なんか机にパンツ降ってきたけどどうすればいい?   作:リンゴ餅

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第十五話

 ヴィーネさんと合流し、天真さんを起こした後。

 俺たち三人は春の陽気の中仲良く通学路を歩いていた。

 

 ちなみに天真さんは予想通り俺たちが部屋に押し入るまで床に転がって惰眠を貪っていた。

 床で寝ると起きたときに結構しんどいと思うんだけど、別に平気そうなところをみると既に慣れてしまったのだろう。

 いずれにせよ今日も天真さんは相変わらずだな。

 

 ちょっと変わったことがあるとすれば、なぜか会った直後に体に異変はないか聞かれたことか。

 もしかしたら昨日の夜、俺の体調不良に気付いたのかもしれない。

 今はむしろ体調がいいので心配ないと告げ、ついでに心配してくれてありがとうとお礼も言っておいた。

 

 彼女は今眠気でフラフラとしつつも、ヴィーネさんに支えられながら歩いていた。

 大変仲がよろしくて結構だと思います。

 

「ヴィーネさんやヴィーネさんや」

「なあに佐倉君?」

「ヴィーネさんは今週末の予定何かある?」

 

 いつ切り出そうか心待ちにしていたことを尋ねる。

 もちろん日曜日の花見の件だ。

 尋ね方が昨日の天真さんのときと同じでバリエーションがないのは俺が童貞で女性の誘い方を知らないせいでは断じてない。

 

「んー……特にはないわね。あ、でも駅近くのショッピングモールでお洋服のセールがあるからガヴと一緒に行こうって思ってたわ」

「ええ……やだよメンドクサイ。一人で行けばいいじゃん。私、今週末は家でずっとゲームする予定だから」

「あれ、天真さんは何かのイベントがあるんじゃなかったの?」

 

 昨日天真さんを誘ったときは、「憩いの広場」とやらでイベントがあるからと断られたが……。

 

 俺が疑問の声を上げると、天真さんが俺のことを睨む。

 なんか気に障るようなこと言っちゃった?

 

 ……いや、違う。

 これ多分なにか誤魔化そうとしてるときの反応だ。

 

「あ、ああ、そうそう。週末は楽しみにしてるイベントがあったんだよ。だからごめんヴィーネ。私のことはいいから一人で買い物楽しんできなよ」

「ガヴが自主的に外出なんて怪しいわね……まあ仕方ないか。それで、佐倉君は何かあるの?」

 

 ヴィーネさんが聞いてくるので天真さんのことは一旦置いておく。

 俺は隣町で花見があることと、一緒に行くメンバーを募集中であることを説明した。

 すると、ヴィーネさんは目を輝かせ、

 

「お花見!! もちろん行くわ!!」

 

 と、思った以上の食いつきを見せた。

 驚いて少し後ずさってしまうほどの剣幕だ。

 

 ヴィーネさんは俺が微妙に引いてることに気付いたのか、若干顔を赤らめて、

 

「あ、ごめんなさい……私お花見なんて行ったことがないから、ちょっと憧れてたの」

「そうなんだ……それならちょうどよかったかな」

「ええ、ありがとう佐倉君。そもそも私、桜の花もそんなに見たことがないし……すっごく楽しみだわ」

 

 ヴィーネさんの発言に別の意味で驚く。

 桜をそんなに見たことがないって。

 日本に生活していればそこら辺の道端とか、学校とかの校庭に咲いてるのを春に何度も見ることができるほどにはありふれた植物のはずだが。

 この近くはあんまり咲き乱れている場所もないし、今までも似たような場所に住んでいたのかもしれないな。

 

 ともかく、一人はメンバーを確保できたので安心した。

 それにこの様子だと本当に心の底から俺の誘いを喜んでくれているのだろう。

 思わず頬が緩んでしまう。

 

「花見なんて何が楽しいんだか……」

 

 ヴィーネさんの気分の高揚具合を見て天真さんはボソリと呟く。

 

 さっきも少し思ったが、天真さんが参加するつもりのイベントに見当がついた気がする。

 ここはちょっと餌を垂らしてみるか。

 

「確かに天真さんは花より団子ってタイプに見えるよね」

「……そうかもな」

「ところでさ、もしかして天真さんも花見には行ったことない?」

「……ないな。昔の純粋だったころの私ならどうだったか知らんが、今は全く興味もない」

「そっか……そういえば妹が言ってたんだけど、今度の花見は出店がたくさんあるらしいよ」

 

