蓬莱学園の夜桜!   作:ないしのかみ

4 / 7
第四弾です。
取りあえず、此処が中間点になります。

亀甲男は野田ですが、キッコーナンは銚子です。
ハイテクなモデルになった企業はあっちの方なので。
昔はドイツ製のB型凸電とかでお醤油を運んでたんでしょう。ポールぐるぐる(今はビューゲルだけど)。


4、赤く光る巨石

〈4、赤く光る巨石〉

 

「やられたか…」

 

 自身が生み出した使い魔が消滅した途端、ひどく陰気な声で錬金術師は呟いた。

 

「まぁいい。これで奴が応石使いと言う事だけは、はっきりしたと言う訳だ。

 …そうと判ればやり方はある」

 

 加賀は黒い外套を翻し、つかつかと写真立てに近付く。

 

「全てはお前を取り戻す為だ。その理由だけに俺は生きている」

 

 錬金術研の会計を着服し、マフディー党に接近して極秘資料を漁り、そして禁断の知識を持った東方図書館騎士団(O∴O∴L)に接触した事も、全てはその為だった。

 

「使い魔如きでは役に立たぬなら…」

 

 無人部屋に加賀の声だけが虚ろに響く。

 

「この加賀自身が、奴らの相手になれば良いだけの事だ」

 

 力が欲しかった。誰にも負けぬ絶対の力が。

 俗物と言われても良い。その力を有する事によって望みを叶える事が出来るなら、どんな罵詈雑言を浴びせられても構わない。

 彼はそう決心していた筈だった。

 

『それでいい。最強の錬金術師よ』

 

 そんな彼に囁き掛ける声があった。

 少しずつ歪みが発生している事に、彼自身は気が付いていない。

 しかし、今の加賀は目的を叶える為のみに目を奪われていた。

 

            ★        ★        ★

 

 人数こそ増えたものの、状況が変わっているとは言い難い。

 

「俺はその応石とやらの力は欲しくないし、そんな訳も判らん石っころの為に、わざわざ苦労する気にはなれん」

 

 と主張する君武であったが、賛同は得られなかった。

 唯一の望みは、山城らがやって来た道を逆に辿れば外へ出られる可能性だが、当然、これは山城が反対したし、果林も君武の意見には同意しなかった。

 

「あんたも応石を使っている癖に…」

「馬鹿言え、俺がか?」

 

 山城がため息をつく。

 

「それに多分、逆に辿っても外へは簡単に出られないと思うよ」

「ふむ、何故だ?」

 

 武器となるリボンをスティック付ける作業を中断して、果林が顔を上げる。

 

「お宅の本拠地も幽霊塔と同じさ」

 

 説明する山城。

 幽霊塔とは学園に数ある建造物でも、その性質の異常さでトップクラスの建物である。

 和洋折衷三階建て、文字通り、幽霊等の心霊現象が多発するミステリースポットである。

 

 記録では島に忽然と姿を現したとされ、一体いつ誰が建てたのかも不明ならば、放火されても翌日には元通りになる、不可思議な性質も相まって、学園の不思議三大建造物の一つ羅数えられている(残る二つは旧図書館とあかずの校舎だが、これに呪いの図書館と理科系クラブ会館を加えて、五大建造物とする説もある)。

 

「強大な応石と錬金術師絡みなんだ。此処の内部構造が一定だったら、苦労しないよ」

 

 現在、果林の所属する非公認団体〝と党〟に不法占拠され、その本拠地と自称されているが、その党員ですら、完璧にその性質を理解しているとは言い難い。

 何故なら、幽霊塔は内部が刻々と変化する為に、その構造を把握するのが不可能な建物であるからだ。

 この島で魔導やら応石に関わった建築物は、大抵、この手の性質を帯びていると思った方が良いのかも知れない。

 

「幸い、幽霊塔や旧図書館と違って、ここの怪異の原因は判明している。それを絶てば良いと言う事か」

「おいっ、それは先輩を倒すって意味か?」

 

 その果林の言葉に反応したのは君武だった。

 

「場合によっては、だ。無論、流血を避けて無力化出来ればベストであるのは言うまでもない」

 

