1人の悪魔の夢を見ていた。一体のドラゴンの夢を見ていた。一人の人間の夢を見ていた。
悪魔の夢では、人間と戦いそして勝ち進んでいた。勝てば勝つほどに強くなり、そして倒した相手を食らうことでさらに強くなる。
ドラゴンの夢では、雄々しく空を飛びながら攻撃してくる者をその電撃で焼き殺していた。だが、彼は未だに強さを求め続けていた。最強と名高いドラゴンの背中を追い求め、ひたすらにがむしゃらに強くなろうとしていた。最終的に、1人の悪魔を食らうことでその強さに打ち止めがかかった。別のドラゴンに変異したからだ。
人間の夢では、自分は子供となり誰かと遊んでいた。女の子と手を繋ぎ、歳上である子供達の喧嘩を諌めていた。だが、顔を思い出そうとしても微妙にノイズがかかっていた。一人の女性が、手を伸ばしていた。その人の顔も思い出せないが、自分にとって……いや、子供達にとってとても大事な人だったような気がしていた。
また、ドラゴンの夢を見た。変異したあとの話である。子供を育てていた、夢なので何を思って育てていたのかはわからないが、とても大事そうに育てていた。
だが、ある日目の前にいたドラゴンに……殺された。明確に思い出せる、確実に、鮮明にそのドラゴンの姿を見た。
破壊のドラゴン、ドラゴンを滅する竜の中の竜……竜の王アクノロギアの姿が、はっきりと目に焼き付いていた。
「……夢、か?」
目を覚ますマルク。目の前にはしばらく住んで、慣れてきた部屋の様子が写っていた。
悪夢ではなかったにしろ、その鮮明な記憶はマルクに汗をかかせてしまっていた。
「……はー…」
安心しきったマルクは、ベッドから降りて個室についているシャワールームに向かう。汗でぐっしょりの為、流したくなったからだ。
降りて、ふと違和感を感じて腕に視線を向ける。
「っ……!?」
腕の異様さよりも、マルクはなぜ腕が変異しているのかに目を向ける。夢のせいか、それてもまた別の理由か。
この腕は、ドラゴン化というよりは悪魔化に近いだろう。つまり、何も無かったとしても、無意識で発動してしまうということだ。
「……包帯で誤魔化すか。手の方は……何とかなるかな…」
ある意味、恐れていた事態である。だが、いずれこうなっていることは予想出来ていた。
これが慢性的に続くようなら━━━
「1人で生きていくしかねぇかな……」
仲間たちは受け入れるだろう。恐れるかもしれない、というのは傲慢である。だが、もしこのまま悪化の一途を辿っていけば仕事にすらならなくなっていくだろう。事情を知らない街の人は自分に対して恐怖などの感情を抱くだろう。
そうなれば、迷惑を被るのは
「シャルルに怒られるかな…いや、シェリアにも怒られるし……ウェンディにも怒られるかな。
いやそれ以上に……泣かせちまうか。」
それでも、迷惑だけはかけなたくない。黙って出ていこうと、マルクは決める。理由を話せば、間違いなく止められるかもしれないからだ。
いや、案外リオンあたりは止めずにいてくれるかもしれない。その優しさで。
「けど、その優しさに甘えちゃあいけないな。」
手紙だけを書いて、部屋の引き出しに入れるマルク。これで、いついなくなっても問題ないだろう。
風呂に入ろうとしていたら、こんな現実と直面してしまうとは思っていなかったマルク。とりあえず、いつものようにギルドに向かおう……できれば、腕を隠せるような服も持っていきたいと感じた。
どうせなら、いつもの服ではなく新しい服に変えるべきだろうと考えてから、シャワーを浴びてからマルクは新しい装いを身につける。覚悟の証。決まった覚悟をいつでも実行出来るような装い。そして、マルクはギルドへと向かう。
その日向かった仕事が、最後の仕事になるとは……彼自身も全く予想していなかった訳だが。
「……なんだ、なんで急に前のこと思い出して……」
とある家屋で、マルクは目を覚ます。その家屋は、とんでもなくボロボロで人が住めるような場所ではなかった。
「……まぁいい、とりあえず今日も街に向かうか。」
マルクは、ベッド代わりに使っているソファから降りて、外に出る。そこは、廃村だった。
近くに何故かあった廃村を使って、マルクは何とか雨風を凌いでいるのだ。
「夜か……昼寝するつもり無かったんだけどな。疲れてんのかな……」
