なんか机にパンツ降ってきたけどどうすればいい? 作:リンゴ餅
窓を閉め切り、カーテンもかかっているせいで仄暗い部屋の中。
俺と天真さんを照らしているのはパソコンのデジタルな明かりだけだった。
「まずはキャラクターメイキングからだ」
「キャラクターメイキング?」
「最近のゲームはアバターっていって自分の好きなようにキャラをデザインすることができるんだよ」
へえ。
俺のやってきたゲームは完全に主人公のイラストは固定だったけど最近のゲームはそうでもないのか。
いきなり驚かされたな。
といっても所詮はゲームだし。
もう少しで夕飯の時間だから頃合いを見て買い出しにも行かないといけない。
ある程度やったら適当にお暇させてもらおう。
「二つ分セーブデータに空きがあるから……佐倉、一つ使っていいよ」
「分かった。ありがとう」
「エンプティ」と表示されている欄をクリックする。
その後表示されたのは服を着ていない半裸の人型のキャラ。
画面の左側には「ネーム」、「ヘア」、「ボイス」など多岐にわたる項目欄が並んでいる。
もしかして、これ全部自分で決められるのか?
「アバターは一度作ったらもう変えられないからよく考えて決めて。私も最初に作ったときは一時間以上悩んじゃったからなあ……」
感慨深そうに彼女は言う。
まるで昔を懐かしんでいるようだ。
それほどこのゲームに執着しているということだろう。
まあ、一時間はやりすぎにしても、せっかくだしちょっと作りこんでみよう。
俺は彼女の助言を聞きながらキャラクターを作成し始めた。
しばらくして。
俺はやっと自分のキャラクターを作成し終えた。
二人して一息を吐く。
「うん……なかなかいいんじゃない?」
「キャラ作成の時点で結構楽しいな……」
「でしょ? 私も驚いたよ。げか……世の中にはこんなすごいものがあるんだなぁって」
正直舐めてたわ。
部屋の時計を見ると夕飯の時刻はとっくに過ぎていた。
「でも、こんなのはまだ序の口。ここからもっと楽しい世界が待ってるぞ」
……キャラ作っただけで終わるっていうのもなんだしな。
天真さんがせっかく付き合ってくれてるんだし。
もう少しやってから買い出しに行こう。
俺はその後も天真さんの言われるままにゲームを進行させていった。
何時間たっただろうか。
もはや時計を見る気さえ起きない。
「ああ、違う違う……そこはバフかけたほうがいいんだって……そうそう。やっぱり私の見込んだ通り、佐倉は呑み込みが早いな」
「あざっす」
「……よし、そろそろレイドボスのクエストに参加してみよう」
「うす」
部屋に居たのは一人の師匠と一人の弟子だった。
天真さんはすごい。
何がすごいって、とにかくすごい。
このゲームはネトゲだけあってオンラインでやるのが醍醐味だ。
PVP形式ではないので、当然プレイヤー同士の連携が必要となってくる。
的確なタイミングで味方を補助し、パーティーに貢献しなければならないのだ。
もちろん何の準備もなしに仲間との連携ができるわけではない。
敵であるモンスターの弱点やそれを突くための装備。
装備を作るための材料の入手方法。
仲間の装備や戦い方についての知識。
一見シンプルなシステムに見えて、一つ一つの要素にこだわらないと強くなれないようになっているのだ。
そして、彼女はそれらのことを驚くほど知り尽くしていた。
「師匠……こいつの弱点は?」
「そいつは適当に火属性の魔法を撃ってれば楽に倒せるよ」
「あざっす」
「うむ」
彼女は短い言葉で簡潔に。
されど、何よりも正確に。
彼女はこの世界で生きていく術を教えてくださるのである。
この方を師と呼ばずして一体誰を師と呼ぶのか。
そこでふと、頭の中に一人の人物が浮かんだ。