 彼女は冷めた口調で答えると、金属製のリボンをぱしっと伸ばした。

 

「いずれにせよ、障害は排除せねばならんさ」

 

 山城も断言した。

 

「他人事と思ってやがるな、貴様ら」

「しっ!」

 

 会話を中断し、山城が指さした先には、赤い、明らかに人工的な光がぽつりと光っている。

 

「目的地って奴か?」

 

 君武は携帯している道具を慎重に確かめる。

 竹刀袋と木刀。生徒証。メモと筆記用具。使い切りのレンズ付きフィルム。中身の軽い財布。ポケット版の特製地図。手話の教本。

 

『ちっ、無いよりはマシか』

 

 その中から、彼は投擲用の閃光弾を選び出した。

 彼の所属する会計監査局員が逃走用に使う装備で、一見、手榴弾にそっくりだが、強烈な光と大量の煙を出すだけで、殺傷力は皆無である。

 

「気を付けろ」

 

 片手を挙げて果林の注意に答えると、警戒しつつ、赤い光へ向かってゆっくりと近づく。

 部屋の扉から赤い光は洩れていた。それが如何なる部屋なのかを示す表示は、長年の放置によって消えかけている。

 

『一年乙卯組、特別教室?』

 

 消えかけている文字を何とか読み取る。

 掲げてあるクラス名はそうなっていた。特別教室とはなっているが、理科室や音楽室と言った類いではない、通常の教室だろう。

 

 君武は此処が最深部であると確信した。

 建物こそ変遷を重ねているが、学園校舎の学級配置は戦前からの伝統に従っている。

 干支毎に同じクラス名を積み重ね、上の階が上級生のクラスになると言う仕組みである。

 現在の校舎一階は職員室などに充てられているが、例外はある物の、当時の旧校舎にはそれがない。となると、一年生クラスの此処が建物の一階に相当する筈である。

 

 古典的な引き戸式の扉に手を掛ける。その僅かに開いた隙間から、赤い光が洩れている。

 

「!」

 

 扉をそっと開いた君武は息を呑んだ。

 赤く染まった教室の中心に、巨大な球体がめり込んでいる。

 大きさは優に三メートルを超えよう。それが木製の床と天井に埋没する形で、自身が赤い光を放っているのである。

 

「中南米か何処だかに、こんな感じの巨石があったらしいけど…」

 

 天井突き破り、床にめり込んでいる状況から考えれば、オブジェとして建設当初に置かれたとは考えづらい。

 遺跡に目のない考古学マニアでも、此処へ石を持ち込む者好きが居るとも思えない。第一、普通に運んだのではなく、設置状況から、空間転移して現れたとしか思えない形である。

 となると……。

 

「応石と言う代物か?」

 

 単純に大きさイコール応石のパワーだと、換算出来るか出来ないのか、君武には解らぬが、さっき託された〈人〉の大きさと比較すると、とてつもなく巨大な応石ではないか!

 警戒しつつ室内へと足を踏み入れ、そいつの周りをぐるりと一周する。

 

「こいつは粗悪品か」

 

 球体の表面は粗雑で、決してなめらかとは言い難い。少なくとも彼の持つ応石は、琥珀色の象牙質でごつごつはしていない。

 

『それに触れてはなりません!』

 

 聞き覚えのある声が、彼の脳裏に響く。

 

「マリーン!」

 

 君武は叫んだ。何処かに例の幻影(霊体?)が浮かんでないか、思わず周囲を見回す。

 

「マリーンだって、マリーン・吉野か?」

 

 山城の声。

 

「何、誰だと…」

 

 唯一、その声に反応しなかった果林の問いが反響する。

 

『その石に触れてはなりません。貴方が貴方で居たいのなら』

「意味が分からん。ちゃんと説明しろ」

「何だと…。そうか、こいつが〝邪石〟か!」

 

 どうやらその声が聞こえているのが、自分以外であるのだと果林は理解する。

 

『〝応石通信〟か。応石所有者間で意志を伝える特殊な通信法…』

 

 彼女は冷静に分析する。応石そのものの意志。或いは何処かに応石を所持した第三者が存在し、目の前の二人に語りかけているのだ。

 

「しまった。加賀が!」

 

