「……氷の冷たさで、強制的に体を冷やしているわけか。」
「……」
モード氷帝竜。そう名付けたクォーリの体は、氷の鎧で覆われていた。スリムになり、小型化したドラゴンのような形をしているその鎧は、氷竜の力を最大限生かしているということなのだろう。
「━━━フッ…!」
一息の間に、クォーリはラーケイドに詰め寄る。焦ること無く、ラーケイドは光の刃を飛ばす。
快楽の魔法に出てきた光の触手や、この刃を見る限りラーケイドの使う魔法は聖属性なのだろう。その割には、カグラが言った通り下品な魔法であるのだが。
「……!」
「当たったところから凍って…!」
しかし、ラーケイドの飛ばした刃はクォーリの鎧に触れた瞬間に凍りついて、砕け散った。
そのままの勢いでクォーリはラーケイドに殴りかかるが、ラーケイドはすかさずそれを回避。だが、直前までラーケイドのいた地面は凍りつき、更には砕け散って小さなクレーターを作りあげていた。
「…ふー……」
「……恐ろしいね、インベルがそれほどの氷の魔法を使っていたけど…ふむ、戦い方を変える必要がありそうだ。」
「━━━クォーリ!!」
「っ!!」
少しだけ間を取った2人だったが、ラーケイドの側面に蹴りを叩き込む人物が1人でてきた。
それは、クォーリやユキノと同じギルドメンバーであり、現在はギルドマスターを務めている……スティングだった。
「随分とウチのギルドのもんが世話になったみてーだな。」
「やれやれ、また私の前に立つ愚かな━━━」
スティングは有無を言わさずラーケイドに追撃を与えていく。しかし、その攻撃はラーケイドには通じていなかった。
が、隙を作るのには十分である。
「氷帝竜の剛撃…!」
氷の副腕が2つ即座に形成され、計4つの腕に強力な魔力が溜め込まれる。そして、その4つの腕から放たれる強力な一撃を、ラーケイドに直撃させる。
「ぐっ……ふんっ…!」
氷掛けていたラーケイドだったが、力を込めて氷を無理やり割っていく。だが、それでも指の先端は完全に凍っていたのか、皮膚が割れてしまっていた。血すらも出てきていなかった。
「……少し危なかったけど、まぁこちらにはあまり効いていない。」
「うぉっ!?」
ラーケイドが少し力を込めると、スティングの周りにユキノを襲った光がまとわりつき始める。
だが、クォーリはユキノを助ける時にやった光を凍らせる事を、しようとはしなかった。
「スティング様!その攻撃は━━━」
「お仲間を助けないのかい?」
「スティングには不要なんだよ……見てたらわかる…!」
そう言いながら、クォーリはラーケイドに襲いかかる。ラーケイドはクォーリに対する脅威度を改めたのか、今まで以上に素早く回避していた。
回避しながら、一瞬スティングの方に視線を向ける。
「はぐっ!あぐあぐ……なんだこれ、変な味…つーか……なんか気持ちいいな。」
「なっ……」
「俺に白いものは効かねぇ、白竜の
……あんた、なんか気に食わねぇな。ナツさんと同じ匂いがする。」
「……やっぱり、勘違いじゃなかったか。」
スティングが、ラーケイドを睨みつける。同じ滅竜魔導士の鼻が同じ結果を出したのならば、信用ができる。
「アンタ、何者なんだ?なんでナツさんと同じ匂いが……」
「その人もドラグニルの姓を持ってるんです。」
「正確には、ナツ様はぜレフの弟であり…目の前の方はゼレフの息子だと……」
レクターとユキノが補足をするが、スティングの代わりにクォーリが首を横に振って否定する。
「……いや、それはおかしいんだよユキノ。親や兄弟…その誰であっても同じ匂い、なんてことはありえない。」
「わかって、らしたのですか?」
「これでも滅竜魔導士だ。匂いの違和感には気づいていた。だから、これはどっちかって言うと……」
「━━━誰かの手によって作られた、と言いたいのかい?」
ラーケイドが、クォーリの言葉を続ける。その言葉にクォーリは返答はしなかったが、しかしラーケイドもそのことに触れられても何ら態度を崩すことは無かった。
「それはある意味……ナツもゼレフの子だからね。」
「戯言を…!」
光の刃が飛んでくると同時に、クォーリは氷を展開する。氷は光を屈折させて、一つにまとめさせた後にスティングの元へと飛ばされる。
「がぶっ!!あぐあぐ……」
「スティングの餌をわざわざ用意してくれるなんてありがたいな。」
「俺に光や白いものは効かねぇ……ホーリーレイ!」
ラーケイドの魔力を食らったことにより、回復した魔力で威力を上げた魔法が、ラーケイドに襲いかかる。
曲線を描いているとはいえ、狙いは自分自身だとわかり切っているので用意にラーケイドは避けようと動き始める。
だが、その隙を見逃すほどクォーリは甘くなかった。
「氷面鏡!ついでに氷帝竜の猛吹雪!」
クォーリの作りだした氷の鏡が、光を反射させる。屈折、反射…そしてクォーリ自身のブレスも含めて、何重もの攻撃がラーケイドに襲いかかる。
「ぐっ……!?」
クォーリのブレスの脅威はわかり切っているのか、ラーケイドはスティングの魔法を無視しながらブレスだけを回避する。
だが、一瞬でも気を取られればスティングはその隙を見逃さずに攻撃を仕掛けてくるのだ。
「ホーリーノヴァ!!」
「がっ…!」
スティングの拳の一撃が、ラーケイドに直撃する。吹き飛ばされたラーケイドは、多少のダメージを負いながらも次なる一手を既に打つ準備を済ませていた。
「なかなか厄介な相手だ……だが、『悪食の
「うぉ…!?」