『ダメよ佐倉君! 早く目を醒まして!!』
その人物はとても優しい声で呼びかけてくる。
このままだといけないことになる。
帰ってこれなくなってしまう。
そう彼女は頭の片隅で叫んでいた。
「……どうした? 佐倉?」
「いえ……何か忘れているような気が」
「……まあ、忘れてるってことは大して重要なことじゃないだろ」
「……そうっすね」
「そんなことより、早くヒールしないと死んじゃうぞ」
ああ……いかんいかん。
師匠に怒られてしまう。
俺はそのまま天真師匠と二人で戦いつづけた。
… … … … …
(とある女神視点)
「ふわぁ……よく寝たぁ」
窓から差し込む朝の光。
まるで合唱のように聞こえる鳥の鳴き声。
そして、ふかふかのベッド。
そのどれもが爽やかな朝を迎えるために不可欠のものだ。
魔界だと年がら年中空が闇に覆われている上に、外ではコカトリスのような怪鳥が鳴くのでこれほどいい朝を迎えることは中々できない。
とはいっても、まだ寝起きだし、頭がボーっとしている感じがある。
ひとまず顔でも洗おう。
私は目をこすりながらノロノロとベッドから起き出した。
朝食を食べている最中。
ふと最近のことを考える。
様々な不安を抱えた状態で降りてきた人間界だが、思ったよりも楽しく過ごせている。
その一番の理由はやはり友人の存在が大きいだろう。
初日から友達になったガヴに、彼女と同じ天使のラフィ。
それから人間のお友達である佐倉君。
特に、佐倉君が友人になってくれたのは大きい。
魔界と人間界で致命的に異なるような点はそれほどなかったが、細かいところはまだ分からないことが多い。
だからこそ人間である彼の存在は非常にありがたかったのだ。
まあ、そういったことを抜きにしても普通に彼はいい人なのでこれからも仲良くやっていきたい。
できれば、もう少し彼には砕けた感じで接してもらいたいけど……。
何というか、彼はいつも気を遣っている態度で私たちに接するのよね。
でも、学校生活を続けるうちに自然と気軽に接してくれるようになるだろう。
私は期待に満ちた心持ちで朝食を食べ終えた。
忘れ物がないかを確認してアパートを出る。
外に出ると同時に、穏やかな風が頬を撫でた。
「ガヴはもう起きたかしら……」
昨日は一応出席してきたが、今日も出席してくるとは限らない。
まさかそんなことはないだろうとは思う。
しかし、彼女はそのまさかを起こしてしまうから笑えない。
しかも悪びれもせずに。
一回痛い目に合わせなきゃダメかしら。
一昨日までの状況だったら私が様子を見に彼女のアパートまで訪れることになっていただろうが、今は佐倉君という頼りになる友人がいる。
彼に電話してガヴが起きているか確かめてもらおう。
「あ、でも佐倉君はガヴの部屋の鍵持ってないか……」
電話の発信ボタンを押してから気付く。
でも、彼ならなんとかうまく確かめてくれるだろう。
近いうちに彼の分のガヴの部屋の合鍵を作っておこう。
これからも同じようなことが起こるかもしれないし。
「…………出ないわね」
しばらくしても出る気配はない。
一応ガヴの方にもかけたがやはり出なかった。
ガヴはともかく、佐倉君が出ないのは意外だった。
まあ、確かにまだ朝早くだし、二人とも寝ててもおかしくはない。
「…………」
このまま放っておくのも気分が悪いし……。
やっぱりこの目で確かめに行こう。
私はそう思って二人のアパートに向った。
アパートに着き、ガヴの部屋の前まで来た。
道中、何回か佐倉君に電話をかけてみたが、一回も出ることはなかった。
(何だろう……すごく嫌な予感が)
昨日のガヴはどこか変だった。
何もしていなかったわけではない。
