蓬莱学園の夜桜!   作:ないしのかみ

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連続投稿です。
ランダムと言ってたから、こう言う事もあります。
改訂前の前話を見た方には唐突に始まるかも知れませんが、あの後、1,500文字程加筆してるので、前話のラスト読んでから読んでね。

改訂。
果林に「かりん」と振り仮名付記。


2、果林その1

〈2、果林その1〉

 

 山城平太が意識を取り戻した場所は、すっかり暗くなった森の中であった。

 

「応石の自己防衛機能が働いたのか?」

 

 彼はどうやら少女の姿を見なかった様である。自分が助かった理由をそう納得すると、地形から位置を推測し、ここが鈴奈森である事を判断する。

 そして、上層部に対する連絡を付ける。この点に関して、彼は悲しい程のプロフェッショナルであった。

 

「この役立たずめ、貴様の価値は応石を使える事くらいなのだぞ!」

 

 連絡を取った際に開口一番、携帯無線から怒声が撒き散らされた。

 

「装甲車二台が大破。負傷者が三十二名、いいか三十二名だぞ!

 その他の施設にも多大な被害が出たのだ。何の為に貴様を使ってやっていると思うんだ!」

 

 あれだけの被害があったのに死者皆無とは、さすがにタフな蓬莱学園の生徒である。

 

「それは先行した連中の先走りが原因では……」

 

 正論ではあるが、この場合、火に油を注ぐだけである。

 案の定、「口答えは許さん!」とお決まりの返事が返ってく来る。

 

「はい」

 

 豪華な部屋で葉巻から紫煙をゆらしながら、山城に指令を与えた男が再び怒鳴る。

 

「ふん、お前の言う事なぞ、宛てに出来るか!」

 

 かなりヒステリックな性格らしい。

 

「目撃談によると加賀の逃走先は鈴奈森だ。そうだ。お前の近くだ。

 ああ、とにかく探し出してとっとと奴を始末しろ!」

 

 男は荒々しく無線を切った。山城の抗弁する声もあった様だが男は構わなかった。

 

「くそ、使えん奴だ」

 

 そう呟くと慌ただしくチャンネルを切り替えて、別の相手にひとしきり命令を伝えた後、目の前に広がると地図に目を転じた。

 

「これで包囲網は完璧だ」

 

 少なくともそれを口にした男にとって、それは完璧な筈だった。

 地図。と言うには語弊がある。

 大きな硝子張りの壁の向こうにあり、階下の大部屋に設置されている。

 高低の付いた立体的な物で、どちらかと言えば地理模型に近い。

 男からは見下ろせる位置にあり、第二次大戦で防空指揮所に使っていた航空管制地図の様に、数人の女性委員がオペレーター宜しく、地図の周辺で動き回っている。

 大きさは畳三畳にも相当しよう。地図は鈴奈森とその周辺に表しており、森に点在する廃校舎の一つに、赤いピン刺された齣が十重二十重に囲んでいる。

 

「これだけの戦力を投入しているのだ。幾ら強かろうと所詮は一人。今日中に勝負は決しよう」

 

 と呟いている所を見ると、包囲網を形成してるこのピンは文字通り、この男の手齣と言う事になるのか。

 不意にコンコンとノックの音がした。

 

「誰だ?」

「少佐、南の若様がお見えになりました」

 

 秘書役の女性委員の答えに、不機嫌な顔が豹変する。

 

「失礼しますよ。少佐」

 

 男、少佐とは別のかんに触る声が響く。

 

「こ、これは南の若様。よ、ようこそおいで下さいました。

 おいっ、早く席を用意しろ」

 

 扉が開き、現れた人物に少佐は慌てて立ち上がると、米搗きバッタの様に何度も頭を下げた。

 今までの尊大な態度は微塵もない。

 

「お取り込み中でしたか?」

 

 それに対して、少佐は人差し指を軽く横へ振るゼスチャーを示した。

 