空を見上げながら、マルクはふと先程のことを思い出していた。全て夢ではなく、現実に起きたこと。仕事内容は、いつもと何ら代わりないものだった。だが、溜まっていた何かが爆発したのか翌日には今のような姿になっていた。あそこから去るには、十分な程に変異していたのだった。
「……やけに街の方が騒がしいみたいだけど。」
「マル、ク……」
「マホーグ?」
マルクの後ろから声をかけてくる人物が1人。マホーグ・オロシ、かつてマルクと戦った少女だった。
この廃村も、彼女が勝手にお邪魔しているのに便乗した結果である。とは言っても、マホーグはこの廃村に住むことを快くOKしてくれたが。
しかし、そのマホーグの様子がどうにもおかしい。
「ら、蛇姫の鱗が……」
「何かあったのか!?」
「ま、モンスターの群れに、襲われて、る……ま、街ごと……」
「モンスターの群れだと……!?」
マルクは思考を巡らせる。何故蛇姫の鱗に、いやそもそも街そのものにモンスターが入り込んでいるのか。
すぐにその答えは出てきた。明らかに自然行動ではない行動、そしてそれが大軍で押し寄せているということ。そう、これは誰かがモンスターを操っているということだとすぐに理解した。
「人間を警戒してるから、モンスターは街に入ってこない。それこそ目や耳が機能していないやつか頭が働いていないやつくらいだ。」
「だ、誰かが蛇姫の鱗を潰そう、と………」
「仮にそうだとしたら、犯人は1人…いや、犯人は1ギルドだ。」
「ギ、ギルド?ど、どこの闇ギルド……」
「いーや、正規ギルドだったはずだぞあそこは……魔導士ギルド蛇鬼の鰭《オロチノフィン》!」
歯ぎしりしながら、マルクは走り始める。その突然の行動に、マホーグは驚いていた。
「ど、どこに!?」
「モンスターを操ってるんなら多分街の外から見てるはずだ!そんでもって、モンスター達の位置が見渡せる高い場所!そこにあいつらはいるはずだ!!」
「じゃ、じゃあ私のショートワープで……」
「頼む!!」
マルクはマホーグの魔法であちこちに飛び始める。そして、マルクの出した条件の合う場所はほとんど少なく、すぐに見つけることが出来た。
「あそこか!頼むぞ!!」
「う、うん!」
そして、マルクに言われるがままにマホーグはそこにワープする。ほぼ敵地のド真ん中にワープしてきた為、敵は油断だらけである。
「な、なんだおま…あぐっ!?」
「てめぇらゲスに名乗る名前なんてねぇよ!!マホーグ下がってろ!!」
「わ、私も……」
「俺に巻き込まれて死にてぇなら別だ!!下がってろ!!」
「う、うん……」
マルクの鬼気迫る表情に、マホーグは気圧されて渋々後ろに下がる。確かに、今のマルクに近づけば危ないと、彼女の魔眼が告げていた。
「てめぇら幾ら嫌いだからってよ……街ごと狙うのは闇ギルドレベルだ!!」
「狙えるところから狙っただけだっての!!」
「そうか……なら、遠慮はいらんな!!」
「おめぇこそ1人で1ギルド全員相手にして生きて帰れると思ってんのかァ!?」
「安心しろ……全員殺しはしねぇよ……!」
「ほざけ!!やれやてめぇらァ!!」
オロチのリーダー核のような人物が、周りに命令を下す。その命令に従ってか、一斉に魔法を放つオロチ達。だが、その魔法は全てマルクが食らっていった。
「ま、魔法を食ったァ!?」
「こんなやついるなんて聞いてねぇ……ふげっ!?」
「俺を怒らせたこと、後悔させてやるからな……!」
魔法を無効化しながら、次々と倒していくマルク。漆黒の腕を振るい、顔の半分が黒く染まっているマルクのその姿に、オロチ達は段々と気圧されていく。
「な、なんだよあいつ……て、テイクオーバーしてるわけじゃねぇのに何であんな姿なんだよ!?」
「し、知るかよ!!ジュ、ジュラがいねぇから狙い時だと思ったのによ!!こんなやついるなんて!!」
「今度からちゃんと調べておくべきだぜ……!」
「くっ……先生、先生ー!!」
「……先生?」
先生と突然呼ぶオロチ。言葉通りの意味ではないだろうが、しかしマスターと呼ばない辺り、どうやら他の魔導士を雇ったようだ。
「……お前、俺を飛ばせてくれるか?」
「お前は……」
マルクは、その男を見たことがない。だが、突如として割れる地面に自分の身にかかる重み。
そして、その風貌はウェンディ達に聞いたことがあった。
「まとめられた髪、そんでもって重力の魔法に、おあつらえ向きに羽織っているだけの上着とはだけている胸元!
