なんか机にパンツ降ってきたけどどうすればいい?   作:リンゴ餅

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第二話

 

(とある悪魔視点)

 

 私はここ数日で、この世には自分の力ではどうにもならないこともある、ということを悟ってしまった。

 

 きっかけは悪魔見習いとして下界に降りてきた初日の出来事。

 新しく住むことになるアパートを探していたのだが、完全に道に迷ってしまった。

 そんな時、透き通るような優しい声で声をかけてきたのが彼女だった。

 

 サラサラとしたロングの金髪は絹織物のように陽光を反射して。

 整った顔はお人形さんのような、と表現するのがふさわしいほど美しく可愛らしい。

 正直、同じ女の子だというのに見惚れてしまった。

 

 容姿がいいからというだけではない。

 その内面からあふれ出る善性に、私は一目ぼれをしてしまった。

 

 ……まあ、悪魔としてそれはどうなんだという思いも浮かんでこなかったわけではなかったけど。

 

 そんな葛藤はともかく、彼女は予想通り、というか予想以上に人が出来ていた。

 親切にも道案内をしてくれて、私は自分のアパートにたどり着くことができた。

 

 その際、少しの緊張を覚えながらも彼女と話をした。

 どうやら彼女も今年から私と同じ高校に通うらしく、それを聞いて私は歓喜した。

 同じクラスになったら、きっと一緒に楽しい学校生活が送れるに違いない。

 そうでなくても知り合いの少ない今の状態で少しでも頼れる知己が増えるのは喜ばしいことだった。

 

 

 だが、わたしの期待は、すぐに打ち砕かれた。

 

 数日後彼女と再会したとき、彼女は死んでいた。

 比喩でも何でもなく、死んでいた。

 

 私が一目惚れをした天真=ガヴリール=ホワイトは見る影もなく、そこにいたのはただのクズだった。

 

『はあ? 新入生の課題? 何それ、食えんの? 私昨日から何も食べてないからお腹減ってるんだよねえ……あ、そうだ、ヴィーネ、私のためになんか作ってよ。いやぁー、楽しみだなぁ、ヴィーネの手料理』

 

 連絡がこないのを心配して部屋に訪れた私に対して、腐りきった目で彼女はそう言った。

 

 そして、私は絶望したのだ。

 私にはコイツをどうにかすることはできそうもない、と。

 

 汚れに汚れた異臭に満ちた部屋で、私の中の何かが崩れ去る音がした。

 

 

 

 

 日を改めて、ガヴの部屋に訪れた。

 彼女は前日の入学式をまさかのボイコット。

 ほんとにこの天使はもうダメみたい…。

 ちなみに、彼女が天使だということは成り行きで知った。

 

 結局今日も彼女は改心することはなく、暖簾に腕押し状態だった。

 

 天界に強制送還されないように、とだけ言い残して私は呆れ、彼女の部屋を後にした。

 

 そしてまた道に迷った。

 今日は確か新入生テストと新入生歓迎会があったはずだ。

 遅刻するわけにはいかない。

 

 涙目になりながらも必死で駆け回ってたら通りすがりの女性に声を掛けられた。

 

「私の息子を見ませんでしたか?」

 

 私はさらに走った。

 ペットのチャッピーと散歩をする時以上のスピードで。

 女性の心当たりがある場所を駆け巡った。

 

 子供は無事に見つかった。

 しかし、始業時間はすでに過ぎていた。

 

「ああ……どうしよう」

 

 ミイラ取りがミイラになるとはまさにこのこと。

 ガヴに構っていたせいで……いや、彼女は何も悪くない。

 彼女の様子を見るに、彼女の堕落は起こるべくして起こったようなものだ。

 私が中途半端にどうにかしようとしたのが悪い。

 

「うう……皆勤賞が……ぐす」

 

 結局、夕方になるまでに学校にたどり着くことはできなかった。

 何か尋常ならざる者の妨害をうけているのかと疑うレベルでたどり着けなかった。

 

 友達が駄天した。

 皆勤賞を逃した。

 新入生テストを受けられなかった。

 新歓に参加できなかった。

 先生にもきっと怒られる。

 

