彼女は昔からそうだった。あれが欲しい、これが欲しい。そう願ってばかりだった。あの子の頭脳が欲しい、あの子の魔力量が欲しい、あの子の強さが欲しい。他人の何かしらを常に羨み欲する事が多かった。
だがそれは嫉妬ではない。よく話をし、よく動き、よく望む。『いつか得られる』という狂信的なまでの強欲さと狂気的なまでの希望が、彼女を突き動きしていた。
そして、その考えを広めていくことで彼女はいつかはマスターの研究も認められるだろう。認められればもっと捗るだろう、捗れば彼女にも何かしらの形で恩恵があるだろう。
自らの幸せのために、他者に奉仕して自分に返る事を臨む。形のあるものでなくともいい、誰かの助けになったと思うこと自体が彼女の恩恵だった。
━━━━マスター・シンはそれを望んでおらず、そして望まれていることを知らず…そして彼女の行動そのものが正義ではないと彼女自身は気づいていないが。
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「━━━にしても、ここはどうなってんだァ?」
時は一同が
黒滅竜騎団の1人、キリンは帽子を深く被りながら明らかにおかしい通路を歩いていた。彼が選んだ道はただの下り階段だったのだが、角度は次第になだらかになっていき…遂にはほぼ平坦な段差を歩く羽目になっていた。そして同時に階段は段々と渦を巻いていき、螺旋階段となっていた。但し下方向に向いてはおらず……
「重力を動かしてる…って訳じゃない…変な感覚だ、全く」
空間が捻れているのか、はたまた別の要素があるのか。今はそんなことは関係ないが、辟易としてしまう。彼…もといディアボロスは今回の件においては『
「思っていたより、力を付けてたってとこか…フィオーレの方でも三大闇ギルド的なのがあったらしいが…早く叩き潰さねぇと、それくらいの規模になりかねない、か」
歩きながら考えていくキリン。そうやって歩いていくうちに…変な話だが、明かりが見えてくる。青い灯りである。歩いていた階段も、光源がないにも関わらず明るすぎず暗すぎない空間だったが…こちらもそうだった。そして、その部屋の中心には……青い髪の女が1人。膝立ちをして祈りを捧げていた。
「━━━よう、あんたさっきも見たな…何に祈ってんだ?悪魔か?邪神か?それとも有名な黒魔導士か?」
「……私が祈りを捧げるのは、世界そのものに…ですよ。祈りは希望であり、羨望であり、願望を満たすもの。欲しがり、妬まず、奪わず希望を叶える……故に私は強欲担当なのです」
「いいね、アンタは何が欲しいんだ?聞くだけ聞いてやるよ」
「全ての願いが叶う世界、ですかねぇ…そうすればみんな幸せになれるじゃないですか」
「流石強欲……だがねだりすぎは良くないぜ?程々にしないと…幸せすぎて感覚『麻痺』しちまう」
電流が空気を通じて流れていく。しかし目で追う事は同格の魔導士でないと不可能、そして対応するには雷の速度か直感での対応しかない。
「麻痺しないように……心掛けるだけでいいんですよ」
同属性、同格の魔法。彼女は全ての魔法を使うことが出来る呪法があるのだ。
「━━━━いいや、あんたはそれを心掛けられてねぇ。相手を舐めてんだ」
「ぐがっ!!!?」
━━━その瞬間、アヴァルティアの魔法はキリンの魔法に貫かれ…彼女自身も雷によってその身を焼かれていた。キリンの手には、よく見れば見慣れぬ紋が刻まれていた。
「そ、の……紋章は,,……!?」
「『滅悪印』……俺の魔法に滅悪の属性を付与出来るやつだ。魔法をコピーできるとは聞いていたが、呪法由来だと滅悪の力が働いてぶち抜けるようだな……まぁどちらにせよ終わりだ」
身を焼かれ、そして痺れたまま倒れ込むアヴァルティア。あっという間に終わった戦いに、キリンは拍子抜けとため息をついていた……が、彼が入ってきた入口とは反対側から足音が聞こえてくる。
「増援…いや、この足音…匂いは……」
「…あら……終わらせちゃったの?」
