なんか机にパンツ降ってきたけどどうすればいい?   作:リンゴ餅

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第二十一話

 木製の建物特有のにおいが鼻につく。

 体育館のにおい、と言えば理解してもらえるだろう。

 やや汗臭さが混じった、青春の匂いだ。

 

「一階はバドミントン部とハンドボール部が使ってるんですね」

 

 キュッキュッ、という足で床を踏みしめる音が響き渡る中、若者たちの声が反射していた。

 入口の扉は開放されたままであり、外にまで体育館内の音が漏れていた。

 校舎内を歩き回るためのサンダルから体育館シューズに履き替えてから中に入る。

 入学時に買った新品でまだ足に馴染んでいない感覚が少し嬉しくなってしまうのはなぜだろう。

 

「曜日によって使用団体が変わるみたいだよ」

「そうなんですか? どうやって決めてるんでしょう」

「まあ、部長同士が話し合って調整してるんじゃないかな」

 

 悪霊の件の話がメインでついてきたのかと思ったが、どうやらそんなこともなかったようで白羽さんも見学する気が満々だった。

 用事に付き合わせる罪悪感が薄れたので素直にありがたい。

 

「白羽さんはどっか部活入る気あるの?」

「今は特に、といったところでしょうか」

 

 運動部であれば弓道部。

 文化部であれば茶道部か華道部。

 白羽さんのイメージであればそこら辺が似合うだろうか。

 

 完全に見た目と雰囲気と判断しているので口にはしないが。

 SMクラブとか似合いそうじゃない等と言った暁には入部届を出す前に入院届を出すことになってしまうだろう。

 入院だったらまだいいが下手すりゃ入獄することになるからな。

 絶対言ってはいけない。

 

「何か失礼なこと考えていませんか、佐倉君」

「イイエゼンゼンマッタク」

「…………」

 

 こういうやりとりは恋人関係一歩手前の男女がやるものですよ白羽さん。

 

 テンプレ応答はさておき、今回の目的は卓球部の活動見学だ。

 一階の半分程度の大きさの二階を独占して使っているそうで、たまーに他の部から何故卓球部だけ贔屓されるのかと苦情の声が上がるらしい。

 二階はスペースも広く、最近改装されたばかりのため非常にきれいな環境で活動ができる。

 羨望や嫉妬の的になるのも仕方がないが、その分実績も上げているので愚痴程度のクレームに収まっているらしい。

 

 活動している人たちの邪魔にならないように壁沿いを進む。

 俺たち以外にも見学に来ている新入生はいるようで、隅っこのほうで目立たないように練習を覗いていた。

 

「どうせだったらヴィーネさんとかも誘えばよかったかな」

 

 サターニャさん連れてくると練習妨害の危険があるので彼女は考慮外である。

 

「ヴィーネさんはヴィーネさんで用事があるらしいですよ。何か先生に頼まれごとをされたそうで」

 

 もともと一人でさっさと見学して回るつもりだったので誘おうという発想がなかったが、白羽さんが付いてくるならヴィーネさんとも途中合流という手段もあったかもしれない。

 まあ、後の祭りか。

 

 歴史が感じられる壁の汚れや床の傷を後目に二階への階段を上る。

 

 卓球は中3の夏の大会で引退して以来だから、半年程度のブランクがある。

 それでも動きやセンスは体が覚えているだろう。

 少なくともサーブで空振ったり、ラリーが一往復で終了したりだとかということはないはずだ。

 

「白羽さんは卓球できる?」

「卓球ですか……中学校の体育で少し経験した程度ですね」

 

 卓球はイメージとしてはほかのスポーツに比べると大分容易な感じがあるが、実際のところそうでもない。

 繊細な技術の力で勝負が決まる要素が確かに多いが、スタミナはもちろん球威を強めるための基礎的な筋力の増強も不可欠だ。

 

 とはいっても体育の授業やレジャー施設で友人と気軽にプレイするぐらいであれば流石にそこまでは要求されないが。

 最低限のルールさえ知っていればいい。

 

 ……特に、白羽さんはあんまり激しい運動すると凄いことになっちゃいそうだしね。

 なぜかは言わんけど。

 

 二階に上がり、練習スペースに出る。

 卓球台が間隔をはさんで並べられており、ちょうど活動しているところであった。

 身軽な卓球用の練習着の恰好をした男女が現在進行形で打ち合っている。

 ラリーの練習だろう。

 四人一組一台でクロスラリーをやっているみたいだ。

 よく見ると試合をやっているところもある。

 

 思った以上に広々とした空間。

 一階が見下ろせる造りで、ピンポン玉が一階に落ちていかないように天井から緑色のネットが張られていた。

 柵の高さが胸ぐらいまであるので余程のことがない限り不慮の事故が起きたりということもないだろう。

 

「すいません、見学をしたいのですがよろしいでしょうか」

 

 壁際のベンチの方に立っていた男子部員に断りを入れる。

 アポなしでの来訪だが今は新歓時期だし問題は全くない。

 卓球部目当ての新入生も見渡せば何人か練習に交じっていた。

 普通の体育用のジャージを着ているのがそうだろう。

 中には制服姿でラケットを握っている者もいた。

 

 当然、俺たちも歓迎される。

 さわやかな笑みを浮かべながら応対してくれた。

 てかこの部員超イケメンだな。

 卓球部というよりかはテニス部にいそうな容姿だ。

 くたばれ。

 

 心の奥底でつぶやく下衆の魂を抑えつつ俺も愛想よくコミュニケーションをとらなければ。

 

