あんずのうた   作:女衒P

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皆様、はじめまして。
書き連ねていたものが形になったので、供養のためにあげました。
ご笑納いただければ幸いです。


出会い

 オレの直感はよく当たる。こいつがティンと囁くときはしっかり耳を傾けたほうがいい。これは親から引き継いだ、オレの人生訓でもある。

 しかし、だからといってこいつも万能ではない。囁きに従った結果に不満はないが、代償がなかったわけではないのだ。

 

 たとえば、キャッツの優勝を祈願した一人ビールかけという謎儀式の後始末をさせられたり。

 たとえば、酒とオヤジギャグを欠くと死ぬ不治の病を患った25歳児に温泉旅行をねだられ続けたり。

 たとえば、脱童貞の初めてのチャンスでエレクトしなかったという男の恥部を「わかるわ」されてしまったり。

 

 確かに彼女たちと出会えたという奇跡に比べれば、オレの個人的な代償など屁以下の些事であるのかもしれない。

 しかし、しかし。だからといってコレはない。圧倒的に地雷案件すぎる。30年近く生きてきて、これほど直感を恨んだ瞬間はない。

 

 いや待て、まだ慌てるような時間ではない。かの偉人も言っているではないか、敵を知り己を知れば云々。改めて現在の状況を整理しよう。

 

 眼の前にいる仮称存在アルファ。

 年齢は判別不能。

 身長は10歳児のそれと大して変わらない。おそらく140cmくらいであろう。

 顔立ちはもともとの造形がもっている可愛らしさと、困った表情に隠された小悪魔的な口元の笑みが同居している。

 加えて、長い髪をゆるく2つにまとめた彼女の容姿は北欧の森に住んでいる美少女の妖精のようである。

 そんな彼女が、かの格安量販店の黄色い特大の袋を両手から下げていても何一つ問題ない。

 

 そう。問題はない、ここまでは。

 女性らしい凹凸? 知らない子ですね。

 

 問題は服装にある。

 第一に、残暑が厳しかったとはいえ、季節的にも既に夏ではない。だが彼女は半袖のTシャツ一枚にスパッツのようなものしか履いていない。最寄りのコンビニに出かけるにしても、あまりにもラフな格好だ。

 第二に、身につけている最低限の服装がとてもボロい。シャツの首元はよれによれて、もはやVネックに近くなっているし、スパッツのようなものの裾はほつれ、穴も空きかけている。

 第三にして最大の問題点は、Tシャツに書かれた文字だ。

 

 「働いたら負け」

 

 資本主義という見えない巨大な怪物が社会に巣食って数世紀。現行の社会制度に対する反抗宣言はすべての労働者の悲哀を短いながら的確に捉えている。労働という行為自体が労働者を労働者として再生産、再定義する。働いたら負け。働くことは負けを認め続けることだ。故に勝者に至るには資本家を打倒し、資本を社会に開放しなければならない。同志諸君、革命の夜明けは近い! 彼女は小さな一身をもってしてその先導者たろうとしているのだろうか。なんと気高く、そして物騒な思想であろう。是非ともお付合いを丁重にお断りしたい所存である。

 

 あるいは、単にニート願望か。

 いや、うん。どう考えてもこっちだな。

 だって洋服適当すぎるし。

 ボロっちいし。

 不審者すぎるし。

 是非ともに関わり合いたくない。

 

 そんなこちらの内心が漏れ伝わったのか――

 

 「う、お、重い。

  ……誰か、親切な人が、手伝ってくれないかな〜。……チラッ」

 

 突如飛んできた視線は顔を横に向けることでなんとか躱す。ヤバイ。あの視線を直視するなんて何が起こるかわかったものではない。

 

 ――少女の声掛けからの職務質問、任意同行、そして伝説へ……。

 

 そんな言葉まで脳裏で飛び交い始めた。しかし周りにはオレ以外の人間がいない。実質の強制指名じゃねえか。ガッデム。

 

 漏れそうになる溜息を堪えている間にも、直感様は囁き続けている。ここまでくると囁きなんて生っちょろいもんじゃない。合唱だ。ティンティン大合唱が聞こえてくる。

 

 ……よし、覚悟を決めよう。おそらく今回も奇跡のようにもたらされた出会いのひとつだ。

 万が一、共産主義革命の同志として扱われた場合であっても弁舌を聞くくらいは耐えてやろう。同士諸君、我々の正義の始まりだ!!

