残念、お茶目なロックハート回でした!
トム「アバタケタブラ!」
ジニー・ウィーズリーが拐われた。
それは突然大広間に集められた生徒達を絶望のドン底に叩き落とすには十分過ぎる一言だった。
あの後どれだけ探しても彼女を見つけることは出来ず、継承者に操られていた事から秘密の部屋に連れ去られたとしか考えられないからだ。
ただジニーが操られバジリスクを動かしていた事は生徒に伝えられなかった、ロンは妹が冤罪を着せられなかった事に心底安心したようだが他の生徒はそうではない。
聖28一族に数えられる純血のウィーズリー家の人間まで標的になった事実は、今まで安心しきっていたスリザリンの生徒達も恐怖で包み込む。
そして生徒達は大広間に集められ、継承者の襲撃に備えそこで眠る事になった。
だが安眠など訪れるはずもない。
ホグワーツは終わりだ。
皆殺される。
僕は狙われないはずだ。
悲鳴、絶望、懇願、ここはもう誰もが安心できる学舎などではない。
度しがたい悪意によって緑色に塗りたぐられた地獄がそこにはあった。
だがそんな状況で尚地獄に抗う者達がいた、そいつらは誰も寝付けない大広間の暗闇に潜み抜け出て、透明マントを羽織りながら廊下を走っている。
「本当に秘密の部屋の場所が分かったの?」
ハーマイオニー・グレンジャー。
「いや、でも知っている人なら知ってる!」
ハリー・ポッター。
「またあいつに会いに行くのか…」
ロン・ウィーズリー。
こいつらの顔にも勿論恐怖は浮かんでいた、しかしそれ以上にこの悪意を打ち払う事を、ジニー・ウィーズリーを取り返すという決意をその小さな手で大切に握りしめていたのだ。
普通に考えればただの12歳がバジリスクに立ち向かうなど無謀どころの話では無い。
だがこの戦士達は勇敢にもそれに立ち向かおうというのだ。
そして俺もまたそれを無視して、一人床につく事を許すなど出来なかった。
「で、知ってる人って誰?」
「嘆きのマートルだよ」
嘆きのマートルとは、二階女子トイレにとりついているゴーストの事である。
またちょっとした事で泣き、しょっちゅうトイレを水浸しにすることからこの名前がついた。
そしてハリーはアクロマンチュラとの会話から50年前の犠牲者が彼女だと知り、そこから彼女は秘密の部屋について何か知っているのではないかと推測したらしい。
「ん、誰だあれ」
ロンが指をさした先には何とも間抜けな人影が見えた。
隠れているつもりなのだろうか、身体をローブで覆ってはいるが文字通り尻が見えてるし、スーツケースは引きずられ物音を出している。
加えてローブもスーツケースもけばけばしいピンク色を基調とした派手なものだった。
「………」
「全くとんだ役だ! 秘密の部屋の場所も分からないのに「ジニー・ウィーズリーを助けてきて下さい」なんて無茶を言う!」
「………」
「それにこの世紀のハンサム顔がバジリスクの目でドロドロに溶けてしまったら、全魔法界何万人のファンが泣いてしまうじゃないか! ミス・ウィーズリーには悪いが私は逃げ―――」
「………」
「…あっ」
透明マントを脱ぎ、全員で杖を突きつけホールドアップした。
予想通りロックハートである。
「ややややあ君たちおはよう!!! どどどどうしたのかね!?」
「先生! 今からジニーを助けに行ってくれるんですか!?」
日は暮れているのに朝の挨拶、ジョークだろうか。
ハリーは驚くほどさわやかな声でそう言った。
何だ、一体こいつは何をするつもりだ。
「あっはっは! 勿論だとも! しかし残念な事に部屋の場所が分からなくてねぇ!」
「わぁ! 先生は運が良いですね! ちょうど僕達部屋の場所に心当たりがあるんです!」
「えっ」
「でも僕達だけじゃ心もとなくて…さあ先生一緒に行きましょう!」
「「「!?」」」
ロックハートはもとより俺もロンも目を丸くする、輝かせているのはハーマイオニーだけ…いや少し濁ってた。
「何考えてるんだハリー!? こんな世紀の大間抜けを連れてっても足手まといの足手まといだ!」
ロンの意見に首を強く振る。
無能、怯懦、虚偽、杜撰…この言葉が全て当てはまる最低人間を連れていったら死ななくていい場面で死にそうだ。
「いいかロン、秘密の部屋がどんな場所か分からないけど危険なのは確かだ」
「その通りだよポッター君! だからさあ早く戻りま―――」
「だからロックハート先生に先に行ってもらえば安全に通れるよ!」
