闇ギルド
その空間では自らが恋焦がれる者達と過ごす空間であり、1度溺れてしまえば余程の事がない限り抜け出すことは難しいのだ。3人は溺れずに何とか正気を取り戻したが、目の前にいたエストラスは異形化してしまう。その事から目の前にいるのは本人そのものではなく、本人の意思を映した分身だと推測した。
本人が空間の外にいると判断したグレイは、一つ試したい方法があると考えてハクとエルザに準備が終わるまでの囮を頼むのであった……
「白虎竜は早いんだぞ〜!!」
「私が合わせる!!」
高速を活かした動きでエストラスを翻弄し、その隙にエルザが攻撃を叩き込むという判断。ダメージが入っているのかは分からないが、エストラスは戦闘慣れしていないのもあり翻弄されっぱなしであった。
「ぐうぅ…!しつこいしつこい!!てめぇーら全員沈めてやる!!」
彼女の両手に持っていた大鎌が変形し、巨大な槍となる。それで一突きされようものなら、ハクどころかエルザでさえ体が裂けてバラバラになりかねないほどである。
「はァ………守りを崩させてぇ…良い声鳴かせろォ!!ヴァージン・ストライク!!!!」
「ここは金剛の………いや…!?換装!飛翔の鎧!」
エルザ目掛けて迫り来る槍2本。咄嗟に防御能力の高い鎧で対応しようとするが、直感的に『そうではない』とスピードのある鎧へと換装し回避行動をとる。
直後、鎧の先端がまるで生物の口のように開き……エルザのいた場所にかぶりついていた。
防御していれば、エルザは槍に噛みつかれていたことだろう。
「あらァ……ぐちゃぐちゃにしてやろぉと思ったんですけどねぇ……」
「……成程、私達の服や鎧をお前の体のように変質させないのは…『出来ない』からだと思っていたが…」
「ま、遠隔ではできませんよォ?でも、ここにいる私は特別製みたいなもんでねぇ……?『この』私に触れたら中見事変質させられるんですよぉ……ま、文字通り触れてるだけならすぐに離れられるのでぇ……こうやって、なんかで覆ってあげるのが安定するんですけどぉ……」
本来喋らなくていい情報を喋る。自分には勝てないと踏んで敢えて情報を流しているのだろう。槍が元通りになる所を放置しながら、エストラスは喋っていた。
事実今エルザとハクが囮を担っているのは、推測によるグレイの策が通じる可能性に賭けているからである。その策が通じない、又はそもそも推測が間違っているという可能性だってあるのだ。だがそれでも動くしかない、やるしかないのである。
「くふふふ…鎧に触れたらどうしてあげましょうかねぇ……触手まみれにして、異物に慰み者にされる滑稽な女王にでもしてあげましょうかぁ?」
「随分と余裕だな?切り捨てられる可能性を考えないようだ」
「あーんたらから触れないのに、どーやって武器で触るんですかねぇ!!」
「ハク!少し目をつむれ!」
「ッ!!」
『触れられたら終わり』という情報を聞いてもなお、エルザはその指示を飛ばす。ハクは何をするのかはわかっていないが、しかしエルザを信用して目を瞑る。それと同時にエルザは換装をしていく。
「換装!明星の鎧!!明星・
「ッ!!!」
目も開けられない程の強い光が、この場を包み込む。目を瞑っていたハクとは違い、その攻撃は直接目を開けて光を見てしまったエストラスへと届く。
「ぐううううっ…!!!」
だが貫いたと思われるほかの建物や地面へとあたり、当の本人である目の前のエストラスにはダメージは入っていなかった。否、正確には━━━━
「ぐ、ぐううう…!目潰したァ…!よく思いつきますねぇ…!」
「…………」
「……どうしたの?」
「やはり妙だな」
「…って言うと?」
「私の破邪の槍での攻撃は、見るからにダメージを受けていた。だが今回は光で目をやられただけだ」
