なんか机にパンツ降ってきたけどどうすればいい?   作:リンゴ餅

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第五話

 

 朝、誰かの声で目が覚めた。

 

「……て」

 

 その声は、とても優しくて、とても悲しそうだった。

 

 誰も自分に気付いてくれない。

 私は何でこんなところにいるんだろう。

 何も思い出せない。

 

 そんな感情の波が脳に打ち寄せる。

 

 雑多と言えば雑多な思い。

 その思いは、何度も聞こえる一つの言葉に集約されていた。

 

 

 

 ――誰か、助けて。

 

 

 

 

 高校を入学して三日目。

 心の中にわだかまりを残しつつも、今日は始まる。

 

 ……その声が、夢か(うつつ)かも知らぬまま。

 

 

 

 … … … … …

 

 

 

 いやあ、いい天気だ。

 

 こんな日はぜひ家に引きこもってゲームをしていたいよね。

 もしくはアダルトなムービーの鑑賞。

 

 男子高校生たるもの大人になるための勉強をしなければいかんからね。

 

 そういった冗談は置いといて。

 俺はどっかの不良女子高生とは違ってどんなにだるくても学校を休むつもりはない。

 

 しかし今日はいつにもまして頭が重い。

 昨日テストで脳味噌を使いすぎたせいでまだ疲労が取れていないのだろう。

 そのせいか夢見も悪かった。

 

 ただ、夢見についての異常は今日に限った話ではない。

 何か知らないけどこの部屋に引っ越してから変な夢を見るんだよねぇ……。

 

 ま、環境の変化になじめていない証拠だろう。

 軟弱な体が恨めしい。

 

 時刻を見ると朝の七時前。

 学校の始業時間は八時過ぎだから全然余裕はある。

 

 ひとまずは顔でも洗おうか。

 そう思い、俺はベッドから起きて洗面所まで移動する。

 

 それにしても昨日ちらっと見えた天真さんの部屋は酷かったな。

 あんな部屋じゃ移動もままならないだろうに。

 

 ……掃除、手伝ってやろうかな。

 

 プリント届けてシュークリームあげただけで隙を見せるような子だから、好感度という概念はちゃんと通用するはずだ。

 

 無償で彼女の部屋の掃除を手伝い、颯爽と去る。

 なかなか悪くない行動だろう。

 

 つっても、天真さん自身に掃除をする気がないのならどうしようもないけどね。

 様子を見るに、結構長い期間あの腐海で生活してるみたいだし。

 無理やり押し入ってまで掃除をするのもお節介だろう。

 

 それに何より、俺自身あの部屋に入りたくない。

 改めて考えるとおぞましすぎる。

 

 というわけで、天真さんお掃除計画はお蔵入りだな。

 

「タオルタオル……あった」

 

 柔軟剤の匂いが香るふんわりとした手触りのタオル。

 

 昨日何度か触った天真さんのパンツ並みの柔らかさだ。

 

「……そうだ、俺は天真さんのパンツを……この手で」

 

 改めて意識するとなんか興奮してきた。

 

 あの美少女のパンツを俺はほんの少しの時間だけだが自由にできる状態だったのだ。

 

 桃色の、かすかに温かい、ふわふわパンツ。

 

 

 けど、脳裏に昨日最後に見た天真さんのゴミ部屋が浮かんで興奮が冷めた。

 

 

 ……やっぱり人間内面が一番大事かもしんない。

 

 

 俺はこれまでの自分の人間観を揺り動かされて複雑な気持ちになりながら顔を洗った。

 

 

 

 

 いい時間になったので部屋を出る。

 

 天真さんはもう登校したのだろうか。

 もしくは、今日も登校しないつもりなのだろうか。

 

 流石にそれはないだろうとは思うが、一応確認してみるか?