 私のライフはもうゼロだった。

 

 その余りのショックに道端でうずくまっていたところだった。

 

「あの。どうかしたんですか」

 

 振り向くと、私と同じ高校の制服を着ている男子が声をかけてきた。

 

 見覚えはある。

 今年の入学試験でトップの成績を取った同じクラスの佐倉優君……だったはず。

 一応、悪魔学校を卒業する前に私もこの高校の試験を受けた。

 そして、それはあのガヴも同じはず。

 試験を受けた時点ではまだ駄天していなかったガヴを抑えての一位、ということだ。

 

 見た目によらず、彼は相当優秀な人物なんだろう。

 そんな彼が、心配した様子で私の方を伺っていた。

 

「月乃瀬さんだっけ? どしたのこんなところで」

 

 ああ、もう下校時間が過ぎたのか。

 散々歩き、走り回った挙句、学校には着けなかった。

 悲しいし、虚しい。

 

 私は何でもないと彼に伝え、立ち上がって彼に向き合った。

 

 彼はどうやら私を慰めるために声をかけてきたようだ。

 確かに負のオーラが出ていたかもしれない。

 私、悪魔だし。

 

 それと、彼も何か嫌なことが起こったらしい。

 遠い目をしながら変わった励まし方をされてしまった。

 一体どうしたんだろう?

 でも、ちょっと親近感がわいた。

 

 

 私はそのまま彼と帰り道を共にすることになった。

 正確には、私はちょっとガヴのところに寄るつもりなんだけど。

 なんだかんだ言って心配だしね。

 

「それで、何があったんだ?」

 

 佐倉君が途中でそう言った。

 よくぞ聞いてくれました。

 

 私は誰にでもいいから心の中の闇を吐き出したかった。

 佐倉君はなんとなくだけど優しそうだし。

 ちょっとくらいなら愚痴ではなく話の種として受け止めてくれるだろう。

 彼の方から聞いてきたんだし、それくらいはいいよね。

 

「実はね……」

 

 私はそのまま佐倉君に、今まであったことを、天使とか悪魔とかというところはぼかして話をした。

 

 

 … … … … …

 

 

「それでね、ガヴったらこう言ったの。『いままでの私は偽りの姿だった。これからは自分に正直にグータラなダメ人間として生きていく!』って」

 

 俺と月乃瀬さん……彼女にはヴィーネでいいって言われたからヴィーネさんでいいか。

 改めて考えるとすごい名前だ。

 

 俺とヴィーネさんは並びながら夕焼けに染まる道を歩いていた。

 はたから見れば俺たち恋人同士に見えんじゃね?とかちょっと浮かれたけど、彼女の話を聞くにつれてそんな考えは消し飛んだ。

 

 というのも、彼女。

 同情するくらいの苦労人のようだ。

 話を聞くと良く分かる。

 

 この子あれだ。 

 悪い男に引っかかったら一生を棒に振っちゃうタイプだ。

 どんなに旦那がダメ人間でも、この人にはこれでもいいところがあるの、とか言ってそのまま泥沼に引きずり込まれるタイプの女性だ。

 こういう子漫画とかでよく見るもの。

 

 しかも極度のお人よし。

 迷子の子供を探しに一時間以上走り回るって。

 どんだけだよ。

 もしかして交番とか知らないのか?

 

 それと、いくらなんでもこの時間になるまで学校にたどり着けないって有り得ないよ?

 実はなんかの怪異に巻き込まれてたりしない?

 お兄さん、相談に乗るよ?