 

 「大丈夫ですか、お嬢さん。よろしければ運ぶの手伝いますよ」

 「えっ? 手伝ってくれるの……? なんていい人なんだ〜♪」

 

 

 

§§§

 

 

 

 「ここまででいいよ。ありがとう」

 彼女に案内されたのは単身者用のマンションだった。曰く、ここで一人暮らしをしているらしい。

 

 ――なんということだ! 幼い見た目からわかりきっていたことだが、彼女は労働者ではなかったのだ! しかも賃貸ではなく、親が彼女に買い与えたものだと! ただのブルジョワジーではないか、クソったれ!!

 

 「ていうか、お兄さん本当にお人好しだね。ここまで奇特な人がいるなんて都市伝説だと思ってたよ。本当に何者?」

 

 眼前のブルジョワジーへの悪態の嵐をなんとか押さえ込んでいる間に、都市伝説認定されたでござる。さて、いい塩梅で話の流れがきた。

 

 さぁ、仕事の時間だ。

 

 「申し遅れました、私346プロダクションでアイドルのプロデューサーをしている者です。突然ですが、アイドルになりませんか?」

 

 そう言い添えて、名刺を渡す。急展開した事態に追いつけないのか、ブルジョワ少女は目を点にしたまま視線を名刺とオレの顔の間で往復させている。

 そりゃそうだろう。荷物が重くて困っているところを助けられたら、アイドルとしてスカウトされるなんて誰にも予想できないわな。いわゆる「あ、ありのまま今起こったことを話すぜ」ってやつだ。

 

 よし、君にはクソ同期の言葉を一部借用して、この言葉を贈ろう。

 いい変顔です。

 

 さて、名刺と顔の間のゆっくりとしたシャトルランから帰ってきたらしい。今までのきゃるきゃるした感じとはうってかわり、瞳からは輝きが失せ、全身から面倒くさいオーラを放ちつつ彼女は口を開いた。

「……杏の可愛さにやられちゃった? 可哀想に。

 杏は単に荷物を運ぶのを手伝ってもらいたくて、外向きのいい顔をしてただけ。

 それにアイドル以前に働くのとかムリムリ、ありえないから」

 

 都市伝説に続いて、可哀想な人認定されてしまったでござる。解せぬ。

 しかし、ここで引いてはこちらも仕事にならない。既にネタは上がっているのだ。

 エセ共産主義革命者にして真のブルジョワジー、そしてニート願望の少女よ、貴様の血は何色だ!

 

 「――不労所得ってお嫌いですか?」

 

 既にこの場を立ち去ろうとしていた彼女の歩みがピタリと止まった。どうやら正解だったらしい。

 首から上だけをこちらに向けた少女の瞳は、一度輝きを失ったとは思えないほどに煌めいている。全くもっていい根性してやがる。せっかくだから勿体つけて話してやろう。なに、今後の代償と予想以上に大変だった荷物運びへの細やかな抵抗だ。

 

 「……。危うく騙されるところでした。杏さんのTシャツのメッセージは決して『赤い』ものではなかったのです」

 

 こちらを向いている顔に太字ではっきりくっきり書かれていた。

 

 ――何言ってんだこいつ。

 

 オレもそう思う。なに口走ってんの。勿体つけて話してやろうとか意味不明なことを思った結果がコレだよ。思いつかないなら黙っとけよ。「赤い」のはオレの顔の方だよ。

 

 しかし彼女は何やら得心がいった様子。怪訝そうな表情から一転して、含み笑いを浮かべた。

 

 「杏は革命も扇動も興味ないよ。疲れるだけだし。そんな時代でもないでしょ。

 よくそこまで深読みしたね。そっちにびっくりだよ。」

 

 奇遇だな、オレもびっくりしてる。さっきまでのふざけた思考がまさか伝わるとは思ってもなかった。

 それにしても賢いというか聡いというか、頭の回転がはやいな。

 これなら直感様が囁くのも頷ける。このポテンシャルを逃すのは大変に惜しい。

 

 「でもさ、よくわかんないのはこれが杏の不労所得とアイドルやることとどうつながるの?」

 

 ですよねー。ちょっと待ってて。今考えてるところだから。

 閃け、頭脳! ひり出せ、ロジック!!

