Fate/Grand Order【The arms dealer】 作:放仮ごdz
今回は色々難産でした。次の展開に移すために書かないと行けないシーンが意外と多い上に切る様な盛り上がりも無いから何時もよりだいぶ長めに、されど要所要所を切る事に。
力不足を感じる今回は黒髭海賊団との決着。今章最大の敵が出現します。楽しんでいただけたら幸いです。
(さて、どうしたものかねぇ)
男は悩んでいた。自身の本来の主から請け負ったミッションを完遂するためにいくつもの障害があったためだ。ターゲットは、一見ふざけているが切れ者である男。
(ふざけているくせにずっと銃を握っていて全く隙が無い。血斧王と女海賊二人だけなら混乱に乗じて出し抜けたんだろうけど、追加で召喚された二人があまりに面倒だ)
思い浮かぶは、何故かあの男を支持して常にその背中を見張っている、あの男からの信頼も得ているサーヴァント二名。片や己の槍が通じない文字通りの化物。
片や化物ではないにしても、あらゆる状況にも冷静に対処できる屈強なタフガイで熱血漢と、こちらもまた侮れない男。
特に後者…パーカー・ルチアーニは召喚された当初から己の事を疑い、ずっと見張って来た。あからさまな挑発までしてくるが、こちらもまた隙が無いのだから解せぬ。
「…まあ、とりあえずは」
己の槍を防いだアイアスの盾を思い出す忌々しい鉄壁の盾持ちのデミ・サーヴァントと渡り合う最中、幾度となく的確に味方には当てず敵だけに命中させるトンデモ技能の援護射撃を行い邪魔してくるヘリにこれまでの鬱憤を晴らすべく、デミ・サーヴァントを軽く吹き飛ばして復帰する僅かな時間の間に宝具を展開、構える。
「オジサンを狙うか、正しい判断だが無駄だ。友誼の証明…話し合おうじゃないか」
ヘリが自分に集中砲火しようと旋回するも、相手の戦意をある程度抑制し、話し合いに持ち込むことが出来るスキルを発動。ニッコリと笑みを浮かべ、こちらも隙を作り出す。本来ならば同盟を結ぶ際に使うスキルなのだが、こういう使い方もできる。
その隙が致命的だ。アーチャーではないと侮るなかれ。投槍ならば己に匹敵する者は一握りしかいないと自負している。
「標的確認、方位角固定。―――――
腕から魔力をジェットエンジンの炎のように噴き出し、それに乗せて投擲。投擲された槍は圧縮された魔力を帯びて猛スピードで飛翔し、ヘリに直撃。着弾と同時に大爆発を起こし、撃沈させた。
「これで仕切り直しだ。オジサンはしぶといよ~?」
それが己の敗因だと気付くのにあと五秒であった。爆発で吹き飛んだヘリの破片は大概、ろくなことにならないのだと彼、ヘクトールは知らなかった。
その数分前
「ぐふぅ…これは強烈ゥ…」
チーン。という擬音がお似合いでプカーと海に浮かぶ黒髭を回収し、堅く縛り上げて見下ろすディーラー。
「…何で生きてるんだコイツ?」
「…あの上着に直撃したから…?」
見れば、吹っ飛ぶ直前まで着ていた上着が消えて上半身裸になっている。そう考えるのが妥当であった。
「……そりゃ運がいいというかなんというか。ああ、ストレンジャーはB.O.W.以外は殺せないんだったか、よかったな」
「倒さないといけない、ってのは分かっているんだけどね…」
「とりあえずこれで無力化は出来た。オルガマリーにも念話で伝えたから、コイツの宝具を気にする事無く立ち回れる筈だ。さっさと他のサーヴァントをやるぞ」
「メディアさんが念話で銃の方の女海賊を無力化したから今からネロの援護をするって。でもセイバーオルタが苦戦しているみたい」
「なら俺はそっちの応援に行く。ロケランを一つと、ハンドガンの弾倉50発と閃光手榴弾をいくつか渡して置くが、しくじるなよ?アンタを守るマシュは今かかりきりだ」
「分かってる。…今回は作戦だったからしょうがないけど、もう死なないでね?」
「自分から死ぬつもりはないぜストレンジャー」
