【完結】ハリー・ポッターとラストレッドショルダー   作:鹿狼

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今回は2話同時投稿です。
こっちが後半、注意してください。


第七十四話 「孤影再び」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 驚く程に静かだ。

 此処に居る誰もが、息もせず黙り込んでいる。

 キリコは混乱の極致に居た。

 今の今までイプシロンだと思っていた奴が、実はキニス、なら先程真っ二つにされたのは誰なんだ。

 

 しかし、不思議とこの混乱は心地悪いものとは思えなかった。

 目の前に居るイプシロンを騙っていた男こそが、本物のキニスなのだと、朧気ながらに確信する。

 長いこと生きていて培われた、人を見る目がそう教えてくれる。

 

「……何故だ」

 

 ワイズマンは真逆に、最悪な混乱に苦しむ。

 キリコを陥れる為の計略が、何時からか知らない間に崩れていたのだから。

 曲がりなりにも神を名乗るに相応しい頭脳が、この大茶番の仕掛人を導き出す。

 

「ロッチナ、奴は裏切っていたのか!?」

 

 イプシロンもといエディアを雇っていたのはロッチナ、その彼が彼の正体を知らなかった筈がない。

 寧ろ、キニスをイプシロンへと仕立て上げたのも、奴の仕業か。

 馬鹿な、あの男は中立、我々へこんな干渉をする訳がない。

 

「いや、ロッチナさんは裏切ってなどいない。

 キリコ探求を続ける選択肢を取っただけだよ」

 

 世界が消えたらキリコ探求どころじゃないからな。

 キニスは言う、お前はロッチナという男を見誤ったのだと。

 あれは神の目ではなく、探求者なのだと。

 

 

 

 

 逆転時計(タイムターナー)

 それが全ての発端であった。

 

 アーチに落ちた彼の意識は、急速に薄れていった。

 これが、死ぬ感覚なのか?

 あの世とは暗く冷たい場所らしいが、それさえ感じられないことは恐怖でしかない。

 その恐怖もまた、消えていく。

 

 しかし、彼は諦めなかった。

 死ぬまで、地獄まで付き合ってやる。

 そう言った、僕が居なくなったら、キリコは一人になる。

 ダンブルドアから言われたからじゃない、彼の思いはシンプルなもの。

 独りじゃ、悲しすぎる。

 

 打つ手はないのか、逆転時計は燃えてしまったけど、最後まで諦めてなるものか。

 懐を探り、鈍くなった神経に冷たい触感が走る。

 動かしているのか自覚出来ないまま引っ張り出したそれこそ、もう一つの逆転時計だったのだ。

 

 逆転時計の保管庫に落下したキリコに吹っ飛ばされた時、懐に転がり込んでいたもう一つの時計。

 通常の比ではない、一回転で一年飛ばす、禁忌中の禁忌。

 

 キリコの前で燃えたのは、マクゴナガルから借りた授業用の逆転時計だったのだ。

 もうアーチに入ってしまったが、知ったことではない。

 キニスは起動させた、逆転時計を。

 

 結果、転移は成功した。

 こんなことが有り得るのか、アーチに入ったのに助かるなど。

 逆に聞こう、誰か試したことがあるのか?

 アーチに入った後、逆転時計を使う実験を。

 試してもいないのに、不可能と言い切ることこそ不可能。

 あの世を越えるよりも、時を越える力が強かった、これぞ結論であった。

 

 この時、ある偶然が起きた。

 事前に作戦していた故か?

 それともこの作戦を、深く刻み込んでいた故か?

 ダンブルドアを確実に呼ぶ為、五年前に飛ぶという作戦を。

 

 キニスは飛んだ、ダンブルドアが神秘部を訪れていた、あの五年前に。

 ……飛べたのか?

 飛んでもない無茶により、身体中の骨が砕け、筋肉が緩む感覚の中、周りを見渡す。

 

 ───ダンブルドア先生!