現れたのは、同じ黒滅竜騎団の一人であるミサキであった。次に会うのは戦いが終わったあとだと思っていたが……この建物自体の空間が捻れているのもあり、再会は思ってたよりも早く済んでいた。
「おう…拍子抜けだぜ」
「まぁ…それならそれでいいじゃない」
「だな……とりあえず他に通路あるみてぇだし、歩いて━━━」
「━━━━終わりと思うのは、まだ早いですよ?」
「「ッ!!」」
ゆらり、と起き上がるアヴァルティア。キリンは手加減したつもりはなかったが、目の前の事実をただ事実として受け止めすぐに次の手を打とうと動く。それに合わせてミサキもすぐさま動く。
雷はさらに強く肉体を焼こうとし、空間は彼女の身体を引きちぎろうと動く。
「何ッ…!?」
「今のは…!?」
「おや……ちゃんと連携はとった方が良いですよ?ふふっ……」
アヴァルティアの魔法、
だがその『過程』によっては……人は命を落としてしまうかもしれない。
「本当に焼かれたかと思いましたが……危ない危ない、奇跡的に助かった様で」
「……再生…じゃない、今のを鑑みるに…死ににくい、傷つきにくい…みたいな魔法か」
「運命の回避とでも?好き勝手使えるわけでは無さそうなのが救いかしら」
アヴァルティアの魔法は自己保全特化と言って差し支えないだろう。だが弱点はある。彼女自身が認識しなければ、先程のように魔法の発動が遅れる事があるのだ。その点、キリンの魔法は速度的に視認が難しく…ミサキの魔法は単に空間を弄った攻撃をするだけなら認識不可能である。
「厄介ですねぇ……速度的に、物理的に……どちらも認識しづらい魔法ですか……なら…こちらも奥の手を出して対策せねばなりません」
「させるとでも…!」
「思わないで!!」
魔法を発動。しかしどちらもきちんと命中しない。キリンの魔法は逸れ、そして逸れた魔法を空間が食いちぎる。またも彼女は『奇跡的に』救われたのである。
「おやおや…かの滅竜魔導士ギルドは、魔法には疎い様子…肉体的な強さでドラゴンを屠れるのでしょうか?」
「そんな筋肉おばけなわけねぇだろうが…!」
「…それにしてもどうすれば……」
魔法のコピー、そして圧倒的なまでの回避力と防御力と生存能力。後者だけでも厄介なのに、魔法のコピーを持っていることが厄介極まりなかった。
━━━━が、2人はある違和感があった。所謂『受け』を気にしないでいいのならあとは攻撃力…『攻め』の問題である。彼女自身はそうでもないが、魔法のコピーはそれを補っているはずなのだ。しかしそれをしない。特にミサキの魔法は事実上の不可視、キリンに使えばそれだけ得になるはずなのだ……なのに、しない。
「…………」
人あたりの良さそうな、しかし内側を見せないような不気味な笑みを浮かべた彼女に対して、二人は少し目配せした後に行動に移る。長年の付き合いによる意思疎通の不要さが、今如実に現れているのだ。
「ふんっ!!」
キリンの体から、幾つもの電撃が指向性を持って飛んでいく。アヴァルティアに向かって飛んでいき、そのままいけば回避できずにアヴァルティアは焼け焦げてしまうだろう。しかし彼女の望みは叶えられ、その全てが曲げられあらぬ方向へと飛んでいく。その間にキリン本人はアヴァルティアへと飛び込んでいく。
「電撃で隙を見て…私に拳の一つでも当てようと?私の魔法は魔法だけ…なんて制限はありませんよ」
「そうか、よ!!」
キリンの拳が振り抜かれる瞬間に、アヴァルティアは今までと同じように攻撃が当たらないよう祈━━━
「ッ!?」
━━━ろうとした瞬間、キリンの姿が消える。文字通り姿を消したのだ。アヴァルティアは即座に察した。ミサキの魔法によって、別空間へと移動したのだと。つまるところ、別空間に移動させようとしてそれがキリンに発動した…ということだろうと即座に納得する。
そして納得すると同時に、アヴァルティアは膝を折り力を込めてその場から離れようとし始める。
「遅せぇよ!!!」
「がっ!!」
しかし、それは間に合わず…再び現れたキリンの拳がアヴァルティアへとヒットしていた。力の限り込められた拳は、彼女を綺麗に吹き飛ばしていた。
「……ふぅ」