 

 いやでも流石に図々しいか。

 昨日の今日の関係で朝起こすというのも変な話だ。

 

 気になりながらも俺は天真さんの部屋のドアを一瞥だけして学校に出発した。

 

 

 

 登校中、いつもの道を歩いていると誰かが喚く声が聞こえた。

 

 朝っぱらから誘拐かと思いつつ、本当にその類の事件だったら洒落にならないので急いで声のする方に駆け付ける。

 

 そして俺が見たのは、うちの学校の制服を来た少女が、一人でギャーギャーと喚いている光景だった。

 

「ちょっとぉ!! いきなり現れて何なのよあんた!! このサタニキア様の昼食を奪い取ろうとするなんて身の程を知りなさい!!」

 

 訂正。

 人類が野良犬と喧嘩をしている光景だった。

 

 どうなってんの俺の学校。

 何でこういうヤバそうなやつしかいないの?

 ちゃんと入学試験やった?

 裏口入学とか許してない?

 

 犬とマジで喧嘩してるよあの子。

 しかも「サタニキア」ってあの子の名前?

 もしかしなくても昨日会ったあの三人と同類の人間じゃん。

 

 賭けてもいい。

 あいつは絶対俺のクラスの子だ。

 確かにクラスで見た覚えもあるし。

 

「このぉ!! だから離しなさいっての!!」

 

 ああ……神よ。

 あなたは私をこの場に引き合わせて一体何を望むのか?

 

 もしかして神は生物の普遍的な平等を伝えようとしているのか?

 争いは同レベルのものとの間でしか成立しないと。

 この赤い髪の少女が犬と争う姿を見て、それを実感しなさいと。

 

 割と心の底から実感したんで俺はもう学校にいきますね。

 

「ああ……私のメロンパン…うぅぅ」

 

 俺はそこに人類の敗北というのものを見出した。

 やっぱ争いはよくないね。

 

 

 

 学校に着き、昇降口で靴を履き替える。

 

 下駄箱を開ける際、パンツが入ってないか警戒して辺りを見渡してから開けたが杞憂だった。

 それプラス、脅迫状とかが入ってなくて安心した。

 

 昨日の一件でクラスの女子から警戒されていることは間違いないだろうし、誰か女子のリーダーとかがあらかじめ問題の起きないよう俺を〆ようとしてくる可能性も無きにしもあらずだったからな。

 

 よかったよかった。

 

 ……毎日こんな心配しないといけないんだろうか。

 

 

 そのまま自分の教室に行く。

 今の時刻は八時になる少し前。

 教室の中は若々しい雰囲気で満ち溢れていた。

 

 朝学校に来た時のこの雰囲気は結構好きだ。

 青春って感じがする。

 輝かしい未来を担うべき若者の、かけがえのない一瞬。

 それを実感できる。

 

 ただし、それも昨日までのことだった。

 

 俺が教室に入った瞬間、静寂が静まる。

 あ、間違えた。

 喧騒が静まる。

 余りにも一瞬の出来事だったから最初から静まっていたのかと錯覚しちまったぜ!

 頭痛が痛いみたいなことを言ってしまった。

 

 そして、突き刺さるのは女子の視線。

 

 侮蔑?

 軽蔑?

 嫌悪?

 

 甘い甘い。

 これはそんな甘いものじゃないよ。

 

 言うなれば、これは「差別」に違いない。

 相手を同じ人間だと認識していない。

 

 入学三日目でこんな目を向けられる俺の気持ち。

 分かってくれるだろうか。

 

 一方、男子からは相変わらず畏敬の念を込めた目で見られている。

 

 全然嬉しくなんかないんだからね!

 

 俺はため息を吐いて自分の席に向かう。

 

「あ……」

 

「…………」

 

 あらヴィーネさんおはようございます。

 

 でも俺に話しかけないでくださいね。

 友達いなくなっちゃいますよ。

 

 何か言いたげなヴィーネさんの隣を通って自分の席に着く。

 

 そうは言ってもお隣さんだから少し気まずい。

 顔の右側にすごい視線を感じる。

 

 あと何だか知らないけど左からも。

 

「…………」

 

 ちらりと見ると天真さんがポカンとした顔をしていた。

 鳩が豆鉄砲を食らった顔と言ってもいい。

 

 今日は学校休まなかったようで何よりだ。

 

