なんか机にパンツ降ってきたけどどうすればいい?   作:リンゴ餅

18 / 26
第十七話

 

 ――夕暮れ。

 オーマガドキ……とも呼ばれる時間帯に、私は一人黄昏色の光を浴びて立っていた。

 周囲には誰もいない。

 まるで誰も、私がいる道を通ろうとはしない。

 

 それは、私が絶対的な強者故。

 下等で弱小な人間の多い学校という建物の中で、群れを成さずに黄昏るような強者は私ぐらい……そして。

 

「来たわね……」

 

 静かな廊下に響き渡る足音。

 私という存在を恐れずに、この場所に足を運ぼうとするもの。

 今の時点ではそんな恐れ知らずは一人しかこの学校にはいない。

 

「黒より黒き……?」

 

 合言葉は、悪魔との契約を結ぶにあたっての誓いの言葉と同義。

 忘れるなどもってのほかで、しかも今回はその者自身が私に意見までして決めたものだ。

 ……にもかかわらず、返事が返ってこない。

 確かに足音は私の後ろで止まったというのに。

 

「黒より黒き……?」

 

 もしかしたら聞こえなかったのかもしれない。

 そう思ってさっきよりも強調して言葉を発する。

 

 しかし、そんな私の寛大な思いやりも無意味で、返事は返ってこない。

 

「――ちょっとあんた! せっかくこのサターニャさ」

「あの、通っていいですか?」

「…………」

「…………」

 

 後ろを振り向いた先に居たのは、手に荷物を抱えた一人の女子だった。

 

 …………。

 

「ご、ごめんなさい。急いでるので……」

「…………」

 

 振り向いたときの姿勢で固まったままの私の横を通り過ぎて、彼女は先へ進んでしまった。

 

「…………」

 

 ――漆黒に。

 

「――!!」

 

 もう一度後ろを振り向くと、今度こそ私が契約を交わした男の姿があった。

 驚きと、今の失態を見られてしまったかもしれないという羞恥心に苛まれる前に、私は合言葉の続きで彼が本当に私の契約者であることの確認を遂行する。

 

「あ、紅より紅き?」

(くれない)に」

「我が望むは!?」

「神をも穿つ天魔波旬の雷なり」

「それを望むは!?」

「絶世独立の大悪魔」

 

 そして、最後の文句を交わす。

 

「それ、そなわち?」

「胡桃沢・サタニキア・マクドウェル様でございます」

「んふ~~!!」

 

 そう! これ! これよ!

 私に今まで足りなかったものは!

 こんな感じの忠誠心のある僕!

 

 人間界に来たはいいものの、思ったよりも平和で退屈してた……けど、それももうおしまいね。

 いや、まだしばらくは平和な時間を保とう。

 この男のような部下をもっと増やしてから行動を起こすのだ。

 

 焦ってはだめよサタニキア。

 時間はまだたっぷりあるんだから。

 

「くふ……くふふふふ」

「…………」

 

 時が来るのが待ち遠しい。

 絶望と苦悩の日々が待ち受けているとも知らずにのうのうと暮らしている人間たちのことを思うと、笑いが抑えきれなかった。

 

 

 … … … … …

 

 超死にたい!!

 豆腐の角に頭をぶつけて超死にたい!!

 白羽さんのおっぱいに顔をうずめて窒息死したい!!

 

 好感度上げるためとはいえ、流石に割に合わねえよこんな厨二役者担当すんの!!

 

 黒より黒い漆黒とかどこの爆裂娘!?

 天魔波旬って何!? 絶世独立って何!?

 紅より紅い紅ってそれ唯のめっちゃ濃い赤色じゃん!

 

 サターニャさんの合言葉に答えていた俺の内心は大体こんな感じだった。

 合言葉を考えたのは一部引用がある(主に黒より……の下り)とはいえ、ほとんど俺だ。

 彼女が考えた合言葉は余りにあんまりだったので、俺が少し手心を加えたのだが、完全に余計なことだった。

 俺の黒歴史が増えただけだった。

 

「えへ、えへへへ……」

「…………」

 

 でも、まあ。

 この娘が満足そうならそれでいいような気がしてきた。

 中二病でも可愛いは正義です。

 

 かといっていつまでもエヘエヘされても話が進まないので俺は咳ばらいをして、話を切り出す。

 

「サターニャさん、例の件だけど」

「え、あ、ああ、そうね。忠誠心が高いのと役に立つかどうかは別問題。さっそく、お手並みを拝見させてもらおうじゃない」

「天真さんの嫌いなもの、ちゃんと聞いてきたよ」

「へえ! やるじゃない。それで、何なの? あいつの嫌いなものは」

「天真さんの嫌いなものは……」

 

