なんか机にパンツ降ってきたけどどうすればいい? 作:リンゴ餅
「……そろそろいいかな」
部屋の主の意識が完全になくなったのをキチンと確認して、パソコンを閉じる。
ゲームの続きをしたいのが本音だけど、そうも言っていられない。
「こいつ、運がいいんだか悪いんだか……」
私たちに会えたのは不幸中の幸いというべきか。
もはや何かしらの運命ではないかと思うくらいには偶然が重なった結果だ。
「ちゃっちゃと終わらせてゲーム三昧と行きますか」
そう。
本来であれば私は今の時間、いつも通り自分の部屋に引きこもってネトゲをしているはずだった。
というか、さっきまで実際に自分の部屋の床で寝っ転がりながらやっていた。
そんな私の尊い娯楽の時間を奪ったのは一本の電話。
最近は一人の悪魔の友達からしかかかってこない携帯電話に、珍しいやつから着信があった。
何事か、と思いながらも仕方なく出たところ、いきなり変な仕事を押し付けられたのだ。
何でも最近知り合った同じクラスの佐倉に悪霊が憑いてるから除霊を手伝ってほしいらしい。
悪魔祓いだったらともかく、天使にとって除霊は専門外な気がするけど、やろうと思えば一応できる。
面倒くさかったので断ることも考えたが、一応は一晩一緒にネトゲをした仲だし、すぐ隣に住んでる人間が悪霊に呪い殺されてしまうというのも後味というか、気分が悪い。
そういうわけで私は依頼を受けることにした。
作戦としては非常に簡単。
佐倉が寝た時間を見計らって幽霊を二人がかりで退治。
除霊道具などは向こうが既に準備しているらしい。
私の仕事は佐倉の用心棒を一時的に務めることと、リンチに参加することだ。
「……とりあえずラフィに電話だな」
携帯をポケットから取り出して私の部屋に控えているもう一人のリンチ要員に電話を掛ける。
呼び出し音が鳴ってすぐに応答があった。
『もしもし、ガヴちゃんですか?』
「ああ。佐倉はもう寝たからいつでも始められるぞ」
『分かりました。では早速佐倉君をこちらの部屋に移動させましょう』
「私一人じゃ無理だからお前も手伝ってくれ。鍵は開けとくから」
こっちの準備が整ったことを報告し、電話を切る。
玄関の鍵が開いていることを確認して待っていると、やがてドアが静かに開いた。
「こんばんは、ガヴちゃん」
「おっす。もう除霊道具の準備はできたのか?」
「はい。後は幽霊さんが部屋のどこにいるか探し出すだけです」
「よし。早く見つけてぶちのめそう」
除霊している最中に佐倉が目を醒ますといけないので、まずは佐倉をラフィと二人で私の部屋に運んだ。
途中意識が戻りかけたときは私の睡眠魔法(物理)で何とかし、運搬を完了。
その後佐倉の部屋の物色を開始した。
物色を始めて十分もしないうちに、標的を発見した。
場所はベッドの下。
ベッドと床の隙間にピッタリ収まるようにそいつはいた。
ベッドの下を覗き込んだら普通に目が合ったので割とマジでビビった。
「おいおい……こんなのどっから拾ってきたんだよ佐倉の奴」
「私もここまで強い霊は見たことがないですね……もう少し気付くのが遅かったら本当に危なかったかもしれません」
佐倉と初めに顔を合わせた段階でラフィは気づいたらしいが、最初はそんなに警戒していなかったらしい。
昨日今日になって急に幽霊の気配が強くなったため早めに対処することに決めたそうだ。
「何にせよ、私たちに見つかったのが運の尽き。あの世で悔い改めるんだな」
「はい。どういった経緯で悪霊になるに至ったのかは知るすべもありませんが、放っておくことはできません」
ベッドの下から引きずり出すと、幽霊はうめき声をあげてこちらを恨みがましい目で睨みつける。
何だか可愛そうな気もするが、ここまで怨念が深い幽霊はもうどうしようもない。
私たちにできるせめてもの救いは楽に成仏させてあげることだけだ。
隣にいるラフィと顔を合わせ、頷き合う。
ラフィから除霊道具を受け取り、私たちは天使としての仕事を始めた。
… … … … …
無事に除霊が終わり、佐倉を私の部屋から運び戻した後。
戸締りや電気を消したかどうかなどを確認して佐倉の部屋を後にした。
今は私の部屋の玄関前だ。
ちなみに佐倉の部屋の鍵は、ラフィが針金らしきものでどうにかした。