 はっとなった山城が顔を上げた一瞬後、幾本もの白い牙が床を突き破って出現した。

 それは君武らが、地上で目にした物と同じである。

 積木を崩したみたいに、足元がガラガラと大規模な崩壊を始める。あっという間の出来事で回避は不可能だった。

 

「奇襲とは卑怯なっ」

「くそっ」

「きゃあああああ」

 

 怒声や悲鳴を上げながら、三人はそのまま奈落の底へと引き込まれて行く。

 

            ★        ★        ★

 

「ジャネットが動いてるだと、確かか?」

 

 少佐は報告に目を剥いた。

 

「女狐め…とうとう…」

 

 公式には封印以来「応石なぞ存在しない」と言う宣伝を行って、一般生徒にその存在を忘れさせ、極秘裏に応石絡みの事件を処理して、危険な応石技術を人知れず完全に掌握し管理する。

 それが公安委員会の方針であった。

 増えつつある応石所有者に対しては、噂という形で加賀の悲惨な最期を流し、所持しているのを公表させるのを躊躇わせ(使用に関してもだが)、秘密保持の牽制とする。

 

 無論、あの〝太守の帰還〟事件が起こった現段階では、応石の存在を生徒から完全に忘れ去らせるのは無理だろう。

 応石が身近な存在であった動乱当時の状況を記憶している在校生も、未だ数は多いのだ。

 

 だが、学園の人的流入の推移は不動の物では無い。入学や卒業という形で、新旧の入れ替わりは毎年確実に起きている。

 学園有名人として何年も留年している古参生徒がクローズアップされる事が多いが、それらは全体から見れば少数派であり、割合にすれば一割にも満たない。数年もすれば大半の生徒が新しい世代となるだろう。

 

 嵐の様な90年動乱を知らず、八仙や月光洞すら単なる伝説。現実とは関係ないお伽話と化してしまうだろう世代に。

 公的に応石技術を否定し、そして密かにそれを独占するのは、学園権力者達が画策する新世代に向けての長期対策なのだ。

 

「こちらの動きに気が付いたと言う事か」

 

 少佐は上層部の意向を受けて、応石関連の技術を秘匿、独占する任務に就いている男だった。

 だが、彼はその技術や情報の一切をリークする事によって、莫大な利益を得ている獅子身中の虫なのである。

 

「如何します?」

「ジャネットの奴が局長配下の子飼いと言う事は確実だ。こちらと若や加賀との関係の尻尾を掴ませぬ事が肝要になる。私も行く」

 

 指示を求める部下に対して、少佐は眼鏡を掛け直しながら言い放った。

 

「はっ」

 

 言外に含まれている意味を理解して、部下は敬礼もそこそこに室外へと去って行く。

 少佐はデスクの引き出しを開け、鋼とポリマーから成る灰色の塊を机上に無造作に取り出した。

 グロック17。9ミリパラベラム弾を腹一杯飲み込んだ拳銃だ。日本では余り知られていないが、彼はオーストリアからいち早く、この最新式の拳銃を取り寄せていた。

 性能も折り紙付き。しかし、元々はシャベルや白物家電の部品を作っていたメーカーが設計した変な経歴を持った銃だ。

 

「特に、若君と私の関係を知られる訳にはいかん」

 

 弾倉を銃把へ押し込む。

 

「ジャネットめ。こちらに気が付かなければ長生きが出来た物を…」

 

 その声には後退させたスライドが戻る音さながらの、冷たい響きを帯びていた。

 

            ★        ★        ★

 

 地底の更に下に君武らは居た。

 せせらぎの音。僅かな光に反射して鏡の様に光る帯が彼らを取り囲んでいた。

 

「奇跡的に助かったと思ったら、寒中水泳かよ」

 

 滴をぽたぽた落としながら、君武が立ち上がった。

 

「生暖かい下水や熱湯温泉でなくて、ラッキーだと思うべきだな」

 

 呟きながら地下水の湧き出た地底の川のほとりに立つ果林。

 下が水で助かったとは一概に言えない。何故なら、学園の地下には巨大下水道があって、その成分は毒に近い汚染水だとも噂されている。

 火山島であるから温泉も出ているが、その源泉は完璧に熱湯だとの話なので、そのどちらかに当たっていたら、まず生きていなかったろう。

 