「いやいや、大した事はありませんよ。鼠が一匹逃げているだけです」

「それなら、いいのですが…」

 

 端正の顔した若様と呼ばれた男子生徒が、にこやかな笑みを浮かべながら中央へと歩み出た。

 口ではああは言ったものの、正直言うなら、今、来られても少佐にとっては迷惑なのだが、彼は学園でも力を持った上流生徒。無下には出来ぬ大事な客人であった。

 

「貴方のお力添えもあって、無事に案件を処理出来ました。今回はそのお礼を兼ねて…」

 

 彼は社交辞令を述べると、脇に控えている部下らしき金髪の生徒に視線で合図した。

 その生徒は下げていたアタッシュケースを、無言で少佐の秘書に預ける。

 

「開けて構いませんかな?」

「どうぞ」

 

 少佐は秘書へ、開ける様に顎でしゃくって合図する。

 開封された中にあったのは、ぎっしりと詰まった札束だった。円表示ではあるが、正確には日本円ではない。学札と呼ばれる学園内で通用する通貨だ。

 少佐の目が輝く。

 彼の持参したそれは、ビーカーとフラスコが額面に印刷された化学部の物であったからだ。信頼度では園芸部と並ぶ、学内一の価値を持っている。

 

「南様からの謝礼です。お受け取り下さい」

 

 事務的な口調で、淡々と部下が述べた。

 

「いつも済みませんな」

 

 少佐と呼ばれる男は、満面の笑みを浮かべて上流生徒に礼を述べた。

 

「ほう…」

 

 上流生徒は眼下に広がる模型を一瞥すると、部屋の主である公安幹部に問う。

 

「この包囲網からして、ただの鼠ではないでしょう。相手は誰ですか?」

「話せば長くなります。ええと、この島には応石なる物がありまして…」

「応石や月光洞に関する説明は不要です。本土で理事会所有の資料読んでますからね」

 

 彼は片手を上げて、男の説明を遮った。

 

「心外ですね。この南 君主(みなみ・くんしゅ)を無知蒙昧な輩と一緒になされるとは」

「し、失言でした。貴方様がほうr…」

「その単語は禁句です」

「あ、ええと…理事会の再編に関わっているのを、し、失念しておりました」

 

 少佐は眼光に射すくめられる。

 この腰の低さからも、彼らの力関係の強さが判ろうと言う物であろう。

 

「では先を続けて下さい」

 

 彼は先を促した。最近では学園生徒すら余り知られていない応石(無論、動乱組は別であるが、新入生からは、既に眉唾な法螺話扱いされている事も多い)。その事を本土で知ったと豪語する、この南なる上流生徒。恐らくかなりの情報力を持っているのか。

 

「それ程の使い手なら、大袈裟な包囲網も納得できますね」

「若様のお探しになっている〝邪石〟関連である可能性もありまして」

「それは重畳。そうだ、貴方の所にも確か応石使いが居た筈ですね?」

 

 一連の説明を受けた南は、頷きながらも質問する。

 

「貴方が…いえ、若様のお父上が回して下さった男ですな。

 ええ、既に投入済みです。実に優秀な男ですから期待しておりますとも」

 

 少佐は心にもない事を言った。先程、当の本人に対して、役立たずと口汚く罵ったばかりだと言うのにだ。

 

「結構。彼は貴重な戦力ですからね。そこらで調達出来る人材とは訳が違うのをお忘れなく」

 

 言外に〝そう言う男を調達してやったのだから感謝しろ〟、との態度がちらつく物の言い様である。三十路を過ぎた幹部の中に『下手に出ていれば、この若僧め』と言う、殺意にも似たどす黒い感情が膨れ上がる。

 目の前の生徒が、崩壊した現在でも多大な影響力を持つ旧学園理事会関係者でなければ、自分の権力を行使して、公安の重反省房にでもぶち込んでやる所である。

 

