なんか机にパンツ降ってきたけどどうすればいい?   作:リンゴ餅

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第二十三話

 さて、玄関前に到着した。

 

「……」

 

 ちょっとドアを開けるのが怖いが、勇気を出して取っ手に手をかける。

 

「ただいま」

 

 家に誰もいなくてもただいまを言う派だが、最近は誰かしら部屋に居座っている(というか侵入している)ことが多いため、寂しい気分にはならない。

 いいことなのか、悪いことなのかと言ったら……

 

「まあ、いいことなのかな」

「兄さん!……おかえりなさい」

「…………おう」

 

 久方ぶりに見る、ひとりの美少女が俺のただいまに応える。

 

「沙那、来るなら来るで連絡してくれよ」

「妹からの……サプライズ……です」

 

 幼い、けれど確かに女性らしい華のある顔立ち。

 気品を纏った黒髪は、月のような光沢を放ち。

 ささやかれる声は、甘美極まりない。

 

「相変わらず、S(さなたん)M(マジ)T(天使)!」

「……ごめん、ちょっと何言ってるのか…分かんない」

「ともかく、見た目は元気そうでよかった」

「……兄さんも」

 

 白いほっぺたに、うっすらと健康的な赤みがさしているので、風邪とかを引いているっていうわけではなさそうだ。

 

「………」

「………」

 

 会話が途切れる。

 いつものことだから気まずさを感じないってわけでもなかった。

 なにせここには天真さんがいるのだから。

 

 当然沙那にとっては初対面。

 どうせ今週の日曜日、花見の時に顔を合わせるので今紹介しようかと思ったんだが。

 その前に。

 

「ちょっとトイレ行ってくる」

「……ん」

 

 自然な振る舞いで、怪しまれないように俺はトイレに向かう。

 表情もポーカーフェイスで。

 無の心持である。

 

「……ふぅ」

 

 個室に入り、便座に座り、一息つく。

 

「………さて」

 

 俺はスマホを取り出した。

 ラインのアプリを起動し、天真さんとのトーク画面で俺は今の心境を吐露した。

 

『なんで俺の妹ネコミミメイドになってんの?』

『しるかばか』

『ですよね』

 

 メッセージの口調が素になってしまったが、この時の俺はちょっとそれどころではなかった。

 

『お前の趣味でさせてるわけじゃなかったんだな』

『当たり前でしょ』

 

 あいにく、妹にそんな恰好を強制するような狂った趣味は持ち合わせていない。

 というか、よく天真さんあの格好の妹から逃げなかったな。

 

『天真さんのさっきの言葉の意味がよくわかった』

『お前の妹、いつもはあんなんじゃないのか』

『いつもはあんなんじゃなかったと思うけど……』

 

 果たして、実はわが妹にはコスプレの癖があったのかもしれない。

 今まで俺には隠してたというだけで。

 似合ってるし、個人の趣味なので別に特にどうとも思わないんだが。

 そうなると何故今更という話になってくる。

 

 あれで何もないなんてことはないだろう。

 明らかに異常事態だ。

 

『私は帰った方がいいか?』

『うーん。かもしれない』

『分かった。じゃあ、タイミングを見計らって離脱する』

 

 こういうときはしっかり気を遣ってくれる天真さんすこ。

 

『そうしてくれると助かります』

『り』

 

 あまり長い時間トイレに入っていると当然怪しまれるので、そこまで話したところで俺はトイレを出た。

 

 沙那は、俺の部屋で天真さんの方をじっと見つめながら座っていた。

 その視線にどんな感情をこめているのか想像するのは怖いのでやめておく。

 

 とにかく、事態がややこしくなる前に天真さんを離脱させよう。

 

「ねえ、兄さん」

「なんだ?」

「この人、誰?」

 

 あふん。

 

 ……ヤバい。

 先手を打たれてしまった。

 

「……電話でも言っただろ。ただの友達だ」

「……本当に?」

「本当だ」

「…………」

 

 変わらず向けられる疑惑の目。

 しかし、事実天真さんはただの友達という関係性に過ぎないのだから他に答えようがない。

 

「じゃ、私はこれで」

「うん。ありがとね、天真さん」

 