「お前、こっちに来てから段々本性を表すのが露骨になってきたよな」
「なんのことですか?」
「……いや」
今回の件も然り、一応は天使っぽいこともやっているみたいだが……。
天界で一緒に過ごしていた時はもっと控えめだった気がする。
今までずっと猫をかぶってきたのだろう。
監視の目が消えたから抑えがなくなったということか。
ある意味私と同じでラフィエルも下界に降りてきて変わったと言えるのかもしれない。
単純にこれが素なのかもしれないけど。
「それにしても何でラフィは佐倉に幽霊が憑りついてることに気付いて、私は気付かなかったんだ?」
電話で依頼を受けたときからずっと気になっていたことだ。
天使は邪悪なものの気配に敏感なはずだが、隣に住んでるにも関わらず私には佐倉に憑りついている幽霊の存在に気付けなかった。
私が首を傾げながら言うと、目の前にいるラフィも首をふって分からないという意思表示をした。
「そうなんですよね……私もあの優秀なガヴちゃんが気づかないわけがないと思って、だからこそわざわざ佐倉君を放課後連れまわして色々確かめたんですが」
「まさかこっちに来てから堕落しすぎたせいで天使としての力が衰えてきてるとか……」
「……ないとは言い切れませんね」
「ええ……マジかよ」
だとしたら普通にショックだ。
確かにさっき天使の姿になって除霊を行ったときも、頭の上の天使の輪っかがドス黒く変色していたりしていた。
適当に拭いたら元の輝きを取り戻したから多分大丈夫だろうと安心していたけど。
やっぱり結構ヤバい状態なんだろうか。
「一日一回でも天使らしいことをしてみたらどうですか?」
「言われてやるぐらいだったらとっくにやってるって……それに私は働いたら負けだと思ってるから」
この名言を生み出した人は天才だと思う。
この言葉ほど現代人の仕事づくめの生活を揶揄したフレーズはあるまい。
世間一般の良識として通用していない現状が非常に残念だ。
「ふふ……ガヴちゃんのお姉さんが今の発言を耳にしたらどうお思いになられるのでしょうか?」
「ゼルエル姉さんの話を出すのはやめてくれ」
姉さんに今の私の生活態度がバレたらどうなるかなんて火を見るよりも明らか。
あの自分にも他人にも厳しい姉が見過ごすとは到底思えない。
下界に降りて以来会ってないが、きっとあのクソ真面目な性格は健在だろう。
今の状態で会うのは絶対に避けなければならない。
「……そういえば、佐倉がお前のこと怪しがってたぞ」
姉さんのことから話をそらすために話題を探して、ふと思い出す。
ラフィが言うには、幽霊が憑いてることは佐倉には打ち明けたらしい。
急にラフィの出自を気にするような質問をしてきたのは、ラフィの昔からの友人の私なら何か知っていると思ったからだろう。
とりあえず誤魔化しておいたが、あの様子だとまだ疑っているに違いない。
あまり深く追及されるとボロを出してしまうかもしれないので不機嫌な様子を演じたら素直に引き下がってくれたが。
「無理もありません。いきなりあんなことを言われて信じる方がおかしいですし」
「ま、人間界じゃ余りないことだからな」
「思ったよりもすんなり事が運んだので、学校で説明したのは余計なことだったかもしれませんが……万が一のことも考えるとあらかじめ説明しておいた方がよかったのは間違いありませんから」
「私も適当にフォローしておくよ」
「恩に着ますね、ガヴちゃん。……それと、
ラフィが取り出したのはさっき悪霊を退治した後、佐倉のベッドの下から出てきたものだ。
一見、子供が遊ぶのに使うような普通の人形に見えるが……。
「恐らくですが、これが悪霊の憑代となっていたんでしょう」
「まあ、いいものではないのは確かだろうな。天界に送り付けとけば大丈夫だろ」
そうなると今回の件を天界側に話さざるを得なくなるが。
本来、見習いの天使である私たちが人間界で特別な力を使用するのはご法度だ。
とはいえ、今回は相手が相手だったし、天界も融通が利かないわけじゃない。
除霊の一つや二つ勝手にしたって何ら問題ないだろう。
「そうですね……では、私が預からせていただきます」
ラフィが私に向って微笑みながらそう言った。
