蓬莱学園の夜桜!   作:ないしのかみ

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と言う訳で、第三回目。
全七回予定の半分近くまで、ようやく来ました。

しかし、昔の原稿って読みにくいなぁ。
電子的に保存してたら、ファイル読み込みだけで簡単なんだけど、いちいち写すのが面倒臭い。
当時の文の誤字脱字やら、変な表現とかを改訂しつつ書いてるから、半分新作みたいな物なんですけどね。


3、果林その2

〈3、果林その2〉

 

 足元に巨大な球体があった。

 錬金術師はそれが何なのか判っていた。恐らく、加賀をここへと呼び寄せた存在の力の源。

 だが、直接、それに触れる危険性を犯す事は出来ない。

 それは何者かの思惟に支配されているからだ。触れた途端、加賀はその存在に取り込まれ、単なる操り人形と化してしまうと予想出来た。

 

「錬金術研の極秘文書で出回っていたそれだろう。恐らくだが…」

 

 呟くと、加賀は踵を返して球体より離れた。

 

「余計な事を考えるな? ふふ、お前さんを裏切りはしないさ」

 

 ことりと写真立てを机に立てる。

 

「今の所、我の望みはあんたを支配する事じゃない。

 それに…あんたを自在に扱いきれるか、自信がないのでね」

 

 寒々とした部屋に、加賀の独り言が響く。

 

「ああ、市子(いちこ)率いる、非公認の研究会があんたと対決していた事かね。

 知っているさ。以前、あんたを利用しようとして自滅した連中がいるって事も当然ね」

 

 その途端、空間からばしっと光が飛んだ。

 通常なら、生命に関わる程の高圧電流である。

 

「うおっ」

 

 が、加賀は少し呻いただけで、命に別状はないらしい。

 

「短気な奴だな。護符がなかったら死んでいるぞ」

 

 顔を歪めながら、彼は球体へと振り返った。

 

「心配するな。仕事はちゃんとやるさ。

 言ったろう。我が望みの為なら、神にも悪魔でも魂を売るってね」

 

 加賀は写真立てを一瞥すると、物言わぬ誰かに向かって言い放った。

 

            ★        ★        ★

 

「やばいな」

 

 果林が呟いた。

 

「それもかなりだ。いつ崩壊するかも知れない」

 

 廃校舎の階段を降りる彼女は、ぱらぱらと落ちてくる得体の知れぬゴミを不快そうに払う。

 

「別に付いて来てくれと頼んだ訳じゃないぞ」

 

 先行する山城が、その呟きに答える。

 

「当然だろう。これは私の好奇心だ。それに客観的な事実を述べただけだ」

「あ、そう」

 

 この奇妙なコンビはこんな調子で会話を交わしつつ、廃校舎の深部へと足を踏み入れていた。

 

「こっちだ」

 

 応石の教えてくれる感覚を頼りに、山城が前方の瓦礫を指さす。

 

「ん、手伝おう」

「こう言う時は、あんたが居て助かるな」

 

 瓦礫に埋まった壁面の抜け穴を掘り当てるのに、二人がかりで約五分の時間を浪費する。

 再び、懐中電灯一本だけを頼りの探索が続く。

 

「随分深いな。目的地はまだなのか?」

 

 と果林。階数にして既に二階分は降りている。

 

「判らんよ。何しろ人捜しだからな」

 

 一面が発光苔に覆われた壁面を撫でながら、山城は果林の方を振り向く。

 

「にしては順調だな…。もしかして応石か?」

 

 相変わらず表情を変えずに尋ねる果林。

 出てきた単語に意外な顔をしつつ、山城が彼女を見詰め返した。

 

「ああ、古参生徒が言ってるあれか。まさか。90年に応石は全て封印されたって話じゃないか」

「新たな使い手が、最近、増えている事は知っているぞ」

「小休止しよう」

 

 山城はそれに答えずに、懐中電灯を消すとそのまま座り込んだ。

 幸い、発光苔の為に辺りはうっすらと明るい。

 