 天真さんも、自分がいると話がこんがらがるだけだと改めて感じたのかもしれない。

 話の流れを無視して暇を申し出たので、俺も快く答える。

 沙那の視線を受けながらも、手をひらひらと振って部屋を出ていく天真さん。

 流石授業中教師ににらまれながら寝れるだけあるな。

 

 玄関が閉まる音がして、妹と二人きりになる。

 

「……あの人、兄さんの……彼女?」

「違う」

 

 天真さんが居なくなった途端。

 ストレートに聞かれたので、ストレートに即答する。

 天真さんが居る場ではいくら何でも聞くのははばかられたのだろう。

 

「でも…………すごい、美人さん…だった」

「美人だからって下心で接するとは限らないだろ」

 

 実際は結構な下心をもって彼女を部屋に歓迎しているのだが。

 それにしたって、猫みたいにゴロゴロしてる天真さんを愛でる気持ちだけだ。

 変なことをしようとかいう気持ちは……思い付きはするけど、実行するつもりは当然ない。

 

「……」

 

 傍から見たら普段通りの無表情。

 けれど、兄の俺から見たらそうじゃない。

 

「そんなジト目で見るなよ。照れるだろ」

「……」

「俺が高校生になって早々、部屋に女子を連れ込んでるのが気に食わないのか?」

「……べ…つに」

 

 ラブコメの素直になれないヒロインみたいな図星の反応に、逆にどうすべきか迷うが。

 無表情キャラのくせに分かりやすいんだか分かりにくいんだか、はっきりしてほしいものだ。

 

 とりあえず、今の沙那の心境はなんとなくだが理解できる。

 単純に、嫉妬の感情だろう。

 沙那がもしただの同級生とかだったら思い上がりも甚だしいが、沙那はブラコンだし、俺はシスコンだ。

 伊達に十年以上も同じ屋根の下で暮らしてないのだから、このくらいの機微は把握できる。

 

 例えば、もし逆の立場だったら。

 沙那が一人暮らしを始めて、俺の知らないうちにどこの馬の骨とも分からぬ男を部屋に連れ込んでいたとしたら。

 俺の心境は察するに難くない。

 相手の男をどのバッドエンドに追い込んでやるかを考えることだろう。

 

 まあ、それは冗談にしても。

 まともそうな馬の骨だったら俺もそこまで目くじらを立てることはないかもしれない。

 ショックを受けるかもしれないが、ショックを与えることはしないはずだ。

 当の本人が合意の上で付き合ってるのであれば、俺がとやかく言う筋合いはない。

 

 嫉妬はするし、悲しい気持ちにはなる。

 けれど、それだけだ。

 妹の交際相手が女性をもてあそぶゴミみたいなやつだったらぶっ●すが、そうでないなら何も問題はない。

 自分の気持ちの整理だけして、それで終わりだ。

 

 今回の話はそこまで大きな問題ではないが、同じような話だ。

 沙那の嫉妬の感情は正直俺にはどうしようもない。

 理想論的な解決方法は俺が女性との関わりを一切断つことだが、そんなことができるわけもなく。

 結局、沙那が精神的に兄離れするしかないのだ。

 

 であれば、俺がすべき計らいは沙那が兄離れできるよう、適切に距離を取ることではあるが。

 

「沙那、こっちこい」

「……?」

 

 俺が手招きすると、沙那が無表情なりに訝しげな顔をして近づいてきた。

 

「ほいむぎゅー」

「——!?」

 

 

 無警戒に近づいてきた沙那を思いっきり抱きしめる。

 突然の奇行の被害に遭った妹は、何が起こっているか分からないといった顔でされるがまま。

 

「愛い奴よのうお主は」

「なに、して……!?」

「俺の成分が足りなくなったから来たんだろ。だから補充してやるよ」

「き、きもちわるい……!」

 

 言いつつも、顔を真っ赤にしながら振りほどくようなことはしない。

 いやでもごめん。

 確かに今のセリフは我ながらキモすぎるわ。

 反省。

 

 官能小説の主人公みたいな発言をしてしまったが、抱擁は緩めない。

 むしろ、沙那がジッとしているのをいいことに俺は妹の頭をなで始めた。

 

