だけど頑張りますキリコ君
第十話、始まります。
教室は静まり返り、唯一聞こえてくるのは紙が擦れ、ペン先を突き立てる音だけ。そう、学期末試験は既に始まっているのだ。
閲覧禁止の棚から本を盗み出してから試験勉強そっちのけで読書をしていたため試験対策は全くしていなかった、とはいえそれまでは散々勉強していたので問題が解けずに苦しむ事は無いのだ。
しかもあの一件が原因で最近全く寝付けていない、おかげで試験中睡魔に苦しめられる事も無かった。代わりに精神はボロボロだが、多少の事はやむを得ない。
周り同様、俺も羊皮紙に羽ペンを走らせるのであった。
その日の試験科目の内容は魔法史、呪文術、変身術だった。
魔法史は基本暗記が中心になる、その結果ろくに勉強していなかったせいで満点はまず期待出来ないが合格自体は確実だろう。
呪文術の内容はパイナップルを机の端から端までタップダンスさせるというもの、これはそのための呪文を覚えていれば良いだけなので容易かった。
変身術の課題は鼠を嗅ぎたばこ入れに変身させる内容だ、これもまた、そつなくこなす事が出来た。途中何回か鼠がタコになったり右肩が赤くなったりしたが些細な事だ。
一日目の試験も終わり、そのまま自室へ向かう。盗んだ本はまだ読み終えてはいない、しかし盗んだ物を図書館や談話室で読むわけにはいかないので自室で読むしかない。
「あっ…キリコ、えーその…」
「………」
そのまま椅子に座り本を開く、ヤツはしばらく黙っていたがその内部屋から出ていった。
…現実から逃げるように本を睨み付ける、内容は今まで読んでいたような本とは比較にならないほど難しいものではあったが、その分見返りも大きい。これだけの情報があれば俺の考えている呪文は十分実現可能な段階まで引き上げることが出来るだろう。
しかし、俺は本に集中しきる事は出来なかった。そうしなければならなかったとはいえ、キニスを突き放した事は未だ俺の心に暗い影を落としていたのだ。
その度に自分自身に語り掛ける、お前と共にいたヤツはどうなった? お前を助けようとしたヤツ、共に戦ったヤツはどうなった? それにより鮮明に蘇る仲間の屍、キニスをそれに重ねて見る事でどうにか決意を持ち直す。
「死なせてはならない」それだけが今の俺を支えている今にも崩れそうな一柱であった。
…全く、分からない。魔法史のテストとにらめっこを続けているが答えを吐いてくれる様子は欠片もない、授業を思いだし答えを導こうとしても浮かぶのはピンズ先生の子守唄と朝御飯の満腹感だけだ。
それに何より、ここ最近心を重くする事があった。そのせいでテストに集中する事さえ出来ないのが、今の僕の現状だ。
あの日の夜、キリコに何かあったのは間違いない。だってその前日までは全然変なところが無かったんだもの。…少し、無理してそうだったけど、でもそれまではいつもとそこまで変わんなかったはずだ。
…キリコは多分優しい人だ、普段は無表情の無愛想だけど箒の暴走を止めてくれたり、真っ先にトロールへ向かっていったり、僕やハリー達を助けてくれた。誰かのためなら自分の危険なんて厭わない…そんな人なんだと思う。
だから今、僕を避けているのも何か僕の為にやっている事なんだろう。
でも、それでいいのだろうか。僕は正直今の状況はイヤだ、これからずっと話すことも出来ないなんて耐えられない。
それにキリコだって同じはずだ、あんなに辛そうな顔をして夜も眠れていないのに平気なはずじゃない。
僕の事を思ってやっている事だろうと関係無い、友達があんなに苦しそうにしてるのに放っておく事なんて、僕には出来なかった。
彼が何であんなことになったのか、一体何を抱えているのか何一つ分からない。だけどやってみせる、せめて、ほんの少しだけでいいからキリコの助けになりたい。彼を―――助けて見せる。
そして全てのテストが終わった今、僕は完全に詰んでいた。
どうすればキリコの助けになるのか。そんなことばかり考えていた結果テスト勉強にこれっぽっちも集中できず、ただでさえ絶望的だったテストは数倍酷い出来となった。
特に魔法薬学は酷かった、その内容は忘れ薬を調合するという課題だったけど肝心の作り方を見事に忘れ、辛うじて出来たのは「三日前のデザートの内容を忘れ、かつ五日前の朝御飯を思い出す」という、あのスネイプ先生が苦笑いを浮かべるほど微妙なシロモノだったとさ、これは酷い。
挙げ句の果てに、これだけ酷い結果という代償を払ってなおキリコを助ける方法が浮かんでいない事だろう。
まさか、ここまで分からないとは思わなかった。数日掛ければ何か一つぐらい妙案が浮かぶだろうと高を括っていたがそれは完全に的はずれだったと認めざるをえない。
とにかく話しかけてみる?
いや、全部無視されるだろう。
美味しいご飯を奢ってみる?
