なんか机にパンツ降ってきたけどどうすればいい?   作:リンゴ餅

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第十三話

 

 妹との電話を終えた後、学校で出された宿題でもやろうかと思った直後のこと。

 

 ――――ピンポーン。

 

 夜遅くの訪問。

 時刻は午後八時前、寝るには早すぎるが、どこかに出かけるのも遅すぎる時間帯。

 非常に中途半端な時刻だ。

 

 誰が来たのか疑問に思いながらも持っていたシャーペンを置いて玄関まで出ていく。

 

 不審者の可能性もなくはないと考え、ひとまずドアスコープから外を覗き見ると、

 

「……天真さん?」

 

 もうすっかり見慣れてしまったボサボサのブロンドの髪の持ち主がボケっとした顔でドアの前に立っていた。

 

 放課後教室で別れを告げたっきり今日は会ってなかったが、こんな時間に何の用だろうか。

 もしかして夜這い?

 それにしてはまだ早いし、またネトゲのお誘いをするつもりだろうか。

 

 とりあえず、考えるのもほどほどにドアを開けた。

 

「天真さん、こんばんは。どうしたの?」

 

「よう。佐倉ってもう夜飯食べた?」

 

「夜飯? とっくに食べ終わったけど……どうして?」

 

「そうか……いやさ、私お金なくてここ最近夜は何も食べてないんだよ。作るのも面倒くさいし。そこで都合のいい隣人がいることが判明したから、余り物でもいいから何か恵んでもらえないだろうかと思って」

 

 ちょっと言ってる内容が酷すぎて何言ってるか分かんない。

 突然何の話だと思ったらただの乞食かよ。

 

 夕食を恵んでもらうにしてももう少し早い時間に頼みに来るのがいいんじゃないだろうか。

 

「なあ、いいじゃないか。私と佐倉の仲でしょ?」

 

「…………」

 

 ヘラヘラとした顔で言われると何だか無性に腹が立って……とまではいかないにしろ微妙な気持ちになってしまう。

 

 まあ女子高生と一緒に時間を過ごせるわけだし、やぶさかではないが。

 

「……パスタでもいい?」

 

「お? 悪いねぇ……いつかこの恩は返すからさ」

 

 そう言って無遠慮に家の中に侵入してきた天真さんは、くたびれたジャージ姿だった。

 

 ただし、上半身だけ。

 下半身はいつか見たように白い生肌がさらけ出され、もう少しでイケナイ部分が見えてしまいそうになっていた。

 

 俺の部屋って彼女の中でどういう認識なんだろう。

 まさか自分の部屋の一部ってことはないだろうな。

 興奮よりも不安の方が勝ってしまう。

 

 ……言わないでおくのは気の毒だな。

 目の毒でもあるし。

 

「あの、天真さん」

 

「んん? 何? 気が変わったって言うのはなしだぞ。空腹が満たされるまで私はお前の部屋から意地でも動かないからな」

 

「いや、それはいいんだけどさ……」

 

 むしろ動かないでそのまま居座ってくれてもいいですよ。

 ……やっぱ流石に迷惑かもしれないからやめてほしいな。

 

「もう少し、あったかい恰好をしたほうがいいと思うんだ」

 

「はあ? 別に今日は寒くなんて……――ッッ!!」

 

 遠回しに言っても気づいてもらえたようで、ジャージの裾部分を手で押さえて、すごい勢いで部屋から出ていった。

 

 よかった。

 またなんか物騒なものを取り出されるかもしれないと思って身構えていたが、睨みつけてきただけだった。

 

「ごちそうさまでした」

 

 俺は手を合わせて感謝の念を口にした。

 眼福眼福。

 

「……よし」

 

 お代も頂いたことだし、ちゃんと仕事はしますか。

 

 俺はキッチンへと足を運び、一人前のパスタをゆで始めた。

 

 

 … … … … …

 

 

 ゆであがったパスタを中くらいの大きさの皿に盛り付け、ソースをかける。

 自家製のソースではなく、普通にスーパーで売ってる市販のソースだ。

 

 今日の夕食に使ったものの余りをすべてぶっかけて割りばしで混ぜる。

 

 ちなみに、使ったのはタラコのソースだ。

 俺の場合、パスタを献立に選ぶときはタラコスパゲッティがレギュラーだから他のソースは基本的に買わない。

 タラコは好き嫌いが結構分かれる食材だから天真さんの口に合うかどうかは少し不安だ。

 

 とはいえ他に手軽に振舞える食材がないので仕方ない。

 

「ほい、完成っと」

 