 

 「一つ確認したいのですが、杏さんのご実家は貴族というわけではありませんよね?」

 「うん、別に普通の家だよ。青い血が流れてるわけじゃない」

 

 どのように話を展開させるのか。それを値踏みするように彼女は言葉と視線を返してきた。

 この状況でそう応えるのか。いいね。ますます見逃せなくなってきた。

 よろしい、ならば説得だ。

 

 「……つまりはこうです。

 

 先程の杏さん自身の発言からあったように、杏さんは共産主義思想には傾倒していない。ということは、蓄財や社会の一部に資本が集中することに否定的な考えはお持ちでない上に国家が国民を扶養するような社会制度を望んでいるわけでもない。

 

 他方で杏さんのご実家が貴族でないということは確認したとおりです。すなわちご実家が国から俸給を支給されている、あるいは所有している資産から定期的な収入を得ているという可能性も否定できます。

 もっともこの点に関して杏さんのご自宅はご両親がお買上げになったようですが、都内に単身者用マンションを一室持っている程度では実質的に貴族と呼べるほどの資産とは言えないと考えて今回は捨象しましょう。

 

 更に杏さんのTシャツのメッセージは、盲目的に就労している人々を揶揄または見下しているものであるといえますが、その実誰よりも生きるためには労働により収入を得なければならないことを理解しているものではないでしょうか。

 

 以上の点より、現在の杏さんは『働きたくない』という幻想とも呼ぶべき願望をお持ちですが、ご実家も社会もそれを許容していないことを痛感しているという葛藤あふれる状況にあると推察します。

 

 これを踏まえ、なぜアイドルかというお話に移りたいと思います。

 突然ですが、アイドルといえば誰を思い浮かべますか。アイドル戦国時代と言われている昨今において数多のアイドルがあげられると思いますが、ここでは日高舞を上げたいと思います。

 

 彼女に関する逸話でこのようなものがあるのはご存知でしょうか。

 『一曲リリースするたびにビルが一棟建った』。

 無論これはある種の都市伝説であり、彼女が曲をリリースするごとにビルを建てていったという事実はありません。しかしこの逸話はアイドルという職業のもつ可能性を示唆するのには十分であるといえるでしょう。

 

 これに加えてアイドル本人には印税という形で報酬が支払われます。先程杏さんにお話した不労所得はこのことです。確かに歌唱印税はCDの売上全体の1%と極わずかですが、多くの曲がヒットすれば決して馬鹿にできないだけの収入になりえます。

 

 アイドルとしてデビューしなければ、このようなチャンスを掴むことはなかなかにできないのではないでしょうか。プロダクションとしても全力で支えていきます。

 杏さん。是非アイドルになりませんか?」

 

 ……ふぇぇ。言い切れたぁーーー。喋りすぎて口乾いたーーーー。

 「……つまりはこうです」とか切り出しておいて全然詰まってなかったけど、なんとか言いたいことは言い切れた。

 あとはどんな反応が返ってくるか。こればっかりはどうなるかわからない。

 言葉の弾幕に制圧されたのか、まだ呆然とした表情から帰って来てない。

 

 「……要するに、さ」

 幾ばくかの沈黙ののち思ったより早くこちら側に帰ってきた彼女は、オレの発言を一つ一つ確認するかのような口調で問うてきた。

 「アイドルやれば、楽して、稼いで、不労所得が、うなるってことで、いいのかな?」

 

 「語弊しかありませんが、その可能性がある、と。

 当然、それができるようになるまでに杏さんは多くの苦労と努力が必要でしょうが」

 

