サッカーバカとガールズバンド(仮題)   作:コロ助なり~

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第6話

サインをください、か……。よくよく思い返せば、サイン下さいってキャプテンにダメって言われてたよな……? でも、もう部活じゃないからいいのか? 同じ高校じゃなかったらバレなさそうだしいいか。

 

「君は黒代(こくだい)高校の生徒?」

 

黒代高校というのが俺の通う学校の名前だ。運動系の部活が強豪で、進学校としてもそこそこ有名らしい。

 

「いいえ、違います! 私は花咲川女子学園の一年、市ヶ谷有咲です!」

 

「あ、私と一緒の高校だ! しかも同じ一年生!」

 

花咲川女子学園の名が出れば、そこの制服を着た彼女が反応しないはずがない。

 

「うるせぇ! ……それがサインとどう繋がるんですか?」

 

「同じ高校だったらちょっと困ることになるかもしれないからってだけ。君は―――」

 

「有咲って呼んでください!」

 

彼女の鬼気迫る様子に気圧されて名前呼びをすることにした。

 

「わ、わかった。で? サインは何に書けばいい?」

 

ちょっと待ってくださいと言い残して有咲は家の中に入り、数十秒後には彼女の手の中には色紙があった。

 

「この色紙に! 『有咲へ』って書いてくれると嬉しいです! 漢字は有名の有に咲くっていう字です」

 

彼女の要望に応えるのはいいのだが、生憎サインを書いたことなど生まれてこの方一切ない。芸能人がよくやるような書き方は出来ないので、出来るだけ綺麗な字で書き綴った。

 

「…………えっと、こんな感じでいいかな?」

 

色紙を渡すと目をキラキラ輝かせ、余ほど嬉しかったのかその場でクルクル回ったり、色紙を見てはにやけていた。

 

「はい! ありがとうございます! 家宝にします!」

 

「恥ずかしいからやめて!」

 

満足してくれたならいいのだが、たかが俺のサインを家宝なんて話を友希那やリサ、カズが聞けば爆笑する姿が思い浮かぶ。友希那は爆笑じゃなくて必死に笑いを堪える方が正しいかもしれない。

 

「あ、あの……ツーショット……なんてダメですよね?」

 

別に俺はアイドルじゃないから厳しいルールがあるわけではない。写真の一枚や二枚、それどころかいくら撮られてもよっぽど変な写真でなければ平気だ。

 

「写真くらい全然いいよ」

 

「これが噂に聞く神対応……! ありがとうございます!」

 

ファンという存在がこんなにも大袈裟に反応するとは知らなかった。

知り合いにもアイドルをやっている人がいるが、ファンに声を掛けられたときはどんな対応をしているのか気になる。

 

千聖はその辺りに厳しいだろうけど、日菜は二つ返事で写真とか握手しそう。彩は……なんだかんだで押しに負けるかも。Roseliaも有名だからサインとか求めれるのかな?

 

「写真頼んでもいい?」

 

「はいっ! 任せてください!」

 

「……変なの撮ったら警察突き出すからな?」

 

サラッと有咲が脅しを入れながら戸山さんに頼んで写真を撮ってもらった。ついでに戸山さんともツーショットを撮ることになった。だが、有咲はそれが気に食わないのか戸山さんに突っかかった。

 

「おい、お前! 桜木さんのこと知らないだろ!? なのに写真なんておこがましいっての!」

 

「うん! 全然知らない! 有名人っぽいから記念に写真撮ろうかなって」

 

「自信満々に答えんな! それに有名人っぽい人じゃねぇ! 有名人だ!」

 

「そんなに凄い人なの? さっきサッカーがどうのこうの言ってたけど……」

 

「ハッ、知らないなら私が教えてやる。耳の穴をかっぽじってよ~く聞けよな! この人は―――」

 

そこから有咲による戸山さんのための桜木遥についての講義が始まった。

 

 

 

 

 

「も、もう勘弁してください……」

 

五分後、顔色の悪い戸山さんがアリサの講義にストップをかけた。俺も聞いていて恥ずかしくなり、途中から耳をふさいでいた。

 

「あ? 何言ってんだ? 今ので一割にもなってないかんな」

 

「アレで一割以下!?」

 

「当たり前じゃんか。桜木さんの凄いところはまだまだある」

 

「有咲、俺もそれ以上は恥ずかしすぎて死ねるからやめて欲しいかな」

 

なんせ、内容は全部俺自身のことだ。放送された試合全てを見たらしい彼女は、一試合ごとの俺のプレーについて考察を述べていた。

それなりに指摘もあったが、ほとんどが褒め言葉。そんなのを聞いていれば誰だって恥ずかしくなって止めたくなる。

 

「桜木さんが言うなら……」

 

有咲が渋々止まってくれた。

 

「全然語り尽くせてないけど、桜木さんが凄い人だってわかったか?」

 

