なんか机にパンツ降ってきたけどどうすればいい?   作:リンゴ餅

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第十六話

 頭のおかしい赤髪娘に絡まれて数十分。

 まだ昼休みは終らないが、彼女による拘束も終わる気配はない。

 

 というか、そろそろ腕を離してほしいんだよね。

 話の流れで片手は離してくれたんだけど、まだ彼女の右手が俺の右手首をがっしりと掴んでいる。

 あまり妹以外の女子から物理的な接触を受けたことがないから居心地が悪いんだよ。

 女子とすれ違いざまに肩がぶつかった程度でドキってするレベルだからね俺?

 

 それぐらい女性に対する免疫がない俺の手首を、文字通り手錠するなんて。

 しかも、制服の上からではなく直接肌同士が接触しているのだ。

 最初は肩をもがれかけた痛みで気にする余裕なんてなかったが、途中から彼女の手の温もりが気になって仕方がない。

 

「コホン、それじゃあ話を戻すわね」

「その前にそろそろ手を離してほしいんだけど……」

「話が終わったら離すわよ。そんなことよりも、あなたの最初の任務を伝えるわ」

 

 俺の胸のときめきがそんなこと呼ばわりされちゃったよ。

 ひどすぎて草生えるわ。

 

「ズバリ! ガヴリールの嫌いなものを今日の放課後までに探ってきなさい!」

「天真さんの嫌いなもの?」

「ええ、昔の偉い人はこんなことを言ったらしいわ……『敵を知り、自分を知れば百戦して危うからざる無し』……とね」

「おお……」

 

 この子がそんな難しい言葉を知っていることに驚いた。

 微妙に惜しいんだけどね。

 文末が二重否定になってるからそれだと逆の意味になるんじゃないかな。

 

「そこであなたの……そういえばあなた、名前何て言うの?」

 

 名前も知らない奴を工作員に雇おうとしてたサターニャさんは流石っすわ。

 もちろん口には出さないけど。

 まあ出してもこの子なら純粋に誉め言葉として受け取るかもね。

 

「……佐藤の佐に、鎌倉の倉。最後に優しいって書いて佐倉優。以後お見知りおきを」

「砂糖の砂に、鎌倉の倉……易しいって書いて砂倉易ね!」

 

 うん。

 とりあえずイントネーションでなんか違うってことは分かった。

 俺の名字シュガーでもサンドでもないんだよね。

 

 まあ訂正する機会があったら指摘してみよう。

 

「それで、サターニャさんは天真さんの嫌いなものを知ってどうするの?」

「くふふ……そんなのわざわざ言うまでもないわ」

「あ、じゃあ言わなくていいです」

「え……な、そこはあんた聞くところでしょ?」

 

 あ、少し残念そうな顔してる。

 ごめんね。

 意地悪してみたかっただけだよ。

 

「……まあいいわ。奴の嫌いなものを知ってどうするかって? あいつにバレないうちに下駄箱や机の中に仕込んでおくのよ! 嫌いなものをさんざん見て弱ったところを一気に叩けば私の勝利は確実だわ!」

「…………すごい作戦っすね」

「ふふ……この程度の案なら私に掛かればすぐに思いつくわ」

 

 俺が棒読みに近い発音で言うと彼女は自慢げに胸を張って答える。

 白羽さんには劣るけど普通にデカい。

 

 そんなことより、なかなか面倒くさいことを押し付けられてしまったな。

 やむを得なかったとはいえ一度はスパイになることを了承してしまったのだし、今さら彼女を無視するということもしづらい。

 

 それにだ。

 彼女の目的は別に天真さんに嫌がらせをすることではないだろう。

 本当の目的は考えなくてもすぐわかる。

 

「別に素直に友達になってほしいって言えば天真さんも普通に頷いてくれると思うけど」

「なっ?! 何言ってんのよあんた! 私とガヴリールは因縁のライバルであってそんな生ぬるい関係ではないわ!」

 

 俺がつい心の声をもらしてしまうと彼女は図星を突かれたのか顔を赤らめて慌てて主張した。

 うーん……変な風に考えないで単刀直入に友達申請をすれば、少なくともヴィーネさんとかは受け入れてくれるとおもうんだけどなあ。

 

 ま、とりあえずは彼女のしたいようにさせておこう。

 

「分かった。今日の放課後までに天真さんの嫌いなものを調べてくればいいんだね」

「ええ。待ち合わせ場所はここにするわ。あとは……そうね、合言葉を決めましょう!」

「合言葉って……いや、うん。いいよ。何にする?」

「うーん……かっこよくて悪魔的なやつがいいわね」

 

 合言葉の発案は彼女に任せて俺は彼女の胸部をガン見していると、いつの間にか腕から彼女の手が離れていることに気付いた。

 安心したけど、ちょっと残念な感じもする。

 

 その後、俺の意見も取り入れたうえで合言葉が決まり、その場は解散となった。

 

「任せたわよ、佐倉優。とびっきりの情報を期待してるわ」

「善処するよ」

 