 わずかに言い淀んで、それでも俺は最後まで口にした。

 

「人間だってさ」

「はあ?」

「うじゃうじゃうるさいから滅べばいいって言ってたよ」

「何よそれ! 他にはないの?」

「『働きたくないでござる』って言ってた」

「誰もあいつの気持ちなんて聞いてないわよ!」

 

 まあ、サターニャさんが喚きたくなる気持ちも分かる。

 俺もずっこけそうになったもん。

 

 天真さんには、また俺の家に乞食しにきたときのために、と建前を立てて好き嫌いを聞き出した。

 以下、そのときの応答の全部。

 

Q.嫌いなものは何?

A.人間。うじゃうじゃうぜえ。

 

Q.食べ物で嫌いなものは?

A.働きたくないでござる。

 

Q.真面目に答えてほしいんだけど。

A.今日はカレーが食べたい。

 

Q.甘口? 辛口?

A.中辛で。

 

 やりとりを隣で聞いてたヴィーネさんも呆れた表情をしていた。

 ついでに、「乞食ってなんのこと」と聞かれたが、天真さんが睨みつけてきたので適当に誤魔化しておいた。

 

「それであんたはガヴリールのボケた答えに満足して私のところに報告しに来たわけ?」

「まあ、そういうことになるのかな」

「何よそれ!?」

「将来の夢が自宅警備員とかぬかしてる人に何を言っても無駄なんだよ、サターニャさん」

「はあ?」

 

 俺だってこんな報告したくなかったさ。

 でも話の途中で天真さんは話すことすら億劫になったのか、おでこを机にくっつけてシャットダウンしてしまったんだよ。

 だから仕方ないじゃないですか。

 

「というわけで天真さんに嫌がらせするのは諦めよう」

「ぐぬぬ……」

 

 悔しそうに唸っているサターニャさん。

 そんなに天真さんと絡みたかったんですね。

 俺もサターニャさんと天真さんが絡んでいるところ見てみたいです。

 

「で、そこで俺に提案があるんだけどさ」

 

 いつまでも邪な妄想をしているわけにもいかない。

 俺は指を一本立てて、サターニャさんの表情を伺いながら口を開いた。

 

「今度の日曜日、花見があるんだけどさ」

「はなみ? ……ふうん、それで?」

 

 今「花見」が「はなみ」に聞こえた気がするんだけど、流石に気のせいだよな?

 ……この娘だったらありえない話じゃないから一応補足しとくか。

 

「隣町の花天町っていう桜で有名な町があって、天真さん含む五人で行くんだよ」

「……なんで?」

「綺麗な桜を見ながら出店で適当に色々買って食べ歩きするお祭りやるから。それにみんなで行くっていうこと」

「お祭り!?」

「サターニャさんもご一緒にどうですか、っていうのが俺の提案」

「いいの!?」

 

『なにそれおもしろそう!』、と言わんばかりに顔を輝かせるサターニャさん。

 そういう反応してくれるところお兄さん好きだよ。

 

 ここまでチョロイと笑えてくるな。

 心の中には納まりきらない苦笑いをしてしまう。

 チョロイっていうか素直っていうべきか。

 

 ところが、何かを思い出したように彼女は首をぶんぶん振って、

 

「いえ、ちょっと待って!」

「はい?」

「そんな庶民どもが参加するような祭りにこの私が行くと思って?」

「は?」

 

 ああ、そうだった。

 チョロイでも素直でもなくただのおバカだったわこの娘。

 

 ただ、口ではアホなことを言いつつも顔は完全に『私も行きたい!』ってなっているのが可愛いので許しちゃう。

 ……いや、でもちょっとからかってみよ。

 

「そっか。今回の花見で天真さんの弱点やら何やらを探せば、祭りも楽しめるし一石二鳥だと思ったんだけど……」

「うえ?」

「確かに、高貴な身分のサターニャ様が行くところではないですね。不躾な提案を申しました。お許しください。天真さん達にはサターニャさんは来られないと伝えておくので」

「な、誰も行かないとは……」

「いやー、花見絶対楽しいと思うんだけどなあ。桜の花が舞い散る中で、知り初めの友達とおいしい串焼きとかリンゴ飴を食べながら談笑するの。サターニャさん行けなくて残念だなあ」

「…………」

「でもまあ仕方ないか。高貴な身分は窮屈な身分と同義。楽しいお祭りに一人だけ参加できないなんて同情しますよサターニャ様」

 

 流石に言いすぎただろうか。

 途中で完全に黙ってしまった。

 てかなんか俯いちゃってるし。

 

「……おーい、サターニャさーん?」

 

 恐る恐る顔を覗き込んでみると、

 

「……うぅ…ひっぐ」

「うそぉ?!」

 

 ちょ、ま!?

