なんか机にパンツ降ってきたけどどうすればいい?   作:リンゴ餅

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第二十四話

 風呂を入れ部屋に戻って。

 まだ二人とも夕食を食べてなかったので、買い置きしてあった材料で適当に二人分の飯を作って食べ。

 諸々を済ませてから沙那と将棋盤を挟んで向かい合った。

 ちなみに相変わらず沙那の恰好は猫耳メイドのままである。

 どこのハ〇ワンダ〇バーだ。

 

「こうして指すのもなんか久しぶりな気がするな」

「実際は、そこまで久しぶりじゃ……ないけど」

 

 小気味いい音を出しながら駒を駒箱から出して、並べながら話す。

 こっちに引っ越してきてからまだ一か月も経っていない。

 家から持ってきた詰め将棋本や棋書などは暇なときに読んでいたが、こうして面と向かって指す機会は全くなかった。

 家にいる時は沙那と毎日指していたので、その分余計にブランクがあるように感じられるのだろう。

 

「振り駒……する」

「ん」

 

 歩を五枚とって、沙那がジャラジャラと駒を振る。

 バラッと盤の上に投げると、歩が二枚に、と金が三枚。

 俺の先手だ。

 

「お願いします」

「お願いします」

 

 兄妹間で指すときも、丁寧にあいさつをする。

 改めて考えると不思議な習慣だが、親しき仲にも礼儀ありっていうし。

 何もおかしいことではない。

 

 7六歩。

 角道を開けて、俺は妹との久しぶりの対局に臨んだ。

 

 

 … … … … …

 

 

「……負けました」

 

 ずっと静かだった部屋に、ポツリとこぼれる。

 動いたのは、俺の口ではなかった。

 

「……あそこ、素直に……王手飛車?」

「それもあるし、単に5五角でもやばかった気がする」

 

 沙那が悔しがる様子も見せず、感想戦を始めたので、俺もそれに返す。

 脳内の将棋盤も用いながら、互いに反省点を指摘する。

 

 戦型は俺が四間飛車で、沙那は右玉。

 今回に関しては、中盤まで割と沙那優勢だったが、終盤で沙那がミスし、俺の勝利。

 沙那には申し訳ないが、勝った時の感想戦ほど悦に浸れる時間はないだろう。

 内容が多少酷かったとしても、勝ちは勝ちだ。

 抑えようとしつつも、嬉しさでやや饒舌になりながら俺は喋る。

 

「だから、やっぱその後の叩きが余計だったかな」

「ん……」

「あとは、まあ……このぐらいか」

「……ん、ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 

 十分ほどの感想戦を終えて、一息つく。

 

 大分接戦だったので、それなりに疲労した。

 というか、集中するために正座で指してたので足のしびれがヤバい。

 

「兄さん……明後日のお花見…あの人も……来るの?」

 

 俺が足のしびれと格闘しながら、体勢を変えようとしていると、沙那が言った。

 

「ああ。来るぞ」

「……ふぅん」

「ちなみに、あと三人くらい来る」

「……は?」

「なお、全員女子のもよ――おい、おい! やめろ! 痺れた足を殴るな!」

 

 バシッバシッ、と痺れた脚にはまあまあ効く威力で殴られる。

 無表情で一定のリズムで攻撃してくるので、サイコパス感が凄い。

 

「……バカなの?」

「な、なにが?」

「schooldaysな学生時代……送りたいの?」

「いや、待て。自分でも正直びっくりしてるんだ」

「私の方が……びっくりしてる」

 

 ホラーすぎる発言に恐々とするも、花見当日にはバレることだし隠しても無駄だろう。

 

「……はあ」

「落ち着いたか」

「とりあえず、母さんには…兄さんが不純異性交遊にハマってたって……伝えとく」

「勘弁してくれ……」

 

 あながち完全なでまかせというわけでもないので、反論もしづらい。

 変な誤解も生みたくないし、天真さんたちのことは母さんにはあまり知られたくないことではあった。

 

