彼女の生まれは廃村だった。親は無し、捨てられたのだろうと今となっては何の感慨もなくそう感じていた。引き取られたのは闇ギルド。一切のまともな教育を受けてない彼女は、全てが言われるままでさせられるがまま。しかしその中でも言葉や礼儀や他人のことがよくわかる。
ならば、と彼女は他人を知る為に従順となる。愛に、情欲に生きている。その2つの違いは自分でも分からないながらも、自分は愛されておらず愛しているのかも分からない。だが愛されてない故に捗る愛もあるのだろうと彼女は誰彼構わず媚を売る。こんな場所、こんなギルドであるならば法は機能せず無償で助けてくれる大人もいやしない。故に大人に守ってもらうためにも愛を売るのである。
それ故に彼女は色欲となった。酸いも甘いも知っている為に、彼女は自分を愛してもらうために他人を愛しているのだ。
それ以前に、彼女には理解しているような愛など存在していないというのに。
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「━━━ん…?ここは……」
「私達は、何をしていたんだ…?」
「あれぇ…どこ、ここ…?」
3人はマグノリアの街へと辿り着いていた。どうやってかは、重要では無い。結果として辿り着いているのが重要なのである。全員が何をしていたのかと記憶を辿る中で…声が聞こえてくる。
「あ!グレイ様こんな所にいました!!」
「エルザ…やっと見つけたぞ…」
「やっぱり3人1緒にいたんですね!」
目の前からやってくるのは珍しい組み合わせ…ジュビア、ジェラール、そしてウェンディであった。どうやらウェンディの嗅覚を頼りに3人を探していたようである。
「あー…悪ぃ、なんで俺らもここにいんのか分かんなくてな」
「今日はジュビアとのデートです!グレイ様から誘ってきたんですよ!?」
「……そう、だったな。マジで悪ぃ…とりあえず行くか」
「はい!!」
満面の笑みでグレイの腕に抱きつき、満更でもなさそうなグレイと共にジュビアは離れていく。それはとても幸せそうな光景であり……同じように、エルザとハクにはそれぞれジェラールとウェンディが着く。
「エルザ、今日はマグノリアの新しいケーキ屋に行くんだろう?付き合おう」
「あ……そ、そうだな。確かにそうだ……そのついでだ!今日はお前の服も買わないとな!」
「服…!?今来ているこれではダメか…?」
「当たり前だろう?
「どうした?」
「………………いや、気のせいだろう。行くとしよう」
「…そうだな」
そうしてジェラールとエルザも去っていく。残されたのはハクとウェンディ。ウェンディはハクの手を掴み、どこかへと行こうとする。その手の感触、髪の色、匂い、雰囲気………幼いながらも、ハクは目の前にいるのがウェンディだと確信しかけていた。そう、『しかけて』いたのである。
「━━━ウェンディ、マルクは?」
「…?マルク?今日はマホーグと一緒にデートだって!ほら、『そんなことより』行こっ!」
━━━しかし幼いハクだからこそ、目の前のウェンディが偽物だと確信していた。未だ恋に恋している様な若い彼だが、それでも愛していると断言しているウェンディだけはどう足掻いても間違わない。
「そっか……」
故にハクは遠慮なく魔法を使う。目の前のウェンディは不意を突かれてそのまま人形へと変貌する。本来彼の魔法で人形になっても生物であれば意思や本能があれば行動は可能なのだが、人形となったウェンディは微動だにせず一言も発さなくなってしまう。
「……どういう魔法なんだろ……あ、魔呪法だっけ?どっちでもいいけど………どうしよう」
だがここまでである。ここがどういう空間で、どういう効果のあるものなのかが全く分からないのだ。故に手詰まり。それ以前に、ウェンディ自体に違和感を持てたからいいものの…ウェンディではなく別の誰か、もしくは『マルクをなんとも思っていなさそうなウェンディ』でなければ彼も世界に取り込まれてしまっていただろう。
何せ直前まで彼は世界に違和感すら持てなかったのだから。
「━━━おやァ?取り込まれてないのがいますねぇ」
「……君は…さっき、部屋にいた子?なんだか姿が変わってるけど……大人に、なってる…?」
「あぁ……魔呪法には制御しやすいように霊力も込まれているんですよねぇ…そのせいか、若干の異形化をですねぇ……まぁ私は生えた翼と角隠せるし、そうしたら見た目は大人の女なのでぇ……と、いうか」
現れたのは、色欲担当エストラス。大人の女として扇情的な格好で現れた彼女には、黒い蝙蝠のような翼と左右のこめかみから大きな角が生えていたのだ。見る人が見ればこう言うかもしれない『