「なるほど! そりゃいい考えだ!」
「君達!?」
「確かにロックハート様と一緒なら安全だわ!」
「最悪盾にはなるよ」
「ちょっと!?」
つまりこいつを生け贄、兼肉盾にしようと考えていたのか、なかなかいい考えかもしれない。
ハーマイオニーに関しては本気か皮肉かさっぱり分からないが。
「キリコ君! 君も彼らを説得してくれ! 優秀な君ならどんなに無謀な事か分かるだろう!?」
「ジニー救出を急ぎましょう。
先生、次のご命令は?」
「キリコ君ーーー!」
悲鳴を上げるロックハートに杖を突きつけながら歩く。
嘆きのマートルが何を知っているのか、そして秘密の部屋、その真実を求めて。
トイレなのだから湿っているのは当たり前だろう。
だがここの空気は普通ではなかった、鳥肌が立つ寒気と息の詰まりそうな重い湿気がのし掛かる。
密林の泥沼のような雰囲気で満たされていたのだ。
そして泥沼の中から悲痛さを纏った声が小さく聞こえてくる。
「誰…? あらっハリーじゃない…また変な薬でも作りに来たの…?」
「違うわ、今日は聞きたい事があって来たの」
「こんな事聞かれて嫌な気持ちにさせちゃうと思うけど…君が死んだ時の事を教えてほしい」
マートルを刺激しないようハリーがなるべく優しく頼む、悲しげな顔を一層暗くしたが彼女は話してくれた。
そして彼女は語った。
虐められ、隠れて泣いていた事。
その時男子が変な言葉で話していた事。
そして扉を開けると黄色い目が見え、その瞬間に死んだ事を…
「そうよ、まさにそこの洗面台よ…」
「…ありがとう。
…きっと入り口はこの洗面台だ!」
洗面台には錆がはえ、鏡は黒くくすんでいる、その周りを探すと、一ヶ所だけ蛇の模様が刻まれた蛇口が見つかった。
「これだ…!」
「蛇語で話せば開くのかしら?」
「ハリー、やってみなよ」
ハリーは目を閉じ意識を集中させる、そして…
「開け」
「蛇語だよ!」
「分かってるよ!」
改めて集中し、蛇のイメージを浮かべる、目の前の蛇口が蛇だと思い込む…
シュー…シュー…
ハリーの口から空気が漏れる音が静かに、かつ不気味に響き渡る。
その時洗面台が轟音を鳴らし動き出し、そして地獄まで続いていそうな深い穴が現れた。
そして俺は理解した、この穴の先に秘密の部屋が、悪意と野望の根源が潜んでいるという確信を得た。
「これが…!」
ハリー達もその気配に気づき後ずさる、一人既に腰を抜かしていた。
「誰から行く?」
「よしお前からだ」
「君達は正気か!? こんな所に入ったら絶対生きては帰れな―――」
ロンが地べたを這いずりながら逃げようとするロックハートの首根っこを掴む、そして杖を突きつけその尻を思いっきり蹴り飛ばした。
「あああああああぁぁぁぁぁぁ……… うげっ!」
地獄へ向かって行くロックハートの悲鳴は遠ざかっていき、途中で尻餅をつく鈍い音が聞こえた。
ハーマイオニーが怒るが知った事では無い、彼の犠牲でパイプの安全を確認した後俺達も続いた。
石造りの通路は光を遮断し、壁や地面のヌメヌメとした液体が足を滑らせようと纏わりつき、地面に散乱した骨はこの通路が如何なるものかを指し示す。
トンネルの中は深く入り組み何処までも続いている、一寸先も見えぬ暗闇と湿気はまさに地下の大密林といった所か。
だが蛆と熱病が無いだけ遥かにマシだ、この程度慣れたものなのでさっさと進もうとしたが、二人が彼方へ遠ざかって行ってしまった、流石に早すぎたか。
杖の光を頼りに、ロックハートを盾にして慎重に進んで行く、すると何か巨大な影が現れた!
反射的に杖を構える。
「…これは」
それは全長15mにもなる蛇の…バジリスクの抜け殻であった。
これがここにあるという事は秘密の部屋がこの先にあると事の証明だ、所詮抜け殻に過ぎないがその威圧感は十分、ハリー達も冷や汗を流していた。
「ひいいいいいい…」
…子供でさえ冷や汗だというのにこの無能は…
腰を抜かし倒れるロックハート、呆れ返るロンは立つよう強要した…!?
「ロン! 止めろ!」
その時感じた! ロックハートから今までと違う自信に溢れた表情に切り替わったのを!
しかしもう遅かった! ロックハートは一瞬で立ち上がりロンを殴り飛ばし杖を奪い取ったのだ!
そしてあのうんざりする笑顔を取り戻し、杖とそれを俺達に突き付けた!
「ハッハッハー! さあ子供のおふざけは終わりだ!