「やめ……やめ、て」

「はいはい……今日はこの後どうするつもりなんだ?」

「え……?」

「今から家に帰るのは遅すぎる。ここに泊まってくつもりで来たんじゃないのか?」

「……」

「図星か」

 

 黙りこくってしまう妹に愛おしさを感じる。

 念のため言っておくが、嫌らしい気持ちは全く湧いてない。

 もし今胸に抱いているのが白羽さんとかだったら間違いなく嫌らしい気持ち100パーセントになるだろうが、今はゼロだ。

 

 だとしても、普通の兄妹間ではやらないようなことをしてる自覚はある。

 我ながら妹に甘いし、自分自身妹に甘えさせてもらってる部分もあるだろう。

 

「まあ、でも、学生であるうちはいいだろ」

「……?」

 

 独り言ちた言い訳に、沙那が上目遣いでこちらを見上げてくる。

 ぐう可愛すぎて吐血しそうだが、冷静さを保つように努める。

 

「いや、何でもない。それで今日はどうするんだ?」

「……泊まってく」

「そうか。了解」

 

 沙那からしてみれば、天真さんのことについては誤魔化された気がするかもしれない。

 しかし、身の潔白のしようがないのだから、こちらとしてもそれ以外に方法がないのだ。

 

 話を露骨にうやむやにされて、沙那は納得いかない顔をしているが、今は許してくれるように祈るしかない。

 

「ところで、わが妹よ」

「……なに」

「そのパンパンのリュックサック、何が入ってるんだ?」

 

 沙那のサラサラとした黒髪を撫でながら尋ねる。

 妹は思い出すように宙を見つめてゆっくり答えた。

 

「着替え……勉強道具に……あと、盤と駒」

「マジか……よくそれも持ってこようと思ったな」

「……さしたい」

 

 昔から使ってきた愛用の将棋盤と駒。

 安っぽい代物でボロボロだが、俺と沙那にとっては思い出の品だ。

 

「長くなりそうだし、先に風呂入れるわ」

「ん」

 

 ようやっと、沙那を解放し俺は立ちあがる。

 

 長くなりそう、というのは対局時間のことだ。

 俺も沙那も大体将棋の棋力が同じくらいのため、一時間以上はかかるだろう。

 

「ふぅ……」

 

 とりあえず、何とかなった。

 もとよりそこまで心配してはいなかったが、妹の機嫌が直らない可能性もあったからな。

 ヤンデレ化もしてなかったようで何より。

 

 と、安心して部屋を出ようとしたところで。

 後ろから声がかかった。

 

「兄さん」

「ん? どうし……うぉっ」

 

 

 振り向くと、妹がすぐ目の前にいた。

 ややうつむきながら、立っている。

 

 

「兄さん」

「は、はい」

 

 

 謎の威圧感。

 不穏な気配。

 思わず、後ろに半歩下がってしまう。

 

 

「どうして……逃げるの?」

「いや、別に逃げてなんていな――」

 

 

「えい」

 

 妹が、倒れこむようにして俺に密着する。

 

 

 

 同時に、腹部に違和感。

 

 

「兄さん、いま……私…言った、よね」

「は?」

「……『さしたい』って」

「な……」

 

 下を見ると。

 沙那が手にもつ包丁が、俺の腹部に深々と刺さっていた。

 

 

 視認すると、灼熱の感覚が身を襲う。

 言葉では到底表現しきれない激痛が、刺傷部分から脳に伝わる。

 

「兄さん、知ってる?」

「——」

「『やんでれ』はね……」

 

 

 ——愛する人の話なんて、聞かないんだよ。

 

 

 

 麗しい声で囁かれ、しかし言葉は痛みによって遮られ、意味を理解するには至らない。

 時が経つにつれ訪れるのは、暗闇と感覚の喪失。

 

 足の力が抜け、立っていられなくなった俺はその場に崩れ落ちた。

 

 だんだんと。

 意識が遠のいていき。

 

 

 妹の三日月のような笑みを目にしたのを最後に、俺の視界は闇に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——なんてことはもちろんなく。

 俺は何事もなかったかのように起き上がった。

 

 妹も持っていたおもちゃの(・・・・・)包丁を床に置き、俺が起き上がるのに手を貸してくれる。

 

