彼女は
生物としては不完全だが、人間が望むある意味到達点でもあった。何故そうだったか?彼女には豊富な魔力があった。本来体に合わない魔力を孕んだ子はその身体を自身の魔力によって蝕まれる。しかし彼女はそれがなく、大量の魔力は彼女の本能によって生きる為の糧へと変えられた。当然、そんな赤ん坊は怖がられ捨てられるか研究機関によって預け入れられるだろう。彼女は後者だった。
後者を選ばされた彼女は、物心ついた頃からまともに動くことはなかった。1週間に1寝返りでも打てばいい方で、まるで死んでいるかのようにその体は動くことはなかった。
しかしそれでも彼女はその施設ではトップクラスの強者となっていた。彼女は自らが課せられた肉体の異常さを、他へと押し付ける魔法を完成させた。何故か?それは育った彼女がありとあらゆる行動に『節制』するように心がけたのだ。人との関係も、そして他人の生活水準も…自らに関わろうものならば、誰であろうと節制した基準を押し付ける。それにより彼女は……怠惰担当となったのである。
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「すや……ぐぅ……」
「…………寝ている、のか」
「っちゃ」
長い道のりを進んだ先、スカリオンとマッドモールはそれぞれの道の先にある部屋に辿り着いていた。そこにいるのは1人の女性。床に寝そべって寝息をかいており、敵なのは分かっているがあまりのことに唖然としてしまっていた。
「……いや、敵なのは違いない。ここで倒しておこう」
「了解っちゃ」
「「骸竜の━━━!!/鎧竜の━━━!」」
それぞれの技を不意打ちとわかっていながらと、2人は目の前の的に叩き込む……つもりだった。その瞬間マッドモールの鎧には小さく薄いものだが…横一閃の傷が出来、スカリオンの体は一部灰へとかわり吹き飛んでいた。スカリオンは自らの体を灰へと変えれるためにこれでも無事の類だが、それでも攻撃されたという事には変わりない。2人はそれぞれ後ろに飛んで、様子を伺い始める。
「━━━硬い、とぉ………物理…無効ぉ……?めんど、くさぁ…………い…………」
「…起きてたのか?」
「初め、から…………寝、て……ない、けど………」
「けど動かなかったっちゃ…!何されたか、まるで見えなかったっちゃ…!」
「………………………………………………ぐぅ」
「寝たっちゃー!?」
「………寝て、無い…から…………元、から………だし………ずっと、こう…………」
目を開けず、空気を吐き出すような声量の薄い喋り方。まるで微睡みの中に常に座しているかのような彼女は、2人に薄気味悪さを覚えさせる。だが戦わなければ何も解決しない。何をされたのか分からない以上下手に動くのは危険だが、しかし動かなければ意味が無い。2人は再び動こうとその身で技を行う。特にスカリオンにはまともな物理攻撃は通用しない。逆に、スカリオンの技は全てを灰にする。つまりは…目の前の敵にとって、相性がいいのだ。
「圧倒的防御力を誇る鎧竜と!」
「全てを骸に変える骸竜の力!!その身に刻むがいい!」
「………無駄、多い」
瞬間、セニティスを中心として勢いよく『何か』が放たれる。視認はもはや出来ないに等しい。つまりは直感で避けるか防ぐしかない。
「ふっ!先程で学ばなかったのか!!骸竜は全てを骸に変え灰にする!」
「鎧竜の装甲は、簡単なことでは傷つかないっちゃ!!」
スカリオンの前では全てが灰となり、マッドモールの前では生半可な攻撃は通らない。油断こそしていないが、彼女の魔法は2人には通じないのは明白………という訳には、いかなかった。
「━━━━捕、まえ………た……………」
「ぬっ…!?ぐはっ……!!」
「スカリオン!?どうしたっちゃ!?」
突如としてスカリオンが片膝を着く。彼自身にも何をされたのか全くわかっていないが、ただ1つ分かっている事がある……それは、自らの鼓動が意図せず激しく高鳴り始めていたからである。
「…………私の、呪法………は、私の体に…元から………あった…」
「何の、話だ……!!」
「動かな、ければ………動かない…程………
「なっ…!?」
「無尽蔵…だと…!?」
「それ、を………私の……………糸、を…………通じ、て…………送っ、てる…………ただ、の………糸じゃ…………ない、よ…………」
━━━怠惰担当、セニティス・ピグリディア。彼女の魔法は魔力で糸を生み出し、それに触れた相手に行動や思考の制限を行うものである。無論、そんな効果を載せずにまとめ上げ物理的に攻撃することもできる。
そして生み出す『糸』だが……今回生み出されたのは目に見える形での糸ではない。魔力を糸のように伸ばし張り巡らせているだけなのだ。無論、全てを骸とするスカリオン対策…ではない。単なる偶然である。目に見えていた場合、なにか対策されるのは分かりきっていたので単に見えなくしていただけなのだ。それが偶然にも……スカリオン対策となった。
「………骸、竜………終わ、りの………ある、物………骸に…変える、でしょ………」
「はあっ…はあっ……!それが、どうした…!」
「私、は……無限に………流し、てる…………無限に、終わりは………ない………」
「っ…!!」
「そし、て……物理的…じゃ、ない………魔力…その、もの………だから、こそ……掴め、た………」
