なんか机にパンツ降ってきたけどどうすればいい?   作:リンゴ餅

2 / 26
第一話

 

 放課後、帰りのホームルームが終わってから職員室に連れていかれ、グラサンに問い詰められて約三十分。

 ようやく俺は解放された。

 

「次からは気をつけるんだぞ」

 

 次はねえぞ、と脅されてる感覚に陥るのはこの人の見た目ゆえだろうか。

 街中で見かけたら絶対にかかわりたくない見た目だし。

 

 結局、正体不明のパンツは俺の妹のものということになった。

 

 そう、俺の妹の。

 それゆえに、あのパンツは依然として俺のカバンの中に入っている。

 

 ホームルームをしている間も、終わった後も、俺には様々な目が向けられていた。

 軽蔑の目線はそのままに、畏怖するような目線が増えた気がする。

 それもそのはず、俺は机に乗っかっていたパンツをそのまま握りしめてカバンの中に突っ込んだのだから。

 

 このパンツは俺のものだと公に宣言したようなものだ。

 女子はドン引き、男子は恐れた。

 

 ああ、運命の女神とやらもなかなかに楽しませてくれる。

 もしも死んでからあの世とかで出会ったらどうにかパンツを盗んで空から落としてくれるわ。

 

 

 さて、愚痴はほどほどにしておいて。

 俺は職員室を出た後、他によるところもないのでカバンを取りに教室に戻った。

 

 こんなことがあった日はさっさと家に帰ってゲームをするに限る。

 パンツは持ち主には悪いけどそこら辺のゴミ箱に捨てよう。

 落とした(?)人が悪いのだ。

 

「…………」

 

 教室のドアの目の前に来たが、なんか開けづらい。

 

 まさか、恐れているのか?

 この俺が?

 

 いや、そんなわけはない。

 周りから変質者の目で見られようと俺は動じない。

 じゃあ、何だろう。

 この、悪寒にも似た感覚は。

 

 教室の中から……いや、違う!

 

 

 バッ!

 

 すぐさま後ろを振り向いた。

 

 

「あ……どうも、こんにちは」

 

 ……お、おおう。

 

「こ、こんにちは」

 

 いきなり銀髪の可愛い女の子から挨拶された。

 同じクラスメイトの子だ。

 流石にこんな派手な見た目の子を忘れるわけもない。

 名前は確か……白羽=ラフィエル……やっぱ忘れた。

 多分ハーフかなんかの人だろう。

 

 先ほどの悪寒はこの子からだろうか。

 いや、後ろから見つめられていたわけだしそりゃゾクゾクもするか。

 

 てか、胸デカいなこの子。

 何カップだろう。

 

「な、なんか用ですか?」

 

「いえ、用、というほどのことでもないのですけれど」

 

 ……十中八九、パンツのことだろうな。

 あんなことがあった後に俺に話しかける女子とか、ただのビッチか痴女くらいだろう。

 

 あ、もしかしてこの子、淫乱?

 

「実は、先ほどの下着の件なんですが……」

 

 ほら来た。

 

「俺は何も悪くない」

 

「ええ、それは知っています。妹さんのものなんですよね?」

 

「え、あ、ああ。そうそう」

 

 え、この子マジで言ってんの?

 もしかして俺の言い訳信じちゃった感じ?

 

 あれ、でも空から降ってきたとか言っちゃわなかったっけ?

 いや、それこそ話をそらすための冗談か何かかと思われたのか。

 

 ならば好都合。

 

「実はさ、何の間違いか妹のパンツが、いや下着が引っ越し用の段ボールに入ってたんだよ。そんで勉強道具とかと一緒の段ボールに入っててさ。そのままカバンに入れて持ってきちゃって」

 

「へえ……それは大変ですね。でも、なんで机の上に出したんですか。しかもホームルーム中に」

 

「カバンの中に見慣れないものがあったからつい気になって机の上で広げちゃったんだよ」

 

「うふふ……そうですか」

 

 何をそんなにニヤニヤしてるんだこの女。

 ハッ!! まさか!!

