少女は物心着いた頃には暴力と蔑みの日々だった。親はおらず、当然ながら血を分けた兄弟姉妹もいない。日々を恐怖ですごしながら、満足に過ごせない日々を送る。誰からも何も教えられない彼女は、かろうじて全員に支給される食べ物と本が拠り所だった。知識は羨望へと繋がり、食べ物は食欲を刺激する。
少しでも怠惰であれば殴り飛ばされ、少しでも嫉妬してしまえば返り討ちにあい、何かを言おうとすれば傲慢だと疎まれ、見るだけで強欲だと罵られる。怪我と汚れで汚い彼女は色欲さえも抱かれず、ただの視線が憤怒だと思われる。
故に彼女は逃げ出した、どこともしれない土地へと逃げ出した。逃げ出した先でも地獄を味わい……『彼』と出会う。理由も理屈も何も無い、『優しくされた』ただそれだけで今までの彼女は壊れてしまった。けれど彼は彼女には振り向かない。振り向くことは彼女自身が許されない。
強欲に知識を求める事も、何者かになりたい傲慢も、ライバルに対する嫉妬心も、彼と蜜月を過ごしたいという色欲も、憤怒による八つ当たりも、ただのんびりと過ごす怠惰でさえも彼女の過去がそれを許さない。
そんな彼女が『何者』かになった。彼と居たから、彼のおかげで彼のせいでその性質は暴食へと成った。しかしそれは『彼女』ではない何かであり、暴食ではない彼女自身が一体自分が何者なのかと言われれば……一体誰が応えられるであろうか。
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「……あ、やっと部屋が見えてきた…」
「…誰かいるわよ」
グレイ達が敵と会敵していた頃、まるでそれを見計らっていたかのようにほぼ同時にウェンディとシャルルは長い通路を抜けてある一部屋へと辿り着いていた。 その一部屋にいたのは、1人の少女。
「………あ、来たんだァ」
「マホーグ……」
「…?さ、さっきもそう呼ばれてたけど…人違い…だから…私は、暴食担当グラサス・グーラー……」
マホーグ・オロシ改めてグラサス・グーラー。彼女は洗脳されてしまい、そう認識してしまっていた。元に戻すにはマスターであるシンを倒すか、一か八かウェンディの回復魔法による効果だろう。単に上から掛ける洗脳であれば、状態異常解除の魔法が効く。今ここで掛けてしまえば、早いだろう。
「「状態異常回復魔法レーゼ!!」…使うんでしょ?わ、私が洗脳されてるって思ってるから……」
「っ…!?な、なんで……」
「あの子そもそも未来視持ちじゃない!!」
「それで……でも、魔法が効いてる様子もない……」
レーゼによる状態異常の回復。それで解除される様子はなかった。つまるところ既に解除できる段階を超えていたのだ。洗脳途中であれば回復できたかもしれないが、後の祭りなのだ。
「……ふふ、私には未来が見える。だから防げる……防ぐ未来が見れたのなら、もう止められない」
「未来が見えただけじゃあ…!」
「違う…けど、種は教えない…」
邪悪な笑みを浮かべるグラサス。未来視以外にも何かがあるのだと、ウェンディは考える。しかし元々使っていた魔法…未来視が据え置きとなると他の魔法も使えるのは明白だろう。そしてそれに加えて別の魔法も習得しているとなると、ウェンディとシャルルだけでは苦戦は必須となる。
「━━━ならば未来視以外の何かを、暴くとしよう」
「ッ!!」
その言葉と共に、グラサスの頭上から幾つもの『星』が降り注ぐ。グラサスは自らが当たると見えた分だけを最低限の動きで避けて、当たらないようにしていく。
「…そいつの未来視は、相手の意思によって未来を見る。意思の介入が起こった時点で起きうる未来を見せることで、そこに合わせて攻撃を入れることで未来を回避する」
「あんた…ジェラール…!」
「どうしてここに…!?私とは別の道を行ったんじゃ……」
「どうやら同じ部屋にたどり着くようにされていたらしいな」
ウェンディ達とは別の入口から、ジェラールが現れる。そして同時に天体魔法を行使することでグラサスの動きを見ていたのだ。
「…どうして、私の魔法を……」
「成程、未来視の性能は変わらないみたいだな」
「っ…!?カマかけ…!?」
「なら警戒すべきは新しく覚えたであろう魔法のみ、か」
ジェラールは素早く頭を回す。仲間として活動してもらってた際、彼女の持つ魔法とその戦い方を教えて貰っていた。未来視で攻撃を予知し、身体能力強化とショートワープ、そして魔法を破壊できる変形機構持ちの武器を使った対魔導士特化戦術。この未来視は意識的に発動させることも出来るが、自らが攻撃される場合その未来を見せる。
この魔法における未来視で見えるのは『相手からの攻撃にやられる未来』のみである。洗脳や先程のウェンディの様に、そもそも動作や魔法の挙動が見えなければ防ぐことはままならないのだ。まずそれ以前に━━━
「
「ッ…!!」
「…わかってる、なら…知ってる、でしょ?意識的に発動を、してる…だけかもよ?」
「わざわざ自動発動するものをか?言い方を変えれば強制的に魔力を消耗する呪いのような魔法を?かつてお前がマホーグだった時は…あまりにしていなかった方法だがな」