 まあ、沙那の性格上、こうなることも予想はしていた。

 今日来るのは想定外だったが、早いうちに事情を話しておいて損はないだろう。

 ぽろっと余計なことを言った感は否めないが、口に出てしまったものは仕方ない。

 

 というか、沙那が多少つっけんどんな態度だったとしてもあの四人であれば普通に馴染めるんじゃないだろうか。

 サターニャさんは行動が予測できないからアレだけど、ヴィーネさんと白羽さんの二人は構ってくれると思う。

 

 そもそも人類という枠組みに入っている生物であれば、顔面偏差値ハーバード、萌え偏差値MITの我が妹を邪見に扱う者などありえない。

 心配する必要は皆無ということだ。

 

「明日はどうしようか」

 

 沙那が来なければ適当に家でダラダラして過ごそうかと思っていたが。

 せっかく来てくれたのであれば、明後日が花見とはいえ明日もどこかに出かけてもいいかもしれない。

 

 しかし、沙那は首を振って、

 

「特に用事もないし……家で、ゆっくり…過ごす」

「そうか」

 

 外で遊ぶと基本的に金がかかるので、俺としてはありがたい。

 一人暮らししている俺の懐事情に気を遣っているわけでもなさそうだし。

 明日になって気が変わったら、またその時に考えればいいだろう。

 

「今日はもう風呂入って寝るか」

「どっちが先……入る?」

「いつも通りじゃんけんでいいだろ」

「ん……分かった」

 

 沙那がパーで、俺がチョキ。

 俺が一番風呂だ。

 

「じゃ、お先」

 

 心なし無表情をどこか疲れたような顔にしている沙那を置いて、洗面所に向かった。

 

 

 

 … … … … …

 

 

 40度のお湯にゆっくりと身を浸し、大きなため息を吐いた。

 入れたバスボムの炭酸が太ももをくすぐるのがとても気持ちいい。

 

 柑橘系の匂いが溶けたお湯を両手ですくって、顔を洗う。

 ぷはっと顔を振るって水を払い、また一息ついた。

 

「……何も考えずに入浴を楽しめたらよかったんだが」

 

 

 問題はまだ一つ残っている。

 沙那といる時はあまり触れていなかった、というか触れられなかったので今風呂に入っている間に結論を出しておきたいことだ。

 

「なんであいつ猫耳メイドになってんだ……?」

 

 バスボムが完全に溶け白くなった濁り湯が、俺が零した問いに揺れる。

 

 端的に感想を言わせてもらえば、クッッッッッッッッッッッッッッッッソ可愛かった。

 「え、こんな生き物いていいの? 神様嫉妬しない?」って思った。

 この娘に〇されるなら本望かもってちょっと思ったもん。

 

 実際、可愛すぎてつい抱き着いちゃったしね。

 普段なら流石にあそこまで露骨な愛情表現はしない。

 

 あ、なんか思い出したらまた愛しさ爆発しそうになってきた。

 

「いやほんとぼべぼびぼおぼあばびぶいぶばろぼぉぉ‼」

 

 妹に万が一聞かれるとまずいので、お湯の中で一しきり発狂して気持ちを鎮める。

 ついでに素数も数えとくか。

 

 2、3、5、7、さなたんかわいい、11、13、17、ヴィーネさんペロペロ、19、23、29、31、おっπ、37、……

 

「……ふう。これでよし」

 

 ところどころ超越数とか完全数とか円周率混じったけどまあいいや。

 

 そろそろ本題に戻ろう。

 何故、俺の妹は猫耳メイドのコスプレをしていたか。

 結構な疑問である。

 

 とりあえず沙那の今日の一日の行動を整理してみよう。

 今日は金曜日で平日だから、朝は普通に学校に行ったはずだ。

 で、放課後。沙那が言うには学校から直で駅に向かい、俺のアパートまで来たらしい。

 沙那は方向感覚も特別悪いわけでもないし、スマホという利器がある以上、すんなり来れたことだろう。

 まあまあ時間はかかっただろうから、あの荷物では大変だったに違いないが。

 

 何にせよ学校が終わって突発的に思いついてやってきたわけでもなく、割と計画的な来訪だったようだ。

 