 幸い、普通の地下水で寒中水泳だとぼやく君武に反して、水温はそれ程冷たくはないが、それでも温水とまでは行かない。

 

「さて、着替えがあれば良いのだが…」

 

 やはり発光苔の類いが生えている為、全くの暗黒ではない。果林が周囲を一瞥して、水面に漂う自分のスポーツバッグを拾い上げた。

 

「レオタードは遠慮するよ」

 

 スポーツバッグをまさぐる彼女に対して、山城が即答する。

 

「馬鹿者。頼まれたって乙女のレオタを貸すもんか。それ、タオルなら貸してやる」

「そいつは有り難いな」

 

 意外に素直に君武がスポーツタオルを受け取ると身体を拭き始める。制服の水分を両手で絞った後、着衣のまま、果林もごそごそとレオタードに着替え始めている。

 

「おい、タオルを…」

 

 君武は「返すぞ」と最後まで言えなかった。

 振り向きもせず、果林が伸ばした手が自分の胸部にタッチしたからである。

 

「お前、おn…」

 

 今度は果林が最後まで喋れなかった。伸びて来た君武の左手で口を塞がれたのだ。

 

「大声を出すな」

 

 と予算委員。 果林は何とか口の自由を確保すると抗議した。

 

「だが、胸があったぞ」

「幻だ」

「馬鹿言うな!」

 

 彼女の手は、さっき確かに双丘の手応えを感じていた。

 

「俺は男だ。男ではなくてはならねぇんだ」

「訳ありだな?」

 

 複雑な表情の君武に、果林は尋問監査ながらの視線を返す。

 

「どうかしたのかい?」

 

 山城がひょいと割り込んで来た。

 

「いや、かなり広い空洞だな。と。

 下が地下水脈でなかったら、叩き付けられてお陀仏だった」

 

 上を見上げながら君武が呟く。棒読みで、明らかに誤魔化しだなと果林は思う。

 

「生きてたら困るから、踏まれたカエルの様にぺしゃんこになって欲しかったのだがな」

 

 良く通る声が響いた。君武らにとっては聞き覚えのある声である。

 

「加賀大膳!」

 

 果林が振り向き様に叫ぶが、君武には違和感が生まれる。

 確か、この女は加賀とは初対面な筈だ。特別教室の時も崩壊に巻き込まれた際に、加賀の姿は直接目にはしていない。

 なのに『何故、先輩だと判る?』

 

「公安委員会の回し者めらに、気安く我が名を呼んで貰いたくはないな」

 

 加賀は少し離れた小高い岩の上、丁度、彼らを見下ろす形で立っていた。

 

「貴様らの持つ応石の保護機能か。それとも、単に偶然なのか…。

 まぁいい、今度こそは最期を迎えさせてやろう」

 

 傲慢に言い放つ。

 

「どうしたんですか。こんな事をして先輩らしくない」

 

 君武の問いに加賀は少し顔を歪める。

 

「君武…南豪。そしてマリーン。何故、君がそこにいる?」

 

 果林には意味が分からない。だが、加賀や君武、そして山城さえも、彼女の目に見えぬ〝何か〟を感じ取っている雰囲気があった。

 位置は君武の前方。その場所に〝何か〟が存在し、果林以外の全員がその対象へ向けて視線を集中しているのだ。

 

『加賀君』

 

 その空間にはマリーン・吉野が現れていた。

 どうやら像が上手く固定出来ず、彼女は蜃気楼の様に細かく震えてぶれている。色彩も不安定で今にも消失しそうである。

 

『負けては駄目。自分を取り戻して』

 

 マリーンの思念波が、果林以外の脳裏に飛び込んで来る。

 

「俺は…俺は、マリーン」

 

 加賀の額と言わず、頬と言わず、顔の全てから脂汗が噴き出した。

 がくがくと足が震え、目はただマリーンの姿一点に集中する。

 

『お願い』

「駄目だ。駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ駄目だっ!」

 

 錬金術師はいきなり頭を抱え込んで絶叫した。今までの尊大な態度は微塵もない。

 