骸…灰となるスカリオンの体には物理攻撃は通用しない。なんだったら、彼は形の無いものすらも骸に変えてしまう以上炎や氷でさえも高い耐性を誇るのだ。唯一、ウェンディと相対した時…つまり風だけは、散らされる為に逆に手玉に取られてしまうが。
………しかし今回はその耐性の高さが、逆に仇となってしまった。セニティスは物理的な糸を飛ばし続ける中で、不可視の魔力の糸を紛れ込ませていた。マッドモールはそれさえも全て弾いてしまっていたので、何ともなかった……しかし、スカリオンは灰になる度に魔力の糸も通過しそのまま元の体に戻ってしまったのだ。そしてその意図を通じて…セニティスは魔力を流す。それは風船に限界許容量を超えた水を与えるのと同義。
「つまり…!」
「魔力の糸で繋げられて、離れられないって事っちゃ!?」
「そこから無限の魔力を流されて……体が…!」
「は………やく、し…ない、と……………死、ん……じゃ………よ」
「グっ………!!ならば!!!送られてくる以上に、使えばいい!!」
スカリオンが、送られてくる以上の魔力を迸らせる。彼も元とはいえ竜喰らいを主軸とするギルドのメンバーの1人。このくらいではへこたれまいと、自らを奮起する。
「食らうがいい…!!ブラックアッシュ!!!!」
スカリオンの中でも特別威力の高い技…それが彼女目掛けて炸裂する。全てを灰へと変え終わらせる、無慈悲な技。それを知って尚、彼女は躱す素振りすら見せない。動かないままに糸を放つが、全て消し飛ばされていく。
「チッ……」
そして…彼女は動いた。手をスカリオンへと向け、そして広げる。瞬間…手からまるで溢れ出る滝の如く、大量の糸が掌や指から隙間なく生えていく。その様はまるで生えてきた壁のよう。そうしてスカリオンとセニティスの間に糸の壁ができたかと思えば…ブラックアッシュはそれにぶつかり、相殺されてしまう。
「トドメはさせなんだか……だが、
糸の壁は消え去り、セニティスとマッドモールがスカリオンの視界に入る。マッドモールは五体満足の様子だったが……セニティスは、構えた手が…肩からしたごと灰となり消え去ってしまう。
「ッ………」
「悲鳴をあげないか、見事だな。だが今ここで降参しなければ、その腕のように命が燃え、尽き…………」
「……な、何が起こってるっちゃ………?」
「言っ、た………………で、しょ……………エ、ネ…ルギー……………無限、だっ………て……………そ、れ……を……………体、の……………再、生…能……………力に……………………任、せ……た…………だ…………け…………………………」
「なっ…!?」
「ま、魔力が無限に出るということでは無いっちゃ!?」
彼女の呪法は、動かなければ動かないほど体にエネルギーを満ちさせる……それが正式な効果だ。故に空腹も、睡眠も必要ない。何故ならエネルギーが自分から生み出されるからだ。そしてそれは…再生能力に関しても、同じであった。
通常、人間の再生能力には限界がある。切り落とされた腕は生えきらないし、多少生えてもそこで終わってしまう者が大半である。しかしセニティスはその終わりすらも存在しない。完全に生え切るまでは彼女の手足はどこまでも伸びる。そしてその再生にかかる時間はどれだけの重症であっても1秒もかからない。意識さえ残っていれば…なんとでもなるのだ。つまり、彼女は頭ひとつから完全に復帰が可能なのである。
「……終わ、り………だよ…………」
「まだ、マッドモールがいる…!!」
「っちゃ!!!スカリオンには不意打ちを入れられたかもしれないっちゃが!!こっちは何も通さない鉄壁、の………」
マッドモールは見上げた。スカリオンも見上げていた。セニティスから放たれた一本の糸が、この部屋の上部で凄まじい勢いで編み込まれていたからだ。そして、あっという間に編まれてしまい……その巨大さにマッドモールは口を大きく開けていた。
「なっ……なっ…………何っちゃこれー!!!!」
「……………………スト、リ…………ング、メイ………ク……………タ、ワー……………」
「糸の造形魔法だと!?」
「……ま……今……名…つけ、た………………だ………け、で………造、形……………魔……法………関、係……ない、けど…………ね……………」
「っちゃあ!!!?」
まるでひとつの塔、糸で編まれた巨大な建造物がマッドモール目掛けて凄まじい勢いで迫る………が、それはすぐに霧散してしまう。正確には、灰になったのだが。
「………………………ちっ……………や……………ぱ、無……………理、か……………」
「はぁはぁ…!マッドモール!!こちらでサポートをする!お前が倒せ!」
「任されたっちゃ!!!」
全ての攻撃が彼の頑強さに弾かれてしまうため、マッドモールには物質的な質量による圧殺戦法を取らざるを得ないが…そうすると今度はその物体はスカリオンに灰へと変えられてしまう。故にマッドモールはセニティス相手には無類の強さを発揮する。
対してスカリオンは彼女の攻撃が何一つ通用しない所まではマッドモールと一緒だが……灰となった体そのものを掴まれ、体に無限にエネルギーを流し込まれていた。
「一筋縄ではいかないことは分かっていたが……これは……!!」
「面倒だけど、やるしかないっちゃ!!」
不調をきたしたスカリオンが後衛、マッドモールが前衛…それを即座に決め2人は戦いに挑んでいく。しかしその傍ら…セニティスも、自らの切り札を切るべきかどうかを、選択肢に入れて戦いに望むのであった。