 一概に花見といっても公式なものとそうではないものがある。

 今回妹が誘ったのは前者。

 公式な花見であれば出店は結構な頻度であるし、何らかの催し物があるときもある。

 ただし、人が集中しやすいので団体であれば朝早くから場所取りをする必要が生じるし、混雑が嫌いな人にとってはのんびり楽しめないというデメリットもあるが。

 俺たちの場合は朝から晩まで楽しむ、というわけではないので多分大丈夫だろう。

 花見ガチ勢と矛を交えることにはなるまい。

 

 さて、俺が注目したのは出店の屋台。

 これを餌に天真さんを釣ることにした。

 妹から詳しい話も聞いたし、多分いけるはずだ。

 

「……出店?」

 

 ほんの少しだけ好奇心が沸いたように天真さんが顔をこちらに向ける。

 その脇に並んで歩いているヴィーネさんも興味をひかれたように俺の方を伺っていた。

 

 もしかしたら二人とも花見に限らず祭りとかの伝統行事に疎いところがあるのかもしれないし、出店についてもちゃんと説明しておくべきだろう。

 俺の腕の見せ所だな。

 

「出店はいいよ。花見みたいなお祭り行事の最大の醍醐味と言ってもいい。道端の両脇に並んだ数えきれないほどの屋台を冷かしながら歩いても良し。出店の屋台で買った食べ物を手に、食べ歩きをしながら満開の桜を鑑賞するも良し。そして、出店の最大の特徴は何といってもその種類の豊富さ。食べ物で言えば焼きそばやリンゴ飴、かき氷に綿あめといったオーソドックスな品目に加えて、土地の名産を使った料理が出されることもある。妹の話ではケバブや牛ステーキの串焼きの出店なんて珍しいものも今度の花見ではあるみたいだね。味は去年も友達といった俺の妹お墨付き。流石その道で稼いでるだけあって、どの屋台も見掛け倒しじゃない美味しさを提供してくれるらしいよ」

 

 実際に出店する屋台は食い物専門ばかりではない。

 他にも的当てやらくじ引きやら色々ある。

 だが、天真さんは花より団子、色気より食い気、名誉よりも現金、という句が似合う人だし、今は食材推しで出店の魅力を語ろう。

 

 果たしてその効果たるや、いかなるものか。

 俺はチラっと二人の方を見た。

 

 天真さんもヴィーネさんも、どうやら俺の語りに完全に聞き入っている様子だ。

 二人とも身をこちらに乗り出している。

 

「……ハッ! い、いやいや。でもお金がかかるんでしょ? 私課金しすぎたせいで金欠状態だし」

 

 俺の視線を受けて、微妙に俺の狙いに気付いたのか天真さんが首を振って視線を逸らす。

 

 まあ確かに独り暮らしの高校生にとっては千円二千円の出費も結構な痛手になるだろう。

 だが、それももちろん想定内だ。

 

「もし天真さんも一緒に来てくれるんだったら俺の小遣いで二千円分くらいおごって上げてもいいけど……」

「マジ!?」

「佐倉君、流石にそれは……」

「大丈夫だよ。一応は今まで手伝いとかして自分で稼いだ小遣いから予算を引っ張ってくるつもりだし。それに、どちらにしろ天真さんはいけないんだからもしもの話だよ」

 

 「いやー、残念だなー」とわざとらしい声を上げる。

 おごってあげてもいいのは本当だし、仕送りの金から金を出すなんて筋違いなこともするつもりもない。

 

 さあ、そろそろ釣れるんじゃないかな……?

 

「ぐ……お前って結構やり方が汚いんだな」

 

 君のお友達に比べたら私なんかまだまだですよ。

 

「というか、ガヴは何のイベントに参加するつもりなのよ?」

「…………」

 

 ヴィーネさんも段々気になってきたのか、天真さんに質問をぶつける。

 

 まあ、十中八九ネトゲのイベントだろう。

 一昨日彼女からゲーマーとしての手解きを受けているときに、ゲーム内でのイベントの説明もなされた。

 定期的に開催される、それこそゲーム内でのお祭りのようなもので自分も今では常連メンバーの一員だ、と胸を張って言われ、この子やっぱりあまり乳ないなって感想を抱いたのを覚えている。