「なぁんで効いて無いんですかねぇ……この空間内は自分のだぁい好きな人とイチャイチャする…そぉんな空間何ですよぉ?まぁ、相手は私の分身になるんですがァ……」
「ウェンディはあんなこと言わない!!」
「あぁ……子供だから…まぁ、ただの子供…と言うにはどうにも
そう言いながら、エストラスは手からハートマークのビームのような物を放つ。触れてはまずい、と直感で悟ったハクは飛び上がるように一気に距離を取る。
「愛の魔法
「……?何?せーてき…?どういうこと?」
「あー……それもわかんないですかァ?まぁいいですよォ……この空間は私の想いのままの操作、当たれば終わりのビームと操作可能な空間の物理攻撃に翻弄されなさいな」
「………ふふふ、あはははは!!僕はギルド『ディアボロス』の黒滅竜騎団の1人!白虎のハクだよ!!逆に、翻弄してあげる」
そういうハクの周りには、いつ生み出したのか大量の人形が現れる。それを見て、エストラスは少しだけ面白くなさそうな表情を浮かべつつも…ハクとそのまま敵対を始めるのであった。
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「もう!怒ってるんですからね!」
「悪かったってホント」
同時刻、あるカフェにてグレイとジュビアはケーキとコーヒーを頼み頼んでいた。寸分違わず同じのを頼んでいる辺りこの2人は喧嘩をしていてもやはり仲良しなのだろう。
「……ほんとに反省してますか?」
「してるって…悪かったよ、勝手に離れて」
「……ならいいです、許します。100年クエストの時と比べたら、これくらいなら全然我慢できますから。あの時だって置いてかれて泣いちゃったんですから」
「…あんがとよ、ジュビア」
頬を膨らませ、口を尖らせるグレイ。彼女に心配をかけ、命をかけさせ、そして泣かせてしまう自分の事にバツを覚えてしまうが……それでも許してくれる彼女にグレイは頭が上がらないでいた。
「…まぁ、100年クエストも終わらせてしばらくはゆっくり出来んだ…会えなかった分は目いっぱい…過ごさないとな、一緒に」
「…グレイ様、魔導士として生活するのは…楽しいですか?」
「んぁ?何だ急に……んー…………俺ァガキの頃からこの生活だったしよ…これしかわかんねぇしこれしか出来ねぇから、他の仕事がやれて楽しいかは分かんねぇな。でもまぁ…楽しいかそうじゃねぇかって話なら…楽しいよ。ナツとマルクと馬鹿やって、ルーシィとかウェンディが止めようとして…ハッピーがナツを煽って…んで……」
「エルザさんに止められる、ですよね」
「おう……そういう暮らしをしながら、依頼受けて…マスターに怒鳴られて…それの繰り返しだな。でもそれが楽しい……今は、その暮らしの中に…ジュビアがいる」
「ふふっ……ありがとうございます。でも、少しそうやって生活できるのは…
この先、きちんとした形でジュビアと結ばれる。そうすれば家族で暮らせる家を買って、子供も出来て…ジュビアには家に入って貰って彼が依頼をそつなくこなしながら生活して…時には叱り、時には怒られ、子を育てていく。いつかは孫も出来るかもしれない。グレイは先も先…いつかあるかもしれない未来を考えつつ……改めてジュビアを見る。
「…?どうかしましたか?」
「いや家族ってのを改めて考えてて……」
「もぉっ!グレイ様ったら!今から夜の生活のお話だなんて!」
「ぶっ!!そういう話じゃねえって!!そんな話今してねーだろ!!」
「え…!?じゃあまさか他の女と…!?恋敵ぃ…!!」
「んなわけねぇだろ!!俺にはお前だけだっての!!知ってんだろうが…ったく……ん…?」
ジュビアの嫉妬癖にも困ったものである、とグレイは考えていた。事実他の異性を見てしまうことがあるのは事実だが、他に好意的な人間ができたとか性的な欲求を向けたいという話ではないのだ。他の要因があり見ることはあるが、そういった好意や諸々を向けるのはジュビアだけだと自戒もしているしそのつもりなのだ。
「今、なんかおかしかったか…?」
「グレイ様?」
「ッ…!?な゙ん゙ッ…頭が…ッ!!」
寧ろ、最近では彼の方が他の異性に目を奪われないかと嫉妬してしまう事だってある。彼女はスタイルがいいので魔封石など使われでもしたら蹂躙されてしまうだろう。自分は男なので彼女を守ってやらなければいけない。
「グッ、ごれ……ば…!!」
「グレイ様!?どうかしましたか!?ど、どうしましょう…どうしたら…だ、誰か!誰かグレイ様を!!」