7年前…いや、8年前の時の天狼島と同じ格好をわざわざしてくれてるとは思ってなかったぞ……ブルーノート・スティンガー!!」
元
完全に壊滅した悪魔の心臓だったが、ウルティア達のように生きているものはそれぞれ独立したようだ。いい意味でも悪い意味でも。
「お前……どこかで会ったか…?」
「直接はあったことはねぇよ……多分な。お互いに記憶に残ってないんだから。その辺はどうでもいいだろう。」
「…まぁ、その通りだな。だが…俺の重力下で動けるやつなんていない。どちらにせよ、記憶に残らないほどには、弱かったということか。」
「……いいや、今からあんたの脳みそに強く刻み込んでやるさ。」
今マルクが重力下で動けないのは本当である。しかし、あくまでそれは
マルクは、全身に魔力を纏う。悪魔化をなるべくせずに、かつこの魔法を打ち消すために魔力を絞り出す。
まとえたのなら、最早あとは敵の処理だけである。
「なんだと……お前、なんで俺の重力下で━━━」
「ただの魔法特攻なだけだ、お前も捕まっとけ。」
そのセリフと共に、マルクは即座にブルーノートに近づき。いいパンチを当てて殴り飛ばす。
ブルーノートは、2度3度地面を水切りする石のように飛びながら転がって行ったあと、動かなくなる。
「せ、先生が一撃で……!?」
「見たろ?俺には魔法は通じない。逃げるならご勝手に……まぁ、その時は捕まえるなんて生易しいことを言わずに……殺してやるからな。」
「ひ、ひぃぃぃぃぃいいいい!?」
オロチ達は、腰を抜かして動けなくなっていた。ロープが無いので、このまま捕縛することが出来ないので、どうしたものかとマルクが悩んでいると、上から声が聞こえてくる。
「お、オロチが全滅してる!?」
「ブルーノート・スティンガー!?なんでこんな所に!?」
「━━━マルク!!」
シェリア、シャルル、ウェンディの3人の声。どうやら、街はリオン達に任せて直接ここに来たらしい。
ナツ達もまだいるのか、ハッピーとともに来ていた。
「これ……マルクが1人で…?」
「マルク、マルク!!どうして一人でいなくなったの!?」
「……」
ウェンディは、色々な思いを込めてマルクを糾弾する。その姿に気づいていないのかいるのか分からないが、ともかく気にしていないようだった。
「……俺は、ただの化け物だ。こいつらをやったのも、ただ煩かったからだ。」
「……蛇姫の鱗に、戻る気は?」
「……知らない、な。それに俺のようなやつが行ったところで、街のヤツらから気味悪がられるのが関の山だ。」
自分がつける精一杯の嘘をつくマルク。当然、そのような嘘は簡単に見破られてしまっている。
だが、その言葉にウェンディはマルクが思っていることが理解出来たようだった。
「……気味悪がられるのがいやだから、いなくなったの?」
「街の人間達はただの一般市民だ。テイクオーバーでもない、初めからこんな姿をした歪な化け物を見たら卒倒するだろう。」
「そんなこと、分からない!」
「そう、分からない。だから俺は避けている、というだけの話だ。あの街へは行かない、俺はそう決めている。」
「━━━戻ってやれよ、ウェンディの為に。」
突如聞こえてくる声。そちらに視線を向けると、見慣れた桃色の髪、白色のマフラーをつけている男。
「…ナツ・ドラグニル。」
「ようマルク、お前随分黒くなったな。」
久しぶりに合った2人は、言葉とは裏腹に一触即発の空気を見せているのであった。