蓬莱学園の夜桜!   作:ないしのかみ

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元が昔の作品のサルベージ(大体、二十数年くらい前!)ですので、お見苦しい点があるかも知れません。

加筆。
切りの良い所(次章直前)まで加筆しました(約1,500文字)。サブタイトルをつけました。
訂正。
暴虐な夜桜→暴虐な夜風。
変換ミス。手書き原稿を打ち込んで電子化してるのでちょくちょく起こるかも。


1、三月の学食横町

〈序〉

 枝を吹き抜ける暴虐な夜風が、己自身の絶叫を生み出す。

 全島の夜桜が悲鳴を上げていた。

 中には根こそぎ大地から引き抜かれたり、或いは耐え切れずに身を二つに折った桜さえあった。

 時ならぬ暴風雨が宇津帆島を襲っていたからだ。

 

 災害は桜に留まらず、それ以外の各所でも起こっていた。殆どの者は心構えがなっておらず、また、備えも充分とは言えなかったのが拍車を掛けている。

 無理も無い。

 本来ならば今日辺りは、気の早い連中が花見でもしている頃である。

 亜熱帯の島とは言え、まだ台風シーズンでもない。

 嵐の原因は、島から離れた沖にあった。

 

            ★        ★        ★

 

 彼は生まれたばかりだった。

 宇津帆島の沖で彼は意味を与えられ、そして同時に誕生した数百の仲間達と共に八方へと散った存在の一つとしてだ。

 遙かな海上に目を向けると、彼の誕生の余波を受けた生誕地が燃え上がり、鋼のきしみを上げて海中に没しつつあった。

 

 台風級の暴風吹き荒れる夜空を高速で飛びながら、彼は己の事に思いを巡らせる。

 何故か自分が何者であり、己にどんな事が可能なのかを彼は知っていた。

 しかし、それはこれからの行動の指針にはならない。

 彼は何をすべきかを判らずに、途方に暮れていた。

 

 ノルマさえこなせば手荒く扱われる事もなく、それなりに幸せな生活を送っていた農奴が、ある日、見知らぬ第三者に解放されて、突然「君達は自由だ。これからは自立して生活するんだ」と言われても、どう行動したら良いのか解らない。

 ロシア革命での話だが、彼の今の状態はそれに似ていた。

 と、彼の感覚が何かを捉えた。

 

『?』

 

 持ち得る感覚の全てで、彼は周囲をスキャンする。

 宇津帆島の一角からだ。

 注意深く観察して行くと、それが彼と同種の存在であるが判る。

 彼が探査した結果、それが力を独自に発揮出来ない存在らしいと判断した。だからこそ、自分を必要としているだと見当を付ける。

 

 正確な位置を探った彼は、それに接触した。

 途端に溢れんばかりの力が流れ込む。彼とは反対方向へと泳ぎ去って行った、あの巨大な『竜』に匹敵する程の力だった。

 

 膨大な力の奔流に満足している彼に、ちりっと僅かに痺れる様な感覚が届いた。

 別の何かだ。

 彼の本質に近い願いを求めている。

 

『求められているなら、応えてやろう』と思う。

 

 彼は刷り込まれた本能に従って行動を開始した。  

 

            ★        ★        ★

 

「このたわけ者!」

 

 鉄扇がうなった。鈍い音と共に額に鋭い衝撃が走る。

 激痛に額を押さえると、生暖かくねっとりした物が指の間から流れ落ちた。

 視界が赤く染まる。

 

「何故、貴様は!」

 

 怒気を孕んだ声で祖父がまくし立てるが、年老いたその叫びの殆どは明瞭ではなく、また、癇癪を起こした老人の言葉自体も同じ事の繰り返しで、理論的とは程遠い代物であった。

 ただ、凄まじい怒りを持っているのが判るだけである。

 

「二度とこの家の敷居を跨ぐ事はならん!」と言ったのだけが、彼の理解出来た言葉の全てであった。

 

『うるさい。なら、ここを出て行けばいいんだろう!』

 

 彼は額を押さえながら、朦朧とした意識のまま考える。

 

『いや、これはベルの音?』

 

 次第にはっきりして行く意識が、その音が祖父の怒声ではなく、目覚まし時計のコールである事を判断した。

 どうやら夢を見ていた様である。しかも、思い出したくもない過去の夢を。

 彼は煎餅布団の中から手を伸ばして、目覚まし時計を止めた。

 