そう言ってフックショットを使って黒髭の船に乗り込むディーラーを見送り、黒髭を縛った縄を手にずるずると引き摺った立香は少し考えてから、取り敢えず樽三つを纏める様にして縛り上げてロケットランチャーを背中に背負い、マチルダを手にしてちらちらと物陰から戦況を確認する。
「メディアさんが加勢して、状況はややこちらが優勢だけど海賊の皆さんも巻き込まれているのか…」
極力巻き込むのは避けたいところだが、船の上と言う特殊な場所での戦いではそう言う訳にもいかない。現在進行形で敵バーサーカーの攻撃でゴールデンハインドの床も破壊されているため、迂闊に回避する事も出来ないサーヴァント達は攻めあぐねている。どうにかしようと観察し、気付いた事があった。
「…アルトリア、それにネロ達も攻撃と防御力が、低下している…?」
エイリークにはあまり深く斬撃が通らず、逆にアルトリアの方がダメージが大きく頻繁にオルガマリーが治癒魔術をかけている事からそれが分かった。オルガマリーから魔術やらの知識をある程度得ていたため、それが呪術の物だと直感した立香は腕に付けた端末を起動する。
「…ドクター、聞こえる?」
『うん?何だい立香ちゃん。黒髭を縛り上げてしまったその手際はナイスだったよ』
「嬉しくない褒め言葉ありがとうドクター。それより黒髭がブラッドアクスと呼んでいたあのバーサーカー、どういう英霊か分かる?」
『恐らくエイリーク・ブラッドアクス。バイキングの王だよ。通称血斧王。奥様は魔女だとか…』
「多分、その魔女の支援呪術的なスキルをあのサーヴァントは使えるんだと思う。どうにかできない?」
『なんだって!?魔女グンヒルドの呪術なら侮れないぞ…だったら君の今着ている、アトラス院礼装の出番だ。“イシスの雨”のマスタースキルで呪術や魔術による弱体を打ち消せるぞ。でも一回使ったら数分使えなくなるから使い所が肝心だ。どうにかしてくれ』
「…本当にディーラーと違ってヘタレだねドクター」
『しょ、しょうがないだろ僕は戦闘に対しては素人何だから!』
モニターの向こう側でそう泣き叫ぶロマンに耳を塞いでいると、その後ろにダ・ヴィンチちゃんが現れた。
『なら、こちらからオルガと連絡して連携するってのはどうだい?物陰に居る君なら気付かれずに行使できる。そこがチャンスだ、あのバーサーカーはヴェルデューゴとか言うクリーチャーを除いても強敵だ。君の着ている礼装は癖があるが性能は随一だ。上手く使ってくれ』
「分かった。やってみる」
通信を終えて、黒髭が意識を取り戻してない事を確認して一息ついた立香。巨大な斧を振り回し、もはや高軌道で追い詰めるアルトリア以外を寄せ付けないエイリークを見やり、今自分にできる事を考える。
“イシスの雨”で対象の弱体を解除できる、“オシリスの塵”で対象への攻撃を一定時間無効化できる、“メジェドの眼”で対象の使用した魔術やスキルを使用できるように補助する。
考えて、思わず黙ってしまう。
何故着て来たかと言えば、単純に無敵に出来ると言うディーラーを守れるアドバンテージからだが、正直新米マスターの自分には使いこなせないと確信していた。
ならば武器はどうか。もはや使い慣れて来たハンドガンマチルダは狙いには当たるだろうがマシンピストルと違って敵を怯ませる効果はあまり見込められない。閃光手榴弾は下手したら視覚を潰したせいでむやみやたらに暴れ回って被害が増えそうだから却下。
ロケットランチャー、これはヴェルデューゴ用に残さなければならない。現在はメアリー・リードを圧倒的な遠距離砲撃で倒したネロとメディアの弾幕を水中で避けると言う神業を披露している怪物だ、確実に倒すためにも使えない。ではどうするか。
「せめて明確な隙があればなぁ…」
敵の黒髭と女海賊二人を倒せたのは僥倖だ。前者は消滅こそしていないものの気絶中で、後者はどちらとも自分の目で消滅を確認した。正直鬼畜な攻撃で攻めたメディアとネロが大人げないとは思う物の、マシュがピンチなので割り切った。