 合言葉を決めるついでに俺の名前を確認したところ、やはり漢字が誤字っていた。

 易は「ゆう」とは読みません。

 

 そんなわけで俺はやっと解放され、自由の身となった。

 

「ああ……! いつの間にか私のメロンパンが! 今日の昼食だったのに……」

 

 何かを嘆くような声が聞こえた気がするが多分気のせいだろう。

 俺はその場を後にし、教師の探索を再開した。

 

 

 … … … … …

 

 

「……というわけなんだけど、ラフィも一緒に行かない?」

 

 いつもの、といってもまだ仲良くなって数日しか経ってないけど、とにかくいつもの三人で昼食を食べながら話をしていた。

 本当はもう一人いるんだけど、何か用事があるらしいので今はいない。

 

 話題はその今は不在の彼が誘ってくれたお花見の件について。

 佐倉君のした説明をそのまま受け売りでラフィにしていたところだった。

 もちろん、本人の了承は得ている。

 まあどちらかといえば彼の方からラフィに話してくれるように頼んできたんだけど。

 

「お花は天界でたくさん見る機会がありましたが、観賞用としての桜は確かにあまり見たことがありませんね……私もぜひご一緒させてほしいです」

 

 ラフィも特に週末に予定はなかったようで快く承諾してくれた。

 

 彼女の言葉を聞いて私も嬉しくなる。

 四人……そういえば佐倉君の妹さんがいるらしいから全部で五人。

 それなりの人数でこういうイベントに参加するのはこっちに来てからは初めてだ。

 ガヴ(純粋)とお出かけしたり一緒に外でご飯を食べたりすることはあったが、それとはまた違った楽しみがある。

 気心知れた人の数が多ければ、それだけ楽しいだろう。

 

 魔界で過ごしていたときも友人とピクニックやキャンプのような野外活動をしたり、何かしらの催し物に参加したりしたことはあった。

 でも、魔界に咲いているのはマンドラゴラや食獣植物といった変な花だけだし、外にいるとたまにモンスターに遭遇して襲われることもある。

 だから人間界で落ち着いてほのぼのとお花見ができる機会を得られたことが非常に嬉しかった。

 

 佐倉君にはいっぱい感謝しなきゃね。

 

「詳しい日時とか場所は後でスマホで佐倉君が知らせてくれるって」

「ホント、そこまでして何で私たちを誘うのか理解できんな」

「佐倉君もできれば大勢の方が楽しいって思ったんでしょ?」

「だったら男子を誘えばいい話じゃん。何で女子の私たちを誘うんだよ」

「それは……」

「あいつ、実はただのムッツリスケベなんじゃないの? 私と部屋にいるときもなんかジロジロ見られてる気がしたし」

 

 ガヴがさらっと彼の悪口を言ったので流石にムッとなる。

 確かに、何でわざわざ女子の私たちを誘ったのか聞かれるとちょっと不思議だ。

 でも、少し考えるとその原因がすぐに思い浮かび、私は目の前にいる人物を白い目で見た。

 

「ガヴの下着のせいで男子の友達を作る機会を逃しちゃったんでしょ」

 

 彼の人当たりの良さなら多分作ろうと思えば男子の友達をすぐに作れるはずだ。

 が、あんな出来事があった手前、やはりまだ私たち以外の同級生と話すのは気が引けるのではないだろうか。

 ちょうど両隣の席が私とガヴだったために、なおさら他の生徒と仲良くなるタイミングがなかったのだろう。

 

 私が事件のことを持ち出すと、彼女は自分の下着が公衆の面前に晒されたことをはっきりと思い出したのか、白い雪肌を赤く染めて俯いた。

 今でも相当恥ずかしい黒歴史として彼女の心の中に刻まれているのだろう。

 色々な意味で自業自得よ。

 

「ふふ、まあ彼がどうして私たちを誘ったのかは置いておくとして、今はもう少しお花見の話題に花を咲かせたいですね……花だけに。ぷっ」

「「…………」」

 

 ラフィは咲き誇る花のような笑顔でそんなことを言ったのだった。

 

 

 

 しばらくして、お花見の話題も語りつくしたころに佐倉君が手にプリントをもって帰ってきた。

 

「ただいま」

「おかえり佐倉君。用事は済んだの?」

「ああ……まあ、もっと大変なことがあったんだけどね」

「…………?」

 

 彼が自分の机の椅子を引きながら疲れたように話す。

 何かあったのかしら。

 というより、そもそも用事とはなんだったんだろう。

 

「何しに行ってたんですか?」

 

 私の気持ちを彼の前の空いた席に座っているラフィが代弁してくれた。

 

「この前の英語の新入生テストの答案。昨日午前中しか英語の先生いなかったせいで受け取れなかったから」

「ああ、そういえばそんなのもありましたね……」

 

 私とガヴは当日受けなかった新入生テスト。

 成績には特に入らないので受けれなくてラッキーとも思えるかもしれないが、私はみんな受けているのに自分だけ受けない罪悪感に駆られて、問題と解答用紙を一昨日にもらって昨日の朝提出するという形で一応受けた。

