第2章 やはり俺の春休みは間違っている。 作:あらがき@北宇治高校
pixivでも『あらがき@材木座以下のss』というユーザー名で投稿しておりますが、こちらにも投稿させて頂きます<m(__)m>
ただ、pixivに投稿しているものに若干の修正を加える場合もありますので、ご了承ください。
こちらは、私が投稿した『第1章 案外俺の卒業式は間違っていない。』『第2章 やはり俺の春休みは間違っている。』の続編になります。
奉仕部三人組に加えて戸塚や葉山、三浦と過ごす大学生活が始まります。
まだハーメルンでの勝手が分かっておりませんので、取るに足らない部分は多々あると思いますが、よろしくお願いします。
感想、ご指摘など頂けると嬉しいです!
<追記>このssは一話完結ではないので、その点はご了承ください<m(__)m>
―6月17日―
「ねみぃ…」
ここまで大学に行くのが憚られるほどの眠気に襲われる朝というのもなかなか無い。
昨日は眠りに就くのが異常に遅かったのだ。
ぼっちというのは生活リズムを崩すことが非常に少ない生き物である。
というのも、友達がいないために付き合いで自分のペースを乱されることがまず無い。
そのうえ、俺の趣味は読書くらいだから、いつでも中断可能で、スポーツのように夜間は出来ないというわけでもない。
よって、学校生活も含めた毎日のバイオリズムが崩れることが殆ど無いため、夜更かしへの耐性は皆無である。
この睡眠不足の原因はというと、小町の『女の子っていうのはね…講座』を3時間以上も受けさせられたことにある。
事の発端は、
「そういえば、もうすぐ結衣さんの誕生日だよね?
お兄ちゃん、どんな感じで祝ってあげるの?」
と小町に聞かれたので、俺は正直に
「あぁ、まだ考えてなかったわ。」
と言ってしまったことだ。
「お兄ちゃん、結衣さんの誕生日いつ?」
小町は歩みを止め、ジト目で俺を睨みつける。
「明後日だったかな。」
その言葉に小町が憤慨して…。
ここからは前述の通りだ。
乙女心やら何やらについて、ひたすら頭に叩きこまれた。
残念ながら、女心が分かるほどに女子と接していないので、俺にその方面の話に対しての理解があるはずもなく…。
だから、小町に「じゃあ、どんな感じで祝ってやればいいか教えてくれよ。」と頼んだら、
「何言ってんの、お兄ちゃん!
そんなのお兄ちゃんが考えないと意味ないじゃん!」
と怒鳴られる始末。
お前を含めて女子というのはよく分からん生き物だ。
矛盾と不条理のオンパレードじゃねぇか。
まあ、その例外として雪ノ下みたいなのもいるにはいるが。
あれだけ言動が貫徹された女子もそれはそれで厄介なのは間違いない。
まぁ、こんなわけで、俺は大学までの道中の全時間を誕生日構想に費やした。
しかし、生まれて此の方、家族以外の誕生日的なイベントに関わったのは4回程度。
由比ヶ浜の誕生日2回と雪ノ下の誕生日2回だけだと思う。
それらは、俺が何もしなくても円滑に進んだのだが、今回は違う。
計画から準備までの全工程を自分で進めなければならない。
いくらなんでも初めてのミッションにしては難易度が高すぎる。
エアーマンが倒せないなんてもんじゃねえぞ。
とはいえ、彼女の誕生日に何もせぬ訳にもいくまい。
自分の発想に限界を感じた俺は、誰かに相談するという方法を視野に入れてみた。
では仮に相談するにしても、大学で交友関係が極度に狭い、というか殆どない俺が誰に相談などすればいいのか。
最初に浮かんだのは戸塚だった。
しかし、俺と戸塚は通うキャンパスが違う上に、由比ヶ浜と学部が同じなので、相談中に遭遇してしまう可能性がある。
別にサプライズをしたい訳ではないのだが、画策しているところを見られるのも野暮だしな。
次に思い付いたのは…。
…。
……。
いなかった。
俺が相談できる相手などそもそもいる筈がない。
考えを巡らせていると、とうとう電車が大学の最寄り駅に着いてしまった。
由比ヶ浜の誕生日は明日だ。
今日中に場所と時間くらいは伝えておかないと、友達の多いあいつのことだから、誕生日当日に祝ってやれなくなってしまう。
もう詰んでしまったのか…。
と肩を落としていると、後方から聞き覚えのある爽やかな声が俺を呼ぶ。
「比企谷、おはよう。」
「うす。」
声の主は葉山だった。
「どうしたんだ?