 俺のアパートにやってきて、あの服装で出迎えようとして。

 そしたら見知らぬ金髪の美少女が帰ってきたのだから、心底驚いたことだろう。

 まあ、それは天真さんも一緒だろうけど。

 

「動機に関してはサプライズ以外の動機が思いつかん」

 

 『久しぶりに会う兄を驚かそうと思って』。

 そんな可愛らしい動機であればよいのだが……

 

(こじつけが過ぎるよなぁ……)

 

 それにサプライズという動機では、もう一つの疑問を考えるうえでも差支えがある。

 

 

 どこで、いつ、あの服装を手に入れたのか?

 

 この問いに対する答えは、三つ考えられる。

 家にあるやつを持ってきたか、学校からここに来る途中で買ったか。

 あるいは、誰かからもらったか。

 順に検討していこう。

 

 最初に、家にあるやつを持ってきた可能性について。

 

 朝は制服でいつも通りに登校。

 学校指定のカバンには教科書などの勉強道具。

 サブバッグの中は、さぞカオスなことだっただろう。

 

 将棋盤と駒、宿泊用の着替え。

 それから、女子である沙那ならジャージも入っていておかしくない。

 体育の授業がなくても、掃除とかで使うだろうし。

 これらに加えて、あの生地の分厚いロングスカートのメイド服と猫耳。

 容量的にはギリギリ入るかな、と言ったところだ。

 

 物理的に可能とはいえしかし。

 さっき部屋の中であいつのリュックサックを見た時、あれ以上物は入らなそうに見えた。

 仮に入ったとしても、中から何か特定の物を取り出そうとするのは相当難しい状態になるだろう。

 一度将棋盤やらなにやらを取り出さないといけなくなるはずだ。

 

 それの何が問題になるかと言えば、他のクラスメイトの目である。

 中身が透けないビニール袋とかに入れれば隠せるとはいえ、万が一のことはある。

 まして、折り畳みの将棋盤なんて目立つものも入っているのだ。

 着替えのタイミングで注目される危険は十分あると言えよう。

 トイレとかの個室に入ればなんとかなるかもしれないが、それにしたって傍から見れば不自然に見える。

 

 このようなリスク、事情を考慮したうえで。

 果たして沙那はサプライズのために猫耳メイド服を家から持ってきた可能性が高いといえるか。

 

 0ではないが、サプライズが目的だとしてしまうとやはり納得することはできない。

 動機として弱すぎるからだ。

 リスクに見合っていない。

 他のクラスメイトにバレれば間違いなく引かれることだろう。

 メイド服をわざわざ学校に持ってくるうまい言い訳も思いつかない。

 

 だから、家から持ってきたという可能性はいったん置いておく。

 

 次に検討していくのは学校からこっちに来るまでの間に購入した可能性。

 きっと、ド〇キのような店で沙那は購入したのだろう。

 多分、あのおもちゃの包丁と一緒に。

 

「解せないのは、この方法はコストがかかるってところか」

 

 おもちゃの包丁であれば、まあそれほど値段はしないだろう。

 安っぽい、触ればおもちゃとすぐに分かるようなものだったし。

 下手したら百均でも売っているような代物だ。

 

 だが、メイド服は違う。

 間違いなく数千円はするはずだ。

 たった一回のサプライズに使用するためには、いくら何でも高い。

 

 確かに驚いたし、その奇跡的相性(マリアージュ)に魅了もされた。

 けど、俺を一時的に魅了するためだけに、沙那は無駄遣いをするようなタイプではない。

 金銭感覚は普通にまともだし、メイド服を買う際に「高い」という印象はきちんと持ったはずだ。

 

 文字通り、割に合わない。

 

 では最後に、誰かからもらった可能性。

 これは何というか、否定はできないけどあくまで可能性に過ぎない気がする。

 コスプレ好きな友人が沙那にたまたまいて学校でメイド服を譲り受けたとかだったら、友人からしたらなぜわざわざ学校で渡さないといけないのかってなるし。

 何にせよ考えにくい。

 