今いる玄関前の通路は蛍光灯の明かりだけが光源だが、仄暗さの中でもラフィの顔ははっきりと目に見える。
最近になって腹黒さが露呈してきたラフィだけど、私や他の親しい人に向けてくれるこの顔は今の性根が腐りきった私でも嫌いじゃない。
幼かったときからずっと見てきたものだ。
(……この笑顔は全然変わらないな)
何となく感傷的な気分になり、ラフィの顔を見つめてしまう。
駄天しきったせいでまともな天使らしい感情はとっくになくなってしまったと思っていたが、どうもそういうわけではないようだ。
「……どうかしましたか、ガヴちゃん?」
誰と接しているときでも崩れることがないこいつの笑顔。
長く付き合っていて自然と分かったことだが、ラフィの笑顔は何種類もある。
嫌いな奴に会ったときは顔の一部分が引くつくし、逆に好きな奴に会ったときは何がそんなに嬉しいのか分からないほどにんまりと頬を緩める。
普段浮かべている笑顔がデフォルトだとしたらそこからまるで百面相をするかのように笑顔が変化するのだ。
パッと見はいつも愛想笑いを浮かべている澄ました奴と思われがちだが、その実ラフィは人並み以上に感情を表に出す天使だということは、それなりに長い期間付き合わないと気づけない。
「何でもない。それより、私は早く自分の部屋に引きこもってネトゲの続きをしないといけないから。また明日な」
「はい。改めて今日はありがとうございました」
今日はもう何も考えずに脳死状態でネトゲをしようそうしよう。
私はひらひらと手を振ってラフィに別れを告げ、部屋に引きこもった。
… … … … …
木曜日、というのはどうも中途半端な曜日だ。
少なくとも学生の身分である俺にはそう思える。
月曜日は週の初めということで土日休んだし今週もまた頑張ろうって気になれる。
火曜日は休日の弛みが抜けてきて授業に身が入ってくる頃で割と頑張れる。
水曜日はまあ週の真ん中だし、あと半分頑張ろうってなる。
金曜日はこの日を切り抜ければ土日が待っている、と気合いが入る。
がんばれないのは木曜日だけだ。
休日が明けて四日目で疲れもたまっており、しかもまだ一日平日が残っているというどうしようもない憂鬱さに襲われるのは俺だけではないと思う。
しかし、今日に限ってはそういったことはなかった。
朝起きたときから非常に目が冴え、頭も冴えている気がする。
要するにすこぶる調子がいい。
昨日の夜、天真さんに夕食を振舞った後ぐらいから急に体調が悪くなり、シャワーを浴びた後、結局天真さんが部屋にいた状態のまま俺は眠りに落ちてしまった。
いくら友達、いくら女子だとは言え流石に抵抗があったのだが、それすらもどうでもよくなるほどに早く体を休めたかったのだ。
そもそも既に天真さんの部屋で一晩過ごしたのだし今さらだろう。
ちなみに起きた後天真さんの姿はなかった。
にもかかわらず玄関の鍵はちゃんとかかっていた。
鍵を渡すようなこともしてないし、合鍵も持ってるわけがない。
非常に不可思議なことだが、まあ後で天真さんに直接聞けばいい。
……そして何より驚いたのは。
今まで毎日のように見ていた例の悪夢(?)を今日は見なかったことだ。
悪夢を見なくなった原因として思い当たるのは当然昨日の白羽さんの件。
白羽さんに何か実際にしてもらったわけではないので、恐らく渡されたお守りのおかげだろう。
体調がいつもより良くなったうえに、変な夢も見なくなった。
偶然と考えるには出来過ぎている気がする。
つまり、彼女はインチキ霊感少女ではなかったのだ。
そうなると俺には本当に悪霊が憑いていたということになるが、考えても怖いだけなのでとりあえずそれは置いておく。
正直白羽さんの正体は気になったままだが、この際本気で彼女のことを信じてみよう。
それは昨日彼女が言っていたことも含めてだし、彼女の人柄とかそういったものも含めてだ。
お守りは無償でくれた物だし、本当に効果があるっぽいし。
変に疑っては彼女も気分が悪いに違いない。
それと、余計な詮索もすまい。
今の状況から考えて、彼女が何かしら特別な環境にいたことはほとんど確実だ。
もちろん、だからと言って変に気を遣うことはせず今まで通り接するのが賢明だろう。
「……一応今日のうちに真面目に悪霊の話を聞いておくか」