いつもに増して、眉間に皺を寄せているように見えるんだけど。」
前から思ってたけど、お前はサラッと辛辣な言葉で俺を傷つけてくるよな。
「別に。」
「悩み事か?
結衣のことか?
あ…、そういえば結衣って明日、誕生日じゃなかったっけ?」
お前、どんだけ鋭いんだよ。
もはや見た目が子どもだったら、コ○ン君も夢じゃないレベルの推理力だわ。
待てよ…。
葉山に相談するというのはありかもしれない。
同じグループだった由比ヶ浜の嗜好を知っていてもおかしくないし、なんせリア充グループの頂点に立つ男なら色恋系統の話題には強いだろう。
「そうだな。」
だが、こいつに頼むというのはどうも気が進まない。
安いプライドを守りたいなんて、くだらない意地を張っている訳ではない。
土下座であろと、靴舐めであろうと、必要があればやってやるさ。
俺が危惧しているのは、モテすぎる葉山の意見にあいつ自身の前提条件が加味されたものを俺に勧めてくる可能性があるということだ。
そればかりだと、参考にならんからな。
とはいえ、俺に選択肢など残されていない。
今回は仕方あるまい。
「すまんが葉山、今日の授業が無い時間帯か放課後に少し付き合ってくれないか。」
葉山は意表を突かれた顔で俺を見つめる。
「驚いたな。
比企谷が俺に頼み事をするなんて。」
「已むに已まれぬ事情があるもんでな。
それに、奉仕部の件なんかでも、俺はお前のことを案外頼りにしてきたと思うが。」
俺の言葉を聞くと、葉山は少し呆れたような笑みを浮かべながら答える。
「本当かな?
俺には、君が全てを負うことで何事も解決してきたように思えるけどね。
まぁ、いいよ。
今日は1、2限しかないから、午後ならいつでも空いてるし。」
「そうか。
俺は3限まであるから、14時40分にフォレストガーデンでいいか?」
「分かった。
それじゃ、俺はこっちだから。」
「おう。」
俺は授業が行われる棟に向かって足を踏み出そうとするが、ふと後ろ髪を引かれる感覚を覚えた。
流石に、一言だけ礼を言っておくべきではないだろうか。
今回は、葉山に一切関係のない件なわけだし。
「葉山。」
俺が呼ぶと、葉山は顔だけをこちらに向ける。
「いや、その、なんだ…。
付き合わせて悪いな。」
なぜか、葉山に面と向かって『ありがとう』と言えないのだが、そういう俺って捻くれてんのか?
「いいよ。
俺も比企谷には借りがあるからな。」
なんだそれは?