「二人とも経験者かい?」

「僕は中学校のとき卓球部でしたが、彼女は体育の授業でちょっと経験したぐらいです」

「なるほど。うちの卓球部は初心者でも懇切丁寧に教える体制が整ってるから経験が浅い人でもおすすめだよ!」

「とりあえずお邪魔にならない程度に見学をさせていただきたいのですが……」

「見学といわず一緒に練習に参加してみないかい? 今は新歓期間中だからいつもの練習じゃなくて新入生向けの体験メニューでやってるんだよ」

「体験メニューですか」

「そう。筋トレとか走り込みとかの基礎練は置いといて、最初にラリー練習をちょっとやってある程度慣れてもらってから練習試合をする、みたいな感じで気楽にやってるんだ。時間に余裕がなければ途中で抜けてもいい」

 

 ほお。

 それは確かに初心者に優しい。

 小難しい要素がまったくないからな。

 

「試合は部員の方と?」

「腕に自信があればそれでもいいし、不安だったらペアを組んでダブルスでやったりもできるね」

 

 ふーむ。

 今日のところは雰囲気さえ掴めればオッケーなのでそこまでガチで卓球をやりに来たわけではない。

 白羽さんにいいところを見せる、なんて心づもりでもないし。

 

 まあでも。

 そうだな。

 ここはちょっと勇気を出してみるか。

 

「白羽さん」

「はい?」

「せっかくだからダブルスでちょっとやってみない?」

 

 人生で一度はやっておきたいこと。

 女子とダブルス。

 

 拒否されたときのショックがヤバそうなので結構勇気が要ったが、何とか誘うことができた。

 

 あくまで下心からではなく。

 ただの友達同士なんだからこれくらい普通だよね的なノリで。

 

 アイアム陽キャ。

 ノットチェリーボーイ。

 さあカモン。

 

「ええ。もちろんいいですよ」

「よしきた。それでは、ダブルスで試合お願いできますか?」

「お、いいだろう。じゃあたまたま今暇だから部長の俺が直々に相手になろうじゃないか」

 

 内心ガッツポーズをして、俺は話を進める。

 心臓がちょっとバクバクいってるのは気にしない。

 顔赤くなったりしてないだろうか。

 

 いやホント。

 童貞はどうしてもこうなっちゃうんだよ。

 女子免疫不全症候群だから。

 もはや先天性の病気だからこれ。

 

 女子の方は何とも思ってなかったとしても、男子の方は興奮状態。

 実はヴィーネさんたちを花見に誘うときも結構緊張していた。

 

 ナンパとか自然にできる人たちはどういうメンタルしてるんだろう。

 嫌みとかではなく普通に知りたいものだ。

 

「ラケットは貸してあげよう。ペンとシェイク、どっちがいい?」

「俺はシェイクで。白羽さんは?」

「私もシェイクでお願いします」

 

 スペアのラケットだからか、余り手入れはされていないようだ。

 まあ、正直ラケットの良しあしにこだわるような実力の持ち主ではないけれど。

 

 何にせよ、やるからには全力で。

 審判無しの簡易なゲームだが、物事を楽しむためにはやはりベストを尽くさなくては。

 

「では、佐倉君。お手柔らかにお願いしますね」

「……それ、相手に言うセリフだからね?」

 

 ……足とか踏まないでね。

 

「じゃあ、始めようか」

「はい、お願いします」

 

 もし理不尽な暴力を白羽さんに振るわれたらどさくさに紛れてセクハラしよ。

 

 スポーツマンシップをガン無視した気持ちのまま、試合が始まった。

 

 

 … … … … …

 

 

「…………」

「…………」

 

 —―気まずい。

 静けさが、いやに肌を刺してくる。

 

 静けさだけじゃない。

 纏わりつく視線が、私に居心地の悪さを感じさせる要因となっていた。

 

(佐倉のやつ、いったいいつになったら帰ってくるんだ?)

 

 どういうわけか隣人の妹と、隣人の部屋で二人っきりという状況に陥った私。

 そんな状況でも面識のない者どうし、仲良くやれればよかったのだが……

 

「…………」

 

(こいつ、愛想が無さすぎるだろ)

 

 部屋に入って最初のころは、いくらネトゲ廃人の私とはいえ彼女とコミュニケーションを取ろうとした。

 人づきあいは面倒なので極力避けたいのはやまやまだが、一応は友人の妹だし挨拶ぐらいはしとくかと思い話しかけたものの……

 

 以下、その時のやりとり。

 

Q.えっと、名前なんて言うんだ?

A.佐倉沙那です。

 

Q.今日ここに来ることは佐倉(兄)には説明してあるのか?

A.いいえ。

 

Q.……好きな食べ物は?

A.ごま。

 

 まるでロボットがしゃべってるのかと感じるほどの感情の無さ。

 会話してるだけで息苦しい。

 話を続けようとする気が全く感じられなかったので、仕方なく私も会話を諦め結局ネトゲを始めた次第である。

 コミュ障ここに極まれり、といったところか。

 ちなみにメイド服を着ている理由についてはどっからどう考えても地雷っぽいので触れないでおいた。

 

 佐倉が私への嫌がらせのために呼んだわけでもなさそうなので、フラストレーションのやり場もなく。

 ただこうして仕方なく時間を過ごしている。

 

 部屋に入ってからずっと突き刺さる視線。

 当然初対面なので恨みを買うような真似をした覚えはない。

 人の目を気にするようなタイプではないが、それでも居心地が悪いことには変わりない。

 

 ……仕方ない。

 こうなったら徹底抗戦だ。

 下界に来てから培った厚顔無恥さを存分に発揮してやろうじゃないか。

 

 私は大人しく佐倉(兄)を待つことにし、佐倉(妹)をガンスルーすることに決めたのだった。

 

 

 


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