「賛成だ」

 

 果林も山城の隣に座る。

 脚を横へ組む、いわゆる女の子座りなのが、山城にとって意外だった。

 

「応石って言うのは、万能の道具とも言われる魔法の石だろう。

 あ、それは美味そうだな。私にも分けろ」

 

 山城がポケットから出したビスケットを半分分捕ると、彼女はもごもご口を動かす。

 

「しょれはこぉんろん文明のひさんで…うん、飲み込んだ。

 どんな作用でそうなるかは知らないが、とにかく究極の道具として生まれたらしい。

 持ち主の意志によって、何にでも変化する。つまり、拳銃になれと命令すれば拳銃に。化け物になれと命令すれば応石獣(おうせきじゅう)と言う名の形態に変化する。

 90年動乱以前はこの学園で広く出回ったんだけど、それも90年12月19日の応石封印で、全ての石は姿を消した。以上、おしまい」

 

 と彼女の披露した説明は的を射ていたが、いささか乱暴であった。

 

「へぇ、果林は物知りなんだな」

 

 山城は果林以上の詳しい説明も可能であったのだが、そうなると必然的に月光洞やら八仙の話を持ち出さなくてはならなくなる。

 そこまで説明する気力は、今の彼にはない。

 

「私はと党だからな」

「ああ、成る程ね」

 

 と党とは幽霊塔を占拠し、応石研究を専らとする謎の同好会だ。

 もっとも、単なる屑屋ではないかとも囁かれては居るのだが。

 

「山城が探している君武とか言う奴、応石持ちなのか?」

「ああ」

 

 任務の性格上、加賀の名前は出す訳には行かない。

 代わりと言っては何だが、山城が蕎麦屋で出会ったふざけた名前の男を果林には加賀の代わりに教えてある。

 

「名前からしてSS(生活指導委員会)か。厄介だな」

 

 かつてクーデターを起こした生活指導委員会。通称、SSは現在の蓬莱学園では悪の象徴である。

 果林の言葉に山城は肩をすくめる。

 

「いや、動乱じゃ、SS相手に戦ったって話だ。

 クラスは三年辰巳組。90年1月転入。錬金術研、手話研、占い研所属。錬金術研じゃ中堅部員って話だけど、腕は部長に匹敵するとか。だが、部での地位や名誉には無関心」

「そんな男が、何故、部員のお前に追われる立場になったんだ?」

 

 山城の偽りの肩書きは、錬金術研部員である。

 

「部費の着服。それに応石だよ。

 どんな方法を使ったのかは知らないが、奴は応石を呼び出す事に成功したんだ。つまり、応石封印以来、初めての応石所有者って訳だ。

 で、応石使いとして危険人物扱い」

「お前も隠す必要は無かろう?」

 

 果林は山城の瞳を見ながら言葉を続ける。

 

「認めたくないのは分かる。うちもつい最近、一悶着起こしたばかりだからな」

 

 これは先日に巷を騒がせた〝謎の仮面〟事件の事だろう。

 応石絡みとは少し違うが、似た系統の事件である事は間違いない。学生騎士の仮面。そのマスクの下の怪人は今も正体不明である。

 

「君武ってのが、封印後、初の応石所持者って訳じゃない。公表されてはいないものの、学園には既に何人もの応石所有者がいる。

 知ってる限りでは、魔導書研の部長。始源の友代表。最近ではマフディー党の党首。

 また、密かに所持している一般生徒もかなりの数に上る」

 

 まるで、彼が応石使いであるのを見抜いている様に「そうだろう。山城」と同意を求めてくる。

 

「そうだとしても、公表はしないだろうよ」

「当たり前だな。権力者…代表は公安か?