「俺はマリーンを甦らせるんだっ、俺はマリーンをォォォォォ!」

『ちっ』

 

 果林以外の者には、今まで居なかった誰かが舌打ちしたのが判った。

 

「先輩!」

 

 次の瞬間、加賀の背中から、例の白い牙が実体化して飛び出した。

 

『あああーっ』

 

 応石〈蛇牙〉の一撃を受けて、マリーンの幻影は簡単に引き裂かれて消失する。

 

「野郎」

 

 山城平太が加賀に襲いかかる。

 幸い、応石の攻撃対象が山城でなかった為か、以前とは比較にならぬ容易さで錬金術師に接近するのに成功した。

 自分の応石〈為〉(い)を発動し、ビーム状の光条として一撃を加える。

 

 見事に加賀大膳を仕留めたかに見えたその攻撃は、しかし、加賀の黒い外套を貫いたに過ぎなかった。

 山城の攻撃に弾き飛ばされたのだろうか、古ぼけた木製の写真立てが君武の前に落下して音を立てる。

 

「愚か者め」

 

 常人とは思えぬ動きで、錬金術師が宙へ飛び上がっていた。

 先程放った応石が、象牙で出来た長い槍となって再び彼の手に戻りつつある。山城が迎撃態勢を取るが、加賀の攻撃の方が早かった。

 

「がっ!」

 

 しゅんと白い槍が伸びて山城の身体に突き刺さっていた。

 吐血しながら倒れる小柄な身体。

 

「喰らえ、クラッカーだ!」

 

 薄闇を何十万曙光もの強烈な光が制圧した。

 会計監査局の隠語であるクラッカー、つまり、君武の投擲した閃光弾が炸裂したのだ。持続時間はほんの数秒だが、殆ど光のないこの状態でまともに正視してしまったのならば、数分間は視覚が役に立たなくなる筈だった。

 

「逃げろ!」

 

 意外にも君武らにそう命令したのは、顔を手で押さえてうずくまる錬金術師であった。

 

「俺の押さえが効いている内に、心にマリーンの願いが届いている間に行け、君武!」

 

 それは路上で警告を発した時の、そして、君武が良く知る手話研の先輩だった頃の加賀であった。

 

「何だと…、一体、貴様は?」

「果林っ」

 

 彼女の質問は、 逃走を促す君武の声に中断される。

 確かに時間は無い。この状態から回復した圧倒的な加賀の力の前では、応石を持たぬ果林が何の役に立とうか?

 

『甘いな。私も…』

 

 一瞬、別の手を考えた彼女だが、その考えを振り払うと山城に肩を貸す。

 額に傷を持つ予算委員と新体操部員の少女は、動けなくなった山城を伴って地下水脈の暗がりへと消えていった。

 

「…対決しようとする度に逃げ回るとはな。あれが我以外の候補者とはとても思えぬよ」

 

 ややあって、侮蔑の色を浮かべた錬金術師はそう吐き捨てた。

 加賀の回復は思いの外早かった。だが、それでも君武らはもう彼の前から姿を消していた。

 

「今に解る?」

 

 加賀はチラリと後ろを見て言った。

 上層の教室から落下した様々な瓦礫に混じって、その辺りだけがほんのり赤く発光していた。

 めり込む形で半分埋まり、更に残骸を上から被っていた為に目立たなかったが、間違いなく例の巨石であった。

 特別教室の崩壊と共に一緒に落下したのであろう。

 

「ふむ、まぁいい。また足を伸ばして出向いてやれば済む事だ」

 

 冷ややかな表情を崩さず、彼は球体へそう語りかけた。

 

            ★        ★        ★

 

 加賀が謎の存在と会話を交わしていた同時期、君武らはと言うと、当然、そんな悠長な状態ではなかった。

 出来るだけ離れた所、安全が確保可能だろうと判断出来る場所まで逃げて、それから手当を行う。それが君武らが選択可能な選択肢であった。

 

 幸いなのか不幸なのか、地下水脈沿いの下流は十五分と進まない内に終点となった。

 轟音を立てて落下する、落差の見当も付かない巨大な滝壺が彼らの行く手を遮ったのだった。

 