彼女はしょっちゅう佐倉君のことを観察するように見ていた。
もしかして彼の優しさに触れて改心する気持ちが出てきたのかしら、とも思ったがどうもそうは思えない。
「…………」
カバンから彼女の部屋の合鍵を取り出し、ドアを開ける。
視界に入ってきたのは相変わらずの地獄絵図。
私はゴクリと唾を飲み込んで、彼女の自室まで足を進めた。
そして。
私は気付いたら自分のカバンを床に落としてしまっていた。
「…………ナニ……コレ」
部屋自体は別にいつも通りだった。
いつも通りのゴミ部屋だった。
だが、そこに居た人物はいつも通りではなかった。
「……うぅん…詫び石寄越せよカス……」
「……うぐぅ……何だこのクソガチャ……確率低すぎだろカス」
その現実は直視するには余りにもむごいものだった。
佐倉君が床で殺人事件の犠牲者のような格好で眠り、その上にガヴ……いや、ゴミがのしかかっている。
「……あ……ああ」
思わず膝から崩れ落ちてしまう。
何だこれは。
何があった。
どうしてこうなった。
「……ハッ!」
呆然としている場合じゃない。
私はすぐに立ち上がり、佐倉君の下に駆け寄った。
のしかかっているゴミをどかし、佐倉君の肩を掴んで揺さぶる。
どかしたゴミが変な声を上げた気がしたがどうでもいい。
「佐倉君!! 起きて!! もう朝よ!!」
「……あ”あ”ー」
「……佐倉君?」
「あばあ”あ”……でゅふっ」
「…………」
一応彼は目を開けた。
けど、彼の目は何も映していなかった。
その瞳は泥沼のようによどみ、昨日までの優しい輝きは失われていた。
私は愕然とした。
そして、脳内にフラッシュバックするあの光景。
忘れもしないあの日に見た光景。
つまり、一人の天使が駄天してしまった日のことを、私は思い出していた。
私はさっきまで佐倉君に乗っかっていたモノに目を向ける。
……まさか。
コイツ、まさか。
「ちょっと、ガヴ!!」
「……んぅ……あれ、ヴィーネ。おはよう」
「おはようじゃないわよあんた!! これはどういうこと!? あんた佐倉君に一体何をしたの!?」
「……ふわぁ……まあ落ち着けってヴィーネ」
これが落ち着いていられるか!
私の心臓は怒りと混乱と焦燥でバクバクと脈打っていた。
それに比べ目の前にいる人物は欠伸をしながら私をなだめるように手で抑えるジェスチャーをする。
私は反射的にその手をもぎ取ってやろうかと思ってしまった。
「私は佐倉に正しい道を示してやったんだよ」
「……は?」
そういって彼女が差し出してきたのは彼女がいつも使っているノートパソコンだった。
「いやあ……ゲームは自分でやるに限るって思ってたけど、人がやっているのをそばで眺めるのっていうのも乙なもんですなあ」
「あんた……なにいってんの?」
そこで初めて彼女は自分のやらかしたことを認識したのか、頬をポリポリとかいて苦笑いをしながらこう言った。
「だって、優等生を演じている佐倉を見てたら、昔の自分を見ているような感じがして気の毒になっちゃってさ。それで少しは気晴らしになるかと思ってネトゲをすすめたら思いのほかハマっちゃったみたいで……」
「……つまり?」
「な、何だかんだ言って佐倉も楽しんでくれたみたいだし。一日ぐらい私みたいに一回落ちるところまで落ちてみたらどうかなー……なんて」
コイツ。
ついにやりおった。
「真面目な人間を誘惑して堕落させるって……それ、まさしく悪魔のやることじゃない……」
「……まあ、否定はしない」
「…………」
「あ、あれ、ヴィーネ? どうしたの、そんな怖い顔して……え、ちょ。待ってってば。話せば分かるって! 大丈夫だよ、私も通った道だから! 佐倉もきっと……」
私は目の前にいる悪魔を成敗するために、槍を振りかざした。