「時間か…」

 

 だが、文句は言えない。自分は委員会所属の宮仕えなのである。

 光る緑の夜光塗料が、現在時刻を午前五時十一分である事を教えてくれる。まだ間に合う。

 あわただしく着替えながら、朝食のコッペパンを口に頬張った途端、歯にガチリと硬い物が当たった。

 

「くそっ、最近のパンはおみくじ入りかよ!」

 

 悪態を付きながらぺっと吐き出す。

 それは大きめのコイン状物体で、ころころと机上を転がって倒れた。

 

「琥珀かな?」

 

 彼はそれをつまみ上げた。内部に昆虫やら植物とかが詰まってはいないが、色と手触りは琥珀にそっくりだ。仮に本物ならば、かなりの価値があるだろうと思われるサイズである。

 ピッピッピッと、今日二度目のアラームが鳴る。

 

「いけねえ、遅刻だ」

 

 彼はそれを持ったまま、礼服の上着を羽織って廊下へと飛び出して行った。

 

            ★        ★        ★

 

 加賀大膳(かが・だいぜん)は、いつの間にここへ来たのか判らなかった。

 暗い部屋であった。

 クリスタルのシャンデリアとか、大理石の暖炉みたいな高価そうな調度品があるのを見ると、戦前の西洋館と言った趣の部屋だった。

 だが、ここは既に人の手を離れてかなり経過していた。埃と蜘蛛の巣に塗れた廃屋である。

 

『ここは何処だ?』

 

 誰かに呼ばれてここへ来た筈であった。

 少なくとも『ここへ来い』と言う、誰かの声に導かれてやって来た筈なのだ。

 

『アールヌーヴォーか?』

 

 家具や調度類をしげしげと見入った時、彼は自分の状態に気が付いた。

 手が透けている。

 幽体なのだ。そう言えば、何処をどう歩いてここへ来たのか言う過去の記憶が、彼からすっぽり抜けていた。

 

『お前が私を呼んだ』

 

 頭の中にそんな声が響いた。同時に光り輝く小さな物が、幽体である筈の加賀の手中へ飛び込んで来た。

 

『応石…』(おうせき)

 

 二年も前に失われたが、以前、彼が所有していた物と同種の石である。

 但し、その応字は、以前所有していた〈人〉とは違い、禍々しい気配を辺りに発散している。

 

『それを使って、もう一度ここへ来のだ。そうすれば、お前の望みも叶えてやろう』

 

 何者か知れない男(だと、加賀は認識した)の声が、再び加賀へメッセージを送る。

 状況を飲み込めていない加賀が、逆に質問を返そうとした時には、既にその存在は加賀との接触を打ち切っていた。

 

 加賀大膳は泊まり込んでいた錬金術研の部室、実験器具の散乱する机に突っ伏した状態で目が覚めた。

 

「夢か」

 

 加賀はアンティークな丸眼鏡を掛け直すと呟いた。

 先程とは違い、今度はちゃんとした肉声である。

 応石召喚の研究に熱中し過ぎて、いつの間にやら眠ってしまったらしい。それであんな応石を手に入れる夢を見たのだろう、と加賀は解釈した。

 そう思いつつ、机の隅に設置した写真立てに視線を走らせる。光沢仕上げのサービス版印画紙には、桜の樹をバックに加賀ともう一人が仲良く収まっていた。

 二年も昔、この学園に来た時に撮った記念写真だ。

 

「私の望みを叶えるか…」

 

 かぶりを振る。

 

「ふふっ、都合の良い夢だな。お笑いだ!」

 

 彼は己の夢に対して笑った。短期間だけ占い研にも属した事もある加賀だが、この手のお告げは余り信用していない。

 だが、その笑いは不意に止まった。

 

「馬鹿な…」

 

 凍り付いた様な表情を浮かべて、錬金術師は右手の拳をそっと開いた。

 そこにあったのは白い、五百円硬貨程の碁石状の物体。

 ひんやりした表面に、〈蛇牙〉の文字が妖しく浮かび上がった。

 

 

〈1、三月の学食横町〉

 