客観的に見たら馬鹿馬鹿しいこと甚だしいが、俺は白羽さんのことを信じよう。
現金な気もするが、あっさり信じたわけでもないし、とりあえずは様子を見るようなものだ。
「まあ実は騙されてた、とかいう話だったらその時はその時ってことで」
白羽さんのことはもういいだろう。
一言でまとめれば現状維持ってことだ。
今までと何も変わらない。
現在、時刻は七時半。
朝食は食べ終わり、学校へ持ってく授業道具とかも既に準備し終えたところだ。
「……ん、いつも通りのパッとしない顔だ」
制服を着用して、鏡の前で身だしなみを確認する。
漫画の主人公みたく、容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群と並んでいればよかったのだが、残念ながら俺が持っているのは成績だけだ。
まあ特段ブサイクというわけでもないし、普通に見れる顔ではあるから満足だけどね。
もっとイケメンだったら……と思うのは年頃の男子高校生だし仕方ない。
運動神経に関しては平均よりも少し上、というところだろうか。
良くもないし、悪くもない。
特におかしいところもなかったので鏡の前から離れる。
念のためカバンの中身をもう一度確認し玄関から外に出た。
天気は昨日と同じくらい晴れている。
絶好の登校日和と言えよう。
「……ん?」
何かがポケットの中で振動した。
取り出してみると、使い慣れていないスマートフォンに電話がかかってきている。
電話の相手は……
「うはッ! ヴィーネさんじゃん」
月乃瀬という文字列を視認した瞬間指が高速で動き、電話に出る。
やっぱり白羽さんのお守りはすごい。
朝っぱらからヴィーネさんと電話できるとか。
悪霊退散だけでなく運気上昇の効果まであるようだ。
「もしもし、ヴィーネさん?」
『あ、おはよう佐倉君。朝の忙しい時間に悪いんだけど今大丈夫?』
じんわりと温かく耳に沁みとおる声が、電話越しに聞こえてくる。
もう声だけでもヴィーネさんという人間の懐の深さが感じ取れてしまえるほどだ。
「おはよう。全然大丈夫だよ」
『よかった! 実は頼みたいことがあるんだけど……朝登校するついでにガヴが起きてるか確認してきてくれないかしら?』
控えめにヴィーネさんがお願いをする。
どうやら天真さんが今日もちゃんと学校に登校するか心配なようだ。
俺はヴィーネさんのお願いだからと反射的に了承しようとしたが、よく考えたら起きてるか確認する方法がない。
正確には、起きていない場合にそれを起こす方法がない。
チャイムを連打すればワンチャン起きるかもしれないが、眠りが深かったら起きない可能性もある。
まあ、まずは起きてるか確かめるか。
俺はヴィーネさんにちょっと待つように言って、天真さん家のチャイムを押した。
ピンポーン。
返事はない。
ピピンポーン。
やはりというか、返事はない。
ピピピピピピピッピピピピピピピピピンポーン。
…………。
「もしもしヴィーネさん? 天真さんなんだけど、どうも起きてないっぽいです」
『ハア……やっぱり。ごめんね佐倉君。ガヴのことは私に任せて先に学校に行って。遅れちゃうといけないから』
「いや、でも……」
ヴィーネさんも天真さんを起こすことはできないんじゃ……と喉元まで来てとどまる。
そういえば昨日の朝。
天真さんと仲良く寝過ごしかけていたのを起こしに来てくれたのはヴィーネさんだが、彼女はどうやって天真さんの部屋に入ったのだろう。
天真さんの部屋に入った後、天真さんがカギをかける音を聞いた覚えは確かにあるのだが。
「ねえヴィーネさん、一つ聞いてもいい?」
『なあに?』
「昨日の朝、俺と天真さんを迎えに来たときって、玄関に鍵掛かってたよね?」
『ええ。でも私ガヴの家の合鍵もってるから大丈夫だったわよ』
「ああ……合鍵か。天真さんから渡されたんだね」
恐らく毎朝起こしに来てもらうために天真さんがヴィーネさんに渡しておいたのだろう。
あるいはヴィーネさんの方がいつでも様子を見に来れるように合鍵を渡すように言ったかだな。
いずれにしても、天真さんの意地でも朝は早起きしないという意思を感じさせるのは流石だ。