 もちろん女の子の魅力は乳だけじゃ決まらないから他意はないんだけどね。

 王侯将相いずくんぞ乳あらんやって昔の中国の人も言ってたし。

 

 そして、天真さんはついに降参したようだ。

 

「はあ……仕方ないな。なんでそこまでして私を誘いたいのか知らないけど……背に腹は代えられん。約束はちゃんと守れよ佐倉」

「もちろん」

「え? え?」

 

 俺が天真さんの『イベント』が何かに気付いたように、天真さんも俺の意図に気付いたようだ。

 結果としてヴィーネさんだけが置いてけぼりな形となってしまったが、彼女もすぐに理解できるだろう。

 

 花見メンバー二人目確保、っと。

 

 

 … … … … …

 

 

 昼休み、俺は訳あって校内中を歩き回っていた。

 というのもこないだの新入生テストの採点が早くも終わったらしく、昨日遅刻したために受けられなかった英語の授業で俺を除いて答案が返却されたらしい。

 それで答案を直接取りに職員室に行ったのだが英語の教師が不在だったのだ。

 

 他の教師のヒントを頼りに何とか英語の担任を発見しようと奮闘していたのだが……。

 

「…………」

 

 屋上に続く階段前。

 移動の途中で仕方なく通るぐらいしか用のない場所。

 近くは特別教室ばかりで人の気配も薄い。

 

 そんなところを俺もたまたま通りかかった。

 その結果、見てはいけないものを見てしまったのだ。

 

 別に誰かが着替えをしていたとか、エアギターを弾いていたりだとか、あるいは校内の人間の命を奪うような結界を設置していたとかいう話ではない。

 純粋に、単純に、偶然に、ただただ哀しいものを見てしまっただけ。

 

 つまるところ、同じクラスの女子が階段に座って独り、無表情で昼食を食べているのを目にしてしまった。

 

「…………」

 

(うわぁ……めっちゃこっち見てくるよ。どうすっかなこれ……)

 

 しかも例の赤髪の子じゃん。

 なんか悪役になりきれてない悪役みたいな名前の。

 

 廊下から階段前のスペースに出て、ばったり彼女と出くわした。

 そのまま何も見なかったことにしてスルーすればよかったものを。

 余りにもあんまりな光景だったから足をつい止めてしまった。

 

 というか、今からでも遅くはないか。

 ちょっと時が止まったことにしてこのまま通らせてもらおう。

 

 そう思って足を動かそうとしたところ、

 

「ちょっとあなた……」

 

 作戦変更。

 後方へ全速力で駆け抜けよう。

 来た道を戻ることになるが、昼休みはまだ始まったばかりだ。

 急ぎの用事でもないし、問題ない。

 

 彼女の口から音が出た瞬間にそう判断を下した俺は、脳から脚に命令を伝え、身を翻す。

 彼女との距離は空いてるし、男子である俺には追いつけまい。

 人もいないので走って誰かにぶつかる可能性も薄いだろう。

 

 というわけでさようなら胡桃沢さん。

 また教室で会いましょう。

 

「あ!! こら、待ちなさい!!」

「大丈夫! このことは誰にも言わないから!」

 

 がんばれ胡桃沢さん。

 この学校の生徒はパンツ野郎の俺にも優しくしてくれる人が沢山いるから。

 きっと勇気を出せばだれか一人ぐらい友達になってくれるよ。

 

 なぜか逃げなければならないという焦燥にかられた俺は、そのまま彼女のもとを去った。

 

 

 

 

 ……というわけにはいかなかった。

 

「待ちなさいってば!!」

「うっそ!?」

 

 最初彼女と俺の間にあった距離のハンデにもかかわらず、俺が走り出してから数秒も経たずに肩を掴まれた。

 ヤバい。ちょっと女子だからって舐めてたけど。

 大事なことを忘れていた。

 

 すなわち。

 頭のイカれた女子は、総じて運動能力が並外れていると相場が決まっているということに。

 ついでに言えば、逃げられたら追いかけたくなるのも人間の心理だろう。

 こういう単純そうな子には良くあてはまるものだ。

 

 って!!

 こんな冷静に分析してる場合じゃない!!

 この子握力がマジでヤバいんですけど!?

 絶対60、70はあるぞコレ!?