ダメだ最近食欲さえ無いみたい。
キリコの闇を調べてみる?
下手に触れたら余計傷付くだろ。
こういった時、今まで自分がどうやってたのか思い出してみた、結果全てその場の勢いで乗りきっていた。一体どうしろと。
だけど仲違いしたままもイヤだし、キリコが辛そうなのもヤダ。本当にどうすればいいんだ…
その結果、試験が終わったのに部屋にも戻らずひたすら学校中をウロウロしながら頭を抱えているのだ。
「キニス・リヴォービア」
「へ? 誰… スネイプ先生!?」
不意に呼び止められ、間抜けな返事をして振り返ったときいたのはスネイプ先生だった。足音もたてずに話しかけてきたものだから思わずビックリしてしまった。
一体何の用なんだろう。スネイプ先生とはほとんど話した事も無いしそんな親しい関係でもない。何か怒られるような事もして無いし… まさか、テストがあまりに酷いから再試になったとか…
「ダンブルドア校長からだ」
「へ? あ、はいありがとうございます」
ダンブルドア校長? いよいよ分からなくなってきた、何で校長先生が僕に手紙を渡したんだろう? 手紙の内容はというと、
「キニス、すまんが校長室に来てくれんかの
追伸 儂はレモンキャンディーが好きじゃ」
………ダメだ、なんか混乱してきた。何だよ、レモンキャンディーって。一体何の用なんだ… まさか、退学なんて事無いよね…?
かなーり嫌な予感を抱えていたが、校長先生の呼び出しを無視するのはダメだろう。僕は軽く退学の恐怖に怯えながら校長室へ向かっていった。
試験終了から一週間の間、全ての授業は休みとなり生徒は惰眠を貪ったり、徹底的に遊んだりとそれぞれ思い思いの時間を過ごしている。それと同時に、教員は数百人分の答案を採点しており試験前同様夜の警備は薄くなっている。
そして俺はこのタイミングを狙い、またもや図書館へ潜り込んでいた。ただ今回の目的は本を盗むことではなくその逆、本を返却することである。
数日前の記憶を頼りに、読み終えた本をそれぞれの場所に戻していく。あれ以降さらに数日かける事でどうにか三冊共読みきる事が出来た。
本当なら真の目的のためにもここで新たな本を盗んでおきたい所だが、あと数日後のパーティーが終われば長期休みに入り、家に帰らなくてはならない。そうなれば本を返すのは不可能だ、だから今回は諦めることにした。
結局一年掛けて、盗めたのは三冊だけだったが…まあ、一年目ならこんなものだろう。本を戻し終わり、図書館を後にする。
あれからキニスが話しかけてくることは無くなった、だがヤツは未だに俺の事を気にしているようだった。しかし俺がそれに反応することは無い、むしろ順調だ、これを続けていけば一切の関わりを断つことが出来るだろう。
巡回の目を避け、ゴーストの気配を読みながら進んで行き厨房の近くまでたどり着く。ここまで来れば警備が来ることは無い、「目くらまし術」を解き、少し気を緩め再び歩き始めた時だった。
「―――――――――――――――――――――――――――――――――」
…なんだ、今の音は。聞こえたのは異様な音だった。それは人の話し声には聞こえない、しかし物音とは明らかに違う音が確かに聞こえてきた。
俺は歩き出した、無論確かめに行く必要性など何処にも無かった。だがそれとは無関係に足は動いていた、俺の体に染みついた戦いの臭いはその在りかを辿っていたのだ。
そしてたどり着いたのは、三階のある部屋の前だった。そう、ダンブルドアが警告し入ることを禁じた部屋、そして賢者の石が隠されているであろう部屋に俺はたどり着いた。音はここから発せられたのであろう。よく見ると部屋の扉は僅かだが開いており、何者かが侵入したことを物語っている。
扉に耳を当て様子を伺うが何も音はしてこなかった、微かに聞き取れたのは人のような声だけだった。人の声、聞こえた音は虫の鳴き声にも劣っていたが、俺はその声に聞き覚えがあった。誰かに向かって指示のような声を出している、その声はやや甲高くうるさい印象を与える少年の声、そうだ、この声はロン・ウィーズリーのものだ。
つまりあいつらは結局賢者の石を守りにこの部屋へ入って行ってしまったのか、自身の忠告が届いていなかったことに悔しさを感じる。だが、それにショックを受けている場合では無い。賢者の石などと言う驚異的、かつ恐ろしく魅力的な物を守るために仕掛けられた罠だ、少し泣きを見る程度で収まる罠では無い。侵入者を必ず殺すような罠のはずだ、このまま行けばあいつらはほぼ確実に死ぬだろう。
それに気づいた瞬間、俺は扉の中へ飛び込んでいた。
「オオオオオオオオオオオオオ!!!」