 

「それで、その……天真さん? は結局学校に来なかったみたいだけど」

 

「……はあ。やっぱり」

 

 彼女の苦労話は、彼女に最近できた一人の友人に起因していた。

 

 曰く、その友人はかつては心優しい女神のような人物だった。

 曰く、その友人は女である自分が見惚れるほどの容姿の持ち主だった。

 

 ……曰く、その女神は地に落ちた。

 

 ここまで聞くとなんかの神話かおとぎ話かと思われるだろうが、何のことはない。

 

 昔は優等生だったが今は違うっていうのはよく聞く話だ。

 その原因は様々だが、大方今までの堅苦しい生活に疲れたからだとか、そんなところだろう。

 

 そして、その友人とやらが俺の同級生で昨日入学式をブッチしたやつらしい。

 彼女の話から体調がどうのこうので休んだわけではないのは明白だ。

 

 昨日に続き、今日も欠席。

 しかも無断で。

 ヴィーネさんの必死の説得も真に受けず。

 

 ヴィーネさんは本当に厄介なお荷物を持ってしまったようだ。

 この後寄るところもその友人の家らしい。

 

「大変だな。お互い」

 

 俺も見た目は可愛らしいが厄介なものを手にしてしまったからな。

 異性のパンツとか、比較的ノーマルな俺の手には余るもの。

 幸い白羽さんが引き取ってくれたからよかったが。

 

「ふふ……でも、佐倉君が話を聞いてくれたおかげでちょっとは気が楽になったわ。ありがとね」

 

「いや、それほどでも」

 

「ところで、佐倉君は何があったの?」

 

 さて、これは予想していた質問だ。

 彼女が俺の質問に答えてくれた手前、答えないわけにはいかない。

 かといって、せっかく芽生えかけた関係をパンツでぶち壊してしまうわけにもいかない。

 

 さあ、どうするか。

 

「…………」

 

 いやでもマジでどうしよう。

 俺勉強はできるけど、それ以外からっきしだからさ。

 こういう時の頭の回転遅いんだよね。

 

「あ、ごめん……思い出したくないわよね。今のは忘れて」

 

 中々答えない俺の様子に何か察したかのように彼女は手をぶんぶん振ってそう言ってくれた。

 

 

 うわあ。

 何だろうこの罪悪感。

 でもうまい具合に逃れさせてもらった。

 

 ごめん、ヴィーネさん。

 あとでお詫びに新品のパンツを贈らせていただきます。

 それでどうか勘弁してください。

 

 

 それからしばらく無言で歩き続ける。

 夕焼けに染まった空が本当に美しい。

 

 心は煩悩にまみれている俺だが、自然の情景を愛でるくらいの情趣を解する心はある。

 

 でも、もっと言えばその夕日でほんのりと赤く染まるヴィーネさんを愛でたい気持ちの方が今は強かった。

 

 何かの間違いでパンツ見せたりしてくれないかなこの子。

 代わりに俺もパンツ見せるから。

 

「そういえばさ……」

 

「……ん?」

 

 ふと思いついたようにヴィーネさんが声を上げた。

 

「佐倉君の家ってどこにあるの?」

 

「ああ……もう少しで着くよ。ほら、あそこのアパート」

 

 別に知られて困るものでもない。

 というか、ヴィーネさんにだったらむしろ知られてほしい。

 というわけで俺はすでに目前にある一軒のアパートを指さした。

 

「外装は地味だけど中々過ごしやすい部屋なんだよ」

 

「……え」

 

「どうしたの、ヴィーネさん?」

 

 俺の指し示した方を見てヴィーネさんが呆然とした表情を見せる。

 

 え、何?

 もしかして同じアパートってやつ?

 だったら狂喜乱舞するよ俺。

 夜通し運命の女神さまに感謝の証としてパンツを捧げちゃうよ俺。

 

「いえ、その……例のグータラ人間になった友人のアパートもあそこなのよ」

 

「…………」

 

 あぶない。

 舌打ちしそうになってしまった。

 

 そっちかー。

 グータラ人間の方かー。

 同居人は天使のヴィーネたんじゃないのか。

 

 いやでも、その友人の方も見た目は悪くないらしいし。

 改心させることができればワンチャンあるか?

 

「……ひとまず、その友人とやらに会いに行こうか」

 

「そうね……あらかじめ言っておくけれど……覚悟して」

 

 ……この天使にここまで言わせる人物っていったい。

 

 俺はとりあえずヴィーネさんに頷いて、友人の部屋の玄関前まで案内してもらった。

 

 

 

 

 


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