まぁ、そんなもの作った覚えなどないが、この件でお前がその借りってやつから解放されるならそれでいい。
中途半端な関係の人間同士の間を繋ぐ何かがあるというのは、お互いにとってまどろっこしいものだ。
特に関わりがないのなら、そんなものは早々に清算しておくべきだろう。
「そうか。
じゃあな。」
「あぁ。」
そう言って俺から離れていくあいつの周りにはどこからともなく人が集まり、小さな大名行列を構築していた。
それを横目に見つつ、俺は一人で学部棟に向かう。
講義が若干長引いてしまったので、俺は小走りで待ち合わせ場所に向かう。
大学の憩いの場となっているフォレストガーデンに着くと、葉山をはじめとするいかにもリア充っぽい男女が8人ほど座れるテーブルを陣取っていた。
葉山は入り口の前で立ち尽くす俺に気付き、仲間たちに別れの挨拶を告げてから俺のもとへと駆け寄ってくる。
「あいつらはいいのか?」
俺は葉山と一緒にいた連中を顎で指す。
「うん。
約束の時間まで暇だったから、学科の友達と喋ってただけだしね。」
「そうか。」
リア充ってのは、仲間と過ごすことで空いた時間を消化するのが大前提のようだからな。
一人でいることが悪であるような観念を抱く者も少なくないだろう。
「じゃあ、あの端の席にでも座ろうか。」
「あぁ。」
俺たちは比較的人気が少ない場所の小さなテーブルに向き合って座る。
「それで、相談ってなんだい?」
葉山は少し悪戯めいた表情で俺の顔を覗き込む。
お前…、分かってるくせに俺に言わせるとか質悪いな。
「率直に言うと、由比ヶ浜の誕生日に何をしてやればいいか分からなくて困っているから、相談に乗って欲しい。」
「へぇ~
比企谷、ちゃんと祝ってあげるんだな。」
「ふんっ。
俺はちゃんと祝うぞ。
これまでだって、小町とか小町とか小町とか…。」
「そうなんだ…。
妹思いなんだね。
ははは…。」
葉山はぎこちなく作った笑顔をこちらに向ける。
「話を戻そう。
実はかなり切羽詰っていてな…。
今日中には、由比ヶ浜に時間と場所くらいは伝えないとまずいんだ。」
「そうだね。
でも、結衣は比企谷がこうやって計画してくれてるってだけで喜びそうだけどな。
高1からお前のこと好きだったんだろ?
本当に一途だよな。」
「んなことは、どうでもいいんだよ。
てか、俺自身もなんで好かれてんのかよく分からんし。
葉山ならどうするかを教えてくれ。」
「そうだな…。
比企谷、結衣にこうして欲しいとか言われたことあるか?」
「いや、特にないと思う。」
「細かいことでもいいからさ。」
細かいことって言ってもな…。
そういえば、プレゼントとは関係ないが、由比ヶ浜に頼まれていたことは一つあった。
「―――って由比ヶ浜に言われたことはある。」
「へぇ~。
なるほどね。
良い作戦を思い付いたんだけど、聞くかい?」
葉山は随分と挑発的な笑みを浮かべる。
「あぁ。」
少しイラッとしたが、ここでは葉山の意見を取り入れる他ない。
「――。
―――っていうのはどうかな?」
「それって意味あんのか?」
俺には大して効果のある作戦には思えなかった。
「あぁ、きっと喜ぶぞ。
普段の比企谷の愛想の悪さがより一層感動を呼ぶと思うけどね。」
「もう、突っ込む気も起きねえ…。
まぁ、それはそれでいい。
だが、もっと具体的なとこを詰めていかないと、その作戦も意味を成さない。
葉山の思う誕生日パーティーってやつを俺に教えてくれ。」
「俺なら普通にプレゼントとケーキ買って、レストランで一緒にご飯でも食べるかな…。
彼女にそういうのしたことないから想像でしかないけど。
友達の誕生日パーティーなんかはこんな感じかな。」
『普通』にってなんだよ。
『普通』にプレゼント買えたら苦労しないっつーの。
「自慢じゃないが、俺は日雇いのバイトをたまにする程度だから、レストランで食事して、ケーキもプレゼントも買ってやる金は持ってない。」
「そうか…。
結衣は一人暮らししてるんだし、結衣の家でパーティーすればいいと思うよ。」
「それだとあいつの家で俺が料理を作るってことになるな。
まぁ、それなら金も足りるか。
残金は8600円。
ざっと見積もって、ケーキ3000円、食材2000円、プレゼント3000円ってとこか。
ところで、プレゼントってどんな物を買ってやればいいんだ?」
葉山は「友達が彼女にあげてた物なら幾つか知っている」と補足してから、列挙していく。
「指輪やネックレスみたいなアクセサリーを買ってあげてる奴が多かったかな。
あとは、財布やバッグ、時計を買ってる友達もいた。
自作のラブソングを贈ったやつは翌日には振られてたな。」
うーわぁー。
痛々しいわ、それ。
完全に自分に酔ってるやつじゃん。
歌ってる時は喜んでもらえると思っていたのに、後から思い返すといくらベッドでジタバタしても逃れられない恥ずかしさに襲われるやつだわ。
分かるよ、ナル夫君。
俺もカッコいいと思ってやってたコスプレを小町に見られて、それから数週間俺に対する態度が冷たくなったことがあった。
「なるほどな。
ただ、そういうのって好みが分かれるだろ?