「うんうん! すっごくわかった!」

 

折れるのではないかというくらいの勢いで首を縦に振っていた。

 

「ならいい。……そう言えば、桜木さんがいたことに嬉しすぎて忘れるところだったけど、どうしてここに?」

 

「あ、それは星を辿って来たらここに着いたんだ」

 

「……星? ―――っ! ……ふーん」

 

何か心当たりがありそうな感じがしたが、有咲はすぐに平然とした様子になった。別に聞きたい理由があるわけでも無いのでこのまま流してもいいだろう。

 

「お願い! あの蔵にあったおっきなケース見せて!」

 

戸山さんは先程覗いたときに何か気になるものでも見つけたようだ。

 

「はぁ? そんなの―――」

 

「俺からもお願いしてもいい?」

 

「良いに決まってんだろ! ついてこい!」

 

「ありがと、有咲ー!」

 

「んなっ!? 気安く抱き着くんじゃねぇ! それと勝手に名前で呼ぶな!」

 

有咲からの許可が下りて、戸山さんが喜びのあまり有咲に抱き着いた。

 

「私のことは香澄って呼んでいいよ!」

 

「呼ばねーよ! あんまり変なこと言うと蔵に入れねえぞ!」

 

「あ、折角だから俺も有咲に名前で呼んでもらいたいな」

 

「へッ!?」

 

俺からの名前呼びの提案に、戸山さんを引き剥がそうとしていた有咲の動きが固まった。

 

「俺だけ名前呼び名乗って不公平というか不満? いや、なんかあまり好きじゃないかな」

 

「私、遥先輩って呼びまーす! 遥先輩も気軽に私のこと名前で呼んでください!」

 

他人との距離感が近いと出会ったときから常々感じていたが、不思議と不快だとは思わない。人と仲良くなれる才能が彼女にはあるのだろう。

 

友達の少ない俺としては是非とも見習いたいところ。

 

「そうさせてもらうよ、香澄。……有咲は?」

 

ちょっとだけ意地悪な笑みを浮かべて有咲の反応を窺う。彼女の表情は恥ずかしさと嬉しさ、そして困惑が混ざった複雑なものだった。

もしかしたら誰かを名前呼びすることに慣れていなくて、俺と同じく学校で話すことが出来る相手や友人が少ないの娘なのかもしれない。

 

……友達が少ないことを自分で言ってて悲しくなってきた。

 

「……ま、無理強いはしたくないから、有咲が呼びたいように呼んでいいよ」

 

「………………………。で、でしたら……遥、さん……と呼ばせてください」

 

長い沈黙をようやく有咲が破った。

先輩じゃなくてさん付けなのは桜木さんと呼んでいた名残りだろう。

 

「そっか。うん、良いと思う」

 

「く、蔵に行きましょう! は、ははは遥さん!」

 

名前呼びをしてくれるようになった有咲に連れられ、蔵に入った。だが、“遥さん”と呼び慣れるにはまだまだ時間が掛かりそうな様子だ。

 

「ここも質屋の商品?」

 

「あー、その……違います。ほとんどがいらないゴミなんです。これから捨てていこうかなって考えてまして」

 

「一人で?」

 

「はい」

 

それはまた……。

 

一人でこのおびただしい量を片付けるのは大変に決まっている。ましてや、女の子一人でなんて余程の筋力がない限りは無理だと思う。

 

「余計なお世話かもしれ―――」

 

「有咲ー! このケース開けてもいい!?」

 

「好きにすれば?」

 

俺達は香澄が見たいと言っていたケースの傍に寄った。香澄が慎重にケースを開けると赤いギターが入っていた。

 

あのギター、どっかで見たことある気がする……。多分、友希那に無理矢理聞かされた知識。

 

「これは……ギター!」

 

「見ればわかるわ!」

 

「弾いてもいい?」

 

「……少しだけな」

 

正しい持ち方をせずに抱きかかえたまま弦を弾いた。静かな蔵に響いたのは小さな音だ。香澄からすれば鳴ったことが嬉しくて楽しそうに何度も弦を弾いた。

 

 

 

―――その姿が、サッカーを始めて間もない頃の自分に重なって見えた。

 

 

 

「はい、終わりー」

 

俺の淡い思い出の続きは有咲によって止められた。

 

「えー!? 待って、もうちょっと!」

 

「ダメだ! そんなに弾きたきゃ楽器屋さんかライブハウスにでも行けよ!」

 

「……ライブハウス? どこにあるの!?」

 

「知らねぇよ! 自分で探せ!」

 

「わかった! 探してくるね!」

 

「あ、おい! 行っちまった……」

 

香澄がギターを抱えたまま蔵から出ていった。

 

「有咲、追わなくていいの?」

 

「……! ドロボーッ!!」

 

ハッと我に返った有咲が叫びながら駆け出した。

 

 

 

 

 

 

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