 は、一般生徒が従順に飼い慣らされ、権力者の思い通りに動くのを望むから、潜在的な危険因子はなるべく取り除きたい。

 巡回班や銃士隊やらの武装団体の締め付けとか、学防軍の規模縮小を画策しているのは知っての通り。潜在的な武器である魔導の類いも同様だ。当然、応石も然り。

 で、ここに錬金術研で応石使いが居る。彼は確たる地位も金も知名度もなく、要するに学園に対する影響力もない、ただの一般生徒だ」

 

 果林の声が低くなる。

 

「公安は考える。素晴らしい生贄だ。他の応石使いに対しての警告と牽制に丁度良い。

 応石を使うと捕まえてしまうぞ。命が惜しいなら、それらを使わずに学園生活を続けろってね。

 罪状なんかはでっち上げりゃいい。SS残党とか何かにすりゃ、一般生徒は拍手喝采。

 そして世論は応石使いは全員危険人物で、錬金術研を筆頭に神秘学系クラブは、悪の巣窟ってイメージが形成されるって寸法になる」

 

 果林の言葉に、一瞬、この小柄な男が身震いする様に見えたのは気のせいか。

 

「今の話は仮説に過ぎないけどね」

 

 無論、桜色の髪をした少女は、最後にこう付け加えるのを忘れなかった。

 

「大胆で、面白い仮説だね」

「だろう。しかし、そんな危険な男を捜して来いとは、山城の先輩は鬼の様な奴なのだな」

「鬼ね…」

 

 言葉が濁る。

 

「悪魔と言い直した方が良いな。いや、そんな甘い奴じゃないかも知れない」

 

            ★        ★        ★

 

 非常連絡局の内部資料に目を通した南は、軽い笑みを浮かべながら自家用車の背もたれに身体を預けた。

 

「〝邪石〟…求める者は破滅すると言われる力、か」

 

 防弾装備を念入りに施した白塗りのリムジンは、学園中央部を軽快に飛ばして行く。

 その中の主人は自嘲気味な呟きを漏らす。

 

「破滅とは大袈裟な。たかが弱小の一非公認団体が戦った記録です。信憑性も疑わしい代物ではありませんか。南様」

 

 リーが冷静に意見を述べる。

 

「そんな記録しか用意出来ぬ、あの男は無能者です」

「手厳しいね。だが、邪石の件に関しては信用出来る報告ではないかな。

 少なくとも、これを調査したのは奴ではないからね」

 

 美少年はそう言いながら、指で報告書の表紙を弾いた。

 

「は。仰る通りですが、しかし、南様。弱気は禁物です」

「だがな、リー。やれやれ、一筋縄では行かぬ相手の様だよ」

 

 報告書にあったのは海外に拠点を持ち、鮫島や酒橋時代からSSと深い繋がりがある団体と、学園のある非公認団体との一連の抗争事件だった。

 あのトゥーレ協会の後裔とも噂されるSS残党は、オカルト的な力を有しており、封印された応石の力に目を付け、幾つかの事件を引き起こしていた。

 

 学園史の表には決して出ないだろう類いの話だ。

 学園史の裏で密かに行われた抗争であるし、事件の詳細は当事者の厳重な機密保持が図られ、今後も決して白日の下に曝される事はあるまい。

 

 ある一つの応石を巡る戦い。

 崑崙文明期に破棄された巨大応石。能力だけならば、学園太守を自称するカダフィーの有する古代応石にも匹敵する程のパワーを持った存在があった。

 しかし、破棄された出来損ないであるかの石は、応石封印後に与えられた心を持てなかったのである。

 石は応石に均等に与えられた心を求めたが、その前に心なる物自体が理解出来なかった。石は自問自答を繰り返し、結果としてある性質を持つに至った。

 

 心を持つ者を取り込み、自らの心の代用とする。

 かくして石は、強い願望や欲望を持つ者の前に現れて、その力をその者達に貸す事を行った。

 欲望は邪念の方が強い。また、欲望が叶うとなると人は際限なく、その欲望をエスカレートして行く。その結果、石の所持者は例外なく石の力に魅せられ、限界を超えた力を行使して自滅して行ったのである。

 

 故に非公認団体(確か、神道・術法研究会とか言った)の間では、その石を〝邪石〟と称し、発見しても決して触れぬ様に注意を促していた。

 