 今ので泣くの!?

 メンタルお豆腐すぎない!?

 

 ヤバい。

 やばい。

 罪悪感で死にそうなんだけど。

 こんな可愛い女の子泣かすとか末代まで残るレベルで恥なんだけど。

 

 いや待て、まだ涙は流してない。

 ギリギリセーフ。

 まだ舞える。

 

 てゆうか泣きそうになってる顔めっちゃ可愛いなこの娘。

 見たとき思わず「おっふ」ってなったんだけど。

 どこの照〇さん?

 

 とにかく謝ろう。

 調子乗りすぎた。

 

「ご、ごめんサターニャさん、今の冗談だから! 大丈夫、ちゃんとサターニャさんも一緒に来るって他のみんなに既に伝えてあるし!」

「……ほんと?」

「うん。サターニャさんにも後で詳しい場所とか日程とかラインで送るから。安心して」

「……し、仕方ないわね。そこまで言うなら私も一緒に行ってあげるわ」

 

 目元をぬぐって小さくうなずく。

 どうやら落ち着いてくれたようだ。

 

 今度からは余りいじめすぎないように気を付けよう。

 めっちゃ焦ったわホント。

 

「えっと、じゃあとりあえず、ラインの連絡先交換しようか」

「……どうやるの?」

 

 うっわ。

 その質問悲し過ぎるだろ。

 この子ライン交換できるような友達出来たことないんだって一発で分かっちゃうもん。

 俺も泣いていいかなこれ。

 

 どうやらスマホは流石に持っているらしいので、サルでも理解できるくらい丁寧に操作方法を教える。

 それこそ賢い犬ならマジで理解できるくらいには丁寧に。

 

「ここをこうやって……」

「……ふんふん」

 

 彼女の持っているスマホを覗き込んで教えるので、自然と寄り添う形になってしまう。

 これまた童貞には厳しい姿勢だが、今は悲しさゆえかそういう感情が湧いてこない。

 こういう子にも残念美人って言葉使っていいんだろうか。

 

 俺の努力の甲斐あって、連絡先は何とか交換することができた。

 

「じゃあ、今日のところはここらへんで」

「ええ、私と花見できることを光栄に思いなさい!」

「はいはい」

 

 何というか、疲れた。

 この子見ていて眼福な部分も多いけど、予想外の方法でメンタル削ってくるから勘弁してほしい。

 

 今日はもうさっさと帰ろう。

 そう思って、踵を返して一階の玄関に向おうとしたところ。

 

 制服の袖を引っ張られてることに気付いた。

 

「ん? どうしたのサターニャさん」

「いえ…その、なかなかいい提案だったわ。私の部下なだけはあるかしら」

「え、あ、どうも」

 

 廊下の窓の外の夕日で染められた顔で、サターニャさんが控えめな声で言う。

 

 ああ、これもしかしなくても『誘ってくれてありがとう』って遠回しに言ってるのか。

 ちゃんとお礼を言おうとするあたり、やっぱ天真さんと同じく根はいい子だな。

 余計にさっき泣かせかけたことに罪悪感が湧いてしまう。

 

「いや、人数増えたら嬉しいのはこっちも同じだから。体調だけには気を付けてね」

「ふん……私を誰だと思ってるの? 風邪なんて馬鹿じゃあるまいし引かないわよ」

「馬鹿はむしろ風邪ひかないんじゃなかったっけ……?」

 

 ついツッコんでしまったが、彼女は聞こえなかったのかそのまま何も言わずに立ち去ってしまった。

 

「……帰るか」

 

 呆れからか、疲れからか。

 よく分からないため息をついて、俺は帰ることにした。

 

 




今現在、他の某小説投稿サイトでオリジナルの小説を投稿しているんですが、やはり一からものを書くというのは難しいですね。
 そちらではなかなか評価が頂けず、苦心している次第であります。
 オリジナルの小説との兼ね合いもあって、こちらの投稿頻度が落ちていますが、今後も更新させていただきます。

 前回更新したときの感想欄でのコメントを見て、改めて多くの方々が読んでくださっていると感じました。
 返信がはかどらず、申し訳ございません。
 今後も、私の拙い文章でよろしければ、お付き合いの程よろしくお願いします。

なお、某小説投稿サイトでは別のユーザー名で登録しています。
ご注意下さい。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。