男は人生を捧げてきた女を守るのが愛であり、女は男に体も人生も捧げるのが愛である。仮に性的欲求でしか女を見ていない男がいても、守るという愛を向けてくれるならそれは間違いなく愛で
「黙れ゙ェ゙ェ゙ェ゙ェ゙ェ゙ェ゙ェ゙ェ゙ェ゙ェ゙ッッッッ!!!!!」
━━━━辺り一面が凍りつく。この場合、本来守る対象であるジュビアごと凍るのだが……
「……そうか、これが…本来の力って訳か」
甘く、蕩けてしまいそうな感覚であった。適度な温度で、いい香りのする湯船に全身が浸かり脱力しているかのような……気を抜いたら溺れてしまいそうな恍惚とした感覚だった。
幻覚と言うには、食べたケーキも飲んだドリンクも味があり満腹感がある。いや、感覚以上に…確かに腹に溜まっていた。
「…えげつねぇな…………冷静に考えたらジュビアが言わなさそうなこと言ってたし…違和感と…滅悪の力が反発を起こして戻ってこれた…ってことか?」
頭の痛みが引いていくにつれ、思考もクリアになっていく。グレイの推測では、本人が好意的に見ている人間との舞台劇のような茶番を強制的に引き起こすのが彼女の本来の力というものである。
だが…見える景色、空気の匂い、味わった数々は目の前にきちんとある。このレベルは、幻覚というにはあまりに現実的であり…その上で台本に従うような思考放棄感…そして何もかもを自分の都合のいいように見てしまう甘さ。余程の事がない限り、簡単には戻って来れないだろう。
「………ってなると、エルザとあのちっこいのが危ねぇな」
綺麗な薔薇には棘がある、甘い話には裏がある……そのような言葉があるが…この現実的な夢に魅せられたが最後、麻薬のように幸せをもっと求めてしまうだろう。
その最後がどうなるかは分からないが……早く行かなければ2人が危ないと感じたグレイは、その場を後にするのであった。
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「……それで、なんだが」
「…ん?どうかしたか?」
グレイとジュビアがカフェで話している時…また別のカフェでエルザとジェラールはコーヒーとケーキを互いに頼んで食べていた。少しばかり話しづらそうなエルザだったが、しどろもどろと言ったふうにジェラールへと会話を振っていた。
「…その、私達も…いい歳だろう?そろそろ…覚悟を、決めたいな…と……」
「………ふっ…」
「な、何がおかしい!!?」
「いや…俺にもそのつもりはあったのはそうなんだが……エルザは俺よりも覚悟を決めていたんだと思っただけだ…まぁ、いい歳なのはその通りだからな…特に俺はお前とは7歳離れてしまっている」
「……そういえば、そうだな……ん?今年で何歳なんだ?ジェラール」
熱っぽさと共に顔の赤さを自覚しながら、エルザはジェラールと談笑を続ける。彼らもまたグレイとジュビアのように仲睦まじい様子を見せつけていた。
「何歳だろうな…まぁ関係ないさ。別段、天狼島の件で2回り以上の年齢差になったという訳では無いのだから」
「それもそうか…ふふ」
「……どうした?」
「いや…改めて、こうやって落ち着いて話せるのは…幸せだなと思っていたんだ。色々あって…ようやく、落ち着いた気がするよ」
楽園の塔、対
無論、依頼を受けていく生活は平凡とはかけ離れているものだが……しかしエルザはこの生活こそが落ち着いているものだと感じていた。
「…そうだ、改めて家を買わないとな…大きな…とても大きな家を」
「そこまで大きい家が必要か?私の武具はしまいこめない量を置いておくにしても…」
「買い足すだろう?それに、子供も影響されるかもしれない」
「なっ……こ、子供………きゅ、急に何を言い始めるんだジェラール…!」
「俺としては天体魔法を覚えて欲しいがな」
「……ぷっ…ははは、楽しみだな色々」
互いに冗談を言い合いながら、しかし本音を交えた話し合い。それはエルザの心にとても甘い安心感をもたらしていた。いつまでもこうしていたい、もっと浸っていたい…脳さえ溶かす程の甘い現在を味わいながら、もっと甘くなる未来を楽しみにしながらエルザは段々と浸っていく。気づかないうちに、気づかれないようにその深度は深まっていく。足首から膝へ、膝から腰へ、腰から肩へ……深みにハマればはまるほどその深まり方は早くなる。
おいで、おいで、こっちへおいで。甘い蜜を吸いにおいで。快楽の今、悦楽の未来。それだけ味わい浸りにおいで。浸れば逃げれず逃れられない。緋色の髪は蒼へと溶けて星の輝きで光るだろう。
━━━━エルザ・スカーレットは、刻一刻と…色欲の成す都合のいい世界へと囚われようとしているのであった。