蓬莱学園の夜桜!   作:ないしのかみ

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はい、これで完結です。
しかし、昔の手書きから書き写すのはしんどかったよ。
あ、タイトルに蓬莱らしく、『~夜桜!』と!を追加してみました。
ついでに果林のサービス用に、タグ『レオタード』も追加だ。

それにしても『蓬莱学園』ってジャンル、もう少し増えないですかねぇ。
って、笛吹きで蓬莱学園で連載完結させた奴って、もしかして自分が最初かーい(笑)。


7、終幕

〈7、終幕〉

 

 地上三十階建ての近代的な美しいビルディング。

 そこに蓬莱学園の中枢である委員会センターがある。その一室、だが、華麗とは程遠い場所にそのオフィスはある。

 曲がりなりにも一般生徒が関わる地上部分と違い、関係者以外立ち入り禁止の地下部分は一般生徒には謎の空間だろうし、まともな神経を持った連中ならば、関わり合いを持ちたくないに違いない。

 

 通称〝白い壁の向こう側〟とも呼ばれる特別取調室の近く、公安委員会非常連絡局(GESTACO)の本部である。

 木製に見える扉の内部に、内装は豪華だが照明はスポットのみの陰気な部屋がある。

 

「入ります」

 

 ノックと共に女性の声が響き、扉を開いて長身の公安委員がファイルを片手に入室して来た。

 それはタイトスカートと礼服に身を固めた女性だった。

 やや吊り目気味の紫の瞳が整い過ぎた顔の造形と相まって、どことなく近付き難く、冷たい印象を与えるが、美人には違いない。

 彼女は腰まで伸びた桜色の長い髪を揺らしながら、デスクの前まで歩み出て敬礼する。

 

「局長、ジャネット・カーリン大尉出頭しました」

「いよっ、待ってたよ。ああ、副局長、君は帰って良いよ、てね!」

 

 室内に居た三人の内、副局長と呼ばれた男が顔をしかめる。

 

「それは命令ですか?」

「うんっ、命令だよ。あっ、君はこれからのお楽しみを邪魔したいのかなぁ~、

 よっ、出刃亀君と呼んであげよう♪」

 

 どこかの無責任艦長ばりの、馬鹿丸出しの軽い口調で局長なる男がおちょくりまくる。

 

「結構です。局長はもう少し真面目に執務して下さいっ!」

 

 副局長と呼ばれた小柄な男子委員は、それでも敬礼だけは忘れない。

 その容姿は中学生にしか見えないが、四角四面な律儀な奴だ。

 彼は彼女と入れ替わりに退出する。ばんと乱暴にドアを閉めたのが苦笑を誘う。

 

 完全に副局長が退出したのを確認した部屋の主は、椅子を回してゆっくりと彼女の方を向く。

 背は低く、小太りでニキビ面。

 片目はぼさぼさの髪の毛で覆われていて、さながらゲゲゲの鬼太郎の様である。

 

「また、副局長。いえ、中佐が何か難癖を?」

 

 彼女が心配そうに口を開く。

 外見に反して、その声色は優しそうなソプラノであった。

 

「ジャネット少佐、そんな用件で私は君を呼んだ訳ではない」

 

 局長の声は先程とは打って変わった重々しい声だった。

 どうも、あの軽いノリは演技であったらしい。

 

「少佐?」

 

 訝る彼女に、局長は引き出しから辞令を取り出した。

 

「今日からの君の階級だ。さ、報告したまえ」

 

 彼女はいきなりしゃがみ込むと床に片膝を着き、片腕を胸の前に当てて臣下の礼を取った。

 別にそうやれと目の前の男に強制された訳ではない。彼女なりの忠誠の証であった。

 

「錬金術師、加賀大膳は応石の所持に成功。

 治安部隊を中心とした追撃隊を振り切り、四号廃校舎に逃げ込みましたが、一部の局員は更にこれを追って加賀と対決。共に相打ちになった模様です。

 詳細はこれに」

 

 彼女はファイルをまさぐると、局長に報告書を差し出した。

 

「ふむ。応石使いが相手では苦戦もしよう。

 しかし、治安部隊が壊滅か」

 

 局長が呟く。

 

「動乱を生き延びた猛者も、少なからず居たとの話でしたが…」

 

 暗記したファイルの情報を説明する彼女に、非常連絡局長はひらひらと手を振った。

 

「応石相手に無手で勝つのは困難だよ。それは私が良く知っている」

 

 AIO(学園諜報局)局長を兼ね、6・4内戦では第三生徒官を歴任した男は断言した。

 彼女は局長が動乱時、強力な〈滞〉の応石を所持していた事に思い当たった。その経験から来る言葉なのであろう。

 

「加賀の遺体は回収したのかね?」

「四号廃校舎陥没の為、残念ながら…。彼の死は確認済みですが」

 

 一応、事後確認として小型重機を持ち込んで発掘を試みたが、応石による物と思われる不可視の障壁に阻まれて、手も足も出せなかった旨も報告する。

 