『正直、いらねー』って、思われるのは避けたいからな。
由比ヶ浜の好きなブランドとかを知ってるわけでもないし。」
「でも、何を渡すにしてもそのリスクは付いて回ると思うけど。」
確かにそれはもっともだな。
人間、他人の気持ちが理解できるなんてことはないだろう。
心が通じ合っているなんてのは、互いに幻想を見ているにすぎない。
それなら、いっそのこと何でも良しになってしまうのだが、その極論に至るのは最終手段だ。
リスクが付き纏うことは変わらなくとも、一般的確率の問題に持ち込めばいい。
より広く好まれている物を選ぶことによって、多くの人間の好みに当てはまりやすいだけでなく、より多くの人間に持て囃される可能性も高くなるというメリットも付いてくる。
社会動物の典型である人間は周囲から褒められることに大きな価値を見出すのだ。
要するに、仮に自分が好きでない物を貰ったとしても、一般受けする物なら、周りの人間に羨ましがられて、いつの間にか満更でもなくなっているというパターンに持ち込める可能性があるのだ。
「じゃあ、お前が知っている一番人気なアクセサリーのブランドを教えてくれ。」
「うーん…。
やっぱり、女物ならティファニーかな。」
「ティファニーか…。
分かった。
それとケーキを買って、由比ヶ浜にたらふく俺の手料理を食わせてやればいいか。」
「いいんじゃないか!」
よし!
なんとか、絶体絶命のピンチを切り抜けたぞ。
「サンキューな。
助かった。
じゃあ、俺、準備とかあるから行くわ。」
椅子を引いてその場を後にしようとしたら、葉山が俺を呼び止めた。
「比企谷!」
「なんだ?」
「大事なこと言うの忘れてたけど、」
「ん?」
「ティファニーって3000円じゃ買えないぞ。」
「…。」
また、俺に新たなミッションが課されることとなった。
「ふぁ~~あ。」
気の抜けた欠伸は俺を襲う睡魔の存在を明確に認識させてきやがる。
ただでさえ睡眠時間が足りないっていうのに、こんな時に限って神様は畳み掛けるように俺をベッドから遠ざけるのだ。
葉山に相談した日の夜、俺は名前だけ置いている登録制の派遣会社に頼みこんで自宅から自転車で行ける距離の日雇い労働を入れてもらった。
工事現場の交通整理なので、肉体労働というほどでもないが、今の俺には少々きついものがある。
何故こうなったのかというと…。
そもそも、葉山の薦めるティファニーというブランドの商品は最低でも10000円はないと買えないらしいのだ。
自分でも調べてみたが、確かに最安のネックレスで11000円だった。
ということで、俺はお金を調達すべく、急遽日払いのバイトを入れたわけだ。
22時から働いて5時に終わる、典型的な夜勤のシフトなのだが、1限に授業があることも考慮すれば相当しんどい。
今日から明日にかけての俺のスケジュールはまさに鬼畜そのものだ。
バイトを終えて5時半に家に着いたら1時間半だけ睡眠を取り、7時から30分で朝の支度を済ませ、7時半の電車に乗って9時前に大学に到着。
今日も3限まであるので、14時半に授業を終えたら由比ヶ浜の家に行く途中の大型デパートがある駅で下車して、ケーキとティファニーのネックレスを購入。
それから由比ヶ浜の家の最寄り駅近くのスーパーで食材を一通り揃えたら、17時半から1時間半かけて少し手の込んだ料理を作って、予定通り19時から誕生日パーティーの開始だ。
改めて、手帳にびっしりと敷き詰められたタイムスケジュールを目の当たりにして俺は唖然とする。
俺、死なないかな?