「だが、力は力だ。利用出来ぬ訳は無いよ」

 

 南は自信を込めて言った。

 

「私は兄さんとは違う。自分の心に押し潰されたりはしない」

 

            ★        ★        ★

 

 桜の樹が生えていたあの部屋から一歩外へ出ると、そこは迷宮構造と言っても良かった。

 しかも、こここは何等かの理由で、建物自体が陥没したらしい。

 外に通じる扉や窓があっても、その開いた向こう側は黒々とした土の壁なのである。

 つまり、生半可な方法では、この場所からの脱出は叶わぬと言う事だ。

 

 唯一の救いは壁や天井に生えた発光性の苔で、お陰で漆黒の闇に閉ざされた中を歩き回る事だけは、どうにかならずに済んでいた。

 とは言え、薄明るい燐光である。視界はせいぜい五メートルと言った所だろうか?

 

「くそっ、水虫になりそうだ」

 

 君武が悪態を付くのも無理は無い。靴底にじっとりとした湿気がこもり、動かす度に不快な音を立てているのだ。

 

『何で、こんな苦労をしなければならないのだろう?』

 

 君武は自問自答しながら、発見した階段を降りる。

 建物の構造が変であった。廊下の両端に階段が設置されているのだが、上から下へ行く事は可能でも、そのまま続けて別の階へは行けない一方通行なのだ。

 続けて下へ行く、または上がる為には廊下の端から端まで歩いて、別の階段を用いなければならない。不便極まりなく、動線が明らかに変なのである。

 

「この建物の設計者は馬鹿か?」

 

 罵りの言葉を口にしながら、彼は今までの経緯を思い出す。

 千葉の祖父と大喧嘩して家出同然に飛び出し、実家から遠く離れた。いや、行政上は隣の都道府県なんだけど、この島へとやって来た過去だ。

 

 南海の孤島である地理条件。金さえ払えば、無論多額の金は必要だが、偽名であっても入学可能なシステムが、彼にとって魅力だったからである。

 

『今考えれば、一発でバレるふざけた偽名だけどな』

 

 ブローカーが彼に与えた偽名は〝君武南豪〟であった。島の外から来た人間には問題なく通る名前だが、蓬莱学園では明らかに偽名と判る名前であった。

 何故なら、90年動乱で滅んだ(とされる)凶悪な生活指導委員会。通称SSを率いた極悪人、南豪君武なる男の名を、逆さまにしただけの代物だからだ。

 

 今の学園でこんな名前を名乗る奴は、余程の命知らずか、全身の隅々までSS思想(ファラオゲーム理論)の染み込んだSS残党か、もしくはその両方を兼ねた奴のいずれかである。

 

 来蓬して「しまった」と思っても後の祭り。

 今更、別の偽造書類を作るだけの資金もなく、まして、入学金やら授業料を君武名義で振り込んでしまったからには、腹をくくるしかなかった。

 

 ちなみに南豪とか言う奴、顔が微妙に君武と似ているのだ。額にあった黒子が、君武の場合は一文字傷になっているのを除けば、かなり酷似している。

 彼は『ブローカーもこの顔を見て、君武南豪とか名付けやがったな』と推測しているのだが、真相は闇の中である。

 

『じじいの奴と喧嘩さえしなかったら、こんな変テコな島へ来る事もなく、こうして地底を彷徨う事もなかったのにな』

 

 だが、それが無理であったのは当人が一番良く知っている。

 自分はあの家に残る資格がなかったのだ。

 

「あれは、明かりか」

 

 疑いつつも、思わず口からその言葉が漏れる。

 彷徨い続けて、主観ではかなりの時間が経っている。行っても行っても似た様な光景だったのに、ようやく変化が訪れたのだ。

 前方より、光苔とは異なる光源が近づいてくる。

 

「加賀先輩?」

 

 尋ねつつも、彼は問答無用の攻撃を予想して、あらかじめ愛用の木刀〝夜叉女〟(やしゃめ)を竹刀袋から取り出すと構えていた。

 不意にその光がすいっと横手へ消えた。

 

「!」

 

 ぴりぴりとした殺気を感じる。触覚が建物が揺れる感覚を伝えてくる同時に、何かを破壊する音が耳に飛び込んでくる。

 

『光は俺から見て、教室側へ移動した。となると…』

 

 答えは決まっていた。来るのだ!