「80点だな」

「……なぜ」

 

 俺が身体を起こしながら言うと、妹は不満げに零す。

 思ったよりも点が高くなかったのだろう。

 

「道具のチョイスは完璧だ。場が落ち着いて俺が安心しかけた時に仕掛けたのもいい。だが、許せない点が一個」

 

 俺は深呼吸して、言った。

 

「リアルすぎて心臓に悪いわアホ‼」

「……ドッキリ、大成功?」

 

 妹が目を輝かせて聞いてくるが、俺の心臓はいまだにバクバクいっていた。

 途中まで割とマジの展開かと思ってた。

 

 腹におもちゃ包丁が刺さった時点で感触的に違うことは気づいたが、危うくショックで失神するところだった。

 

「……怖かった?」

「ヤンデレネタはできればやめてくれ。トラウマになりかねない」

「……てへぺろ」

 

 無表情に拳を頭にコッツンする妹にため息が出る。

 

 

 今の流れは、俺と沙那の間で日常化しているやり取りの一つだ。

 お互いホラーものが好きだから、隙あらば兄は妹を、妹は兄を驚かせようとするドッキリ試合。

 仕掛ける方は相手を傷つけない範囲で最大限の恐怖を相手に与えるよう策を練り、仕掛けられた方は感想を述べる。

 意味が分からんやり取りだが、これも昔からの話だ。

 

 最初に仕掛けてきたのは妹だった気がするが……そもそも沙那が以外にも仕掛け人としての役回りを好んでいるので、被害者はもっぱら俺だ。

 もちろんやられっぱなしではなく、たまに機をうかがって俺も仕掛けるがそこはポーカーフェイスのわが妹。

 まったく成功しない。

 

 まだ俺と沙那が小学生くらいのころむきになって本気を出したことも一回あるが、恐怖を与えすぎてもう少しで警察沙汰になるところだったのでそれ以来本気を出すのは控えている。

 

「あのときの……意趣返し。やっとできた」

「まだ根に持ってんのかよ……」

 

 沙那のドッキリは毎回毎回創意工夫が凄いが、今回のはタチが悪い。

 流れが流れだったし、妹もヤンデレのツボを理解しきって演じていた。

 

 今までの中では最大級のドッキリだろう。

 

「『おしいれかくし』のときの私に比べれば……何でもない……でしょ?」

「……いや、あのときはすまんかったってホント」

 

 当時はやっていた都市伝説の一つを実行して沙那へのドッキリを仕掛けたのだが、ちょっとした手違いで俺が気を失ってしまい、沙那は俺が本当に呪われたと思って大泣きしたらしい。

 結局すぐに意識を取り戻したが、その時沙那は家の電話で警察と救急車を呼ぼうとしていた。

 両親もたまたまいなかったので、かなり危ないところだった。

 

「しかし、お前ヤンデレネタ使ってくるなんて……もしかして自分がヤンデレ妹っぽいことしてる自覚あるのか?」

「……べつに。そこまで……兄さんのこと、好きじゃない」

 

 髪の先っちょをいじりながら答える妹。

 その姿はヤンデレというよりただのツンデレだ。

 

「なんにせよ、いつも通りで安心したよ」

「兄さんも……いつも通りの驚きっぷりで……何より」

 

 

 呆れつつも、俺は改めて部屋を出ようとする。

 しかし、沙那が再び声を掛けた。

 

「あ……そうだ、兄さん」

「……今度はなんだ?」

「これ、母さんと私が作った……お守り。上げる」

「は?」

 

 妹が差し出してきたのは、フェルトと何かで作った人形だった。

 カバンや筆箱などに括り付けられるように紐も付いている。

 

「あ、ああ。ありがとう。でも何で急に?」

「さあ……わからない。母さんが、突然言い出したから……」

「……そうか」

 

 お守り、というと先日の悪霊騒動で白羽さんからもらったものが思い浮かぶが。

 母さんの意図が分かりかねるが……流石に関係はないか。

 

「じゃあ、風呂入れてくるから適当にくつろいで待っててくれ」

「はい」

 

 考え事を振り払い、俺は今度こそ部屋を出る。

 もらったお守りをポケットに入れ、俺は風呂場に向かった。

 

 

 

 

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