「━━━━」
沈む、沈む……マルクは暗闇の中に沈みゆくことに何も抵抗できないでいた。暴れるどころか、まともに動くことさえできていなかった。意識は薄く、まるで少しでも気を抜けば全てが消えてしまいそうな感覚。頭だけは辛うじて回せているが、相手のなんらかの術によって自らを利用されたことだけしか理解できていなかった。
そして同時に、どうすれば勝てたのかという事さえ思いつかない。相手の呪法を食らう所まではできていたが、完全な効果の無効化まではできていなかった。それ故に少しづつ蓄積していった効果によって敗北を喫してしまったのだ。
「━━━俺は…………ぁ……」
後悔か、それとも別のなにかか。浸ろうとした矢先に見間違いかと思うほどの微かな光がマルクの視界に移る。色さえも判別できないほどの微かな光にも関わらず、それはマルクが好きな色だった。
夜空を思わせる様な、藍色の髪。神秘的で、美しいその光の色を…マルクはよく見ていた。
「俺は……俺は………」
届かなかった力、上回られた感情。それらは1時の言い訳にすらならない。負けは負け…ならば次こそ勝てばいいというだけ。マルクはその光に誓う。
「次は、勝つから…!」
死んでたまるか、生きてやる。諦めてなるものか、進んでやる。俺は俺で、奴は奴。だからこそ…俺の力は俺だけのものなのだとその心に刻みながら、マルクは━━━
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時は少し遡る。部屋へと訪れた一行は、異形と化したマスター・シンの前に立ちはだかっていた。取り込まれたマルクが無意識の抵抗をした為か、異形であってもその体は動かすことができないでいた。
しかし、取り込まれている以上攻撃すればマルクにダメージが行くのは明白。ならばどうするか……その答えは、ウェンディが持っていた。
「分離エンチャントで…剥がします!!」
その言葉と共に、分離作業に入るウェンディ。同時に残りの全員が戦闘態勢へと入っていた。何故ならば、今目の前の異形の巨体が動けないのは、マルクが越魔と悪魔の力をどちらも完全に解放しきって取り込まれたからである。要は、ストッパーなのだ。だがそのストッパーが無くなれば、シンは動けるようになってしまう。
それによって今の異形化が解除されればいいが…そうならなかった場合、マルクの力がシンに取り込まれたことになってしまうのだ。そうなった場合…強力な力を振るわれる前に倒しきらねばならないのである。
「
「マルク…!絶対、助ける!」
シンの言葉には耳を傾けない。ウェンディは意識を集中させて、まるで糸を手繰り寄せるかのように目の前の異形からマルクを探す。表情は見えないのにも関わらず、まるで嘲笑っているかのようなシンの態度は全員の心に若干の怒りを灯す。
「あ゛ぁ゛!?てめぇ助けるつもりなんざサラサラねぇよ!!」
「落ち着けよナツ」
「そうよ、今殴ってマルクに影響あったらどうするのよ」
「
「あ゛ぁ゛ん゛!!?」
「ちょっと!グレイまで怒らないでよ!!グレイまで攻撃したら……あれ?」
「…?どうしたルーシィ」
ふと、何かに気づいたようなルーシィ。目の前の異形をじっと見つめ、何か思案に耽る。それに乗じてレークも何かに気づいたのか、無言で同じ様に耽り始める……そして、数分も経たない内にあることに気がついた。
「…もしかして、今のマルクって純粋な人間じゃ…?」
「…恐らくそうなるな。こちらの目でも確認したが…目の前にいるのは
「ンだよ、分かるように説明しろ知識人共」
「そうだ、説明を共有しないのは罪だぞ?」
「………そもそも目の前の『アレ』ってどういう状態なのさー?」
「然り…相手が動かない、こちらも今は動けないというのは察しているが……」
ディアボロスの面々は、マルクとはあまり親しみがない。それもあり、現状のマルクの状態…そして敵のシンの状態がどういうものなのかを把握しきれていないのだ。故に、ルーシィとレークの言葉がイマイチ理解できないでいるのだ。
「…目の前の『アレ』は敵のマスターだ。マルク・スーリアは取り込まれる瞬間に己の力を解放させて、敢えて暴走させている」
「それでふと思ったのよ…今のあの体の所有権は…どっちなのか、って」
「……つまりよ、あの体がマルクに繋がってない可能性があるって事か?」
「うん…今のマルクは滅竜因子も、悪魔因子も持ち合わせていない…かも」
「…実際、史竜の力で見て…あれがマルク・スーリアじゃないことは判明している。もし所有権があるならば2人分の情報になるか、マルク・スーリアの名前しか出てこないからな」
あくまで可能性…しかしそれでも可能性。単に奥に引きずり込まれているだけでシンとの繋がりがないのならば、攻撃してもマルクにダメージが行く可能性は低い。ルーシィとレークはそう解釈したのだ。
「……いやちょっと待てよ?それならマルクって今体がねぇってことだよな?