 その刹那。ヒュッと音がして冷たい鉄の感触が首筋に当たった。

 南の部下と思しきあの金髪男だった。両刃で細身のナイフを少佐の頸動脈に押し当てている。

 

「ミスター。南様に対するそのような感情は、身を滅ぼしますよ」

「止めなさい。リー」

 

 南が注意すると、リーと呼ばれた部下は手品の様に一瞬で武器を収め、軽く主人へ一礼すると後ろへ控える。

 その身のこなしから見て、化け物揃いの学園でも上位に位置出来るであろう、手練れの暗殺者である事は明らかだ。

 

「部下が失礼しました」

「い、いゃ…」

 

 消え入りそうな声で答える。

 いや、返事を言えたのも奇跡だと行っても良かった。彼にとってリーが少佐だけに聞こえる様に、述べた言葉の衝撃が余りにも大きかったからである。

 

「今回の作戦は、貴方の提案を全面的に取り入れた物だと忘れてはないですね?

 しかも、南様の全面的な援助を受けているのを失念なされていますよ」

 

 そして控える寸前にこう言ったのだ。

 

「その様な態度を取るのであれば、次は遠慮なく殺して差し上げますよ」

 

 無表情に淡々と。しかも、その会話は少佐のみにしか聞こえぬ特殊な方法によってだ。

 

「しかし、少佐。素人の私にも捉えられる殺気は押さえた方がいい」

 

 南の言葉に再度少佐は身震いする。

 

「は…」

 

 脂汗を流しながら少佐が答える。

 

「そうそう、忘れる所でした。この件に関して局長派が動いている可能性があるとの噂はありませんか」

「ジャネットの女狐が、ですか」

「…敢えて名前を出すとは」

 

 南は不快そうな顔をしつつ、冷たい視線を少佐に向けた。

 先に話題に出した人物はまかり間違えば、この公安委員会内の施設であろうが、会話を盗聴可能な相手であるのかも知れない。

 

「は、迂闊でした」

 

 少佐は南がジャネットなる名を耳にしたくない為だ、と理解した。

 あながち的外れではないが、少々、考えが思い至らないのは致命的であると言えよう。

 

「幸いにして、今の所は動きは見られないらしいですが…」

 

 南は心中で『表面上はね』と付け加える。しかし、目の前の男にその程度の洞察力が備わっているのかは、彼の目から見て甚だ疑問であった。

 

            ★        ★        ★

 

 いつの間にか、加賀はとある部屋に居た。

 古くさい調度類の並ぶ、石の壁に囲まれた部屋である。

 ここは何処なのかとか、自分はどうやってここへ来たのかという疑問はない。

 

 途中、自分が自分ではない様な感じだったが、ここは彼の望んだ場所である事には間違いなかった。正確には夢によって毎晩訪れていた見慣れた場所、と言い換えるべきだろうが…。

 

「我が名は錬金術師、加賀大膳だ。夢の中で私を導いた者がここに居るなら、答えてくれ」

 

 答えはない。寒々とした部屋に空しくその声が拡散して行く。

 

「お前がそうなのか。私がやろうとする事は可能なのか?」

 

 再び、加賀は声を発した。

 だが、先程と違うのは、あたかも何者かと会話している様な感じである事だ。

 

「そうか…何?」

 

 やはり加賀に答えるべき声はない。だが、加賀と見えない相手の間には、ちゃんと意志が通じ合っているかの様に見える。

 

「候補が三人いるだと。馬鹿な、応石を扱えるのはここでは俺だけの筈だ!」

 

 何か衝撃的な事を言われたらしい。

 錬金術師の顔に驚愕の色が浮かぶが、次の瞬間、彼は冷静さを取り戻した。

 

「では、残った者に授けると言うのだな?」

 

 加賀大膳は笑いを漏らした。

 