だが、これで完璧なはず。
既に由比ヶ浜には誕生日パーティーについて必要最低限のことは伝えてあるので大丈夫だ。
―6月18日 朝5時―
「お疲れさん。
はい、そんじゃこれが今日のお給料。」
いかにも優しそうなおじさんから醤油でもこぼしたようなシミのある茶封筒に入った給料を手渡しされる。
「ありがとうございます。」
中には9450円入っていた。
家にある緊急用の3000円も足せばなんとかなりそうだ。
俺は帰宅して風呂も入らずに即就寝し、1時間半後には暇つぶし機能付き目覚まし時計に叩き起こされ、通勤ラッシュの時間帯なので座って寝ることも出来ないまま講義を受けるはめになった。
まぁ、1、2限はレジュメさえもらえれば寝ててもなんとかなる授業だったのは幸いだったと言える。
3限を終えた時には、体が言うことを聞かない状態にまでなっていたが、力を振り絞ってデパートに向かう。
デパート内にあるティファニー・ショップに足を運んだのはいいが、その店の雰囲気は俺をはっきりと拒絶している。
アクセサリーショップなだけあってやたらに鏡が多いのだが、そこに映るまともに睡眠をとっていない俺の顔はというと、それはもう酷い形相だった。
『気にすることはないわ、比企谷くん。
あなたの形相は元から酷いのだから、普段と何一つ変わらないように見えるもの。』
おいおい、こんな幻聴が聞こえてくるって、俺もう死ぬまであるよね?
雪ノ下さんが脳内でも俺を罵ってくるんですけど、もしかして俺って潜在的にMなの?
とにかく、お目当てのブツを買ってしまおう。
ここでの滞在時間は極力短くしたい。
ガラスケースの中で輝くジュエリーはどれも小振りで可愛らしいデザインなので、きっと由比ヶ浜には似合うと思う。
ならば、値段で決めよう。
一番安いものは…っと。
13500円だと!?
そうか。
俺はネットで調べたから、あれは定価じゃなかったのか。
最近のネット通販は驚くほど安いからな。
この前、プリキュアのBlu-ray BOXを買おうとした時、店舗販売とamazonを比較したら、2000円違ったほどだ。
しかし、緊急用の3000円のおかげで、ケーキと食材に必要なお金はかろうじて残った。
プレゼントの場合は無料でラッピングしてくれるらしく、見た目はそれっぽく仕上がってくれたのでよかった。
続いて、デパ地下で良さげなケーキを探す。
由比ヶ浜はおそらく、味どうこうよりも見た目が華やかな物の方が喜ぶだろうから、上に動物の砂糖菓子やチョコのアーチが乗っているケーキを選んだ。
こちらも、誕生日なら無料で名前を入れてくれるとのことなので、頼んでおいた。
ところで、どうして世の中、プレゼントになるとこうも人に甘くなるのですか?
俺は祝う側にも祝われる側にもなったことが殆どなかったので、知らなかったですけど!