いくら何でも天真さんは甘えすぎだと思うし、ヴィーネさんもヴィーネさんで甘やかしすぎだと思うけど。
しかし、ヴィーネさんの次の言葉でそのどちらでもないことが判明した。
『いいえ? 私が勝手に業者さんに頼んで作ってもらったの。もう佐倉君の分も作ってあるから今日にでも渡すわ』
「いやいやいやいや」
『それにしても人間の技術力ってすごいわよね。一昨日業者さんに注文したら三十分もしないうちに作り終わっちゃうんだもの。私びっくりしちゃった』
「ちょ、待って。ヴィーネさんストップ」
『……? どうしたの佐倉君? あ、お金のこと心配してるのね。安心して。鍵を作るのにかかったお金は全部私が払うから』
「いや、そうじゃなくて。天真さんに内緒で合鍵を作ったの?」
『そうだけど……やっぱり不味かったかしら?』
「まずいって言うかなんというか……」
ヴィーネさんの仰天行動に内心恐々としながらも言葉を絞り出す。
部屋主の了承を得ずに合鍵を作製。
マジレスするとヴィーネさんのやってることは普通に犯罪だ。
でも責めるつもりにはなれない。
だって、俺が問い詰めた途端に不安そうな声音になったヴィーネさんを責めるなんてフェルマーの最終定理の証明よりも難しいもの。
まあ実際に証明見たことないから良く分からないけど。
歴代の数学者に失礼なことを考えながらも、俺はヴィーネさんと会話を続ける。
「えっと、現時点では天真さんは合鍵の存在を知ってるの?」
『どうかしら……もしかしたら気付いてないかも』
やっぱりか……。
今回の犯行はヴィーネさんがやったからまだ笑って済ませることができるが、ヴィーネさんじゃなかったら全然笑えないことだ。
合鍵というのは言わずもがな便利なものだが、デメリットが当然ある。
単純に住居への侵入手段を増やすことを意味するし、失くしたりしたら大変だ。
ヴィーネさんはしっかりものだし、合鍵を失くすなんてことは滅多になさそうだが、それでもうっかりということはある。
せめて本人には合鍵の存在を知らせておかないとまずいだろう。
つーか、そもそも本人にばれずに合鍵を作るっていうのもなかなか難易度が高いはずなんだけど……業者さんに身分証明とか色々提示させられなかったのだろうか。
ヴィーネさんは可愛いし、業者の人も疑わなかったのかもしれない。
『も、もしかして私すごくいけないことしちゃった? 逮捕されたりとか……』
俺が会話の途中で黙ったのをどう取ったのか、一層不安を含んだ声でヴィーネさんが言う。
「ああ、ごめん。別に問題ないとは思うよ。ただ、天真さんには一応ちゃんと話しておいた方がいいと思う。他人が自分の知らないところで合鍵を作って持ち歩いてるって結構なホラーだから……」
『分かったわ……ありがとう佐倉君。私、まだにんげ……世間の常識がいまいち分からなくて。これからも私のしたことでおかしなところがあったら全部教えて欲しいわ』
そういやヴィーネさんも名前だけ見たら純日本人ではない。
もしかしたら高校に入るまで海外とかで生活していたんだろうか。
だとしたら今回のようなことが起こったのも納得…‥できないけれど、まあいいか。
ヴィーネさんのお茶目な一面が見れたってことで。
「話が逸れたけど、じゃあ今からヴィーネさんもこっちに来るんだよね?」
『ええ。ガヴを起こさないとだから』
「オッケー。それなら俺も待ってる」
『え……どうして?』
「お前はさっさと一人で登校しろ」という意味で言ったのではもちろんないだろう。
でもそんなふうにどうしてと聞かれると答えづらい。
「ヴィーネさんと天真さんと一緒に登校したいんだけど……ダメか?」
女子に言うとなると結構恥ずい。
聞きようによっては下心があると思われそうだし。
まあ実際に下心はあるんだけども。
ただ、下心もそうだが一人登校するより多人数で一緒に登校したほうが純粋に楽しそうだ。
せっかく徒歩で通学してるわけだし。
それに一人だけ早く学校に行ってもすることがない。
『ううん、全然ダメなんかじゃないわ。じゃあ急いで向うから少し待っててね』
「危ないからゆっくりでいいよ。気を付けてね」
そのやり取りを最後に、電話を切った。
「よし。後はヴィーネさんが来るまで部屋で待機だな」
そういうわけで俺は足を翻し、自分の部屋に戻った。