 いやだこの子ったら、とんでもなく身も蓋もないこと聞いてきたわ。

 アイドルなんてそんなに甘いもんでも楽なもんでもないけど、しょうがない。そこは本人に感じてもらえないとなかなか是正できないもんな。

 それはそうと何がそんなに面白いのか。最初は堪えるようにクツクツと、徐々に堪えきれなくなったのか笑いを吹き出しながらヒーヒー言ってらっしゃる。

 

 「ぷふっ。それを言うためにあんなに喋ったの? んふっ。あーおかしい。

 お兄さんはアレだね。賢いバカだ。頭は悪くないんだけど使い方が圧倒的に間違ってるタイプの」

 「ご高評たまわり、光栄です」

 

 いきなり何を言い出すかと思ったら、年上を捕まえてバカときたもんだ。

 勘弁してつかぁさい、それについては自覚しかないんです。

 

 ひとしきり笑い終えた彼女がひとつ深呼吸をする。態勢を整え小さな体がこちらを向く。対面する。視線がぶつかる。

 

 ――そして雰囲気が変わった。

 

 

 

 「でもね、いいよ。なってあげるよ、アイドル。杏にここまで労力使ってくれたのに免じてあげる」

 

 

 

 

 野に咲く花のように、可憐で。

 春の木漏れ日のように、暖かで。

 新緑に舞う薫風のように、清らかで。

 太陽をめざす向日葵のように、たおやかで。

 地上に舞い降りた天使のように、純真無垢で。

 乳飲み子を寝かしつけた母のように、柔らかで。

 しかし、それでいてそのどれもが当てはまらない。

 

 あまりにも恩着せがましくあまりにも自分本位に、そう言い放った彼女の表情は、その瞬間オレを撃ち抜いた。

 

 ……ダメだ。完全に語彙が追いつかない。

 自分が担当しているアイドルの魅力には誰よりも雄弁でなければならない立場としての決定的な敗北。でも同時に全てが腑に落ちた。そりゃ直感がここまでティンティン騒ぐわけだ。

 

 「……急に黙ってどしたの?」

 「何でもありません。杏さんの魅力に言葉を失ってただけです」

 

 こちらを覗き込むように見ていた彼女の表情が勝ち誇ったようなニヤけ顔に変わっていく。「……へぇ」と小さく漏らした以外に口を開こうとしないのは、彼女なりの気遣いか、それともこれ以上の言葉を引き出そうとする戦略か。

 何にせよ追求がないのはこちらとしてもありがたい。今のうちに話を進めよう。

 

 「アイドルになっていただけるということで、杏さんにはまずオーディションに参加していただきます。それをパスしてもらった後に契約、念願の不労所得への第一歩を踏み出すことになる予定です」

 

 オーディションという言葉に反応し、目の前の彼女の表情は一転して曇りがかった。しかしそれも一瞬のことで、次の瞬間には不労所得によりぐーたらできる幸せな世界に旅立ってしまったらしい。本当に現金な、それでいて自分の欲望に正直な愛くるしい人だ。

 

 「……ねぇ待って」

 幸せな未来予想から帰ってきた彼女は何かひどく恐ろしいことに気づいた様子で言葉を続けた。

 「オーディションってことは落ちることもあり得るの……?」

 

 

 

 「なんだ、そんなことですか。そんなこと私がしません。させません。

 杏さんは今日のように十分ご自身の魅力を発揮していただければ問題ありません」

 

 彼女の仕事はその身に溢れる魅力を十全に審査員に、観客に見せつけることだ。

 それ以外の裏方仕事は全て我々事務方の仕事と言っていい。そしてそこには当然、自分が見つけた才能が認められる「場」を作ることも含まれる。

 安心してほしい。これでも立ち上げから346プロダクションのアイドル部門を引っ張ってきた自負がある。社内の根回しくらい余裕だ。

 

 「……ふぅん。ま、問題ないならいいや。

 杏のことよろしくね、プロデューサー。夢の不労所得生活のために頑張ってね」

 「こちらこそよろしくお願いします」

 