「くそっ、出血が止まらない!」

 

 いつもの果林らしくない悲鳴に近い声が上がる。

 実際、山城の傷はまだ生きているのが不思議と言っても差し支えない程の重傷だった。

 自らのブラウスを切り裂いて作った包帯程度では、出血を抑える事は出来ても止血にまでは至らない。

 

「君…武」

「喋るな」

 

 身体を起こそうとする山城を君武が止め様とするが、それに果林が割って入る。

 

「好きにさせてやれ。それが彼の望みだ」

 

 そう君武に告げると、彼女は突然、自分のスカートを引き裂き始める。

 すると、小さな注射器とアンプルが魔法の様に彼女の手中に現れた。スカートの内側に縫い込まれていたのだろうか。どちらも割れない様に強化プラと金属で形成されている。

 

「モルヒネだ。残念ながら他の薬はない」

 

 本格的な治療を受けても助かるかどうかは疑わしい。果林の職業柄、もう十中、八九、この男は助からないだろうと感じていたからだ。

 

「優しいね。ジャネット・カーリン」

 

 下に着込んだレオタード姿で、もう着物としては役に立たなくなった制服の残骸を丸めていた果林は、その言葉に硬直した。

 

「な…」

 

 山城は微かに笑いを浮かべると、地面を顎でしゃくる。

 

「悪い…さっき、見えちまった」

 

 彼女の革張りの黒い手帳が転がっている。包帯を作る際に内ポケットから堕としたのか。

 

「そうか…」

 

 桜色の髪を持つ少女は、ただそれだけを言って手帳を回収した。

 

「しっかりしろ。傷は浅いぞ」

 

 ハンカチを濡らしてきた君武が山城を励ました。

 

「馬鹿言え…。これで助かれば、俺は…化け物だ」

 

 本人の言う通り、腹部は槍によって刺し貫かれ黄色い物が見えている。素人が見ても瀕死の重傷であると判る傷だった。

 

「死ぬ前に…伝えておきたい。応石の使い方は…」

「いいから、喋るな」

 

 しかし、山城は君武の言葉に首を振った。

 

「頼むから言わせてくれ。伝えぬまま…、死ぬのは嫌だ」

 

 その声には有無を言わせぬ重みがあった。

 

「俺は…正確に言えば生徒じゃ…ない。学籍を持たない…幽霊だ」

「幽霊?」

「ああ…正確には…元生徒。

 何故なら…俺は過去、武装SS第12機動大隊…の一員…だったか…らだ」

「SSだって!」

 

 驚愕する予算委員に山城は笑う。

 

「驚くなよ。お前の名の方が…よっぽどSSっぽい…じゃないか」

「偽学生だと?」

 

 山城は頷いた。彼は最後の力を振り絞る様に、君武へ次々と自分の境遇を伝えていった。

 彼は二年前、後に6・4内戦と呼ばれるクーデターでの生活指導委員会敗北によって、学園での学籍を失った事。

 そのような境遇の生徒を集め、学園で生活させてやる代わり、色々と汚い裏仕事を請け負わされる身になった事。

 

 既に自分は6・4内戦で死亡している事になっていて、本名その他も消されている事。

 そして内戦組だけではなく、本土や海外からも連れて来られた偽学生はかなりの数に上る事。

 

「そう…、今の俺は…仮の姿の一つ…か、すぎない。

 俺を使う奴の命令…つで、危険な任務へ…り出される…な」

 

 よろよろと彼は手を伸ばした。

 

「今回は…ある公安幹部の…頼で、あの〝〈邪石〉〟を捜…」

 

 そこまで言った時、山城は「げはっ」と吐血した。

 慌てて背中をさすった時、君武は彼の身体の体温がすっかりと冷たくなっている事に気が付く。

 

「俺の…〈為〉をやる。お前の〈人〉だ…けじゃ、奴の持つ複合応石には…敵わないが。二つなら…もしかすると…」

「山城っ!」

「その名を言うなよ。ああ…目の前が暗い。俺の…俺の本当…名は…摩耶(まや)…や…ま…」

 