現在マシュは船首で敵の槍兵と渡り合っている。弱点であった自分がそそくさと離れた為に十分に戦えているがどちら共に守りに優れている為か攻めあぐねているらしい。
「コロスッ!コロスーッ!」
「アルトリア!?」
っと所長の悲鳴が聞こえ、そんな事を考えている間にアルトリアの体勢が崩れ、凶刃が振り下ろされる光景が目に入り、立香は咄嗟にアルトリアに向けて飛び出していた。
「えっと、えっと…そうだ、“メジェドの眼”!」
咄嗟にアルトリアに向けて魔術を使用し、かけていた伊達眼鏡のレンズが輝いてその輝きがアルトリアに伝達。オルガマリーと連携する予定だったが致し方なし。
「アルトリア、魔力放出!」
そう叫ぶと強制的にアルトリアのスキルを発動させ、魔力放出でエイリークの一撃目を弾き飛ばす事に成功。しかしアルトリアが立ち上がる間に、駆け寄るこちらに気付いたエイリークがこちらに向けて斧を振り上げ、それが振り下ろされる寸前、右掌を胸に当てて魔術を発動する立香。
「“オシリスの塵”!」
すると緑色に煌めく光の粒子が全身を纏ってエイリークの斧を弾き飛ばすも、衝撃に耐え切れず吹き飛ばされてしまう立香。
「がはっ…」
《後は任せたぜ、マスター》
(マイ…ク…?)
何とか目を見開くと、ちょうど投擲された槍が直撃してヘリが爆散している光景が見え、吹き飛んだヘリのプロペラがエイリークに向けて飛来、それを弾き飛ばした最後の隙を突き、跳躍してエクスカリバーを振り下ろしたアルトリアに、明らかに威力が落ちていると直感した立香は左手を掲げた。
「ッ…“イシスの雨”…!」
「っ、ありがとうございます立香。ハアァアアアアッ!」
そして急降下と共に振り下ろされた渾身の斬撃が、受け止めた宝具であろう斧の柄をも叩き斬ってエイリークの胴体を大きく斜めに斬り裂いた。
「コロス…チクショウ…」
それが決め手だったのか、消滅して行くエイリークを確認して立ち上がる立香。オシリスの塵のおかげで外傷はない。アルトリアがネロとメディア、それに何時の間にか加わっていたドレイクの加勢に行ったのを見届け、立香は肩を貸してくれたオルガマリーに笑いかけた。
「何とかなりましたね、所長」
「ええ、よくやったわ藤丸。でも無茶し過ぎよ。本来サーヴァントに使う魔術を自分に使うなんて。…マイクは無事かしら?」
「…さっき、後は任せたって念話が聞こえたから多分…」
『大丈夫。彼はちゃんとカルデアに戻ってきている。それと彼の情報だ、気を付けてくれ。あのランサーの使用した宝具はドゥリンダナ、トロイア戦争の大英雄ヘクトールだと推測される。人類史でもきっての智将だから一瞬の油断が命取りになるぞ!』
「すみませんマスター。ランサーを取り逃がしました」
そこへやって来たのは、傷だらけのマシュ。宝具を使用した後、新たに取り出した槍を振るったところに飛んで来たヘリのプロペラで視界が遮られたところに逃げられたという。それに答えたのは立香達では無く第三者の声であった。
「ヘクトール氏に撤退させるとはやりますなぁwイカにもタコにも半人前そうなマシュ氏がここまで奮闘するとはw拙者も予想外ですぞ~」
「なっ、アンタ黒髭!?」
「えっ!?縛り上げたはず…!?」
何時の間にか縛られたまま立香の背後にやって来ていた黒髭に、縛っていた樽を見れば、破壊された樽の後が。先程のヘリ撃墜のどさくさに紛れて破壊したらしい。
「まあまあwおちけつw拙者、スキルで何とか耐えただけで瀕死の状態でありますからしてーw直撃する寸前でコートを脱ぎ捨てたはいいけど爆発で吹き飛ばされた時はマスター氏の恐ろしさを垣間見た。しかして海賊の誉れで感電死は阻止ッ!我が新スキル、紳士的な愛が無ければこうして動く事もできず樽に縛られて海に捨てられるところでしたなぁw危ない危ないw」