「何っ…!?」
辺り一面に、札が舞い散る。その途端に、スティングとクォーリは猛烈なまでの空腹感に襲われ始めていた。
いや、実際に空腹になっているのだ。おかげで、2人の腹から空腹を知らせる音が鳴り響いていた。
「スティング様!クォーリ様!!」
「この空腹感には耐えられまい。」
「あぁ……あ…!?力が、出ねぇ……!」
「ぐっ……!?」
猛烈なまでの空腹に、2人の力は凄まじい速度で抜けていった。魔力自体はまだ持つが、腹が減っていてはまともな思考も期待できない。
「ふっ……!」
「ぐっ……!」
ラーケイドは、自分が背負っていた十字架をスティングに向けて投げる。
何とかクォーリがそれを叩き落すが、空腹感のせいでそれだけでエネルギーを使い果たしたかのような状態になってしまう。
「スティングくーん!!」
「レクター…!」
「スティング君!スティング君!!」
レクターは、倒れながらもスティングに呼びかける。しかし、スティングは呼びかけるレクターが段々と別のものに見えてきていた。
「━━━美味そうだなぁ…」
「スティング君しっかりー!!」
「どうされたのですかスティング様!!」
「おい…目付きがおかしいぞ……」
「……おいおい、レクターが食い物に見えてるのか!?」
恐ろしい話だったが、自分を襲っているこの空腹感は間違いなくそれほどまでに困窮させる物である。
まるで何日も飯を食らっていないような感覚さえ覚えている。
「くっ……!」
「おや、君は誰かを食べないのかい?」
「黙ってろ……」
クォーリは、氷を食べていた。無論、自分の魔力で生み出した氷は流石に食べることは出来ない。だが、クォーリの周りは幸いにも超低温の極寒である。
空気中の水分が勝手に凍ってくれるので、何とかそれを食べて凌いでいた。しかし、空腹感を紛らわすにはあまりにも足りない。理性を保つ分には、まだマシではあるのだが。
「人の世は…欲に満ちている。共に喰らいながら、滅するがいい。」
「……」
ラーケイドの前に、フロッシュが立つ。フロッシュも空腹感に襲われているが、何かを食べると言ったこともせず、ただラーケイドを見上げていた。
「フローもお腹空いたけど…ローグと一緒にご飯食べたいから……我慢するの…!」
「フロッシュ…!」
「っ!!くあぁ!!」
フロッシュのその言葉を聞いた一同は、一気に目が覚める。正確には目の前の人物を食らおうとすることをやめた。
「僕もお腹すいてるけど…スティング君になら……」
「スマンレクター!ユキノもカグラさんもすまん!!フロッシュもっ!!」
一気に正気を取り戻したスティングだったが、ひとまず自分とクォーリ以外の全員を殴って気絶させる。
「俺達が空腹を堪えるには、こうするしかねぇ…!」
「へぇ……でもあなたの空腹はどうするつもりで?」
「お前を食う!!」
涎を垂らしながら、スティングはラーケイドに突撃していく。たとえ他を気絶させられても、スティングの空腹が満たされることは無い。
しかしせめて、他を喰らわねば話にならない。
クォーリも氷を喰らいながら、スティング同様に突撃していく。しかし、二人とも空腹な為にまともに力なんかでやしないのだ。
「ふっ……」
「がっ!!」
ラーケイドは軽くかわしてスティングに一撃を与えたかと思えば、距離を取ってクォーリから離れる。
「空腹では、力が出ないでしょう。」
「それでも、俺は…!」
「無駄なことを……」
拳を振るうスティング。しかし、その拳が届く前にラーケイドの一撃がスティングの体を切り裂く。
「
「聞いたことも無いギルドだ。」
先程打ち落としたと思われる十字架が、ラーケイドの力なのか飛んで戻って来た。そして、スティングの体へと突き刺さる。
「
「━━━妖精の尻尾の為だから、でしゃばってるんだよ!!俺達を変えてくれたギルドだから……!ナツさんのためだから!!」
無理矢理十字架を引き抜いて、スティングは叫ぶしかし、疼く空腹が彼の体力をこれでもかと削り取っていく。
「安心するがいい、そのナツの魂もすぐに自由になるでしょう。この私が必ず殺すと決めているからね。」
「はん、父親とられて嫉妬してるたァ……見苦しいな!!」
クォーリも構えて、スティングと共に攻撃に移ろうとしていたが、その瞬間にユキノの姿が消えて、代わりにローグが現れる。
「ローグ!?」
「お嬢のテリトリーか……!!」
「悪いが……俺にも力が残っていない。お嬢の
ローグはその言葉と共に一気に魔力を解放する。腹が減ったスティングに、魔力を食べさせようというのだ。影の属性を持つ、自分の魔力を。
「ローグ、お前…!」
「腹減ってんだろ!?俺の残りの全魔力を……!」
「違う属性の魔力なんか食えるわけ……いや、食うしかねぇ!!」
ローグから溢れ出た魔力を、全てスティングは食らった。しかし、それでもラーケイドは笑みを崩さない。
「人間には3つの欲がある。性欲、食欲……そして睡眠欲。私の与える最後の欲は睡眠欲。しかしそれは永遠の眠りを意味する。」
「ごちゃごちゃうるせぇ!!あんたの匂い、マジで気に入らねぇ!!」
「スティングと同意見だ…そもそも魔法も性格の言動も俺ァ全部気に入らん!!」
「私はお前達のような雑魚が息をしていることが気に入らない。」
「ローグ、力を借りるぞ!!」
「行くぞスティング!!」
「おう!!」
白竜と影竜の力を手に入れた白影竜……そして、氷の力を高めた氷帝竜。今、力を持った2匹のドラゴンが欲を操る者へと挑む。