 三月も半ばを過ぎた蓬莱学園。

 例年ならば来る四月の入学式に備え、各クラブの勧誘準備等で色々と忙しい時期である。

 もっとも、学園に於いて正式な入学式は一月であり、四月と九月の入学式はあくまで補助的な物に過ぎないのだが、生徒の大部分を占める本土からの新・転入生が大挙して押し寄せる四月が、入学式の規模も一番大きく、クラブ勧誘期間の本命と見られている。

 

 故に各クラブでも、この四月の勧誘週間にもっとも力を入れるのが普通であった。

 三月のこの時期は、幟やら垂れ幕やらのアトラク用の馬鹿馬鹿しい程巨大な様々な展示物が、そこかしらで目撃される、一種異様な光景が島中に展開されるのが常であった。

 

 しかし、92年のそれは違っていた。

 昨年秋から先月に掛けて、学園を揺るがした〝太守の帰還〟事件の後遺症が大きく、その後片付け手一杯と言った状態だったからである。

 特に〝闇と嵐の七日間〟と呼ばれた超大型の暴風雨は、通信、交通網をずたずたに寸断させ、中央校舎や墨川堤防等の建造物を徹底的に痛めつけていた。

 

 爆沈した移動海上モスク〝神の塔〟へ、大量のエネルギー供給した原発二号炉は点検の為に未だ出力ダウンしたままで、電力はたった一基の原発に頼る片肺状態である。

 あれから一週間は経過したにも関わらずだ。

 

 当然、生産を司る化学部、機械工学研は操業停止に追い込まれていた。

 授業正常化計画は頓挫し、クラブ活動も縮小を余儀なくされている。

 これが今年の宇津帆島であった。

 

            ★        ★        ★

 

 錬金術師は愛用の黒いマントを制服の上に纏った。

 足元には数名の生徒が倒れている。委員会から派遣された下っ端委員達であった。

 錬金術を極めた彼にとって、この程度の連中は赤子同然に手もなく捻れる相手だった。応石を使うまでもない。

 

「ついに横領がばれたな…。しかし、まぁ仕方ないか?」

 

 罪の意識はない。

 元々、加賀が数学研部員だと知った部のお偉方が、面倒な会計作業を押しつけたのが始まりなのだ。

 なら、その立場を利用して何が悪い。

 自分の研究だけにしか頭になく、どんぶり勘定で予算の分配をする錬金術研の連中こそ原因ではないか。

 

『そうとも、貴様は正しい』

 

 謎の声がその意見に同調する。

 

「……詭弁だな」

 

 だが、彼は自分の考えに自嘲した。

 写真立てをポケットにねじ込むと、そのまま自室を後にする。

 二度とここへは戻るつもりはなかった。

 

            ★        ★        ★

 

 放課後、毎度ながら逞しく復興しつつある学食横町の蕎麦屋に、一人の男子生徒が座っていた。

 〝狭山庵〟と言う名前の手打ち蕎麦屋で、手頃な値段の旨い店として昼食時には行列も出来る店である。

 と言っても、三人も座れば満席になってしまう屋台だ。

 

「ふわぁ」

 

 身長派175cmと言った所か。やや細面の顔と細い眉、肩で切り揃えられた黒髪が女性的な雰囲気を醸し出している。額に走る一文字傷が文字通り玉に瑕だが、それでもアイドル研では及第点が付けられるだろう美形が、みっともない欠伸をしていた。

 夕闇迫る時間帯の客は、彼一人だけの様である。

 

「眠そうだな」

 

 葱を切りながら、蕎麦屋のオヤジが声を掛ける。

 

「……二十四時間、三交代制で帳簿とにらめっこだからな。今朝なんて五時起きだぜ」

 

 と美形は答える。肩章にモール無しの略式学園礼服を着用している所から察するに、どこぞの委員会所属なのだと言うのが判る。

 但し、生地は化繊で、しかもどうやら古着っぽい。

 丼の中身も単なるかけ蕎麦。金には恵まれていないと言った感じである。

 

「宮仕えは辛いってか?」

「まだ一年だからな。貧乏暇無し」

 

 彼は欠伸を噛み殺しながら答えた。

 

「お前さんが事務やっているのは、想像出来んなぁ」

 

 とオヤジ。

 

「背に腹は代えられん。それに…金払いは結構良いしね」

 