 視界の端に見付け、叫ぼうとするも声が出ない。

 そのまま気付かず神秘部から出ていく彼を、絶望しながら見送る。

 

 だが、忘れてはならない。

 ダンブルドアは神秘部で、異能者の予言を聞いた。

 ……この予言を聴いた者が、もう一人居ることに。

 

「……小僧、そこで何をしている?」

「……ル…スケ………さん……?」

 

 コッタ・ルスケを騙るロッチナが、彼に気付いた。

 不法侵入者だろうか、こんな小僧がか?

 放置するのは有り得ないが、かといって闇祓いに突き出すには、事情が複雑そうだ。

 そもそも何故私の名を知ってるのだろうか、彼は不思議に思いつつ、一先ず保護することにした。

 

 キニスはロッチナに、事情を話した。

 この時点でキニスは、彼がどんな人間か知らない。

 キリコの知り合いなら、そう悪い職員じゃない筈だと、予想しただけ。

 それは結果として、最良の選択になる。

 

 ───稲妻みたいなのに打たれ、アーチに落っこちた。

 目の前の小僧を殺そうとしたのがワイズマンだと気付くのに、時間は掛からなかった。

 それと同時に、自分が転生したのも神の狙いだと気付く。

 

 キリコの親友という点では興味のある対象だが、其処らに放置しても構わなかった。

 ワイズマンさえ、関わってなければ。

 

 逆転時計を使う時、自分に会ってはならない。

 これは逆転時計において、絶対の法則。

 何人もの魔法使いが、これで自分自身を殺す羽目になった。

 

 ……違う、おかしいとは思わないだろうか。

 自分に会ったからといって、何故殺す必要がある?

 彼等は殺したのではない、消えてしまったのだ。

 

 時空の自己修復を知ってるだろうか、時間軸に起きた矛盾は、多少なら内包されるという考えだ。

 では、同一人物が二人居る矛盾は、どう解消するのか。

 そう、二人とも消してしまえばいい。

 そうすればそれ以上の矛盾は、起こらなくなる。

 

 問題はここからだ、仮にワイズマンが殺す予定だったキニスの生存に気付いたとしよう。

 ワイズマンは世界中に、何千年と影響を与え続けてきた。

 それほどの存在が、タイム・パラドックスに巻き込まれた場合、影響はキニス同士の消滅では済まない。

 

 自己修復能力の限界を越え、致命的矛盾は覆せなくなる。

 因果率の歪みは全てに等しく降り注ぐだろう。

 世界は崩壊する、時空諸とも。

 

 これはロッチナの可能性論に過ぎない、しかし予測が当たってしまった場合、取り返しがつかなくなる。

 それだけは避けなくてはならない、世界の命運なぞどうでもいいが、キリコを追えなくなることだけは、御免被る。

 

 今此処で彼を殺す選択もない、キリコを敵に回すことの危険さを彼は誰よりも知っていた。

 さりとて相手は神、半端な方法では隠しきれない。

 なら……隠さなければいいのだ。

 

 ロッチナはキニスに、キニスを止めろと言った。

 イプシロンのドッペルゲンガーになること、それが唯一の手だと。

 この世界の人間では、データを取られればバレてしまうからこそ。

 ワイズマン自身が知っていて、ロッチナも知っている人間だからこそ、彼を選んだ。

 

 当然キニスは戸惑ったが……彼はそれを承諾した。

 全てを知った時点で決めていた、ワイズマンを許しはしないと。

 自分を殺そうとしたのもそうだが、最も許せなかったのは、未だにキリコを苦しめようとしていること。

 何としても一泡吹かせてやる……奇しくもキリコと似た思いを抱いて。

 

 魔法による洗脳、精神手術(サイコセラピー)

 ロッチナ自身が持つイプシロンの記憶を元に、仮想人格を埋め込んでいく。

 PSとしての戦闘能力を再現する為、幻影編(ファントアラング)によってアストラギウスでの戦いを刷り込ませる。

 

 何時培ったのか、SASとのパイプを使い、イプシロンの変装マスクを製作。

 更に魔法でマスクを動かすことで、違和感を無くす。

 偶然にもワイズマンが、キニスをPSとして改造していたこともあり、訓練の結果PSの力を覚醒させる事に成功。

 そうしてキニスは、イプシロンのドッペルゲンガーと化した。

 