 同時に側面の壁をぶち破って、緑色の光に包まれた巨大な何かが突っ込んで来た。

 

「やはりな」

 

 彼は愛刀〝夜叉女〟を構えると、ひどく冷静に呟いた。

 

            ★        ★        ★

 

「これは?」

 

 君武が感じていた振動と音を、山城もほぼ同時に感じ取っていた。

 素早く反応し、果林が問う前に既に走り出していた。

 幾つ目かの廊下を曲がった山城は思わず目を疑った。緑色の燐光を放ちながら、大蛇にも似た胴体がうねっていたからだ。

 

「何だ?」

 

 太さはおよそ五十センチはある。鱗はなく、濡れたかの様にテカテカ光るキチン質の胴体からは、無数の脚が蠢いていた。

 全長、五メートルはあろう大百足だ。

 と説明したって、「非常識の塊みたいな蓬莱学園じゃ、さして珍しくもないモンスターだな」とか、知ったかぶりする様な奴らもきっと居るに違いない。

 だが、山城にとってみれば「なら、目の前に現れたこいつと直接対決して見ろ」と文句の一つも言いたくなる心境だ。

 そして、がちがちと鳴らす巨大な顎と対峙する男には見覚えがあった。

 黒光りする木刀を手にした予算委員。

 

「君武か!」

 

 予算委員は答えなかった。いや、答えられなかったと言っても良い。

 

「でりゃぁあああ」

 

 気合いと共に鋭い突きが怪物の腹部に決まった。

 彼の習得している南一刀流剣法の一つ〝目刺し突き〟である。一番柔らかいと思われる腹部の継ぎ目を貫く一撃だ。

 激痛に大百足が身体を捻り、辺りに生臭い緑の体液が飛ぶ。

 

「くそっ〝夜叉女〟が」

 

 だが、当の本人は悔しそうな顔を見せて後退する。

 目論見は成功したのだが、今度は愛刀が突き刺さったまま抜けなくなってしまったのだ。君武にとってこの一撃は、結果的には武器を失った事によるマイナス面の方が多いと言える。

 

「やりたくはなかったが」

 

 駆け寄る山城の前で、君武の手に刀が実体化した。

 

『奴も応石使いだと』

 

 山城はその瞳に、はっきりと〈人〉と言う応字を捉えていた。

 応石が持つ意味を表す、表面に浮かぶ漢字。非公式に応字と呼ばれるそれは、行石以上の応石所持者でもなければ、読む事は出来ない。

 

『一番、基本的な応石だが…』 

 

 目にした光景に驚きながら、それでも密偵は思考を巡らせ、分析する。

 基本とされる〈天〉〈地〉〈人〉の三種類の応石は、応石が多数の種類に分化される前のスタンダードな応石である。との説がある。

 大正時代に出現した応石は、事実、この三種類しか存在しなかった。

 

「くそっ」

 

 悪態を付きながら、君武は手の中に出現させた刀を振るった。それは一見、彼の愛刀である〝夜叉女〟そっくりであった。

 違うのは木刀でありながら、真剣同様の機能を有しているらしい事である。

 薙ぎ払う様に見舞った一撃を受けて、大百足の身体にぱっくりと傷が開き、脚の数本が切断される。

 

『〈人〉…。画数こそ弱いが、意味が意味だ』

 

 応石は漢字で表されるその一文字が重大な要素になり、その力は応字の画数の多さに比例すると言われている。

 例えば、〈走〉と言う応石はやたらと走りたがり、その意味を持つ物体、例えば靴へと変化したり、マラソン等のサポートするのに最も威力を発揮する。

 