 

「もしかして、あんたのパンツか?」

 

「は?」

 

「ごめん、やっぱなんでもない」

 

 俺のバカ野郎。

 とっさに思いついて言っちまった。

 このすぐ思ったことを口に出す癖何とかしたほうがいいかもしれない。

 

 それにしても、予想が外れた。

 俺が言った瞬間に何言ってんだこいつって顔をされたから違うっぽい。

 

 うーん。

 じゃあ結局誰のなんだあれは……。

 

「それで、下着はどうするおつもりなんですか?」

 

「そりゃあ当然……」

 

 当然ごみ箱に捨てるつもりだけどどうしようか。

 戯れに他のクラスの男子の机とかに忍ばせてみようかしら。

 

 不幸の手紙ならぬ不幸のパンツ。

 誰のものかもしらぬそのパンツは手に取った者に社会的な死をもたらす。

 結構笑えない都市伝説だ。

 

「てか、何でそんなこと聞くんだ?」

 

 そもそもなぜ俺は白羽さんにパンツのことを聞かれなければならないのか。

 俺だって持て余してんだよあのパンツ。

 よかったらもらってくれないかな。

 

「いえ……実は」

 

 そうして彼女は笑顔で告げた。

 

「あれ、私の友人の下着なので、返してくれませんか?」

 

「……え」

 

 

 …………アイエエエ。

 鎌かけってやつですか。

 マジでか。

 じゃああながち俺の予想外れてないじゃん。

 この子のパンツって言っても過言じゃないじゃん。

 

 それ即ち真の意味でパンツ泥棒未遂じゃん。

 

 い、いやそれ以上に驚くべきことがあるだろう。

 

「……あのパンツ、空から降ってきたんだけど」

 

「はい! だって私のお友達、天使ですから」

 

 わお。

 いきなり電波発言。

 でも信じちゃう。

 だって本当に空から降ってきたんだもん。

 何もないところからパッと現れてフワッと落ちてきたんだもん。

 

「それにしても……」

 

「……う?」

 

学年首席(・・・・)の佐倉君が下着泥棒だって全校に広まったら……どうなっちゃうんでしょう♡」

 

 

 うっわ。

 めっちゃいい笑顔で脅迫してきたよ。

 何で?

 

 俺男子だよ?

 父親サラリーマンで母親が専業主婦の家庭の長男だよ?

 お金ないっすよ?

 

(こいつ、可愛い顔しやがって……なんて恐ろしいことを)

 

 しかも何で俺が首席だって……って当たり前か。

 だって入学式の時前に出て演説したし。

 おかげさまで知名度抜群!

 きっと噂が広がり始めたら明日には俺は性犯罪者のレッテルを貼られていることだろう。

 てかすでに手遅れな気がする。

 

 それでも、意図して広めさせられるのと、自然に広がるのとでは被害の度合いが大きく異なるはずだ。

 つまり、彼女の脅しは非常に効果てきめんなのだ。

 

 くそ、一体何を要求する気なんだ……。

 

「……何が望みだ?」

 

「……? いえ、ですから、下着、返してくれませんか?」

 

 首を傾けておねだりするように彼女は言う。

 

 超かわいい。

 

 じゃなくて。

 

「え、それだけでいいの?」

 

「それ以外に何かして欲しいんですか?」

 

 いえ、結構です。

 あと、その言い方だと「俺が」何かするんじゃなくて、「君が」何かをすることになるけど。

 わざとですか?

 

「……分かった。教室とかだと人目に付くからカバンごと女子トイレとかに持ってって」

 

「まあ、もうすでに人目には散々付いちゃいましたけどね」

 

 ホントだよ。

 

 あと、さっきの脅迫っぽい発言はなんだったんだ。

 はっきりと要求されない分余計怖い。

 人の怖がらせ方を分かってやがる。

 

 

 俺と白羽さんは教室に入り、俺はカバンを彼女に渡した。

 

「はい、確かに受け取りました」

 

「え?」

 

 カバンを渡してすぐに彼女が言った。

 え、抜き取ったの目に見えなかったけど。

 本当に取引は終ったの?

 

「お手を煩わせてしまい、申し訳ございません。友人に変わって謝罪させていただきますね」

 

 ペコリと頭を下げられる。

 

 ……ごめん。本当にわけわかんないし、怖い。

 

「では、これで私は失礼しますね! また明日学校で会いましょう」

 

「あ、ちょ」

 

 彼女は教室からすぐに出ていき、俺は一人教室に取り残された。

 そして周りからかすかに聞こえる、ひそひそとした女子の声。

 

「……ああ」

 

 死にたい。

 

 

 

 

 

 

 帰り道、俺は夕食の献立を考えながら住宅街を歩いていた。

 

 ところが、あと少しでアパートに着くというところで足が止まった。

 

「……皆勤賞が……うぅ……」

 

 俺と同じ学校……舞天高校の制服に身を包んだ女子高生が道端にうずくまっていたのである。

 最初見たときは野ションでもしてんのかと思ったがどうもそうではないようだ。

 

 後ろからだから髪の様子しか見えないな。

 髪の毛は黒とも何ともつかない……しいて言えば、紫?