 後ろ半分は付け足しである。無論、半分不満を持ちながら予算委員会に所属しているのは、それだけが理由ではなかったのであるが。

 とにかく、彼はもう一度欠伸をすると、音を立ててつゆを飲み込んだ。

 

「オヤジ、蕎麦をくれ」

 

 勢い良く暖簾が撥ね除けられて、新たな客が入って来た。

 

「かけでいい」

 

 そう付け足しながら、客は美形の隣に座った。

 隣に並ぶと対照的な感じの男であった。身長は160そこそこ。髪型は短く刈り込まれた体育会系。ぱりっとした制服を着用していた。

 もっとも、食べる品はどちらも同じであったが。

 

「兄さん、見掛けない顔だね」

 

 不意に、その男は予算委員に声を掛けた。

 

「関係なかろう。それに普通、自己紹介って奴は自分から名乗りを上げるもんだ」

 

 ぶしつけな質問を無視したのは、その男が同学年である事を確認した為である。もし、先輩か何かだったら、この口の利き方では只では済まなかっただろう。

 

「おお失礼。僕は山城平太(やましろ・へいた)と言う者だけどね」

「で、何の用だ?」

 

 余りの眠さの為か、それとも生来こう言う感じの口調なのか、彼は面白くもなさそうな感じで、山城と名乗った男を横目で見た。

 

「この男を知らないか?」

 

 山城は胸ポケットから、一枚の写真を撮りだした。

 そこには中肉中背、丸眼鏡を掛けて黒マントを身に付けた、時代錯誤な格好の生徒が写っていた。

 

「三年辰巳組。名前は加賀大膳」

「名前も大仰だな。生憎、知ら…いや、待てよ」

 

 彼は暫く考え込んだ。何処かで見覚えがあったからだ。

 

「この奇天烈な格好じゃないが、会った事がある」

 

 蕎麦が茹で上がった様だ。ごとりと山城の前に丼が置かれる。

 

「どこで?」

 

 蕎麦をすするのも忘れ、山城が身を乗り出した。

 

「あんた公安か? 非常連絡局員か何かだろう」

 

 予算委員は山城の顔を正面から見詰め返しつつ、からかいの笑みを浮かべた。先程までの眠そうな表情は、微塵もない。

 

「そんな事、どうだっていいだろう。事は一刻を争うんだ!」

「凄い剣幕だな。蕎麦が伸びるぞ、早く喰え」

 

 彼は山城を公安委員だと目星を付けた。暫くからかってやろう。

 入学当時、スピッツみたいにギャンギャン吼える興奮委員に、名と顔の事で因縁を付けられた事に根を持っているのだ。

 

「このっ」

「おっと」

 

 繰り出された山城の拳は、予算委員の左の掌に受け止められていた。

 優男である外見に似合わず、喧嘩や武道の心得があるらしい。

 

「何だ?」

 

 山城の目の前には、掌を上に向けた右手が突き出されている。

 

「只で情報をやれるか」

 

 怪訝そうな山城へ、予算委員が言い放つ。

 

「お前、顔の割りにせこいね」

「放っとけ。ここへ来てから赤貧暮らしだ」

 

 ふてくされた様に彼は言った。

 

「あんた名前は?」

「君武南豪(きみたけ・なんごう)」

「本当かよ」

 

 予算委員は緑色の生徒手帳を見せる。嘘みたいだが、名前は本当にそう記されていた。

 

「報酬ね。生憎、俺も貧乏人なんだ」

「蕎麦の種類見てたら大体想像は付くな。じゃあ、情報交換だ。何故、この男を追っている?」

 

 君武は見返りを素早く切り替えてて提示する。

 だが、山城は押し黙った。

 その直後、腹に響く鈍い爆発音と振動が伝わってきた。

 

            ★        ★        ★

 

「ちっ、動いたか!」

 

 そう叫んで、山城平太は慌てて席を立つと走り出した。

 

「喰い逃げだっ! 捕まえてくれ」

 

 蕎麦屋のオヤジが山城の背に罵声を浴びせる。実際、彼は茹で上がった蕎麦を口にしていないのだが、注文したのだから仕方ないだろう。

 

「明日の飯分で手を打とう」

 