 ワイズマンは完全に騙された、性格、戦闘能力共にイプシロンそのものだったのもある。

 何よりロッチナが自分を騙すなど……考えてもみなかったのだ。

 

 キリコに二度襲いかかったこと、その全ては自分がイプシロンだと印象付ける為。

 殺意がなく、闘志しかなくて当然……彼はキニスなのだから。

 

 

 

 

「さっきの僕は、魔法か何かで培養した肉塊に過ぎないのだろう」

 

 全てを語ったキニスは、二人分の怒りをたぎらせる。

 

「僕の中のイプシロンは所詮偽物だ、だが私は感じてきた、貴様への怒りを」

 

 人が他人そのものに成りきることなどできはしない、だが、その思いを感じることはできる。

 キニスの怒りは、間違いなくイプシロンの怒りそのもの。

 

「これも、何かの縁だろう。

 私に代わり、僕がその怨念を晴らす!」

「……だからなんだ、たかがPS一人増えただけで、レグジオネータは滅ぼせぬ」

 

 落ち着いてるようには全く見えない、どう見ても怒り狂っている。

 所詮紛い物の神か、侮辱しながらキニスはストライクドッグを呼び出し、稲妻を避け、キリコの隣に立つ。

 

「……キリコ、その……」

「後でだ……!」

 

 あいも変わらず無頓着に言い切るキリコに、キニスは思わず笑ってしまう。

 当のキリコも、実は少し笑っていた。

 次の瞬間、ニワトコの力により、ATがその姿を変える。

 

 何を撃ち込んでも効果がないなら、多くの装備は要らない。

 ヘビィマシンガンを装備しただけの、最もシンプルなターボカスタムへ換装する。

 

「策はあるのか」

 

 仮にもPS、何も考えず此処に来た訳ではないだろう。

 何かしらの打開策を持ってきているに違いない。

 当然だ、とキニスは応える。

 具体的にどんな方法なんだ……と聞こうとするが、神はそれを許さない。

 

「神の裁きを受けるがいい」

 

 50mもの距離が一瞬で縮められ、クレーターを作る拳が突き出される。

 紙一重でかわしたコックピットの中を、ハリケーンに迫る風圧が突き抜けた。

 頭を激しく揺さぶられ意識が飛びかけるが、遺伝子単位で組み込まれた戦闘プログラムが、無意識の内にATを突き動かす。

 無意識が捕えていたのは次なる裁き、左右に突き出された両手から、鋼鉄をも融解させる稲妻が迸る。

 

 此処でキリコは稲妻を掻い潜りながら、敢えてワイズマンに迫って行く。

 当然ワイズマンの注意はスコープドッグへ向けられる、わざわざ射程に入るとは、無駄な足掻きを。

 収縮された稲妻が、無限に伸びる光の剣となって、振り下ろされた。

 

 壁も地面も、大陸さえも突き抜けて、イギリスの大地を両断する。

 キリコは悪霊の炎とプロテゴ・マキシマを使い、僅かだが威力を減衰させた後に、緊急離脱。

 減衰させたのは正解だった、させていないエリアは融解どころか、気化していたからだ。

 そして振り下ろし切った時、剣に合わせる様に、上から奇襲する影にワイズマンは気付く。

 

「そこだっ!」

 

 影から戻ったストライクドッグのクローが、正面装甲に突き立てられる。

 これがキニスの狙い、どんなに分厚い装甲だろうと、極端な一点特化を食らわせれば穴は空く筈だ!