 その後彼女にはオーディションの具体的な日時や場所といった細かい事項について伝え、最後に何か聞いておきたいことがないか確認する段になった。

 

 すると今まで問題なさげに頷いていた彼女は、

 「そういえば、プロデューサーから杏がアイドルになる理由は聞いたけど、プロデューサーが杏をアイドルにしたい理由は聞いてなかったな。どうして?」

 と問いかけてきた。

 

 実に目敏いというか、抜け目がないと言うか。ここまでくると関心を通り越して苦笑しか出てこないな。

 

 「……その問いに答えるには、杏さんがアイドルになる先程の理由のゆうに3倍は言葉を尽くさなければならないのですが、よろしいですか?」

 

 すると彼女の表情は呆れの向こう側、茫然自失で疲れきったものになった。

 ようやく彼女に一矢報いることができたようだ。余は満足じゃ。

 

 「……今はやめとく。さっきまでの話で流石の杏も疲れたし」

 「是非そうしてください。ただ、次回あったときには私も杏さんについて更なる発見があると思うので、より一層語るべきことは増えていると思いますが」

 

 ここまでくると目の前の小さな少女が、その体を更に小さくし、疲労からか、肩のあたりを煤けさせているように思えてきた。可哀想に。

 

 「これ以上質問がなければ、お疲れのようですし今日はこの辺にしておきましょう。

 ではオーディション当日にまた会えるのを楽しみにしています」

 「……ん」

 

 小さく返事を返した彼女は身の丈に合わない大荷物と一緒に自宅へと帰っていった。

 あの荷物はなんでも一週間自宅に引きこもれるように仕入れた兵糧らしい。

 うら若き乙女が引きこもり願望をもってアイドルになるねぇ……。まあこれ以上はこの場で考えていても仕方ない。オレはオレでしっかりと仕事をこなすことにしよう。

 

 

 

§§§

 

 

 

 こうしてむかえたオーディション当日。

 審査員の一人として今日だけで既に何人もの少女たちを目にしてきた。アイドルのオーディションということで参加者は皆一様に見た目には優れている。しかしこれまでであの日以上に直感が囁くことはなかった。

 手元の資料に目を向けると次のグループで彼女が出てくるらしい。どんなインパクトを残してくれるのか、考えるだけでもおかしくなる。

 

 ――次のグループの方、どうぞ。

 

 呼び込まれて入ってきた5人の少女たち、その最後尾に彼女がいる。

 

 確かにあの日、「今日のように」魅力を発揮すれば大丈夫だとは言った。

 事実彼女は流石というべきか、森から飛び出してきた妖精を思わせる天真爛漫な表情で堂々と入室してきた。

 

 でもさぁ。普通に考えてさぁ。そのまんまの服装で来ることないじゃんよ。しかもなんか増えてるし。

 あの日見たものと同じと思われる、よれよれの「働いたら負け」Tシャツに穴の空きかけたスパッツ。さらに、一体何年連れ添ったのか判断が全くつかない程くたびれたウサギのぬいぐるみ。これを小脇に抱えて彼女は降臨した。

 周りにいる難しい顔をした審査員全員が目を点にしてるじゃんか。

 しかしそこは流石のプロ達で直ちに表情筋に指令をとばし、一瞬で元通りの顔に戻っていた。

 

 とりあえず第一印象の掴みは上々というべきだろう。他の審査員たちは容姿と服装のギャップで頭がクラクラしているかもしれないが。

 

 着席に続いてひとりひとり自己紹介が行われていく。彼女以外のオーディションを受けている少女たちは、「誰かを笑顔にしたい」や「ずっとアイドルに憧れていた」などの応募動機を語る。しかし、それらはこれまでの志望者で耳にタコができるほど聞いたものでしかない。正直に言ってつまらん。

 そして彼女の番がやってきた。オレに向かって一瞥くれると小さな胸を大きく張り、審査員全員の視線を集めた。

 

 これだ。

 「あの日」「あの瞬間」に見せた表情。オレをして言葉を失わせてみせた「あの」表情をしている。

 無自覚にオレの口角が上がっていたのを感じた。

 よし。そのまま審査員に対して双葉杏の魅力を見せつけてやれ!