ようやく、デパートでの用件が終わったので由比ヶ浜の家に向かう。
駅から由比ヶ浜の家に行く道中に割と大きなスーパーがあるから、そこで食材を買うことにしよう。
スーパーに行くまでに由比ヶ浜に食べたいものでも聞いておくか。
通話機能をタップした時に気付いたのだが、機種変更して2ヶ月経つのに、初めて家族以外に電話を掛ける気がする。
「もしもし、ひっきぃ?
ヒッキーから電話してくるなんて珍しいね。」
「そうだな。
今日の晩飯、何がいい?」
「うーん、そーだなぁ…。
ハンバーグが食べたい!」
「はいよ。
他には?」
「ミートスパゲッティ!」
いや、メインディッシュ2つもいるの?
まぁ、誕生日だしいいか。
由比ヶ浜は誕生日じゃなくてもよく食うけど。
「りょーかい。
あと1時間ちょっとで着くから。」
「うん、分かった!
じゃあ、また後でね。」
「あぁ。」
しかし、今さらながらお金が足りるか心配になってきた。
大学から由比ヶ浜の家までの電車賃を計算していなかったのと、ティファニーのネックレスがネットで調べたものより高かったために、残金が予想以上に少ない。
2000円か…。
まぁ、なんとかしてみせよう!
小学6年生まで家事全般をこなしていた俺の主夫力がだてじゃねぇってことを証明してやる。
スーパーに着いたら、まずタイムセールか数量限定特価の商品がないかを確認する。
くそっ…。
やはりこの時間帯にはなかったか。
だが、棚に並んでいる商品を見る前に、ワゴンに出ている商品から極力買うようにする。
お、コンソメがワゴンにあった。
これで、スープは大丈夫だ。
パスタなどはトップバリューにすればかなりお得に購入できる。
よし、あとは普通に買うしかないが、野菜の見分け術なんかも俺には備わっている。
そうしてレジに行くと、2030円のお買い上げで、俺の残金は45円になった。
ひもじすぎるだろ…。
しかし!
長かった1日ももうすぐクライマックスだ。
17時20分。
由比ヶ浜の家に到着した。
「やっはろー!
今日はわざわざありがとね。」
「おう。
まぁ、あんまり期待はしないでくれ。」
「はいはい。
ヒッキー、何か手伝うことない?」
いや、何も手伝わないで頂けるのが一番の手助けになるんですけどね。
まぁ、そんなこと言えるはずもなく…。
「いや、今日は由比ヶ浜の誕生日だから、お前にはゆっくりしてて欲しいんだ。」
別に嘘を言っている訳ではないだろ?
俺は由比ヶ浜が料理が上手かろうと彼女の誕生日に手伝いをさせようとはしない…はずだ。
「そっかぁ…。
でもやることないしなぁ。」
「それなら、俺の主夫力の高さを篤と見ておくといい。
俺が専業主夫になるのも仕方ないって思わせてやる。」
「まだ、その野望諦めてなかったんだね。」
「当然だ。
働いたら負けだという気持ちに二言は無い!」キリッ
「いや、全然カッコよくないし!」
俺の渾身のドヤ顔にツッコむ由比ヶ浜は柔らかな笑顔を浮かべていた。
さてと、ここからが本番だ。
しかし、体力的には限界がすぐそこまで迫ってきている。
俺のHPはもはや10%未満で、ウル○ラマンなら胸のライトが点滅しているに違いない。
それにしても、俺がこんなに身を削ったのは初めてのような気がする。
人間、自分に尽くしてくれる相手には、粉骨砕身するのも悪くないと思うのではないだろうか。
俺は往々にして、自分に関与する利害に基づいて行動する。
だが、その例外として挙げられるのは小町だ。
俺は何もやりたくてシスコンを演じている訳ではない。
小町は何だかんだ言っても、俺の味方でいてくれているのだ。
俺に対してそのような接し方をする人間は小町しかいなかった。
要するに、俺は妹という属性が好きなわけではなく、長年かけて構築された信頼感が小町のためなら一肌脱ごうかと俺を動かすのである。
そして、由比ヶ浜もその例外の一人になりつつあるのではないかと思う。
曖昧な表現を使うのは、自分でも自分のことはよく分からないからだ。
だけど、今はそれでいい。
なぜか、今はそう思える。
19時05分。
ようやく、全メニューが完成した。
「わぁ~
豪華だー!!」
実は、高級食材を使うほどの残金が無かったために、少し庶民的な味に仕上がってしまったのだが、由比ヶ浜が満足してくれるならそれでいい。
「それじゃあ、食べるとするか。」
「うん!
