーネさんに迷惑をかけてしまったのが何よりの失態だ。
学校に遅刻したのはアレだが、彼女の信頼を失うことに比べたら割とどうでもいい。
彼女は意識の失っていた俺を部屋にわざわざ運んでくれた上に、朝食まで用意してくれたのだ。
しかも、俺が学校を欠席することを学校側に連絡してくれたらしい。
何で知っているのかと言われれば、部屋のテーブルに彼女からの手紙が置いてあり、それに書いてあったから。
ちなみに手紙の内容はこんな感じだ。
『佐倉君へ。
気分はどうですか?
昨日一昨日に引き続き、うちのガヴリールのせいでこんなことになっちゃってごめんなさい。
ガヴには後でしっかりお仕置きをしておくので、とりあえず佐倉君はどうか早く元の佐倉君に戻ってくれるようにお願いします。
学校には、佐倉君は体調不良で休む、と私が連絡しておきます。
朝食に関しては私が一応お粗末ながら用意したのでよかったら食べてください。
冷蔵庫に入っていますが、勝手に食材を使うようなことはしていないので安心してね。
あと、今後できれば私のいないところでガヴには関わらないようにしてください。
では、お大事に。
月乃瀬=ヴィネット=エイプリル より』
手紙を読み終えて俺は思わず涙ぐんでしまった。
ヴィーネさんは一体何者なのか。
どうしてここまで他人のために自らを捧げることができるのか。
軽く宗教を興せるレベルで彼女は俺の中で神格化されていた。
きっと信者などすぐに集まるに違いない。
教祖はもちろん俺だ。
まあ、それは言い過ぎ……ではないけど、あくまで冗談。
そもそも彼女の性格だったら変に祀り上げられる方が迷惑だろう。
この温かい思いは胸にしまっておくことにする。
今後彼女に利益となる行動として還元していきたい。
そして、次に問題となってくるのは天真さんとの関係だ。
今回の事態は自業自得と言えば自業自得だが、ヴィーネさんが手紙の中で言っている通り、そもそも天真さんに関わっていなければ避けられた。
それでも天真さんは、優等生を演じて疲れている俺を少しでも楽にしてやろう、という思いやりからネトゲを俺に勧めたのだ。
完全に非があるとは言いにくい。
というか、ほとんど俺の意志の弱さが原因だろう。
とにかく、天真さんはちょっと方向性がおかしいにしろ優しさを俺に示してくれた。
こんな些細なことで縁を切るのもアホらしい話。
ヴィーネさんには悪いが、今後も天真さんとは仲良くさせていただこう。
何より、彼女は可愛いし。
……そう。
そうだ。
そうだよ。
彼女はやっぱり可愛いのである。
昨日不覚にもネトゲに無我夢中になってしまった俺だが、そんな中でも彼女の存在だけは常に意識していた。
助言を聞きながらやっていたからそれも当たり前と言えば当たり前なのだが、そうじゃない。
つまり、何というか、彼女は時折見せる女の子らしさがたまらないということが分かってしまったのだ。
彼女は基本がさつだ。
部屋も汚いし言葉遣いも汚いことが多い。
それは認めよう。
しかし、彼女はそれでも女の子なのだ。
一人称はあくまで「私」だし、トイレに行くときはちゃんと「ちょっと手を洗いに行ってくる」とぼかして言って顔をほのかに赤く染めるし、スカートは見えないようにちゃんと抑えるし、深夜ぐらいになってから体の匂いを気にするような素振りも見せて「……シャワー浴びてくる」と小さく呟くのである。
笑い方も「ガハハハ」とか魔王みたいな笑い方はしないで、女の子らしく「……ふふ」と慎ましくも、ああ楽しいんだな、と素直に伝わるように笑ってくれる。
表情も豊かで、喜ぶときは満面の笑みを浮かべて喜び、ゲームの中で俺のキャラが死んだときは一緒に悲しみ、俺を慰めるときは優しい顔になる。
そして、そこで思い出すのがあのピンクの可愛らしいパンツである。
これに関してはもう説明するまでもないだろう。
こんな感じに挙げようと思えばいくらでも挙げられるが、とにかく彼女はあくまで「女の子」だった。
もしかすると男の俺がいるからかもしれない。
女子だけの空間だったらもっとずぼらで豪胆な性格なのかもしれない。
それでも、俺は彼女の見せる普段とのギャップに興奮した。
ゲームに熱中している最中でも、思わず目が向いてしまった。
言ってることがクズ同然かもしれないけど、俺は彼女のそんなところがもっと見たい。
以上のことから、俺は天真さんとも仲良くしたいのだ。
至極真っ当な理由だろう。
異論は認めん。
とはいえ、ヴィーネさんの気遣いやらなにやらを無碍にしたくはないので、今後このようなことが起きないように尽力するつもりだ。
「……ごちそうさまでした」
ヴィーネさんの作ってくれた朝食を食べ終える。
ちなみに味は美味すぎて悶絶するレベルだった。
もちろんまずかったとしても彼女の作ったものだったら消し炭でも食ってみせよう。
彼女が朝食のつもりで出したものならたとえ洗濯機でもパンツでも俺は食う。
……ごめん、やっぱ洗濯機は無理だわ。
「さてと、この後はどうすっかな」
せっかくの休日だから、と休むつもりにはなれない。
体の状態異常に関してはベッドでちゃんと寝てヴィーネさんの料理を食したら正常に戻った。
このまま部屋でじっとしているのも手持無沙汰だ。
ヴィーネさんは俺が学校を休むと連絡してくれたみたいだが、別に今から登校しても問題あるまい。
というわけで俺は学校に行く準備を始めた。
昼から出席とかあまり意味がないかもしれないけど、今日はヴィーネさんの顔をまともに見ていないし、天真さんにも会いたい。
白羽さんに関してはぶっちゃけ会いたくないけど、あのおっぱいは拝んでおきたいからな。
午後の授業の分だけの教科書などをカバンに入れ、戸締りをしてから俺は玄関を出た。
主人公が本当に落ちるところまで落ちてしまうとストーリーの進めようがなくなるのでちゃんと復帰させます。
ちょっと立ち直りが早いかなとは思いましたがそもそもネトゲを自由にできる環境がないことと、ヴィーネさんがいる以上、男心でかっこ悪いところを見せたくないという心理が働くのでガヴリールみたいにはならないだろうと判断しました。
要するに主人公にとっては、ネトゲ<女、という不動の不等式が成り立っているということです。
主人公が堕落しきってバッドエンド直行のストーリーを期待していた方がいらっしゃったら申し訳ございません。
また、サターニャに関しては次の話から登場していただくつもりです。