 

 「双葉杏。不労所得のためにアイドルになりに来ました! よろしくお願いします!」

 

 これまで難しい顔を作っていた審査員の幾人かが、彼女の口から放たれた、あまりにも明け透けな発言で堪えきれずに吹き出す。

 オレはこの瞬間にこのオーディションの成功を確信した。

 

 

 

§§§

 

 

 

 オーディション終了後。

 上司による意思確認という名の詰問(?)をなんとかやり抜け、無事にオーディション合格を勝ち取った彼女を探し回っている。本来なら合格発表後の説明会終わりのタイミングで声をかけようと思っていたのだが、上司の足止めにより叶わずこんなことをする羽目になっている。

 あーあ。見つけたら「何でよりによってあの服を選んだか」とか「何であんな明け透けな動機を語ったのか」とか「あのウサギは何なのか」とか「災い転じて福となった」とか「審査員が吹き出したオーディションは初めてだ」とか「結果的に最高だった」とか小一時間くらいは問い詰めてやろうと思ってたのにな。

 まあ、見つからないなら仕方がない。最後にエントランスを抜けてすぐのあたりだけ見回って、いないなら諦めよう。別に今回の反省の機会ならいくらでもあるのだ。

 

 そういう訳でやってきた正面入口前。釣瓶落としの名にふさわしく日が落ち始め、夜のとばりが秋空にかかろうとしている。家路につく人、これから自社に戻る人、これから我が社に来る人、それぞれが交差し独特の賑やかな雰囲気に包まれている。

 そんな中に一際目立つ、大柄な女性の人影があった。

 

 ……ん? あの子は今日のオーディションに参加していた「ハピハピ☆」の子じゃないか。

 彼女もいい人材だったな。日本人離れした長身にバランスの取れたプロポーション。これだけでモデル系の仕事の受注は確実視できるし、手足が長いため大いにダンスも映えるだろう。これに加えて口を開けば、あの突き抜けた喋り口調だ。オーディションの様子では人柄も問題なさそうだし、将来は実にいいアイドルになってくれるに違いない。

 そんな彼女が妙に隣に気を配りながら門から出ようとしている。この位置からは誰も居ないようにしか見えないが――

 

 ――あ。いた。いたわ。

 うわー。「小さすぎて見えない」とかギャグでしかありえないことだと思ってたけどな。こうして我が身に起こると本当に気づけないもんだ。

 なにやらそれなりに打ち解けて話をしている様子。友達がもうできたのか。そして相手はよりによって長身のハピハピ娘とな。面白い組み合わせだこと。確か二人とも同じ年齢だし、何か機会があればこの二人をくっつけるのもアリだな。

 ……そうか、この子と仲良くなったのか。おそらく根っこのところでは似た者同士なんだろうし、考えれば考える程不思議なものではないな。しかし、よく見なくてもひどい身長差だ。NASA職員に連れられる宇宙人を連想させるものがある。

 

 そんな邪なことを考えていたせいか、門を抜けた直後の彼女と目があった。

 しかしそれもほんの一瞬のことで、まるで点数の悪いテストが見つかった子供のようにバツの悪い表情で目を逸らされてしまった。

 いやいや。そんなにマッハで目を逸らさなくてもいいのに。

 ……あの表情から察するに、少しやりすぎた自覚もあるのだろう。

 今日のところ反省会は勘弁してやることにしよう。

 

 これからよろしく頼むよ、怠け者の妖精さん。

 




〜上司による意思確認という名の詰問(?)の一幕〜

「……本気であの子なの?」
「……そうですね」

「……本当の本当?」
「……そう、ですね」

「……もしかして?」
「……はい」

「……きちゃったの、ティンと?」
「……きちゃいましたね、ティンと」

「……きちゃったのか、ティンと」
「……きちゃいましたね、ティンと」


こんなやり取りがあったとかなかったとか。
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