私はこの抜け殻を持って帰ろう! そして女の子は死んでしまったと伝えよう!」
ロックハートは自信満々にそう宣言した、無能だとは思っていたが、まさか生徒まで見捨てるつもりなのか…!
「そんな話誰が信じるものか! 僕達が証人だ!」
「いいや信じるね! 君たちは恐怖のあまり気が狂ってしまい全てを忘れてしまうのだから! いままでのヤツらの様に!」
「今まで…まさかお前!」
「その通りだよ、今までの私のお話、それは全て他人の経験を奪ったものさ!」
「嘘よ!」
「ミス・グレンジャー、残念ながら本当さ、ちょっと親しくなって″忘却呪文″を掛ければそれは私の経験談になる!」
こいつは、自身の名誉と自尊心を満たす為だけに何人もの記憶を奪ってきたのか?
その上生徒を見殺しにしようというのか?
俺は
「無駄だ…ここで諦めるのが賢明だろう」
「!?キリコ」
「何て事を言うんだ! 見損なったぞ!」
「おや、キリコ君は賢いらしい、だが駄目だね、嘘を言っているかもしれない。
君の記憶も消させてもらうよ…!」
「!? 辞めてくれ! お願いだ!」
そう悲痛な叫びをしながらヤツに許しを請うため、腰を下げながら
「記憶に別れを告げるがいい! オブリエ―――!?」
引っかかった!
近づいたのは格闘を仕掛けるためのブラフに過ぎない!
杖を構える手首を捻り照準をずらす、
そして首元を掴み引き寄せながらの足払い! そして背負い投げをぶちかます!
不意を突かれたロックハートは重力に抵抗できず地面に叩きつけられ肺の空気を全て吐き出した。
そして空気のガードが無くなった肺に向かって、全体重を掛けた蹴りを叩き込んだ!
「が………!?」
顔を青くしながらむせかえるロックハートの頭を掴み、素早く拾い上げた杖を喉元に突き刺した!
神すら騙し抜いたのだ、こんな無能を騙すのは訳ない。
「ま、まさか教員に手を上げるつもりじゃないよね? 君はかしこ―――」
「口を開くな」
どうやら俺はこいつの事を甘く見ていたらしい。
ただの無能だと思っていたがそれ以下だ、同じ無能でも自分の力で手柄を得ようとしたあの無能の方が遥かにマシだ…!
かつての親友の声が木霊する、そしてその言葉を目の前の男に向かって吐き捨てた…
「あんたは人間のクズだな…!
「あばぁっ!」
最大出力かつ接射した失神魔法がクズの喉元を貫き、そのまま地面にクレーターを創り上げた。
多少口から血を吐いているが何一つ問題は無い。
「…杖だ」
「あ、うんありがとう…今の作戦だったんだね」
綺麗にテーピングされた杖を受け取り、そう言うロンはどこか浮かない顔をしていた。
「ロン? どうしたの?」
「…やっぱり僕引き返すよ」
「急に一体どうしたんだ?」
「だって見てくれよこの杖、こんなんじゃ絶対継承者には敵わないよ」
ロンがそう言いながらルーモスを唱えると、杖の尻からぼんやりと光が現れる。
杖は一見綺麗だが、これでは使い物にならないだろう。
「そんな事無いって! 大丈夫だ―――」
「…いや、その方が良いかもしれない。
ロン、代わりにこのクズを地上に連れて行き、他の教員の助けを呼んでくれ」
「ちょっとキリコまで!」
「いいんだハーマイオニー、キリコの言う通りだよ。
…じゃあせめて、僕の代わりにこの杖を持っていてくれよ、…キニスも直すのを手伝ってくれた杖だ」
「…分かったわ、頼むわ!」
「あっでも…流石にコレを一人で運ぶのは骨が折れるんだけど…」
「…分かった、すぐに戻る」
そして杖をハーマイオニーに託した後、俺はロンと二人掛かりでこのクズを地上へと運びに行ったのだ。
そしてトンネルの最深部へと彼らはたどり着いた。
ついに辿り着いた緑の地獄。
そこは光さえ届かぬ暗黒の大密林だった。
その泥沼をかき分け俺達は進む。
秘密の部屋、そこに深い根をはる悪意。
今こそその根を燃やし尽くす為、俺達は奈落の底へと沈んでいくのだった。
崩れ去る怪物、放たれる光、断ち切られる日記。
そのとき、呻きを伴って流される記憶。
人は、何故。
理想も愛も牙を飲み、毒を隠している。
血塗られた過去を、見通せぬ明日を、切り開くのは力のみか。
次回「記憶」。
キリコは、心臓に向かう折れた針。
次回、いよいよ対トム&バジリスクです。
ちなみにロックハートはあの後、完全石化と締め付け呪文で拘束したそうです。
追記 次回予告修正しました。