「…
「あ゛?」
「確かにそうだな……ウェンディ!依代の方は……」
「…………」
「集中…しているのか…?」
分離エンチャントを続けているためか、黙っているウェンディ。何か策があるのかとエルザは思ったが、どうにも様子がおかしい。エルザはウェンディの傍まで行き、その顔を覗き込む━━━
「…………ウェンディ、お前まさか……」
覗き込んだ顔は、困惑の表情であった。分離エンチャントこそ続けているが、その顔は慌てている時のパニックになっているウェンディそのものであった。
「…あんた、何も考えてなかったわね?」
「はうっ!!」
そう…肉体の所有権はシン。つまるところこのまま分離エンチャントを行った場合、マルクは魂だけで分離させられてしまうのだ。魂だけで独立する術がないマルクは、どうなってしまうのか想像さえできない。
「……いやよ、ちょうどいいんじゃねぇか?」
「あ?どういう事だ?」
「あんだけでけぇんだから、ちっとくらい……」
「
なにやら、雰囲気の変化を感じ取るシン。嫌な予感などは別にないが、目の前の茶番劇とも感じ取れるやり取りからなにか雰囲気が一変していたのだけは、妙に感じ取れていた。
「……あぁ、なるほどなぁ?」
「え、ちょっと…?」
「なるほどなるほど……」
「あ、あんた達何を…?」
「ふむ…三枚おろし…」
「人形……は効かないだろうなぁ」
「電撃は通んだろ?なら丸焼きにしてみっか…ラクサスより強い電撃でな」
「あ?やる気か?」
「ギヒッ…みじん切りにしてやるぜ」
「……おい、レークこれ」
「止められないだろ……ほぼ全員やる気になってるし…」
「罪には罰を!!ついでにマルク・スーリアにダメージがあれば儲けもの!!」
「前から思ってたけど貴方性格最悪よね」
「
全員が、嫌な笑みを浮かべてシンを見ていた。ここまで来るとシンにも何をされるかの予測は付き始める。要はほぼ全員が、マルクのことを気にせず……
「骸にする…には時間がかりそうだ」
「っちゃ」
「全身切り身にしてやるかのう」
今からシンの事をボコボコにするつもりなのだと。
「
「ヘヘッ…あいつならちょっとくらいいてーのは耐えれるだろうしな」
「その通り……まぁ耐えられなくてもいいが」
「……先にてめぇから潰してもいいんだぞ?俺より弱い雷竜…より弱い奴がよ」
「サラッと俺を煽ってんじゃねぇぞテメェ!!」
「
「信用し合ってんだよ、それに…ちーと気付けする程度……だ!!」
ナツがハッピーに抱えられ、空を駆ける。それに合わせルーシィとレーク、そしてダーツ以外の各々がバラバラに目の前の巨体に対して攻撃を仕掛けていく。
火が燃え盛り、氷で凍てつき、雷が迸り、斬撃が咲き乱れる。
「
「マルク…!マルク…!」
ウェンディは構わずマルクを探していく。探して探して…呪力と魔力が入り乱れる中を手分けし手繰り寄せ…そして、僅かな輝きを見つける。直感的に悟った、これがマルクなのだと。瞬間的に、ウェンディはレークとダーツの2人に指示を飛ばしていく。
「ッ!!2人共!手伝って下さい!!」
「仕方ないな…」
「へっ…で、どうすりゃあいい?」
「なんでもいいです…真ん中、胸部分…!人1人分くらいの大きさに切り分けて、そこから相手のマスターの全てを抜いてください!!」