いただきまーす!」
料理にはそこそこの自信はあるのだが、口に合わない可能性もあるからな。
どうだろうか…。
「…。」
由比ヶ浜は黙ったまま、淡々と食べ進める。
「あの…。」
「ん?」
「どうだ?」
そんな無言で食べられたら不安になってくるじゃねえか。
「うん。
ちょっとビックリしてるかな。」
なんだよ…、はっきり言ってくれねえかな。
「上手いか?」
「えっと…
おいしい…。
すっごく美味しいよ!
正直、ヒッキーの主夫力は口だけだと思ってたから、驚いちゃって言葉が出なかった。
ヒッキーこんなに美味しい料理作れるんだね!」
「そうか。
ならよかった。」
由比ヶ浜の反応を確認して、少しホッとしたので俺も箸を進める。
うん。
我ながら上出来だ。
「美味しいから嬉しいんだけど、彼氏より女子力低いのはちょっと辛いなぁ。」
「また今度、一緒に練習するか?」
「ほんと!?
ヒッキーが教えてくれるの?」
由比ヶ浜はパアッと表情を明るくして、俺の目を食い入るように正視する。
「あぁ。
俺も雪ノ下ほど完璧にこなせる訳ではないが、この程度なら慣れれば誰でも出来るようになる。」
「そっか。
よーし、いつかヒッキーに『おいしい』って言わせてやるぞー!」
二人分にしては少し多めに作ったのだが、30分もせぬうちに綺麗に平らげてしまった。
「おいしかったぁ~
ありがとね、ひっきぃ♪」
「お粗末様でした。
じゃあ、ケーキ食べるか。」
「え!?
ケーキも用意してくれてたの?」
由比ヶ浜は素で驚いているようだった。
それってちょっと悲しいんだけど。
俺、どんだけ期待されてないんだよ。
「そりゃ、誕生日だからな。」
「ヒッキーがこんなに色々してくれるなんて、思わなかったよ!」
やっぱりか。
まぁ、喜んでくれてるならいいか。
俺は、キッチンでロウソクを立ててテーブルに運んでくる。
「わぁ~♪
このケーキ超かわいー!」
「電気消すぞー」
俺は葉山に言われた通りに一つ一つミッションを消化する。
「ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデートゥーユー…」
合唱では口パク王子の異名を持っていたほどの俺だが、葉山に歌わず祝う方法を悉く却下されてしまったためにやむを得ず歌っている。
俺は恥じらいを捨てて独唱してるというのに、それを見て由比ヶ浜は吹き出しそうなのを堪えようとしている。
くっそ~!葉山の野郎…。
もしかして、ハメられたのか!?
だが、ここまで来て引き下がる訳にもいかない。
「ハッピバースデートゥーユ~~
よし、消していいぞ。」
由比ヶ浜は勢いよくロウソクの火を吹き消した。
「ヒッキー、本当にありがとね。
もう泣いちゃうかも。」
由比ヶ浜は大袈裟に言っているわけではないようで、本当に目に涙を浮かべていた。
「ほいよ。」
俺は切り分けたケーキに出来るだけ砂糖菓子やチョコをのせて由比ヶ浜に渡す。
「こんなにもらっていいのー?」
「当然だ。
今日の主役はお前だ。」
「そっか♪
じゃあ写真撮ろー!」
「おっけ。
はい、んじゃケーキ持ってこっち向けー」
「何言ってんの!?