ジェラールの言葉に黙り込むグラサス。本人からしてみれば、マホーグという名は聞き覚えのない名前である。誰かと間違われている不快感と、見透かされている不快感。知らない奴らから知っている風に接されるのは……今の彼女にはかなり不快な話であった。
「……私は、暴食担当。暴食はなんでも食うけど、私は毒まで食らう無謀さは持ち合わせていない……」
「……何を…」
「逆に言えば…未来が分かればどんな無謀も、1歩を踏み出せる勇気となる…貴方達の存在は、私には毒…さっさと…死んで…!」
魔力と呪力が開放される。その圧は凄まじく、数々の修羅場を潜ってきたこの場の3人でさえ息を飲むほどであった。しかし怯まない、引くこともない。目の前の彼女を救うために、今は目の前の彼女と戦うのだ。
「…ウェンディ」
「へ…?」
目の前のグラサスから意識を向けたまま、ジェラールはウェンディへと話しかける。突然のことにジェラールに意識を向けそうになるが、ウェンディは何とか意識は向けたまま耳だけを向けていた。
「状態異常回復魔法……あれをかけ続けて欲しい」
「でも、1度で効かなかったのに……」
「簡単な洗脳の魔法ではないのだろう…恐らく精神に働き掛ける魔法がいくつか掛けられている。上から重ねがけをされ続けた結果が、今のマホーグなのだとすれば…複数の魔法が幾重にも重なっている可能性がある」
「…つまり、何度か掛けていけば…?」
「恐らく、元のマホーグに戻る…………確証は無いがな」
「…やってみます…!」
ジェラールの言葉にやる気を出すウェンディ。その目は覚悟の決まった目である。何度かけることになるかは分からないが、無駄になるかもしれないが…ウェンディはジェラールの提案に乗るのであった。
「何を、するつもりかは…知らないけど…!」
「本気で行くぞ…!
ジェラールの体が輝き始める。この魔法におけるジェラールの速度は飛躍的にあがり、まともな視認だけでは彼の動きを追うのは不可能に近いだろう。しかしそれは、
「読んでる、よ…!」
「なっ…ぐあっ!!」
「ジェラール!?」
ミーティアの発動に合わせて、ジェラールが殴り飛ばされる。ショートワープで距離を縮め、そして攻撃する見慣れた魔法の連携だが…ミーティア自体は発動していた。動こうとしたところを狙われたのだ。
「ばかな…避けきれなかった…!?」
「ふふふ……私の、前では…どれだけ早く動こうとしても…無駄…私の未来は、私だけのもの…!」
「くっ…!?こうまでして踏み込むか…!?蛮勇を振るうか…!」
「ふふ…私の、勇気は…向こう見ずじゃない…!絶対に『大丈夫』という確信がある…!」
「だったら…!天竜の━━━」
「だから無駄だって…!」
「がっ…!?」
魔法を行使し、ジェラールの助けとなるつもりだったウェンディ。しかしそれが来る前に鳩尾へと一撃入れられ、吹き飛ばされてしまう。彼女が行使するつもりだったのはブレス。まるで吐かせる息を失わせるかのように与えられた一撃は、ウェンディの肺の中の空気を完全に失わさせていた。
「ウェンディ!!」
「げほっげほっ……」
「どうなってるのよ…!」
「私の未来は、見てから変えられる…確実に…明確に…!その前に、貴方達は…為す術なんて、ない…!」
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━━━グラサスの魔法はマホーグの頃より一つ、呪法が1つそれぞれ増えている。元々あったものを含めて考えれば、使える魔法は4つと呪法が1つということになる。
元々あった魔法は、『未来視』『身体強化』『ショートワープ』の3つ。これに加えて、グラサスとして得た魔法は『
グラサスは未来視で相手の行動を先読みし、勇気眼によって防ぐ未来を確実に訪れさせている。これによりグラサスは一切ダメージを負わずに、確実に成功するカウンター戦法を起こしているのだ。そして対する呪法は『暴食の呪法』…自らが受けたダメージを液状として放出し、その液状に触れた者に同じダメージを与える魔法である。そして放出するとグラサスにダメージは残らないのだ。
つまるところ…グラサスを倒すためには未来視と未来の確定の2つのコンボを突破し、そして尚且つ一撃で倒さねばならないのだ。しかし未来視は攻撃をする意志を出した時点で自動発動が起こるため……彼女を倒す為には、魔力切れを狙うしかない……正攻法ならば。
「…やっぱり、強い…!」
「ウェンディ…やっぱり、ジェラールの言う通り…」
「うん…!レーゼを、かけ続ける…!」
ジェラールが提示した一つの方法。グラサスが、グラサスであるが為に存在しうる弱点。彼女をマホーグに戻す為に、ひたすら回復魔法をかけ続ける。確実ではない、明確ではない。しかし攻撃を仕掛け続けて魔力切れを狙うよりも、この方が彼女を救えるのだ。
グラサスである以上、彼女は魔力が尽き始めても戦いを辞めないだろう。ならば、彼女をマホーグへと戻すことで戦いを中断させる…ウェンディは改めて決意し、その方法で彼女を救わんと動き始めるのであった。