部屋に侵入した瞬間、俺は音圧だけで吹き飛ばされそうになっていた。そこにいた生き物は部屋の半分を埋め尽くさんとする巨体を持ち、頭部は三つに分かれ先端には血走った眼をギロつかせる犬の頭があった。そう、地獄の番犬、その異名を持つケルベロスだ。
六つの眼光は既に俺を捉え、鋭い牙と爪を打ち鳴らしながら威嚇をしている。これ以上寄れば殺す、という意味だろう。
ケルベロスの横にはハープが置いてあった、ケルベロスという生き物は美しい音楽を好み、これを聞くとあっという間に眠りについてしまうのである。このハープを奏でるのが本来のやり方なのだろうが、それをすることは出来ない。当然だ、俺はハープを弾けない。
だがそんな事をせずとも突破する方法は幾らでもある。ヤツの足物にある小さな扉、あれが次の部屋への入り口だろう。殺すのが一番確実だ、しかし今はハリー達の安否を確かめなくてはならない。
地獄なら幾らでも見てきた、地獄の番犬くらいに恐怖する理由は無い。俺は杖を取り出しケルベロスに向かって行った―――
「エクスパルソ ―爆破」
巨大な杖をケルベロス…では無くハープに向かって撃ち込む。粉々に砕けたハープはケルベロスに襲い掛かった、しかし怯む様子はあるがダメージは一切見当たらない。だが優先するべきなのはハリー達だ、その隙に扉に向かって駆け出す。
しかしそれを許すほどヤツも甘くはない、俺が走り出したのに気付くと巨大な口で噛み殺そうとしてくる。
だが上手くいってくれたようだ、わざわざ近づけてくれた頭に呪文を叩き込む。
「ルーモス ―光よ」
一瞬、部屋の中が閃光で覆われる。閃光手榴弾に匹敵する光を至近距離から浴びた三頭犬は目の機能を完全に失うことになった。
絶叫し激痛に痛み苦しみ暴れ狂う、冷静さを失ったケルベロスは臭いで俺を確認する事すら忘れ、部屋もろとも俺を潰さんと牙を、爪を、巨大な尾をそこら中に叩きつける。部屋は破壊され瓦礫が降り注いでいた。
普通ならこんな状態のケルベロスに近づく人間は居ないだろう。そう、普通の人間ならば。俺は暴走するケルベロスに向かって歩き出した。
残り8m…
人間一人分はある爪が降り下ろされる、だがそれは頬を掠めるだけだった。
残り7m…
全身を使いタックルを叩き込む、しかし姿勢を少し屈めるとそれは上を通りすぎていった。
残り6m…
冷静さを少し取り戻したのか、臭いの位置を探り正確に噛み殺そうとする、それはたまたま落ちてきた瓦礫を噛み砕くだけだった。
残り5m…
丸太のような尾が降り下ろされる、それを紙一重でかわすが衝撃で吹き飛ばされ、俺はちょうと扉の所まで吹き飛ばされた。
扉の中は暗闇となっており、底は見えなかった。しかし俺は迷わず、衝撃を利用しそのまま扉の底へ落下していった。
暗闇の中を落下していく、このまま行けば落下死は免れない。だが闇が何処まで続いてるか分からず、落ちた先に何があるのかも分からぬ以上迂闊な行動も危険だ。
目を凝らし闇の中を見続けると、地面らしきものが見えてきた。
「ウィンガーディアム・レビオーサ ―浮遊せよ」
自分に呪文を掛け減速する、ゆっくりと着地した場所には植物の弦のような物が密集していた。その植物はまるで生物の様に蠢き、俺を引きずり込んでいく。
そうか、こいつは「悪魔の罠」か。大人しくしていれば何とも無いが、暴れるとその分強く締めつき締め殺されてしまう。だがこいつには弱点がある、日の光だ。大人しくしてても構わないが生憎時間が無い、ここは急がせてもらう。
「ルーマス・ソレム ―太陽の光」
放たれた太陽光に怯み、悪魔の罠は萎んでいく…はずが、余りの強力さに一本残らず枯れ尽くしてしまった。まあそんなことはどうでもいい。名前負けした罠を突破した俺は、目の前の扉を開け次の部屋へ向かったのであった。
次は何が来る、次に来るものは何だ。
途切れることの無い緊迫感の中、俺は彼処を思い出していた。
前に居るのが敵なのか、後ろに居るのが味方なのか。
正体不明の四面楚歌、疑心暗鬼の危険地帯。
味方も敵も、誰が何処に居るかも分からない此処はまさに吸血鬼の故郷オドンそのものだ。
俺は今、この時だけはレッドショルダーに戻っていた。
混沌を体現する者が走る、跳ぶ、吼える。
杖先が光り、爆音が弾ける。
吸血鬼の腕が秘密の扉をこじ開ける。
炎の向こうに待ち受ける、ゆらめく影は何だ。
いま、解きあかされる、石を巡る謀略。
いま、その正体を見せるヤツの謎。
次回「強襲」。
キリコ、牙城を撃て。
やっとこさ部屋へ突入出来ました、話数合わせるのクソ大変だな…
さて、今の内にホグワーツの被害総額でも計算しておくか。