 そして大丈夫。

 君は何も悪くない。

 悪いのは君のパンツだ。

 

 今もなお昨日パンツが俺の机に降ってきた因果関係が見えてないので誰に責任があるのか断定できないけどきっと君のせいじゃない。

 

 だからそんな急に申し訳なさそうな顔しなくてもいいんだぜ。

 

「…………」

 

 はあ。

 これが毎日続くのか。

 

 男子は声をかけてくれるかと思ったんだが……。

 

 ま、ボッチで生きることは死ぬことと同義じゃない。

 どうにか工夫して生きていこう。

 

 俺はこの時絶望という感情を初めて知った。

 

 

 … … … … …

 

(とある天使視点)

 

 

「はあ……マジで眠い」

 

 朝、教室に入った瞬間目に入った長い金髪。

 思わずホッとしてしまったのは仕方ないだろう。

 

「おはようガヴ。今日はちゃんと学校にきたのね」

 

「ヴィーネとラフィが来い来いうるさいから来てやったんだぞ。ありがたく思え」

 

「あんたのために言ってやったのよ。別にガヴが学校行かなくて私が困ることなんて何もないんだからね」

 

「薄情だなあ……」

 

 今日もこの駄天使は絶好調ね。

 まるで改心する気がないわ。

 

 それでも、いい加減慣れてきた。

 最初はかなりショックを受けたけど、余り深刻に受け止める必要もなさそうだし。

 

 苦笑いしながら私は自分の席に座った。

 

「佐倉君はまだ来てないみたいね」

 

 ガヴとは一つ席を挟んだ席だ。

 その挟んでいる席が佐倉君の席だった。

 

「……佐倉って誰だっけ?」

 

「もう……昨日私たちと一緒にいた男子! 同じアパートでしかもお隣さんの人よ」

 

「ああ……そういえばそんなのもいた気がするな」

 

 ……この駄天使はホントにもう。

 

 佐倉君にすごい迷惑をかけたくせに、よくもこんなのんきな顔をしていられるわね。

 

 ガヴの下着が佐倉君の机に落ちてきたという話は昨日ラフィから聞いた。

 

 なんでも、ホームルーム中に突然降ってきて、教室中の女子から疑惑の目を向けられるやら、職員室に連れていかれるやら、結構な騒ぎになったらしい。

 

 本当に佐倉君には頭を下げるしかない。

 

 ちなみに、ラフィとはその話を通じて親交を深めた。

 今では愛称で呼び合う仲だ。

 利用する形になって申し訳ないけど、佐倉君なら許してくれると信じてる。

 

「ふぁあ……ねむぅ」

 

 ガヴはさっきから同じことを何度も言っている。

 こっちまで眠くなってくるからやめてくれないかしら。

 

 ふと、教室の出入り口の方から音がした。

 きっと誰かが教室に入ってきたのだろう。

 それはいい。

 

 けど、それと同時に今まで談笑の声で賑わっていた教室の空気が、シン、と静まり返った。

 

 異様な空気を察して何事かとそちらを向く。

 

 そこにはさっきまで話題にしていた佐倉君が立っていた。

 

「え……?」

 

 いまだに何が起こっているのか理解できないままでいると、向けられたおびただしい視線をものともせずに佐倉君がこちらに歩いてきた。

 

「あ……」

 

 私のすぐそばを通る際、一瞬目があったがすぐにそらされ、そのまま私の隣の席に彼は座る。

 

 

 余りに唐突な出来事でどうしたらいいのか分からない。

 

 ガヴの方を見ると彼女も同じような表情をしていた。

 

「…………」

 

 ……これはもしかして。

 

 彼がクラスメイトにこんな対応をされるなんて一つしか心当たりがない。

 

 ガヴのパンツだ。

 

 なんてことだろう。

 そうだ。

 人間は、公な場面での性的なモラルについて非常に敏感だと聞く。

 テレビとか新聞を見てるとそれはすぐ分かる。

 そして、それは良くも悪くもの話。

 

 今回は完全に悪いパターンだ。

 しかも、想像していた以上に。

 

 もし、見知らぬクラスメイトが女子のパンツを持っていたらどう思うか?