 インスタントの味噌汁も作って、自室にある小さいテーブルにパスタと一緒に配膳した。

 

 まあ女子高生一人なら、これぐらいあれば十分腹は膨れるだろう。

 

「さてと……」

 

 天真さんはさっき部屋から出ていったきり戻ってこない。

 そんなに下半身を生で見られたのが恥ずかしかったのだろうか。

 

 一応は俺を男子として意識してくれているということだし、喜ぶべきなのだろうが……それならそもそもズボン履けよっていう気持ちもある。

 

 とにかく、早く食べてもらわないとせっかく作ったものが冷めてしまう。

 

 俺は天真さんを呼びに彼女の部屋の玄関の前に行き、チャイムを押した。

 

 

 ピンポーン。

 

 

 反応はない。

 

 

 ピピンポーン。

 

 

 またしても反応はない。

 

 

 ピピピピピピピ「やかましいわ!!」

 

 

 ドアが外れてしまうのではないかと心配になるほどの勢いで天真さんが出てきた。

 今度はちゃんと黒いハーフパンツをはいている。

 

 正直この下りはすでに一度やっているので省略したい。

 

「天真さん。料理できたよ」

 

「…………」

 

 そんなに眼光を鋭くしてもただ可愛いだけですよ。

 

 誰かに威嚇するときはアルカイックスマイルで物腰穏やかに相手の弱みをさりげなくほのめかすのがプロの脅し方だ。

 最近それを当たり前のように行っているサイコパスが知り合いに出来たからよかったら紹介しまっせ。

 

 それにしても拗ねた女の子というのはやはりいいものだ。

 何というかね。羞恥の仕方というか、質が今までと少し違うんだよね。

 

 最初に天真さんが俺に対して羞恥の感情を抱いたときは「知らない人にパンツを見られた」ということに対する羞恥だった。

 けど、今は「知り合いにパンツ見られた」ということに対する羞恥だ。

 前者は一時的なものですぐに忘れることができる羞恥だが、後者は違う。

 明確に異なるのは分かってもらえるだろう。

 

 とはいってもこのままだとやりにくいのでここは強引にいかせてもらうとする。

 

「天真さん」

 

「…………ナニ」

 

「天真さんはタラコスパゲッティは好き?」

 

「……嫌いではない」

 

「ならよかった。すぐに食べられるからどうぞ召し上がれ」

 

 何事もなかったかのように俺は笑みを浮かべながら催促する。

 

 天真さんはそれからしばらく俺のことを睨んでいたが、やがてため息をついて玄関から出てきた。

 どうやら気を静めてくれたようだ。

 

「……明日以降の私の飯当番全部お前な」

 

 それは流石に割が合いませんよ天真さん。

 お代を全部パンツで支払ってくれるなら考えなくもないけど。

 

 ふざけたことを考えながらも今の天真さんの言葉が冗談かどうか若干不安になりつつ、俺は天真さんの後に続いて自分の部屋に戻った。

 

 

 … … … … …

 

 

「ふぃー、食った食った」

 

 至極ご満悦そうな顔を浮かべてお腹をさすっている少女。

 客観的な評価を下せば、隣人の家に押し入ってタダ飯を食らって平気な顔をしている少女。

 

「お味はどうでしたか、師匠」

 

「うむ。満足である」

 

「ありがたきお言葉でございます」

 

 下半身を見られたことも飯を食っている間に頭から抜け落ちたのだろう。

 険しい顔をすることもなく機嫌が悪いということはなさそうだ。

 

 綺麗に平らげられた食器を下げた後。

 さらに天真さんの好感度を上げるためにあるものを用意して天真さんの目の前に置いた。

 

「はい、天真さん。食後のデザート」

 

「おっ。気が利いてるねぇ。ありがたくいただくとしよう」

 

 こんなこともあろうかと今日の帰りに買っておいたブレインエンジェルのシュークリームに、温かいココアを添えて給仕する。

 女子はスイーツに弱いという話は非常によく聞くし、月曜日に天真さんにパンツを見させてくれたお礼に差し入れしたときも普通に受け取ったので天真さんも例外ではないのだろう。

 ココアに関してはコーヒーだと単純に好き嫌いが結構あるので常備してあるココアパウダーに活躍してもらった。

 幸せそうな顔でシュークリームをほおばっている天真さんを見てると、俺の心配りはしっかり実を結んでいるらしい。

 

 はむはむ、という擬音が似合いそうな食べ方。

 女の子らしい小さい口でシュークリームの生地を啄むように食べる姿は非常に愛らしく微笑ましい。

 食事をしている天真さんを眺めているだけでも一時間は過ごせそうだ。

 

「ところで天真さん」

 

「……ふぁ?」

 

 そういえば、と心の中で思いついて口火を切ると、ちょうどシュークリームにかじりついている時だったようでくぐもった声が上がる。

 

「今週の日曜日って何か予定ある?」

 

 先ほど妹から提案された花見の件。

 早速天真さんを誘ってみることにした。

 

 休日の予定を女子に聞くなんてリア充じみたことを生まれて初めてしたわけだが、二人きりのデートに誘うわけでもないのでそれほど緊張はしなかった。

 

 天真さんは少し考えるそぶりを見せて、

 

「……割とあるかな」

 

 ……あれ?