「ダメージはあったかしら?」
「ないな、あっても無視だ………で…まぁ予測通りか」
「えぇ…」
「ぐ……何を……」
二人はある推測をしていた。コピーした魔法の使用を行わないことである。今も、別空間へ逃げればいいものを物理的に避けようとしていたのだ。
そしてキリンの魔法のコピーをした時は、鍔迫り合いにまで持ち込めていた。そう、
「貴方…最高でも私達と同じ出力でしか魔法を使えないのね?」
「そんでもって、練度がない。つまるところ、超強い一般兵器を持ってるみたいなもんだ」
「………」
「だからぶち抜けた。滅悪印がある以上、その分上乗せがされたからだ……だが、それがお前にはない」
同格の魔法を覚える呪法。そう、同格で止まるのだ。仮にナツの火の滅竜魔法をコピーしたとしても、その使い方がなっていないのだ。これが属性が一緒なだけで違う魔法ならば、通せる可能性も高いだろう。しかし滅竜魔導士は自らの属性には凄まじい耐性がある。それに加え自分の魔法と同じものなのだ。はっきり言って通じることは無いだろう。
だがアヴァルティアも魔法によって攻撃がほぼ通らない。今のような奇策も、以降は中々通じないだろう。それでも彼女の魔法が彼女の意志によって結果を操作するものでは無い、ということだけはこの場の3人はよく理解していた。
「……確かに…私の魔法は、制御はなかなかできませんよ。運命の回避…祈るとどういう形であれ、その願いを叶える魔法なのです。呪法も、貴方達準拠である以上それ以上は挑めません。その分…ホルダー系の魔法とかもコピーできますがァ……余計に魔力を食らってしまう」
「なるほどな…技術、練度、技量……全部足りてねぇって訳だ?」
「なら…あなたの相手は存外楽かもね?こちらは2人貴方は1人…消耗戦に持ち込むだけでいいもの」
「……」
ミサキのその言葉に、アヴァルティアは思案する。消耗戦になれば確かに勝てない。こちらの攻め手は基本通じず、相手の攻め手も通じない。ならば勝利となるのは魔力や呪力の残存となるだろう………
「━━━
戦闘中の安定ではなく速攻。安心して勝てる手ではなく、消耗戦に持ち込まれないように一気に勝負をしかけにいく。つまりはこの状況をひっくり返せる手だと言う事。
「何をッ…!!」
「発動…魔呪法
何かを止めようと察知したキリン。しかしそれは既に遅く、アヴァルティアから魔力と呪力が解放される。あまりの勢いに吹き飛ばされそうになるが、その最中でもミサキは察知した。
「空間が…塗り替えられてる…!?」
「━━━━生きる事を望みなさい、死に対して臨みなさい。私の力は魔なる祈りと希望の呪い。敵を倒す事を望む私達と、生きることを望む私達…その2つの戦いなのだから」
「何を…ッ━━━━━」
目の前に現れるは九尾の狐。それがアヴァルティアの変貌した姿だと気づくのにわずかな時間も必要なかった。そして彼女の言う事に疑問を返そうとした瞬間、キリンの意識は…落ちた。
「キリン…?!貴女、何━━━━」
アヴァルティアが何かしたのかと、ミサキは彼女に目を向ける…が、その瞬間彼女の意識も落ちていた。同時に、アヴァルティアの意識も落ちており…この場にいた3人は、意識を失い倒れ附していた。
その瞬間は、全く無音の世界となっており…一切の音が存在していなかった。呼吸も、血の巡る音も、心拍音でさえも……この場には存在していない。
そうして…数秒が経過した。たったそれだけの時間だが、この異様な状況を目撃した者がいれば…それは無限の時間に等しいくらいには、無音かつ異常な状態であった。そうして長いようで短い数秒が経過した頃……三者同時に、心音が鳴り始める。
魔呪法強生希…その力は全ての望みを叶えすぎてしまう技である。少しの殺意も、僅かな敵意も逃さず相手の心音を止める呪いの望みとなる。だが、少しでも生きようとする意思や願いがあれば…それは叶えられ蘇生が可能とある。
この技から逃れる術は…術者の意識外から気絶させられることか、又は真に自身の死を望むか、である。この強敵を前に、2人は…戦わねばならないのであった。