 しかし、神の乗る玉座故か、傷も何も付きはしない。

 

「無駄なことを」

「まずっ───」

 

 キニスへ向かって、剣が振り上げられようとした時。

 

アクシオ(来い)・ストライクドッグ」

 

 引き寄せられることで間一髪逃げ切るキニス、剣は虚空を切り裂いただけ。

 だが状況は全く変わっていない、一点特化という策も無駄だと分かっただけである。

 

「まだだ!」

「…………!」

 

 だとしても彼等は止まらない、ヘビィマシンガンとソリッドシューターの嵐が神を飲み込んでいく。

 レグジオネータが手を翳し、指先から幾万もの光線が迸る。

 気付けばもう、全ての弾丸が迎撃されてしまっていた。

 

 4000年分のデータを蓄積できるコンピューターにとって、たかが数百発の弾丸の軌道を予測し迎撃することなど、赤子の手をひねる様なもの。

 ある種のイージスシステムに近い機能を持つワイズマンに、牽制などは効かないのだ。

 

 対するキリコ達はあくまで生身、絶え間なく降り注ぐ即死の光は、間違いなく体力も集中力も削り取っていた。

 それでも尚諦めず、彼等は猛攻を仕掛ける。

 キニスが再び影になり、クローを突き立てるチャンスを図る。

 ワイズマンは魔力反応から瞬時に居場所を見抜き、残象ができる程の速度で殴り掛かる。

 

「……来い!」

 

 だが突如、背後から組み付かれたもう一機のATに阻まれる。

 キニスが話していた隙に拵えた、装甲起兵の内の一体だ。

 更に起爆呪文によって、爆破。

 少なからず衝撃を与え、コンマ数秒の隙が生まれる。

 この隙にもう一撃を加えようと、キニスがクローを構えた。

 

「小賢しい」

「ぐぅっ!?」

「……何だ!?」

 

 レグジオネータが身構えた途端、全身からプラズマが迸り、爆風もストライクドッグも吹き飛ばしてしまう。

 バリアまであるのか!?

 無茶苦茶な性能に驚嘆しながらも、このチャンスを逃すことはできないとキリコは突っ込む。

 ストライクドッグに向かって。

 

「うっ……りゃあああ!」

 

 ターボ付きのアームパンチで思いっ切り殴られたストライクドッグは、照らし合わせたかのようにローラーダッシュを回転させる。

 二機分の出力がプラズマの障壁を一瞬だが突破させ、クローが正面装甲に叩き込まれる。

 ……が、無傷。

 再び展開されたプラズマによって、離れた壁まで吹き飛ばされる二機。

 しかも代償に、ストライクドッグのクローは跡形もなく消えてしまった。

 これではもう、一点特化の攻撃はできない。

 

「再生の間など与えぬ」

「固すぎる……!」

 

 異能生存体とPSが揃ったとしても、やはり神に勝つことはできなかった。

 唯一の策すら失い、二人は途方にくれながら逃げ惑う。

 しかしこの、お世辞にも広いとは言えない空間に、逃げる場所などない。

 暴れ狂う神の力が、神殿を蹂躙していく。

 

「そろそろ終わりにしよう」

 

 死刑宣告と共に、レグジオネータがバリア代わりのプラズマを展開させた。

 いやもはやバリアなどではない、徐々にプラズマの範囲も威力も広がって行く。

 地面どころか空気までプラズマ化し、消滅していく。

 まさに極小規模で起こる、太陽の膨張現象である。

 逃げ場のない此処では、この攻撃を躱す道はない。

 残った道は、怯えながら死ぬのを待つか、発狂して死にに行くかの二本だけ。

 

 彼等は迷わず後者を選んだ、しかし発狂していないという一点だけが違っていた。

 キリコは、キニスを盾にした。

 放射線状に広がって行くプラズマはストライクドッグの盾のお蔭で、スコープドッグまでは届かない。

 PR液が誘爆する危険性さえも賭けて、突っ込んで行く。

 

 だが代わりにストライクドッグ、キニスは正気を失う程の激痛に苛まれる。

 彼は歯を食いしばりながら高熱に耐え、更にワイズマンへと接近していく。

 していくが、遂に二機とも足がやられ、一歩も動けなくなってしまった。

 

「愚かな、長く苦しむ道を選ぶとは」

「へへへ……」

 

 激痛の中、キニスは笑う。

 何が可笑しい? とワイズマンは問いかけた。

 