「よかろう。我が望みの為には、この大膳が残りの二人を倒し、必ずやその力を手に入れてやる!」

 

            ★        ★        ★

 

 そこは水蒸気の立ちこめる場所だった。

 目の前の巨大な釜で煮られた大豆が、馴染みの職人の手で次々と運ばれて行く。

 これから発酵の為に菌を混ぜられ、一年程、鞍で寝かせられて醤油となる。古来から受け継がれて来た伝統的な醸造法だ。

 

 もっとも、それは最高級品しか許されぬ贅沢な造りとなってしまっていた。

 もっと安価かつ、短期間に醸造出来る製法が生み出され、一般人が口にする普及品は。醸造所と言うよりも工場と名乗るのに似つかわしい生産設備を経て、何万、何十万リットルも量産されるのである。

 

 彼の一族が代々作っていた醤油も、そんな時代の波には逆らえず、職人芸で作られる製品は僅かになってしまっていた。

 しかし、この伝統に拘っていたら彼の一族は、千葉の田舎で細々と醤油や清酒を造り続けるだけの老舗として終わっていただろう。

 

 近代化による大量生産と宣伝。

 銚子の中堅企業が撮った戦法は、茶の間への殴り込みであった。戦後、急激に普及したTVと言うメディアを利用し、当時としては莫大な宣伝費を掛けて行ったこの戦法は、結果的に大成功を収める事となる。

 

 醤油に味噌や酒と言った醸造製品は、戦前までは大手と言う概念が余り通用しない物だった。

 各地には小規模だが味のある醸造メーカーがあり、それぞれの土地にある小売店に卸されて、その土地で消費される地場産業なのが普通だった。

 

 だが、戦後社会はそれを一変させる。

 社会構造の変化は核家族化を推進させ、TVの発達はコマーシャルリズムを生み出した。

 そして流通システムも個々の商店から、スーパーに代表される大規模な物へと変化したのである。

 

 彼の一族はそれ向きの商品を開発した。

 量り売りではなく、包装されたパック入りの味噌を。

 重い一升瓶ではなく、軽いプラスティック容器の醤油を。

 そして大規模な宣伝作戦。

 本土に住んでいた者なら、必ず耳にしたであろう「お醤油はキッコーナン!」と言う、例のフレーズである。

 

 ライバルメーカーを尻目に、銚子の醸造会社は日本一の醤油のシェアを占める大企業へ、財閥へとのし上がって行き、最近ではその醸造技術を応用しての多角経営に乗り出している。

 醤油や味噌を造っていた田舎会社は、今やバイオテクノロジーなる武器を手にして、世界最先端のハイテク企業の仲間入りと言う訳だ。

 

 キッコーナン財閥の次期総帥。

 それが生まれた時から彼に与えられた肩書きだった。

 それ故、彼は醤油屋の原点を忘れぬ様にと、この歴史に取り残された、昔ながらの醤油造りをする一角に足を運ぶのが日課となっていた。

 

「若!」

 

 彼に気が付いた職人が声を掛けて来る。

 その声に反応して、何人かが慌てて一礼する。中には挨拶をするため、作業を中止してこちらへ駆け寄ってくる者すら居た。

 

「ご苦労。俺に構わず作業を続けてくれ」

「若。弟君様が」

 

 それを聞いた彼は、人だかりの中へ視線を移す。

 

「兄さん」

 

 弟の声。同い年の異母兄弟である。白い歯を見せて笑っている。

 本妻の子である自分が次期総帥になったが、本当ならば弟の方が企業経営に向いてるのではないかと、彼は常々思っている。

 いつもの見慣れた光景。しかし、彼は突然、その違和感に気が付く。

 

「馬鹿な。俺はもう若じゃない」

 

 醸造倉の風景が歪む。

 

「俺は蓬莱学園に来た筈だ」

 

 君武の目の前の光景がブラックアウトした。

 

            ★        ★        ★

 

『…さん』

 