 

「イタイイタイ!! 胡桃沢さんイタイって!」

「逃がさないわよ! あなたは大事なスパイ候補なんだから!」

「スパイって何!? 何にせよこのままだと俺の肩が根元からもげるから早く手を離して!!」

「ふふ、そう簡単にこのサタニキア様が騙されると思って? 絶対にこの手は離さないわよ!」

 

 嬉しいセリフなんだけど嬉しくない!

 

 仕方なく多少乱暴にもがいてみるが、右腕を丸ごと両手でつかまれているせいで相当暴れないと振りほどくのは無理そうだ。

 

 このままだと脱臼か骨折は確実。

 どうにかして胡桃沢さんを落ち着かせないといけない。

 

(腕を失いたくなかったら考えろ俺! どうすれば胡桃沢さんの拘束をほどける!? 暴力的なのは論外、言葉でどうにか説得したいけど聞く耳持たなさそうだし……そうだ!)

 

「分かった!! スパイになるから手を離して!! マジでもげる!!」

「そんなこと言って手を離した瞬間に逃げるつもりなんでしょ! 騙されないわ!」

「イデデ!! じゃあせめてもっと力緩めて!! このままだと本当に俺の利き腕がなくなるから!!」

「……仕方ないわね。これで勘弁してあげるわ」

 

 俺の必死の懇願が通じたのか、胡桃沢さんは言葉通り拘束を緩めた。

 両手で俺の手首と二の腕辺りを掴んでいるのはそのままだが、今度は普通の握力だ。

 

 ……ハア。

 マジで死ぬかと思った。

 逃げようとしなければこんなことにはならなかったかもしれないのに……なぜ逃げたし俺。

 

「それで胡桃沢さん、スパイっていったい何の……」

「ストップ! 人間風情が私のことをそんなに気安く呼ばないでもらえる……? 私のことはサタニキア様とお呼びなさい!」

 

 顎をクイっと上に上げ、文字通り上から目線で彼女は言う。

 

 ……もう、何というか。

 やっぱりこの子このままだと友達出来ないかもしんない。

 

「……えっと、サタニキア様は一体何のスパイに俺を採用しようと思ったのでしょう」

「そんなの決まってるわ……あなた、今朝ガヴリールのやつと一緒に登校してきたでしょう?」

「そうだけど……」

 

 何で知ってるのか、とは聞かないでおく。

 まあ校門辺りでたまたま見られたのだろう。

 

「それに、あなた何でも今年の学年『シュセキ』とやらになったそうじゃない。有能な者であれば種族は問わない……魔界の王として君臨するこの私が人間界で手元に置くのにふさわしい人材だわ。というわけで貴方は今この瞬間から『大悪魔の手下(サタニキア・ブラザーズ)』の一員に任命よ! 私の下で働けることを光栄に思いなさい!」

 

 ……もったいない。

 

 どや顔で俺の雇用宣言をする胡桃沢さんをみて、俺はそう思わざるを得なかった。

 

 もし、この子の頭のネジがもっとしっかり閉まっていればきっと友達がたくさんできたことだろう。

 もし、この子のおつむがもっとちゃんとしてればきっと運動神経抜群の人気者になれただろう。

 もし、この子の性格がこんなに面倒くさくなかったら、きっと俺はこんな切ない気持ちにはならなかっただろう。

 

 そんなこの子のために一句。

 

 ――身の程を知れと胡桃は鳴くばかり、いかでか耳をつけむべけんや。

 

 ああ、哀しいなあ。

 

「ちょっと! 聞いてるの!」

「……ハッ!」

 

 素人感まるだしの黒歴史じみた句を頭の中で詠んでいると、いつの間にか胡桃沢さんが俺の顔を覗き込んでいた。

 

 距離が近いのでよりよく見えるが、本当に見た目はスゴイいいんだよ。

 良いんだけど、なあ……。

 

「……何よその不満げな顔は? 私のような主君をもてて嬉しくないの?」

「いや……一つ提案があるんだけどさ」

「何よ?」

「学校で、しかも同級生でサタニキア()はおかしいから、別の呼び方をしてもいい?」

「……それもそうね。なら、私のことはサターニャ(・・・・・)様と呼びなさい。私を愛称で呼ぶことを特別に許可するわ」

 

 そこじゃないんだよサターニャ様……。

 天然なのかわざとなのか疑わしいレベルだぞもはや。

 

 とりあえず、四苦八苦しながらもその後の交渉でなんとか様付けは勘弁してもらうようになった。

 

 

 

 

 

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