 

 想定していたものとは異なる答えが返ってきた。

 正直、家ではネトゲばっかりやってるらしい天真さんに休日の予定があるとは思っていなかった。

 

「ちなみに何の予定があるか聞いてもいい?」

 

 高校に入って早速一皮むけたところを妹に見せて驚かせてやろうというプランにいきなりヒビが入る。

 少し焦ってプライベートに踏み込んだ質問をしてしまったが、天真さんは特に気を悪くした様子もなく、ココアをすすりながらまったりと答えてくれた。

 

「日曜はイベントがあるんだよ」

 

「へえ、イベントか……どこでやるの?」

 

「……憩いの広場ってとこ」

 

 『憩いの広場』……そんな場所この近くにあっただろうか。

 聞き覚えのない地名に首を傾げるも、なかなか思い当たる場所の映像が浮かび上がらない。

 

 まあ、これ以上追及するのも失礼か。

 見るからにインドア派の天真さんが休日にわざわざ外出するとは意外だったが、別におかしいことではない。

 

 まだヴィーネさんと白羽さんがいるし、明日二人も誘ってみよう。

 それでダメだったら泣くしかない。

 妹になぐさめてもらうことにする。

 

「なんでそんなこと聞くんだ?」

 

「さっき妹と電話したら日曜日に花見があるから行こうって誘われてさ。友達も一緒に連れてきていいって言うから天真さんも一緒にどうかなって」

 

「はあ……私はいいや。なんか人が多そうだし、ただの花見て何が楽しいのって感じだし。てか、それよりもお前にも妹いるんだな」

 

「うん。一つ下の妹がいるけど……その言い方だと天真さんにもいるんだ?」

 

「ああ。ちっこいのが一人。今頃はきっと実家でおねんねしてるよ」

 

 手を上げてこのぐらい、と天真さんは背丈を示す。

 大体座っている天真さんよりも少し高いぐらいだろうか。

 確かにそれぐらいだったらちっこいな。

 天真さんの妹ならさぞ可愛らしいことだろう。

 ぜひ一目見てみたいものだ。

 

「そっか……分かった。残念だけど、もし気が変わったらいつでも言って。ヴィーネさんとか白羽さんとかも明日誘ってみるし、賑やかで楽しくなると思うから」

 

「はいはい……」

 

 予定もある上にそもそも花見に行くこと自体気が進まないなら仕方がない。

 潔く諦めることにしよう。

 

 でも人が多いのが嫌なのにイベントには参加するっていうのには違和感を感じるな。

 まあいいけどさ。

 

 部屋に置いてある時計をみると時刻は九時前。

 天真さんの方を見るとシュークリームはすべてお腹の中に収まったようでココアをズズッとすすっている。

 追い出すにはまだ早い時間だし、天真さんがよければもうしばらく駄弁っていたい。

 

 そう思っていたが彼女はいつの間にか昨日俺もお世話になったノートパソコンを小テーブルの上に開いて無表情でカタカタと操作し始めていた。

 そういや最初に部屋に入って来たとき何か小脇に抱えてたな。

 

 思わず苦笑いが漏れてしまう。

 天真さんらしいといえばそうなのだろうが……。

 白羽さんとは違う意味でマイペースだ。

 

「…………」

 

 白羽さんの顔が思い浮かんで、ふと悪霊の件が頭によぎった。

 

 ……そうだ。

 ちょうどいいし白羽さんのことについて聞いてみるか。

 何か新しい情報が得られるかもしれない。

 

「そういえば、天真さんって白羽さんと昔から仲がいいんだよね?」

 

「ん……? まあ、一応な……どうして?」

 

「白羽さんってどっかのお寺とか神社の出身だったりとかするのかなって」

 

「はあ?」

 

 天真さんはパソコンを操作する手も止めて、訳が分からないというような表情を浮かべた。

 