破邪の槍で行った攻撃、エンチャントの甲斐もあり擬似的な滅悪の状態だったのでその攻撃が通るのは理屈としては通る。だが今の攻撃が通じず光で目をやられてしまうだけというのがエルザには気がかりであった。
悪魔には必ずしも滅悪の力でしか太刀打ちできないという訳では無い。それ以前に、彼らは純粋な悪魔ではなく元人間である。彼女がただひたすらに頑丈なだけという可能性だってあるが、基本的にはどの攻撃でも通用するダメージがあるなら通る筈なのだ。
「………だが今はグレイに任せよう」
「時間稼ぐだけだからね」
明確に倒しようはないが、通じる攻撃もある。それがわかった以上無闇矢鱈に攻撃するよりかは、今のような搦手を行ってこの戦闘をひたすらに引き伸ばすのが上策なのだ。
「……搦手使ってェ、私に勝とうってェ…?戦闘能力よりも相手への嫌がらせの方が向いてる私にィ…?あんたらどっちも前線張る戦闘スタイルの癖してさァ…!舐めてんじゃないよォ…!!」
「たしかに私は近接戦闘向きだ…しかし、その全てがただ攻めるだけの戦闘方法だと思わない事だ」
「言ってな!!!」
「それに…搦手ならボクも得意なんだよね!」
ハクの言葉に、どこからともなく現れた人形達が襲いかかるが…その全てがエストラスに届く前にバラバラに切り裂かれていた。その合間を掻い潜り、ハクが攻撃を入れていく。
だが与える攻撃で怯む事は無い。せいぜいが意識を向けさせるだけである。準備をしているグレイに攻撃を仕掛けることもあるが、それら全てをエルザは切り落としていった。だがその攻防も2分…3分と経過していくにつれて、段々とエストラスの怒りの強さと共に押され始めていた。
「まだか…グレイ…!?」
時間稼ぎもいつまで持つかは分からない。エルザとて体力が無限ということではないのだ。ハクと同じ勢いで動いていて息は切れていないが、手が足りなくなってきていた。
「ふー……」
グレイは大きく息を吐く。極度の集中によって、今のグレイは周りの音は何も聞こえなくなっていた。自らの心臓の鼓動や流れる血の感覚すらも感じぬ程に、極度に集中していた。
極度の集中によって操作しているのは、自分の魔力。ゆっくりと魔力を流していき、
この空間に存在するであろう魔力や呪力を感じ取る。太陽の村でやった、滅悪の氷の魔力を流す時の感覚やスプリガン
「ガキと女に守られててェ!!!ダサイって思わないんですかねぇ!!!!」
「━━━思わねぇよ、そんだけ信頼してるからな……それに
時間稼ぎは…今終わりを迎えた。身体の半分を黒く染め、滅悪の力を充分に引き出しているグレイが、エルザとハクの前に立つ。
「よーやくお出ましですかァ!!いいですよォ…?滅悪の力があっても、アタシには勝てねーことくらい、すぐに判らせて……………」
エストラスは、自らの体の違和感に気づいていた。自らの空間の温度が下がっていることに。そして、その冷気がグレイを中心に出ていることに。
エストラスからは白い息が漏れる。当然グレイからも白い息が漏れる。それだけでとてつもない低音だというのが理解できるだろう。
「…何、してる?」
「ちょーっと昔話をするんだがよ……俺ァ昔、それこそ滅悪の力を得る前にな…悪魔と戦ってたことがあった。まぁそんときは単なるバケモン相手にしてるくらいの感覚だったが……」
「何してるって━━━」
「そん時、周りにあった氷の魔力を…自分の体に通して悪魔を倒した」
「━━━聞いてんだ!!!!」
「そんでさっきふと思ったんだよ━━━」
勝手に話を続けるグレイに怒り、迫るエストラス。最早色欲というのを忘れている程に我を忘れ怒っている彼女は、沸騰した頭で何も考えないままグレイへと迫り………その意識は、一気に冷め刈り取られる。
「……魔力や呪力を掴めれば、
エルザとハクはグレイのその妙技に感心していた。何せ3人を除きエストラスを含むこの空間全てが、一瞬にして凍りついたからだ。それも薄氷がくっついた…という代物ではない。内側までも凍ってしまった様で、グレイに迫っていたエストラスが地面に落ちても鈍い音がするだけであった。