「それから、少佐が機密をリークしていた相手は判明したのかな」

 

 彼女は顔を上げた。その相手とは、この頃、蓬莱学園の上流生徒の間で密かに話題が上がる男子生徒である。

 彼がどうも今回の事件の黒幕らしい。

 加賀大膳が、応石の呼び出しを可能にさせる秘術を成功させる結果になったのも、元を辿れば、原因はその男が錬金術研に流した膨大な裏資金なのである。

 

「一年甲子組の生徒で、本土のある財閥の次期当主です。

 発酵食品。醤油、味噌、酒を扱う醸造の最大手ですが、その発酵技術を元手に薬品や化学、近頃ではバイオテクノロジー方面でも業績を上げています。

 恐らく、ほうらい会系でしょう…、名前は…」

「彼が離修委員長に接触しているとの話は?」

 

 報告途中の彼女の言を遮って、彼は尋ねた。

 

「は? 副局長は何も言われなかったのですか?」

 

 局長は苦笑しながら、愛用のオイルライターの被帽を弄ぶ。

 

「委員長殿の腰巾着の彼が、私に報告すると思うのかね?」

 

 その言葉に彼女は唇を噛んだ。

 

「やはり中佐は、局長の追い落としを…」

 

 公安委員会に於ける、離修竜之介委員長の名前は絶対と言って良い。

 彼にはそれだけの実力があり、カリスマも絶大と言う事である。

 だが、非常連絡局長は離修委員長の配下とはやや立場を異にする。どちらかと言えば、配下ではなく、対等な同盟者と言った関係に近い。

 これが公安委員長に心酔し、忠誠を誓うグローリアや副局長辺りとは違う点であろう。

 

 中佐が離修委員長の子飼いであり、腹心である事は、公安のみならず、少しでも学園の政治に関心があるならば、良く知られた事実である。

 その中佐を副局長として非常連絡局に送り込んだのは、離修委員長が如何に局長を警戒しているかの表れなのだ。

 監視役として、そして機会があれば非常連絡局から現局長を追い落とす為、虎視眈々と目を光らせている獅子身中の虫なのだ。

 少なくとも、彼女はそう理解している。

 

「いきり立つな、ジャネット君。君らしくもない」

「申し訳ありません」

 

 思わず身を翻して、副局長室に殴り込もうかと思いかけた彼女に対して、局長は冷静な声でそれを制した。

 

「来年には委員長殿は、此処のポストを中佐に任せるつもりらしいがね」

 

 公安活動の全てを握りたい離修委員長にとって、九十年動乱の結果によるとは言え、自分の完全支配下に無い部下と言う存在は、邪魔者と言って良いのかも知れぬ。

 

「しかし、私にはAIOの方もある。そうそう公安の椅子を明け渡しはせんよ。

 まぁ、布石はやっておいた。君も今日からAIOに移籍して貰うよ」

「え…私がAIO局員ですか?」

 

 公安委員会学園情報局(AIO)。

 米国のCIAや旧ソ連KGBにも匹敵すると噂される、蓬莱学園の諜報機関である。

 AIOはエリートだ。自分がなれるとは思っていなかった彼女は呆然とする。

 

「辞令を良く見てみなさい。当面はGESTACOとの二足草鞋だがね」

「お見苦しい所を見せて申し訳ありません」

 

 局長の言葉に、彼女は真っ赤になってうつむいた。

 

「では、報告を続けたまえ」

 

 ジャネット・果林は報告を続けたが、その何処にもマリーンや君武の名前が出る事は無かった。

 

            ★        ★        ★

 

 南国の宇津帆島は、三月と言っても桜が満開だ。

 君武南豪は宇津帆ソメイヨシノが咲く、恵比寿山の中腹に寝転び、淵内湾から来る潮風を身体に受けながら、移り変わる雲を眺め続けていた。

 

「不景気な顔をしているな」

 

 聞き覚えのある声がして、薄紫の瞳がひょいと顔を覗き込む。

 

「相変わらずの貧乏生活な毎日だからな」

 

 君武は身を起こすと、身体を捻って果林の方を向いた。

 

「まずは伝える事がある」

 

 そう言うと、彼女は呼吸を整えた。

 

「生命が惜しくば、山城の言っていた偽学生の件を誰にも話すな」

 

 果林はわざと事務的に述べて、そのまま隣に腰を下ろした。

 

『山城の件は、上層部に封殺されたと言う事か』

 

 彫刻の様な果林の横顔を眺めながら、君武はそう推察した。

 

「警告だ。それなりの中堅だと自負していた私すら知らなかった、上層部のトップシークレットだからな」

 

 自分の昇進も、その為の口止め料を兼ねていると思う。

 

「まだ、お前を捕らえたくはない」

 

 言い終えると彼女は、抱えていた紙を君武に差し出した。

 

「ん?」

 

 古い蓬莱タイムズのコピーだ。

 日付は1990年6月4日。

 