「…女海賊二人と血斧王は倒したけどどうする?降参する?」
「MA☆SA☆KA!喜ぶのはまだ早いですぞwwwまだまだこちらの勝利は傾かないですなこれが。こちらにはまだ我が宝具と、我が令呪により強化可能なヴェルデューゴ氏がおりますからして~」
一応聞いて見るが真顔で返されてムカッと来た立香を無視して黒髭は縛られたまま高らかに吠えた。
「さあBBAの船を蹂躙しちゃってーw我が宝具!クイーン・アンズ…」
「だ!れ!が!BBAだァアアアアアッ!」
「ノォッ!?」
しかし空中から強襲して来たドレイクの持つ銃のグリップで殴打。顔面から床に叩き付けられチーンという擬音が似合う縛られたまま腰だけを上げたポーズで沈黙する黒髭の後頭部に銃口が突きつけられる。
「で?誰がBBAだって?」
「…ぬふぅ!そのとき、黒髭の髭が金色とか銀色とか灼熱色に輝き、
「なにっ!?」
頭突きでドレイクを押し上げ、その勢いのまま縄を引き千切ってファイティングポーズをとる黒髭。その目は未だに燃えていた。最期に自分に何か言いたそうにしていたのに容赦なく倒されたせいで消えたアン&メアリーへの残念な思いからの炎であった。実はちょっとデレる時を楽しみにしていたのである。
「まさに絶体絶命色即是空、南無妙法蓮華経。だがしかぁぁぁし!自慢ではないがこの黒髭、負ける事など考えた事もありません!負けると考えてしまった時点で海賊的に敗北であるからして!」
「おう、言うじゃないかドサンピン!ようやくお仲間と殺し合っている気になって来たよ!人助けだろうと人殺しだろうと、アタシ等どっちも人でなしの悪党だ!負けた奴がクズ、勝った奴が正義ってね!アンタの正義、悪魔のヒールで踏み躙ってやるよ!」
「きゅん♪BBAなのにちょっと格好良すぎるじゃない…拙者が女であればとか想像してしまったけどもそこはさすがに空気を読むでござる。まあともかく!それじゃあ決着をつけるか。BBA!結局そこのマスターに痛い目に遭わされただけで本命と一度も戦えないってただの拷問でござるよ!」
「拷問じゃなくて正当なお仕置きです!主にエウリュアレとマシュの分!」
「えっ、アタシの分は?」
「藤丸、私の分は?」
黒髭の言葉に思わず叫んだ立香の返しに反応する黒髭の被害者残り二名。立香は硬直し、冷汗を流す。
「…今からやるつもりでした」
「ええー?ホントにござるかー?www」
「撃つぞこら」
「ごめんちゃいw」
煽られて一気に表情が冷えた立香にロケランを眼前に突きつけられて平謝りする黒髭。しかし直ぐに真面目な顔になり、ピストルと拳を握る。それを見て構える立香、マシュ、ドレイク、オルガマリー、アルトリア。ヴェルデューゴから倒すべきなのだろうが現在ネロ、メディア、アステリオス、エウリュアレ(とオリオン)の総メンバーで追い詰めているので当分は大丈夫だと判断し、満身創痍なれど最も侮れない男へと構えた。
「まあマスターと商人なんぞにしてやられましたが拙者まだまだ本気出してないですしおすし?その気になればサーヴァントの一騎やBBAなんかには負けないんですなこれが。さあ、大海賊黒髭様のお通りですな~!」
「・・・やっと隙を見せたな船長。憧れの海賊との戦いは心が躍ったか?」
「ゴガッ!?」
意気揚々と構える黒髭だったがそれは、第三者の手により黒髭が背後から不意打ちを受けた事で中断された。
一方、ちょうどマイクがやられた頃。黒髭の船での戦いも終局を迎えていた。
「うん?アンタのお仲間がやられたみたいだな?」
「そうだな。では貴様を倒してプラマイゼロにしてやろう」
「こっちも船長捕まって三人やられてるんだ。プラマイゼロにはならないぜ?」
船長室で銃撃戦を続けるメイドオルタとパーカー。壁という壁は穴だらけなのに床だけは綺麗に磨かれている奇妙な図が作り上げられていた。パーカーは入り口に陣取り、その手に持つソードオフタイプのトリプルバレル式ショットガン・ハイドラに追い詰められたメイドオルタは奥の物陰に隠れて引きつけるだけで精一杯であり、腹部に傷を負っていた。