ヒッキーと一緒に撮るに決まってんじゃん!」
「いやぁ、俺、写真苦手なんだわー」
「ダメだよ。
主役の命令だからね!」
そう言うと、由比ヶ浜はケーキの皿を持っていない方の腕で俺の腕に抱き付いて、携帯の内カメを向ける。
「はい、チーズ!
上手く撮れたかな…。
よしっ!
見てー。どう?」
「いいんじゃねえか。」
「だね。」
撮った写真を眺めながら、由比ヶ浜は幸せそうにケーキを食べている。
それじゃあ、そろそろ出すとするか。
「じゃあ、最後にプレゼント。」
「まだあるの?
そんなに気遣わなくてもいいのにー」
そう言いながらも由比ヶ浜は嬉しそうだ。
「その…なんだ…。
えーっと…。」
これが今日最後のミッション。
葉山の思い付いた『いい作戦』ってやつだ。
どうも小っ恥ずかしくて避けたい道だったのだが、ここまで来ればもう同じだろう。
「誕生日おめでとう。」
「結衣。」
由比ヶ浜は俺の差し出した箱を受け取ろうとしたまま固まっている。
「ねぇ…ヒッキー?
今、結衣って…。」
由比ヶ浜が俺に頼んでたことってそれくらいしか思いつかなかったんだよ。
まさか、葉山にそこを突かれるとは思ってなくてだな。
「あぁ。
この前、言ってただろ?
『結衣』って呼んで欲しいって。」
由比ヶ浜はそっと俺のプレゼントを受け取る。
「開けていい?」
「どうぞ。」
由比ヶ浜は、リボンも包装紙も慎重すぎるほど丁寧に解き、ひらいていく。
「きれい…。」
「今度は、犬のじゃないから付けても大丈夫だぞ。」
「うん…。」
おっと。
今のちょっとボケたつもりだったんだけど。
そんなに神妙な面持ちでスルーされるとは思ってなかったわ。
由比ヶ浜は早速ネックレスを身に着けて、膝歩きで俺の隣に来て一言。
「どうかな?」
「似合ってると思う。」
「そっか。」
そう言う、由比ヶ浜の目は直視できなかった。
なぜなら、由比ヶ浜は目元を真っ赤にして、頬にぽろぽろと涙を伝わせていたからだ
「大切にするね。
何よりも大切にするからね。
返してって言っても絶対返してあげないからね!」
「はいよ。」
「それでね…。」
「ありがと!はちまんっ♪」
そう言って、由比ヶ浜は全力で俺にタックルしてきた。
そして、そのまま俺の背中に手を回し、俺の胸に顔をうずめている。
「なんだよ!
暑苦しいっつーの。」
「そんなの知らないもん。
ひっきぃが悪い!
あたし、ヒッキーから離れられなくなっちゃうよ!」
「そりゃ困ったな。」
…なんて思ってもいないことを言ってみる。
「ヒッキーのせいだからね!」
「はいはい。
それじゃ、そういうことでいいや。」
シャンプーや香水の香りに加えて、由比ヶ浜の体温が肌を通して伝わってくるので、流石に頭がぽわーんとしてきた。
俺は由比ヶ浜から目を逸らす。
「そうだ。」
この由比ヶ浜の言葉がやけに耳元で聞こえた気がして、視線を戻すとその時には…。
由比ヶ浜の唇が、、、
俺の頬にそっと触れていた。
第3章④柄にもなく、比企谷八幡は粉骨砕身す。
をお読み頂きましてありがとうございます!
二人の距離はすこーしずつでも縮まっているのでしょうか…?
次回の第4章あたりから、ゆきのんも本格的に出てくると思います!
これからもよろしくお願いします(^^♪