 誰かが呼ぶ声を感じた。身体を揺さぶられている感触もある。

 

『君武さん』

 

 今度は名前が聞こえた。だが、予算委員はそれが自分の名だと気が付くのに、しばらくの時間を要した。

 

『ああ、俺の名前か。

 君武南豪…。学籍番号92-210710で、クラスは一年丙寅…』

 

 心配そうに覗き込む少女の顔が目の前にあった。

 今度はちゃんと制服を着用しているが、明らかに白昼夢の娘と同一の少女であった。

 少し幼さの残る日本的な顔立ちをしているが、さらさらした金の髪や肌の白さから見て外国人の様である。或いはハーフなのかも知れない。

 

『マリーン・吉野(-・よしの)と申します』

 

 名前からしてハーフっぽい彼女は、こちらが質問する前に自己紹介をした。

 まるで、先手を打った様に。

 

「?」

 

 ひらりと花びらが舞うのに気が付く。桜の樹下であった。

 だが、異様な事にその上には天井があった。そして、四方を囲む石の壁には、窓らしき者が見当たらない。

 明らかに屋内と思われる場所、しかも、陽が射さないであろう一室に、桜の樹が満開の花を咲かせているのである。

 

『ここは今では忘れられている、廃校舎の一つです』

 

 加えてマリーンと名乗った少女は、あの場から彼を救い出したのが自分である事を告げる。

 

『私が誰で、何者かと言う問題は後回しにさせて貰えませんか。

 貴方の名前が偽名なのは何故か、と問い詰めるのと同様に』

「それは…」

『ここは悪意の力が強い。だから簡潔に述べさせて頂きます。加賀大膳を救って下さい』

 

 彼女は唐突にこう切り出した。

 

『貴方は応石と呼ばれる存在を知っていますか?』

 

 応石。かつて世界の運命を握った卦を読む道具。

 万能のシミュレーターであり、古代崑崙文明の遺産。

 命令さえすれば、何にでも変化する万能、究極の魔法の石の事である。

 

「いや、知らん」

 

 君武は首を振った。古参生徒が常識だと思っているそれも、彼ら新入生にとっては関係ない事柄に過ぎない。

 歴史は流れて行く。六十年に一度の応石の大量出現。それらを生徒が所持して無数のドラマを生んだ伝説の90年動乱は、遙かな過去の一頁になりつつあったのである。

 

            ★        ★        ★

 

 応石を利用して、特定の応石を捜し出すのは至難の業だ。

 〈捜石〉(そうせき)と呼ばれる特殊な石を使用すれば、レーダーの様に探知対象を発見する事が可能とも噂されるが、山城の持つ応石は、応石分類学では〈常石〉と呼称される一般的な石であり、それ程便利な機能は備わってはいない。

 

 だが、少なくとも応石は万能の道具。闇雲に一人の応石所持者を徒手空拳で探索するよりは、遙かに精度は高い。

 無論、使用に伴う体力の消耗は激しいが。

 

「ここか。厄介な場所だな」

 

 数時間の探索行の後に、彼は鈴奈森に点在する廃校舎群に辿り着いていた。

 目前のこいつは四号廃校舎と称される中型の建物であるが、終戦直前の地殻変動のせいで、地表に出ているのは、僅かに屋根と時計塔に過ぎない。

 山城は懐中電灯を取り出して建物へ向け、廃屋内部へ侵入する為の経路を考える。

 

「何をしている?」

 

 廃校舎の内部に全神経を集中させたのが拙かったのだろう。彼の背後から誰何が浴びせられた。

 

「誰だ?」

 

 振り向いた視線の先には白人女性が居た。

 彫りが深く、どことなく北欧風の雰囲気がある少女だ。山城より背は高く、腰辺りまである柔らかく波打つ髪の毛は、赤毛と片付けるには語弊のある不思議な色彩をしていた。

 桜色とでも言うべき淡い赤色だ。

 