「……これは…」
「すっっっごおおお……」
「…こいつの空間は、こいつ自身の魔力とか呪力で構成されてる。なら、そこさえ掴めればその呪力とか魔力だけを凍らせられるって思ったんだ…1回全部を凍らせる氷を造形したこともあったしな」
「……だが、凍らせただけでは出られないのではないか?」
「いいや……凍らせた時に感じたよ、こいつの本体も…凍らせられたってな。その証拠に………おっ…」
グレイの言葉と共に、作られた世界が光り輝いていく。この空間に閉じ込められた時と同じように、出る時にもまた景色は歪み眩い光に照らされるのだと…………そして、3人は元の場所へと帰ってきていた。そして目の前には…身体のほとんどが凍りついていたエストラスが立っていた。最初に部屋に訪れた時に見た、子供のような姿に…戦っていた時に生やしていた蝙蝠のような羽根が生えていた。しかし手には武器もなく、凍っている以上に弱々しい見た目と成り果てていた。
「グ、はぁっ………ッ!?ご、ん゙………な…!!」
「…やっぱりな。目の前にいたお前は…お前であってお前では無い」
「…どういうことだ?グレイ」
「こいつ自身が、あの空間になってたんだ。でかくなったり小さくなったり…変な羽生やしたり……こいつの力は自分の内外を変化させる力だった…俺たちが取り込まれてた街は、アイツの文字通り手のひらの上って訳だ」
つまり…エルザの攻撃によってダメージを受けたのも、光によって目が眩んだのも、エストラスその物があの街だったからという話なのだ。ほかの攻撃でダメージを受け無かったのは、サイズ差の問題だろう。これもグレイの推測と言うだけで、他に答えはあるかもしれないが……3人には、最早関係の無い話である。
「まだ、まだ終わりじゃない…!わた、し……はぁぁぁあああ!!!!」
「………終わらせてやるよ」
エストラスが、グレイに飛びかかる。最早ヤケクソと言ってもいいほどの、無謀な飛びかかり。拳を振りかぶるエストラスに対して、グレイはただ……カウンターのようにゆっくりとその拳をエストラスが飛び込んでくる場所へと、持っていく。
エストラスはそれすらも避けられないまま、腹部に拳がめり込んでいき━━━
「━━━氷魔・零ノ吹雪」
その言葉と共に、エストラスの魔力と呪力を凍りつかせた。それにより体内外も霜が着く程度には凍りついていた。命は奪っていないが、数日では復帰は不可能だろう。
「……ふー…」
「…終わった、のか?」
「はー…短い間だったのに、色々あった気がする〜…」
終わったことを確認し座り込むハク。戦闘による肉体的疲れ…というよりは、精神的に色々疲れてしまっていたのだ。座り込んでこそいないものの、エルザとグレイもため息をついていた。
「……だが休んではいられないな、ほかの皆を助けに行かなければ」
「だな…」
「うん…ウェンディも助けに行かないと!」
「………けどよ、俺達が来た通路しかないんじゃ…」
「いや……よく見てみろ」
エルザはある方向を指さす。その方向には部屋から出る出口があったが…その方向はハクもエルザもグレイも来ていない道であった。そしてその道は、エストラスと戦う直前まで存在していなかった道だと3人は記憶していた。そして同時に、彼らが来た道は…壁によって閉ざされていた。
「なんでもありかよ…」
「てっきり、術者を倒せばこの城のような建物の歪な空間も、元の形に治ると思っていたが……」
「…使ってる人が別…?」
「それか本人が倒されても解決しない特別な仕様か…どちらにせよ、あの道を行くしか無さそうだ」
「…だな」
こうして、色欲担当との戦いは幕を閉じた。グレイ達はそのまま仲間を助けるために、現れた道へと歩みを進めていくのであった。