「お安い…!」
「御用だ!!」
そして2人もまた瞬間的に動き始める。コピーした裁竜とエルザの天輪の鎧、その二つを組み合わせて直径2m程の塊が切り分けられる。そこに奪竜の力により、シンの要素の全てが抜き取られる。
「━━━今!!!」
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光にマルクは手を伸ばす。掴むために、勝つために。方法なんて思いついてすらいない。けれど、二度とこんな無様は働くつもりはない。相手がどれだけ強敵だろうと、マルクの力はそれさえも喰らう。魔龍の滅竜魔導士とは、そういうものなのだ。
「━━━俺は…俺は……!悪魔で、人間で…滅竜魔導士でェ…!!」
光を掴む。その光もまた、マルクの手を掴む。互いが互いを信じ合い、そして二度と離さないと互いに誓う。一緒に歩み、立ち止まり、また進む。そんな生活を続ける為に━━━━
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「━━━俺は、もう負けねぇ!!!」
分離エンチャントは成功した。マルクは切り出された肉片から腕を伸ばしその身体を取り戻していた。そしてその勢いのままに自らが出てきた肉片を蹴り飛ばし、目の前の異形へとぶつけていく。
「ふっ…!」
「マルク!!」
「よー、昼寝は十分か〜?」
「えぇ……だから、肩慣らしは俺一人でさせてください」
ウェンディの頭を撫でながら、マルクはそう宣言する。一同は各々で違う反応を繰り出すが……殆どが、直接的な反対することはなかった。
「あんた…目の前の相手に負けたのよ……って…」
「
目の前の異形に変化が起きる。体は縮んでいき、その体は人に近しい姿へとなっていく…しかし背中からラクリマの翼が生え、表面には鱗が生え渡っており…まるで人型のドラゴンのような見た目へと変貌していた。
「貴様の力のほとんどを頂いた。悪魔も、越魔もだ。そして貴様に残っているのは魔龍のほんの一欠片…こちらの肉片から生み直されたのであれば、その体にはある程度の呪法の耐性は着いているだろうが…」
「……あぁ、下手をしたらナツさん達と出会う前より弱いかもな今の俺は」
「マルク……」
「……けどな、その力は俺のもんだ。それに、負けっぱなしは…癪に障る。だから俺はてめえを1人でぶっ倒す」
「マルク!!」
ナツの叫び声に、マルクは視線を向ける。ナツの顔には……否、全員の顔にマルクの負けを心配する感情はなかった。ウェンディとルーシィだけは少し心配していたが、ルーシィは半分呆れた様な顔で…ウェンディはその表情は俯いていて確認することは難しい状態だった。
「……ウェンディ、待っとけよ?今すぐ勝ってくるからな」
「………………うん…!」
そうしてマルクは1歩を踏み出す。シンもまた、合わせて一歩を踏み出す。白く長い髪、若い男の顔に筋肉質な体。恐らくマルクの力を奪ったが故に肉体を作り替えたのだろうと、マルク本人はそう推察していた。
推察しながらさらに1歩、もうまた1歩……互いに踏み歩いていき……その拳が互いに届く距離になった瞬間。
「「━━━━━!!!!!!」」
互いの拳が、ぶつかり合う。2人の真の決着は…これからである。