「やっぱ貴様はプログラムだ……魔法を掛けただけの……変装マスクといい、そんなん……だから、騙されるのだ……」

 

 魔法にも化学にも精通していると言えば聞こえはいい。

 その実態は、特定のパターンの組み合わせしかできないだけの存在。

 1か0か、所詮情報集積装置に過ぎないワイズマンの限界は、そこにある。

 レグジオネータは確かに強い、通常攻撃も、魔法も効かないのだから。

 だが戦場での戦い方が、『効かないから勝てる』の一つである筈がないのだ。

 

「やり方が単純過ぎるんだよ! 貴様は!」

 

 キニスが、キリコが消えた!?

 そう思った時には既に、レグジオネータは動けなくなっていた。

 超短距離の『姿くらまし』で背後まで回り込んだストライクドッグが、レグジオネータに組み付く。

 例え『効かなく』ても、『殺し方』は幾らでもある!

 プラズマの障壁など、ワープすればどうということはない!

 

 同じく『付き添い姿くらまし』でワープしたキリコが、レグジオネータの正面に立つ。

 武装換装により、新たな装備を携えて。

 一点特化の、武器を構えて。

 

「それは……!」

 

 何の因果か。

 ワイズマンを追放したクエント人。

 彼等の愛用するATの代名詞。

 かつて何処かで、レグジオネータを宇宙の彼方まで追放した一撃。

 アームパンチが壊れた時用に……その程度の気持ちで持ちこんでいた武器が、撃ち込まれる。

 ニワトコの杖の力で、出力を限界以上に上げて。

 異能者として力が、ATの重量の全てを、一点に集めて。

 

 『パイルバンカー』の一撃がレグジオネータをぶち抜いた。

 

 ───馬鹿な、貫ける装甲ではない。

 ワイズマンの演算回路が、この奇跡の理論を導き出す。

 そうか、一点特化とはそういうことか。

 

 キリコとキニスは何も考えず、攻撃し続けたのではない。

 マイクロ単位のズレもなく、完全に同じ場所に、一点特化の一撃を撃ち込み続けたのだ。

 僅かだが確かな罅が、最後の一撃で砕けたのである。

 

 しかしレグジオネータ自体は健在、穴が一つ空いただけ。

 PR液が少し漏れ出している程度、キリコはそこに勝機を見出した。

 穴に向かってスコープドッグの手を突っ込んだと同時に、ATから脱出。

 

 ───あいつは確かに強いが、それは皮の話だ。

 中の電子機器は?

 マッスルシリンダーは?

 何より、PR液は、その特性を失っているのか?

 

 キリコは自らのATを自爆させた。

 スコープドッグの中を循環していたPR液が誘爆、突っ込んでいた腕を伝い、導火線のようにレグジオネータの内部のPR液まで誘爆へと巻き込む。

 全身に隈なく張り巡らされたPR液の爆発により、レグジオネータの内部は完全に破壊された。

 装甲はまだ生きているが、動く為のマッスルシリンダーを失った以上、身動き一つとれない。

 

「やったか!?」

 

 全身から煙を出すレグジオネータを前に、キニスが火傷で爛れた顔半分を押えて叫ぶ。

 

「まさか破壊されるとは、だが無駄だ」

「───ッ!」

 

 ワイズマン自身は平然としながら、コックピットから現れる。

 駄目なのか!

 四つの賢者の石と666個の分霊箱による不死性は、伊達ではない。

 突如再展開されたバリアに二人は、再び壁まで叩き付けられる。

 そう、破壊されたのは電子機器や人工筋肉だけ。

 武装などはまだ、使用可能なのだ。

 

 今度こそ完全蒸発したストライクドッグから投げ飛ばされ、床を転がるキニス。

 ATという緩衝材を失ったキリコはバリアと激突の衝撃をモロに受け、意識を朦朧とさせながら壁に寄りかかる。

 

「武器は使えるか、だが動けないデクに乗っていても仕様がない」

 