 

 この子も然り、ここ最近やたらDQNじみた髪色の女子高生を見るけど、校則に反したりしないんだろうか。

 

 それにしても、哀愁漂うその姿は見るに忍びない。

 体調が悪いというわけではなさそうだが……。

 

 声をかけるが迷ったが、万が一もあるしな。

 

 俺は下心が10割の声音で彼女に声をかけてみた。

 

「あの。どうかしたんですか」

 

 一瞬ビクっとなって少女が顔をこちらに向ける。

 

 うげっ!

 何この美少女!

 さっきの白羽さん並みの美少女だ。

 

 てか、この子も俺と同じクラスだったな。

 今日は見かけなかったけど、昨日は居たはずだ。

 自己紹介の時に白羽さんみたいなすごい名前をしてた覚えがある。

 

 そういえばあと二人、なんかすげえ名前の奴がいたような気もするが……。

 

 まあ、それはいいか。

 

「月乃瀬さんだっけ? どしたのこんなところで?」

 

「あ、ごめんなさい。何でもないの! ただ、ちょっと闇堕ちしそうになってただけで……」

 

 そういって彼女は暗い顔で俯く。

 

 何か俺のクラス色々ヤバいやつ多くない?

 入学式を休むやつとか、友達に天使がいるとか言ってる電波少女とか、入学二日目でダークサイドに堕ちるやつとか。

 あ、でもそう考えるとホームルーム中にパンツを机に広げてた俺が一番ヤバいやつか。

 

 やばい、俺も闇堕ちしそうだ。

 

「何があったのかは知らないけどさ。俺も今日すごいヤなことがあったんだよ。でも、思うんだ。人間万事塞翁が馬ってさ。悪い経験も案外いつか役に立つ日もくるもんだよ」

 

 むしろそうであってほしい。

 きっと今日の一番の不幸者は俺に違いないのだから。

 

 俺のほとんど自分に向けた激励を聞いて少しは効果があったのか、月乃瀬さんは天使のような笑顔を俺に見せた。

 

「そうよね……今日の不幸がいつかの不幸とは限らないわよね。ありがとう……えっと。佐倉君、だよね?」

 

「あ、俺の名前覚えててくれたんだ」

 

「そりゃあ入学試験で首席を取った人で、同じクラスだもの。昨日入学式に来てた人ならだれでも覚えるわよ」

 

 こんなかわいい子に名前を覚えてもらえるんだから優等生って得だよね。

 それも今日のオカルトパンツ事件で台無しだけど。

 

「とにかく、もう大分暗くなってきたし早く帰ろう。月乃瀬さんは帰り道どっち?」

 

「えっと、ちょっと寄りたいところがあるんだけど……」

 

 そういって彼女は俺がさっきまで進行していた方向を向いた。

 ちょうどいい。

 彼女は今日いなかったから俺に対する先入観もないだろうし。

 仲良くなるチャンスだ。

 

「俺もそっちのほうだから途中までついて行ってもいいか?」

 

「そうなの? 偶然ね。もちろん、いいわよ」

 

 それにしても可愛いなあ。

 多分、本当に天使が居たとしたらこんな容姿をしているのだろう。

 性格もまともそうだし。

 

 あ、待てよ。

 

「あのさ、白羽さんって人知ってる?」

 

「え? あ……えっと。クラスメイトの? 名前は知ってるけど……どうして?」

 

「いや、ちょっとね……」

 

 ちっ。

 この反応だと白羽さんが言ってた友達ってのはこの子のことではないみたいだ。

 この子のパンツだったら今日の出来事も全部水に流せるのに。

 むしろプラスマイナスで言ったら完全にプラスだ。

 大抵の不幸にも耐えられるレベルでプラスだ。

 ちくしょう。

 

 

 そのまま俺と月乃瀬さんは会話を交わしながら帰途についた。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。