ショットガン系統はライオットガン以外は遠距離だと威力が減少する、という先入観にしてやられた。あのショットガンは、威力が可笑しいレベルに達している。十分に距離があったのに防ぎ切れず受けてしまった。近付かれたら終わりだと直感する。牽制するだけでも一苦労だ。しかしそれも、一人で足止めする、という条件での話だが。
「そうだな。…だが、我等二人で相手しないと勝てない貴様は十分にそれだけの実力があるだろう」
「なに?」
「接近戦ではナイフの方が早い。アンタなら分かるだろ?ストレンジャー」
チャキッと、背後から突きつけられたそれにパーカーは素直にハイドラを落とす。零距離でディーラーにナイフを背中に突きつけられていては、背中のハンドアックスにも手が回らないためお手上げであった。実は肘鉄一撃でディーラーはやられるのだがそれに気付かないのはしょうがない。
「お手上げだ、俺の負けだな。…何時からだ?」
「プラマイゼロを言いだした辺りだな。喧騒に紛れて近付くのは難儀だった。…アンタ、あの船の水ゾンビ共と戦った事があるんだろう。物音を立てたら即座に対応する様はアレと戦った証だ。それが分かれば簡単だ、元より俺は戦場を人知れず抜けるのが得意でね?」
「…そうか、やっぱりあの船はウーズ共の巣窟だったか。俺が召喚されたのはアレをどうにかするためだったのかもな」
「やはりレオンの同類か。そりゃあオルタも苦労するはずだ、多種多様の化物と戦った男に搦め手が通じるはずもない。セイバーの方で火力を叩き込んだ方がよかったな。ほれ、回復しろオルタ」
「ふん、大きなお世話だ。だが礼は言う」
グリーンハーブ(×3)の容器を投げ渡し、それをパシッと受け取ったメイドオルタが回復している間に、ディーラーは気になっていた事を尋ねた。
「アンタほどの男が何でアレと一緒に居るんだ?」
「…オブライエン、俺の上司と似ている気がしたのが一つ。あと、何か裏切りで死にそうだったからそれを阻止するためというか…裏切りは俺にとって、放っておけない物なんだよ」
「そうか、貴様も手酷い裏切りを受けたのか。親近感が湧くな」
「アーサー王の受けた裏切りよりはマシだと思うがな。生死の境を彷徨ったがお人好しの後輩の手を借りて生き延びたしな」
「待て。召喚した奴をサーヴァントが裏切るなんて令呪があるから無理だろ。誰が裏切るって言うんだ」
「ああ、それは……!?」
瞬間、異変を察知して動いたパーカーに、慌ててナイフを下げるディーラーに首を傾げて歩み寄るメイドオルタもまたそれを確認した。船長室の入り口に立っていたディーラーは、この中で唯一異変を正確に察知できた。
「……裏切る事ができるとすればそれは、先生と呼ばれた「助っ人」のサーヴァントって事か」
「ああ、そういうことだ!」
「ッ!」
船長の危機に、同時に反応して周りの者など気にせず飛び掛かるパーカーとヴェルデューゴ。しかしそれを黒髭の背中から槍を引き抜いて、この時代の特異点である黒髭から黄金に輝く聖杯を回収したヘクトールは跳躍して易々と回避し、そのまま船と船の間の海に飛び降りた。
「ルチアーニさんよ。バーサーカーの癖に理性があり俺を警戒していたアンタや、義理も糞も無いのに黒髭に付き従う化物が邪魔だった。それにこの船長、油断ぶっこいている振りしてどこだろうと用心深く銃を握りしめているしさ。天才を自称するバカより、バカを演じる天才の方が厄介だ。俺にはどうしようもなかったさ」
「…なるほど、な。道理で…裏が読めぬ相手だと…しかしこの状況で裏切るとはヘクトール氏は…アホだと思いましたがそれが付いているなら納得のいくもの………ゴフッ、ぬかった…」
「船長!あまり喋るな!」
海から現れた