「通りすがりの新体操部員だ」

「新体操部員だって?」

 

 山城の疑問に彼女は鞄の中からリボンを取り出して見せた。

 斬撃武器にもなると評判の新体操部の特製超高張鋼製リボンに違いない。

 

「まだ疑問か? ならレオタードも見せてやろう」

 

 口調こそからかう調子なのだが、彼女はギリシャ彫刻の様に顔の表情一つ変えなかった。本気なのか冗談なのか、判断に苦しむ所である。

 

「…遠慮しておこう」

「そうか」

 

 彼女は開きかけたスポーツバッグのファスナーを閉めた。隙間からチラリと白いレオタードが垣間見れた。

 

「それより、そこは倒壊の危険があるから立ち入り禁止だぞ」

 

 すっと廃校舎を指さす。

 

「判っているさ。でも俺はそこを調べなきゃならないんだ」

 

 山城は唇を噛む。誰が好き好んで入りたいもんか。

 

「理不尽な先輩の命令って奴か?」

「ああ、そんな所だね」

 

 彼女は「ふむ」と呟くと頷いた。

 

「よかろう。この果林(かりん)が手伝ってやるから、安心して中に入るがいい」

 

            ★        ★        ★

 

 マリーンは手短に、応石と言う存在を君武にレクチャーした。

 山城の手に現れた刀や、加賀の命令で現れた牙も応石の力である事も。そして今、その力が邪悪な目的の為に使われつつある事も。

 

「助けてくれた事には感謝する。だがな…」

 

 君武が口を開いた。

 

「だからと言って、その何やら分からん連中と戦う義務は俺にはない」

 

 と君武。当たり前だが醒めた感じである。

 彼は慈善家でもないし、伝説の魔剣を与えられて魔王と戦う勇者でもない。まして応石なる化け物じみた力を扱う相手とは、関わり合いになりたいとは思わない。

 

「加賀先輩を助けろだって?

 あの力に対抗しろだって?

 他人に頼る前に、あんたがやりゃいい事だろう!」

 

 理不尽な役割は御免だ。とばかりに彼は叫んだ。

 

『出来ないのです』

 

 マリーンは悲しそうに首を振った。

 

『それに私が貴方達を助けた事によって、既に貴方は邪悪なる存在に目を付けられてしまっているのです』

「出来ない? これだけの力を持っているのにか…」

 

 その言葉を遮る様に、彼女は顔を伏せながら呟く。

 

『ここは悪意ある力の影響が強すぎて、私の力は消されてしまう』

 

 それと同時に彼女の輪郭が揺らぎ、全体がぼやけ始める。

 君武が駆け寄った時には、既に身体を通して背景の桜が見えるまで薄れていた。

 

『幸い、貴方は応石を受け入れる素地があります。

 何故か、行石(ぎょうせき)を持っていましたから…』

「待て!」

 

 だが、一瞬遅く、彼女は大気中に融ける様に消えてしまっていた。

 

『それを…使っ…』

 

 か細い最後の言葉とほぼ同時に、小さな石が君武の掌に出現した。

 しかし、マリーンが続けて何を伝えたかったのか、予算委員には聞き取る事が出来なかった。

 平たい白い石。

 〈人〉…石にはくっきりと、その文字が浮かんでいた。

 

〈続く〉




応石が出て参りました。
前話で君武が囓った琥珀状の物は〈行石〉です。
こいつを所持していたからこそ、マリーンに選ばれたってのが災難ですな。

君武南豪は、勿論偽名です。
一寸前、学園の超有名人に彼の名と酷似した奴が居て…。
つーか、そんな名前で学園に来るなよって突っ込みがありますが、きゃんきゃん公安委員(仮にK田君としておこう)に吼えられたのも、無論この名のせいです。

ちなみに君武は、あの生活指導委員会とはなーんも関係ありません(笑)。

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