『となると、君武の応石は文字通りか?』

 

 確かに最弱の〈一〉に続いて、〈人〉は二画しかない。だが、人と言う意味はその画数を覆せるだけのパワーを発揮出来る可能性もある。

 

 そんな考えを山城が巡らしている時、バターでも斬るみたいに、大百足の硬い殻に包まれた胴体が呆気なく、二枚に卸された。

 大百足は暫く暴れていたが、燐光が急速に薄れると動かなくなった。

 

「使い魔か?」

 

 見る見る萎んで行くその姿を目にして、山城が疑問を口に出した。

 やがてその姿は、体長十センチ程度の百足になってしまった。

 

「山城平太。貴様、何故此処に居る?」

 

 ぴたり。まだ緑色に塗れている黒檀の木刀が首筋に当たられた。

 

「先輩を追ってきたな」

「御名答」

 

 バンザイポーズで回答する。ここで斬られてはたまらない。

 

「そいつがお前の追っていた男か?」

 

 不意に横合いから女の声がした。予算委員は『何だ?』と言った表情で、彼女を一瞥する。

 山城と比較すると身長は高い。

 北欧系の整った顔立ちではあるが、紫色した吊り目気味の瞳が惜しくもミスマッチであった。

 良く言えばきりっと引き締まった顔だが、悪く言えば良く出来た彫刻を連想させる冷たさが滲み出ている。

 それより目立つのは軽くウェーブの掛かったロングヘアである。ピンク色と言う、彼が初めて見る不思議な色をしていた。

 

『こいつはキタキツネって所だな』

 

 果林を見た君武の感想だ。美人だがどことなく冷たい、意地悪な雰囲気を持った女性だというのが、彼の抱いた第一印象である。

 

「君武南豪だな?」

「俺の捜している男じゃないよ」

 

 果林と山城の声が交差する。

 

「応石使いには違いあるまい」

「まぁね」

「となると、お前の探している人物は奴の言っている先輩とやらか?」

「おい、二人の世界で会話をするな」

 

 君武が怒鳴る。

 

「私の名は果林。通りすがりの新体操部員だ」

「何言ってるんだ。こいつは」

 

 真面目な顔で自己紹介するが、ふざけてるとしか思えない。

 何で通りすがりの新体操部員が、こんな廃校舎の中にわざわざやって来ているのか。

 

「気にするな。俺にも良く、判らない女だ」

「まぁいい。それよりも公安が先輩に何の用があるのか、今度こそはっきりと答えて貰おう」

 

 君武は山城に問う。

 

「お察しの通り、俺は君の先輩たる加賀大膳の所在を突き止め、とっ捕まえる為に活動しているのは事実だよ。

 でも俺は錬金術研から派遣されたトラブルシューターで、君が考えている様な公安委員じゃないよ。と言っても…、その顔は信用していないみたいだね」

「当たり前だ」

 

 山城は肩をすくめる。

 

「本当に公安委員だったら、どんなに嬉しかっただろうな」

 

 山城の呟きに、今度は果林が意外そうな顔をした。

 

「とにかく、加賀の追跡に俺が任命されたと言う事実は認めよう。

 加賀は部の予算をおよそ二年分着服していたと言う、実に羨ましい事をしてた。被害総額はおよそ八桁寸前に達しているらしい」

 

 君武が刀を引いた。

 

「おや、切り捨て御免じゃないのかい?」

「何処の巡回班だ。それに木刀で斬る訳にも行くまい」

 

 おどけた口調で言う山城に対して、予算委員はそう答えたのだった。

 

〈続く〉




学生騎士の仮面。
まだ、『~秘密』のタイムスリップ前ですが、既にO∴O∴Lが暗躍してます。
神道・術法研究会。
92年当時は設立一年目。この頃は公式クラブではなく非公認団体です。
と党。
実は書いてる自分も、この団体の実態は良くは知りません。廃品回収業者みたいな事がメインであるとも言われてますけど…。
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