「内戦当日の物だ。印刷所が使えなかった為に、コピーで作った号外に近い」

「午前11時45分頃、ナパーム弾を搭載した武装SS航空団のF4戦闘機が学食横町に墜落。

 未確認情報によれば…宮城君子副部長他、手話研部員の殆どが死亡した模様?」

 

 片手で別の紙束を差し出す果林。

 

「後の追跡調査で判明した死亡者一覧だ。

 …マリーン・吉野の名もある」

 

 果林の手にある黄ばんだ紙束が音を立てると共に、桜色の髪の毛が花びら混じりの潮風を受けて、大きく膨らむ。

 

「彼らも山城と同じ、内戦の犠牲者なのか」

 

 それを受けて、眼下に広がる平和その物そうな学園を果林が指さした。

 

「桜の樹が春に花を咲かせるのは、『根元に死体が埋まっているからだ』と、うちの局長が言っていた」

 

 乱れた髪の毛を手で押さえる。

 その眼前を彼女の髪と同じ色の花びらが横切った。

 

「それは闇に埋もれ、花を咲かせて朽ちて行く。

 だが、人々はその事実を知ろうともせずに、美しい花しか見ない。今回の事件も当事者以外、誰にも知られないままに朽ちて行き、無くなってしまうのだろう」

 

 この手話研部員達の様に…。

 君武は無言のまま、あの写真立てを取り出してことりと置いた。

 

「果林」

 

 不意に話題を変える。

 

「そうやって横座りしていると、おしとやかに見えるぞ」

 

 君武の指摘に、彼女はちょっと顔を赤らめる。

 

「え、あ…、そ、そうか?」

 

 その反応は意外だった。

 暗い雰囲気を吹き飛ばす為にからかったのであり、てっきり怒り出すと予想していたのだが。

 沈黙。

 話題が続かずに、暫く、予定に反して無言の時間が流れる。

 

「なぁ、俺らの行動は正しかったんだろうか?」

「?」

「少なくとも、加賀先輩にはまだ息があった。

 背中一面が重度の火傷で、弾丸で腹部に致命的な傷を負っていても、だ」

 

 公安委員は小首を傾げると口を開いた。

 

「それが加賀の望みだった。としか言えないな。

 お前の応石を使えば、マリーンの妨害を排除して、お前は加賀を救えたのかも知れん」

 

 確かにそれは可能であっただろう。

 

「しかし、加賀はマリーンに抱かれて本当に安らぎを得たんだ。

 本人がそれで納得しているのに、他人が口出す問題ではなかろう」

 

 果林はそっけなく言う。

 

「生きて罪を償う事が、先輩の採るべき道だと力説したかった。

 以前の俺なら、安易に死を選んだ先輩を卑怯者と罵ったろう。だが…」

 

 青空を見上げながら、予算委員は自嘲気味に続けた。

 

「地下で、俺自身がそんな事言える資格のある奴じゃないと気が付いちまったからな」

 

 どんな理屈を付けたって、他人はともかく自分には嘘は付けない。

 それに〝邪石〟の誘いに心が動いたのも事実だった。

 拒絶はしたものの、自分の身体を『男性にしてやる』との呼びかけは、麻薬の様な甘美な申し出であったのは否定出来ない。

 

「違う人生を歩めた筈だって想いがない訳じゃ無い。

 奴に指摘された通り、俺も心の奥底で先輩の引き出された暗黒面があるだろうし、一歩間違えば、そんな心に支配されてたんだ。

 結局、俺はそんな御大層に先輩を説教出来る人間じゃない」

 

 自分も逃げた人間だった。

 弟と角突き合わせる事を避け、家族のしがらみを断ち切って宇津帆島へと逃げて来た卑怯者だった。

 

「悩みの無い人間なんぞ、居ないって話だ。君武」

「ん?」

「御大層な奴って、ツラか!」

 

 からかいを込めて、果林が頬を指で弾いた。

 

「あっ、こいつ!」

 

 逆襲せんとした君武の指は、すっと立ち上がった果林に肩すかしを喰わされた。

 

「悩む事がある分、それが生きている証なのだと思うべきだな」

 

 笑いながら果林が言う。

 それはマリーン最後の微笑みに似ていた。

 

「待て!」

 

 君武はその笑顔を追いかける。『いい笑顔だ』と思いながら。

 

 遠ざかって行くそんな二人を、写真立ての中のカップルが微笑んで見守っていた。

 そして、今年もマリーンが好きな桜吹雪が舞う。

 

〈FIN〉




どうでも良い裏設定。

偽生徒問題。
この一ヶ月後に「朝比奈事件」が発生し、この二級生徒問題が発覚します。
山城は無論、二級生徒です。果林たちはそれを早めに知ってしまったのです。
傷石。
公式には〈偽〉と言う傷石は存在しません。
応石すら騙してしまう、まさにニセな訳です。
局長。
F君です。私的にはへーすけ君と呼んでました。
彼が無責任艦長風なのはオリジナル。本当にこんな性格なのかは不明。
中佐。
K君です(笑)。スピッツみたいな人として有名ですね。
手話研への墜落事件。
これは史実です。亡くなった方のご冥福をお祈り致します。

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