 美形とは思えぬせこさであるが、これも激烈な宇津帆の環境で生き残る為に、いつの間にか身に付いた術であった。

 

「おおっ、承知した!」

 

 商談成立である。残った蕎麦つゆを飲み干すと、予算委員は喰い逃げ犯人を追跡する。

 

『加賀先輩が何故、追われる?』

 

 走りながら、彼は考えを巡らせる。

 加賀大膳は彼の所属する手話研の先輩であった。

 手話研に余り熱心に参加してない幽霊部員だし、最近では生活に追われて、委員会活動以外に余裕がない彼だが、そもそも手話研に勧誘されたきっかけが、この加賀と言う男にあった事は否めない。

 実際には何が何だが分からぬ内に、この男に引っ張り込まれたのであるが、それだけに印象がある。

 

 路地裏を抜け、ぱっと視界が広がった。

 既にここは横町よりも、道場やテニスコートのある体育会系クラブ会館に近い。

 その路上に問題の人物は立っていた。

 

 だが、その周囲は筆舌に尽くしがたい惨状であった。

 黒煙を上げて炎上する装甲車。薙ぎ倒された電柱。飴の様にひん曲がった路面電車のレール。そして負傷者の山。

 

「奴らめ、先走りしたな!」

 

 一足先に到着した山城が叫ぶ。

 

「来るな!」

 

 思わず駆け寄ろうとした予算委員に、加賀は鋭い警告を発した。

 

「来るんじゃない。こいつは俺にも支配出来ない。俺が押さえられる間に逃げろ!」

 

 最後の方は絶叫に近かった。

 脂汗を流しながら。黒マントの男は崩れる様にがっくりと片膝を付く。

 

「今だ」

 

 君武は目を疑った。山城の手の中に突然、刀が出現したからだ。

 しかし、そのまま錬金術師へ斬り掛かろうとする小柄な男は、地中から盛り上がって来た何かに跳ね飛ばされた。

 そのまま、敷石の崩れた路面を数メートル滑る。

 低い笑い声が響く。そして、ゆっくりと加賀大膳は立ち上がった。

 

「我が〈蛇牙〉(じゃが)に、そんな物が通用する物か」

 

 それは真に〈牙〉であった。

 黄色っぽい象牙質な白色。そそり立つ鮫の歯状にも並んだ、尖った牙の列。

 地面から現れた奇怪なオブジェの後ろに立つ、薄笑いする黒マントが残酷そうな表情を浮かべて、ゆっくりと二人を指さした。

 

「死ね。権力者の走狗共」

 

 同時に〈牙〉が、地面を引き裂いて前進を開始する。

 

「むっ」

 

 その時、加賀の目の前を白い物が横切った。

 白い球状した光の塊であった。たちまち視界一杯に広がり、今、まさに襲いかからんとする〈牙〉の前にいた二人を包み込む。

 

『何だと』

 

 君武は冗談かと己を疑った。光の中では美少女が何一つ纏わぬ姿で微笑んでいたからだ。

 それは光に飲み込まれた時に知覚したイメージである。対象を目で捉えている訳ではない。余りの眩しさに視覚なんかは全くに立たず、目を閉じていたのだから。

 彼はこれを白昼夢なのかと理解する。

 ついさっきから、何やら信じられない光景を連続して目にしているのである。無理もない。

 

『こいつが白昼夢のトドメか』

 

 気が遠くなる。

 だが、それは白昼夢ではなかった。今まさに到達寸前の牙の前で、光は彼と山城を拾い上げると消失したのである。

 

「ちいっ、味な真似をしおるな」

 

 加賀は球体の消えた空間をじっと睨みながら、誰が聞くまでもなく呟いた。

 

「だが、奴の力ではないな。他の応石使いがまだおるのか……」

 

〈続く〉

 




蓬莱学園関係の用語とかは、読者が既知であるとの前提で書いてますので、不親切ですが、特に説明はしません。

時代が二昔前のお話ですので、もしかしたら判らない単語とかも出てくるかも知れませんが、これも既知であるとしています。
1992年。
携帯電話は普及してないし、ウォークマンが現役です。写真はフィルムで撮るのが当たり前、インターネットなんかパソ通の時代です。
と書くと、「何処の異世界じゃあ」とか思った貴方。いけませんよ。時代が平成になったばかりですからね(笑)。

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