 

「何点だったんだ?」

 

 ガヴが大して関心もなさそうに佐倉君に聞いた。

 人のテストの点数を聞こうとするこの無神経さも日に日に増していっている気がするのは私だけなんだろうか。

 でも、入学試験でガヴを抑えながらトップになった彼のテストの点数が気になったのは私もだった。

 ラフィも興味をひかれたのか、点数を見せるのを促すように彼に視線をやっている。

 

「ん、あまり人に見せると色々言われるかもしれないから気は進まないけど……この三人ならまあ、いいか」

 

 ボソボソと何か呟くように言ってから彼は答案を私たちだけに見えるように広げた。

 

「わッ……」

「おぉ……」

「まあ……」

 

 見事に三人の感嘆の声が重なる。

 それもそのはず、彼の答案用紙には赤で書かれている部分は丸と一本の棒しかなかった。

 つまり、

 

「百点……流石首席ですね」

「キモ……お前ホントに人間かよ」

「わぁ……スゴイ」

 

 高校に入っていきなりのテストで百点って……。

 ガヴの感想は言いすぎだけど、やっぱり佐倉君は見かけによらずすごい人なんだ。

 

 もう少し彼の丸ばかりの答案を眺めていたかったが、私たちの反応を見て恥ずかしくなったのか彼は引っ込めるように答案をしまった。

 

「なんか自慢してるような形になってゴメン」

 

 非常に微妙そうな顔をして佐倉君が言う。

 

「私たちが見せてほしいって催促したんだから気にすることないわよ。むしろ、縁起のいいものを見せてもらって得した気分だわ」

「そういってもらえると助かるよ」

 

 それにテストで百点を取るというのは、ちょっとくらい自慢しても許されるくらいの成果だと思う。

 しかし、彼の謙虚な性格はそれを許さなかったようで、テストの話題についてはもう触れずに、別の話題を持ち出した。

 

「そんなことより花見の件、白羽さんはもう知ってる?」

「はい、ヴィーネさんからお聞きしました。私もお花見には興味があるので、お言葉に甘えてご一緒させていただきますね」

「それはよかった。集合場所と時間は追って連絡するから。それと……」

 

 一旦言葉を区切って、佐倉君は言いにくそうに続けた。

 

「あと一人、メンバーが追加されるかもしれない」

「同じクラスの人?」

「胡桃沢さんなんだけど……」

「ああ、サターニャね」

「胡桃沢さんって、昨日数学の授業中に面白い一発芸を披露してくださった赤い髪の……?」

「そういやラフィはまだあいつとは面識なかったな。そう。そいつであってる」

「一発芸って……まあ、何でもいいけど」

 

 サターニャとは魔界に居たころから付き合いはあったが、ここ最近はあまり話す機会がなかった。

 そのため彼女の近況をいまいち把握していない。

 それでも彼女の性格が昔とあまり変わってないのはラフィが今挙げた昨日の授業中の痴態からも伺えるが。

 それどころかむしろ悪化している気さえする。

 元気そうであることが分かって安心もしたけど。

 

 彼女に関して唯一心配なことと言えば……。

 

 サターニャとこの昼休みに会って話したという佐倉君。

 私は少し気になったことを彼に聞いた。

 

「佐倉君、サターニャと何かあったの?」

「…………いや、別に。何も」

「でも、急に誘おうと思ったからには何か理由があるんじゃないのか?」

 

 そもそも昼休みに偶々会って話をするような仲だったことにも驚きだけど、佐倉君の声には何かマイナスの感情がこもっているように感じられる。

 何というか、こう……諦念、というか不本意というか、投げやりな気持ちが。

 

 ガヴも同じようなものを感じ取ったのか、私の質問に便乗してきた。

 ラフィはそもそもサターニャのことをあまり知らないので、黙って会話の行く末を見守っている。

 

「……彼女の名誉に関わることだから言えない、とだけ」

「昼休みにできる名誉に関わるようなことって何だよ」

 

 ……このやり取りからちょっと気付いたことだけど。

 佐倉君ってもしかして嘘が吐けないタイプの人なのかも。

 だって私とガヴが質問したときすごく目が泳いだし。

 今も目線を明後日の方向に向けて、これ以上聞かないで欲しいという態度を表に出している。

 

 なんでだろう。

 共感を覚えてしまう自分がいた。

 興味本位でやってみたインターネットの性格診断で、気苦労が絶えないタイプ、と出た自分と同じ診断結果を彼は出せそうな気がする。

 

 

 ――キーンコーンカーンコーン。

 

 

「あ……」

「そろそろ授業が始まるし、この話はまた今度ってことで」

 

 彼ははっきりと安心したような息をついて、そのまま次の授業の準備をし始めてしまった。

 

 彼とサターニャの間に何があったのか気になるけど、私たちが首を突っ込むことでもない。

 私はそれ以上経緯を追求するのはやめて、とりあえずまた一人お花見のメンバーが増えたことを素直に喜ぶことにした。

 

 

 

 

 


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