 自分でもバカげた質問だと思うが、今日の白羽さんの話の件で辻褄が合うような説明が他に考えられないのだ。

 白羽さんが由緒正しいお寺の娘だったりとか、あるいは白羽さんの見た目だとどっかの教会出身だったりとか。

 教会だと幽霊というより悪魔祓いの方だし、国籍は多分日本だろうから、お寺か神社がしっくりくる。

 そういった特別な家の生まれだったとしたら、白羽さんが変わった能力持ちだったとしても頷けるかもしれないのだ。

 

 しかし、俺の予想を肯定するような返事は返ってこなかった。

 

「あいつは普通の一般家庭……とは言えないけど、ちょっと金持ちな家に産まれただけで私たちと同じ一介の庶民だぞ」

 

「じゃあ実は一家代々イタコの血を継ぐ家系だとか、有名な陰陽師の末裔だとか、そんな感じの事実は?」

 

「だからないって。何なんだよ一体……」

 

 どうしても納得がいかずしつこく食いついてみるも、天真さんは面倒くさそうな顔をしてあしらうばかり。

 

 ……うーむ。

 でも絶対天真さんは何か知ってると思うんだよな。

 

 ここ最近になって白羽さんが霊能力を持ち始めたとか、怪しい新興宗教とかに引っかかったみたいな可能性もあるかもしれないけど、どうしてもパンツ事件のことがひっかかる。

 

 パンツが急に空中に現れて降ってきた、という状況はシュールで可愛らしいけれど。

 パンツを斧とか刀とか生首とかにとっかえたら相当なホラーだし。

 

 しかもそのパンツはあくまで天真さんのものということになっている。

 白羽さんではなく、天真さんの。

 

 つまり、白羽さんだけでなく天真さんもただものじゃないと俺は見込んでいるのだ。

 

「…………」

 

「…………」

 

 ジーっと天真さんを見つめるが、彼女はパソコンの画面から目を離さない。

 

 俺の中では好奇心と思いやりの心がせめぎ合っていた。

 パンツ事件の真相はなんなのか。

 天真さんは何か隠していることがあるんじゃないか。

 白羽さんと天真さんは一体何者なのか。

 

 もう一つ、好奇心以外に疑問解決をせかしている要素があるとすれば、それは不安だった。

 仲がいいとも悪いとも言えない人に悪霊が憑いてるなんて言われたら普通不安になる。

 

 しかし、このままだと埒が明かないのもまた自明なことだった。

 

「……ごめん、変なこと聞いた。今のは忘れて」

 

「……別に」

 

 仕方ないのでここは一旦引くことにしよう。

 これ以上聞くのは、天真さんにも白羽さんにも悪い。

 

 不安を解消できないのは辛いが、とりあえず二人を信じることにするべきだ。

 

 俺の質問で不信感を覚えたのか、天真さんも心なしかさっきからムスっとした感じだし。

 やっぱり白羽さんのことを突っついたのは失敗だったかもしれない。

 

 今の俺にとって一番嫌なことは、せっかく仲良くなりかけている天真さんや白羽さんを傷つけてしまうこと。

 ある程度信頼関係を積んだ後なら多少失敗しても容易に仲直りできるが、現時点だとそうはいくまい。

 最悪、男子と女子との関係でありがちな自然消滅パターンに入ってしまう恐れもある。

 

 女子の心は繊細であるということをゆめゆめ忘れるなかれ。

 妹にも似たようなことを言われたことがあるだろう。

 

 ひとまず、一回頭を冷やすことにしよう。

 今日は色々ありすぎて、なんだか頭の働きが鈍い感じがする。

 

「天真さん」

 

「なに」

 

「……えっと、俺シャワー浴びたいんだけど、天真さんはどうする?」

 

「……まだしばらくはここでゲームしてく」

 

「分かった。喉が渇いたら冷蔵庫に牛乳とか入ってるから勝手に飲んでいいよ」

 

「ん、そうする」

 

 ……顔つきが不機嫌な割には帰らないんだな。

 違和感を感じたが、激おこぷんぷんというわけではなさそうだし、少し安心した。

 

 着替えやタオルは脱衣所に置いてある。

 妹以外の女子が家にいる状態で全裸になるというのもなかなか新鮮だが、ちょっと今はそれを気にしている場合ではない。

 

 さっきからやけに頭が熱いし、ボーっとしてる感じがある。

 かゆうま状態と言ってもいい。

 元ネタは友達から聞いただけで使い方あってんのかは知らんけど。

 

 シャワー浴び終わったら天真さんには申し訳ないけど、さっさとベッドに入って寝てしまおう。

 

 俺は風邪をひいたときのような悪寒とともに浴室へと向った。

 

 

 


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