 

 彼に対する配慮が全然足りていなかった。

 

 

 昨日の佐倉君の顔が浮かんだ。

 落ち込んでいる私を慰めようとしてくれたときの顔。

 私の、結局愚痴になってしまった苦労話を聞いてくれていた時の顔。

 自分には非がないのに、ガヴに謝ってくれた時の顔。

 

 どんな時も、彼はすごく温かい顔をしてくれていた。

 

 そんな彼に対して、この仕打ちはない。

 

「あ、あの!」

 

 そう思ったときにはすでに声を上げてしまっていた。

 

 みんなの前で喋るのは緊張するけど、自分の身内が招いたことだし、それに何より、誤解とはいえ佐倉君が不当な評価を受けることに比べたら何でもない。

 

「佐倉君は、悪い人じゃありません。彼は昨日私の悩みを真剣に聞いて、とても真摯に向き合ってくれました。昨日の事は私も聞きましたが、すべて誤解です。彼は何も悪くありません!」

 

 私一人の意見じゃどうにもならないかもしれない。

 それは考えた。

 けど、それは何もせず彼を見捨てる理由には全くならない。

 

 私の精一杯の主張を聞いて、クラスメイトの顔が少し変わる。

 緊張しているせいで具体的にどう変化したのかは分からないけど。

 

 でも、神はどうやら私に味方をしてくれたみたいだ。

 

 ……いや、違う。

 私は彼の人徳を甘く見ていたのだ。

 

「私もそう思うわ」

 

 始めは一つの声だった。

 私ではない、一人の女子生徒の声。

 

「佐倉君。入学試験の時のことを覚えてる?」

 

「ぷぇ?」

 

「数学の時間のときに消しゴムを落として手を上げたけど、試験官の先生が気づいてくれなくて私は一人真っ青になってた。始まって結構な時間が経ってたし、一秒でも時間が惜しいのに……そんなときに隣に座ってた佐倉君が消しゴムをくれたの。しかも、佐倉君も一個しか持ってなかったにもかかわらず」

 

 それはすごい。

 流石首席だ。

 消しゴムなしで数学の試験を終えるなど、凡人の所業ではない。

 

 話を聞いてた周りからも「すごい…」「天才だ…」という声が上がっていた。

 

 そして、彼に関するエピソードはまだ続いた。

 

「私も……愛犬と散歩をしてたら愛犬とはぐれちゃって……たまたま出会った佐倉君が探すのを最後まで手伝ってくれたわ」

 

「私、登校してるときに、通りすがりの、歩くのも辛そうだったおばあちゃんが持ってた荷物を彼がもってあげようとしていたところを見たわ」

 

 

 約半数。

 女子の約半数が最初の一人をきっかけに佐倉君がこれまで積んできた善行を一斉に語った。

 

 さっきまでの静けさとは打って変わって、教室中に「私も!」「私も!」という声が響き渡る。

 

 大騒ぎと言っても過言ではないくらいにそれぞれが佐倉君の無罪を主張した。

 

 

 やがて、最初に声をあげた女子生徒が言った。

 

「佐倉君。昨日と、それに今回の件について、少しでもあなたを疑ったことを謝るわ。昨日のことは何かの間違い。みんな、それでいいわよね?」

 

 誰もがそれに頷く。

 もちろん私もその一人だ。

 

「それじゃあ、改めて……佐倉君、ごめんなさい」

 

 教室中の誰もが彼に謝った。

 席を立ち、まるで授業が始まる際の礼のときのごとく。

 

 晴れて、「佐倉君パンツ冤罪事件」が解決した瞬間だった。

 

 

 

 

 その日以来、彼の人徳がみんなに伝わったのか、尊敬の念を込めて、一部のクラスメイトの間で彼はこう呼ばれるようになった。

 

 

 

 ――「GOD(ゴッド)」、すなわち、神、と。

 

 

 

 

 




サ「な……なに、この状況……入ってもいいのかしら?」

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