「アンタには感謝しているぜカルデアのマスター。アンタが黒髭を弱らせたおかげで、何とか指令を遂行する事が出来たぜ。長引かせすぎてこいつが来てしまったが、この戦力差だと逆にありがたい。さて、後はアンタだけだフランシス・ドレイク」
「あ?海賊同士の喧嘩を邪魔して置いてまだ何かあるってのかい?」
「大有りだ。まったく、馬鹿に聖杯を預ければ時代が狂うって話だったのにさァ。まさかそれを食い止めるだけの航海者が現れるとは。…なんて、正しい聖杯なんてどうでもいいのさ。こっちの本命は彼女でね」
「させない!マシュ!皆!」
「はい!」
ニヤリと笑みを浮かべたヘクトールに嫌な予感を感じて、ヘクトールに向けてロケランを発射する立香と、彼女の言葉に各々攻撃する面々。しかし、それらの攻撃は容易くその存在の右腕に生えた巨大な爪で弾き飛ばされ、ヘクトールを肩に載せたその巨人は一跳躍でゴールデンハインドに飛び乗ると左手でエウリュアレを掴み上げる。
「キャッ!?」
「おっと、大人しくしておいてくれよ?」
「はな、せぇえええええッ!」
「!」
「ハアッ!」
「■■■■■■■■!」
エウリュアレの危機に、思わず飛び掛かったアステリオスとヴェルデューゴとアルトリアを、その巨人は咆哮と共に軽々弾き飛ばして船体を揺らすとそのまま正面から立香達を見据えた。巨大な単眼が立香達を睨みつけ、オルガマリーが竦み上がる。その声には、聞き覚えがあり過ぎた。同じようにディーラーもまたその正体に気付いて舌打ちする。
「…まさか、まさかと思うけど…」
「最悪にも程があるぞクソッたれ…」
「所長?ディーラー?」
「お?異形となったコイツの正体に黒髭以外に気付けた奴がいるとはね。コイツはヘラクレス。ギリシャ最大の大英雄…が何かに感染した成れの果てよ。うちの魔女様はヘラクレス・アビスって呼んでたな」
「…!?」
変異したジャック・ノーマンに酷似した原型を殆んど留めていない姿となった、冬木で相対し逃げる事しかできなかった大英雄。全身白く一部が血で赤く染まった体表に、背中から生えた鰭の様な突起に、タイラントと同じように右胸に露出していれども硬い体表に覆われた心臓。
そして巨大な爪を持つ右腕を新たな武器として備えた、正真正銘の怪物。
その割れた貌の中央でギョロリと動く目が怪しい光を発し立香達の視界を覆う。
視界が回復した時には、ヘラクレス・アビスとヘクトール、そしてエウリュアレの姿は何処にもなく、アステリオスの悲痛な叫びが轟いた。
満を持して推参、ヘラクレス・アビス。主が待ちきれなくなって向かわせた模様。
冬木でヘラクレスと決着を付けなかったのと、今章初めにあっさりとノーマンが倒されたのはコレを出すための伏線でした。ディーラーマストダイ。
暗躍していたけど何もできずにいたヘクトール、やっとこさ任務達成。実はカークのヘリを打ち落とした際に飛んで来たヘリのプロペラで右腕の筋をやられているので、原作みたいに一人で逃げる事は出来ませんでした。
アンとメアリーには申し訳ないと思っている。テンポが悪くなってしまい短くするために出番を削らせていただきました。一言で纏めるとキャスターコンビの鬼畜遠距離攻撃でやられています。
今回着て来た魔術礼装、アトラス院制服をフル活用してエイリークを撃破した立香。マスターとしての技量がメキメキ上がっています。正直メジェドの眼って描写が難しい。
裏切られた経験から、黒髭の身を案じてずっと一緒に居たパーカー。メイドオルタを負傷させると大健闘。しかし武器の扱いならばディーラーの方が一枚上手だった。
連れ去られたエウリュアレ。黒髭はどうなるのか、ヴェルデューゴとの決着は付くのか。ディーラーの存在によりオケアノス攻略はどう変わるのか。
次回もお楽しみに!よければ評価や感想などをいただけたら嬉しいです。感想をいただければいただけるほど執筆速度が上がります。