 結論。

 動機がマジで謎。

 

 そもそもコスプレをする人の心理、というものが良く分からないからな。

 自分はしないし、周りの人でもコスプレを好んでする人もいない。

 コスプレをして兄を出迎えようとする妹の心理など推測のしようがない気がする。

 

『ぐひゅっ、沙那たん猫耳姿も可愛いおww』とか言ってほしかったんだろうか。

 別にそんなことしなくてもいくらでも愛でられるのだが……。

 

 

「…………ん、いや、待てよ」

 

 

 ふと、一つの考えが浮かび上がる。

 

 そもそも沙那は、俺に見せるために(・・・・・・・・)メイド服を買ったのか?

 

 家に帰った時のことを思い出す。

 玄関のドアを開けて、沙那が出迎えて。

 

 どんな反応。

 どんな顔をしていたか。

 

 俺が言うのもなんだけど、俺を見て嬉しそうにはしていた気がする。

 しかしすぐにいつも通りになって、そのまま天真さんの話になって。

 で、それから特にメイド服の話になることなく今に至る。

 

 普通だったら。

 俺に見せるためにメイド服を着ていたんだとしたら。

 どこかのタイミングで感想を求めたりしてくるものじゃなかろうか。

 わざわざ、手間をかけて持ってきたのだからなおさらの話。

 

 むしろ、雰囲気的には「触れちゃいけないのかな」くらいに思ってしまった。

 

 

「…………」 

 

 

 ……これは一つの推理なのだが。

 天真さんの反応を思い出してみてほしい。

 俺がトイレの中で天真さんとラインでトークした時、『お前の趣味でさせてるわけじゃなかったんだな』と、彼女は何気なく言っていた。

 

 もっともな心配だろう。

 世間一般的に猫耳メイド服を自分の妹ないし自分に近しい関係の人間に着せることは、どんなにオブラートに包んでも「紳士的」という表現を使わざるを得ない。

 ストレートに言うなら、変態的。

 俺風に言うなら、「よろしく同志よ!」

 

 つまりだ。

 

「あいつ、あの服俺のアパートに置いてく気じゃね……?」

 

 その意図するところは、天真さんが模範的に示してくれた。

 彼女はきっとドン引きしたことだろう。

 妹に、あんな格好をさせて興奮している俺(兄)の姿を想像して。

 

 女子として色々アレな部分がある彼女でさえそうなら、いわんや他の女子をや。

 実際に着ている人間がいなくても、俺の部屋に入って、あんな服を見たらなんと思うか。

 俺が余程うまい言い訳をしない限り、結構な風評ダメージを食らうことだろう。

 隠すにしても、あのサイズだと地味に隠し場所に困る。

 

 一回きりの消耗品としてではなく。

 彼女にとって虫除けてきな意味で、あのメイド服を購入したのではないか。

 嫉妬深い我が妹が、兄の部屋に不用意に入った女子を恐れおののかせるために。

 その女子に、「この男は猫耳メイド趣味の、変態野郎である」、と知らしめるために。

 

「筋が通っていなくもないから怖いんだよなぁ……」

 

 しかし、そうだとしたらわざわざ着用せずに、それこそ俺にバレないように部屋に隠しておけばよかったのではないか。

 

「せっかくだから着てみたくなったとか……? ありえるな」

 

 どうせこの狭い部屋に住んでればすぐに見つかる。

 なら、手に入れたついでに着て兄を出迎えよう。

 しかし、最初に現れたのは見知らぬ女。

 メイド服のことなど一旦どうでもよくなった。

 

 そんなところだろうか。

 

「……本当にこの推理が合ってたとしたら、ちょっと怖いな」

 

 いやまあ考えすぎかもしれないが。

 これ以上沙那の猫耳メイドの動機は思いつかないし、ひとまずはそういう結論にしておこう。

 

「そろそろ出るか」

 

 色々考え事をしてしまったが、それほど時間は経っていない。

 余り沙那を待たせても悪いので、思考を区切り俺は風呂を出ることにした。

 

 

 




最後の部分分かりにくかったら申し訳ないです……。

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