 力は急速に失われた。

 唐突に、まるで尽きる寸前の蝋燭の灯火が、消える前に最後の輝きを出し尽くした様に。

 同時に力尽きた山城の手から、君武の中へ彼の持つ応石が入り込んだ。

 

「畜生っ」

 

 山城平太は、本当の名を明かす事無く世を去った。

 

「感動的だが実に臭い三文芝居だ。まぁ、これで一人は脱落した」

 

 ぱちぱちと無味乾燥な拍手。それと共に現れたのは加賀大膳。

 仲間の亡骸の瞳を閉じさせると、無言のまま、君武南豪は声の主へ振り向いた。

 

「果林、山城を頼む」

 

 遺体を果林に託すと、君武はすっと立ち上がった。

 

「応石は二つ共、お前が所持している様だな。君武君。いや、南君と呼ぶべきかな?」

 

 だが、君武の表情は変わらない。

 

「この私の前では隠し事は無駄だぞ。私は今、心をも読めるのだからな。

 知っているぞ。お前の生い立ちから何から、今、私を殺してやりたいと憎悪している事すらも」

 

 加賀大膳は勝ち誇った顔で言った。手話研でのあの面影は既に無い。

 

「南 君子(みなみ・くんし)、我が下僕となれ。

 さすれば、貴様の望み叶えてやっても良いぞ。私はお前の性別を変化させる方法すら熟知しているのだからな」

 

 その言葉に、予算委員の眉がぴくりと反応した。

 だが、君武は迷いを振り切って、体内に眠る応石に命令した。

 

「応石!」

 

 その叫びに応じて、君武の手に黒い木刀が出現する。魔法の石、万能で究極の道具である応石の力が発動したのである。

 

『南だと』

 

 その名前を耳にした果林は、別の事に思い当たっていた。

 

「女が物騒な物を振り回すのではない。チャンスをやろう。さぁ、我が軍門へ下れ」

 

 呼びかけを無視するかの様に、一気に跳躍すると、君武は加賀へ向かって斬り掛かった。

 応石によって肉体面も補佐されているのだろう。重力を利用し、落下する全体重の力を込めた捨て身の剣である。

 

「君子(くんし)ではなく、君子(きみこ)で居たいのかね?」

 

 加賀には余裕があった。

 剣が到達寸前、「無駄だ」の声と共に床から出現した無数の牙が、君武の一撃を受け止めていた。

 応石獣の仕業である。

 攻撃をあっさり防がれた彼は、凄い勢いで弾き飛ばされる。

 

 応石は画数が多ければ、多い程、力が強くなって行く。

 同じ応石とは言え、所詮は〈人〉は二画。九画の〈為〉を足したとしても十一画と、合計十五画の〈蛇牙〉とでは力の差があるのだ。

 

「あうっ」

 

 加賀の放った応石獣の衝撃波をもろに食らった君武は、短い悲鳴を上げて水面へと落下した。

 既に応石で出来た刀も消え失せている。

 

「暫く、頭を冷やすが良い」

「君武っ!」

 

 果林の叫びを遠くに聞きながら、予算委員は地下に流れる大河の濁流に呑み込まれ、あっと言う間に滝壺の下へと流されて行った。

 

〈続く〉




山城死す。
この当時は『艦〇れ』が無かったので、ミリオタは加賀だの、山城や摩耶だのと旧軍艦名を密かに名付けて喜んでましたね。
判る人は判ってくれって奴。まさか、加賀って言うと巫女装束もどきを着た弓道お姉さんキャラになっちまうとは、当時思ってなかったよ。

これらが軍艦名だと気が付く人が増えたのは、恐らく『エヴァ〇ゲリオン』辺りからかな?
でも天城だ土佐だ、笠置や伊吹だのの未成艦の名を付けたり、鵜来や千鳥みたいな小艦艇。音羽に常磐の様な明治艦艇の名を付けると案外、皆判らないんですよね。

駆逐艦未満、またはWW2艦艇以外はメジャーでないから、お勧めの命名法ですぞ(笑)。

どうでも良い裏設定。
加賀と言えば、加賀大膳は『蓬莱学園イベントファイル』(1994年、新紀元社刊)に登場した5月期担当のファルディン・加賀先生と遠い親戚と言う、訳の分からん裏設定があったりします。

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