 地面に降り立ったワイズマンは、キリコに向かって歩み寄る。

 得体の知れない危機感を感じた彼は逃げようとするが、空気がプラズマ化したことによる低酸素状態に加え、激突の衝撃による軽い脳震盪で動けない。

 小鹿のように、足をガタガタ震えさせるのが精一杯。

 

「キリコ、私はお前を殺しはしない」

「…………」

「ただ自分を見失うだけだ、私に取り込まれることによって」

「……な……に?」

 

 キリコを代行者にしようとした彼等の予備のプランとは、自分自身が異能生存体になることだった。

 

「私は言わば多くの魂の群体だ、そこに個の概念はない。

 この中にお前が取り込まれれば、膨大な人格の中で自分自身を観測できなくなる。

 しかし死んだ訳ではない、肉体的には生きている、精神が崩壊した訳でもなく、自分を見失うだけだ」

 

 屁理屈だ、死んだも同然ではないか。

 だが、異能が発動してくれる保障が何処にある?

 

「お前は自分を失いながらも、私に異能の力を与え生き続けるのだ、私の中で」

 

 キリコは必死だった、死にたくないという思いよりも遥かに恐れていた。

 自分の意志で生きることも叶わず、死ぬこともできない。

 地獄だ、今まで生きてきて間違いなく最大最悪の地獄と断言できる。

 

「キリ……コ……!」

 

 キニスが助けに行こうと駆け寄るが、いつの間にか張られていた結界のせいで近づけない。

 もう、逃げれない。

 

「これが罰だ、私の寵愛を拒んだ罪を償うがいい……私の中で」

「止めろ……!」

 

 キリコの頭をワイズマンが掴み、魂の海の中へキリコが溶けて行く。

 ワイズマンが異能生存体となり、キリコは永遠に海の中を沈んで行く。

 誰もがそう思ったその時、誰もが予想だにしなかった乱入者の刃が、ワイズマンを貫いた。

 ……キリコの体内から。

 

「───ッ!?」

 

 キリコの胸から延びた、槍状の悪霊の炎が、ワイズマンの胸を貫く。

 彼は唖然としていた、自分の胸から人の手が生えるという異常事態に。

 

「……ぐ……石の一つが……!」

 

 キリコの胸から伸びた悪霊の炎を纏う腕は、そのままワイズマンを貫き、彼等の背に降り立つ。

 一体何が起こったのか、賢者の石の一つを抉り出されたワイズマンが振り向く。

 

「……これは分かり切っていたことだ」

 

 手の中で賢者の石を転がす、何者かが不敵に笑う。

 

「異能の逆鱗に触れず不死性を獲得するなら、貴様の群体という特性を利用するのが最も手っ取り早い。

 だからキリコを移動鍵(ポートキー)化させたのだ、『ワイズマンがキリコに接触する』という、限定的な条件のやつをな。

 俺様に予言を与えたのが仇になったな、ワイズマン……」

 

 ダンブルドアの墓で行われた戦いの時、津波を防ぐ為に石化したキリコに打ち込まれていた、二発の呪文の内の一つがこれだった。

 予期せぬ乱入者は吼える、何もかも貴様の思い通りにはいかぬのだと。

 キニスがその名を呼ぶ、死の飛翔の忌み名を。

 

「ヴォルデモート!?」

 

 不敵に笑う彼に、石を奪われたワイズマンが問う。

 ……だから何だと。

 私は666個の分霊箱を保有している、石一つ奪った程度で意味はないと。

 

「ああ、羨ましいぞ、神よ、貴方は魂の群体故に、分霊箱の危険性を恐れぬのだから」

 

 実際そうだろう、不死の代わりに様々な危険を齎す分霊箱。

 それをノーリスクで使えるなんて、理不尽極まっている。

 当人にとっては、何よりも楽で効率的な、不死への至り方だ。

 

「しかし俺様は信じておりました、貴方が必ず分霊箱によって不死になっていると。

 貴方はコンピューター、効率を追求して不死になるなら、分霊箱以外に最効率は無いと」

「何が言いたい、トム・リドルよ」

「……分霊箱の破壊方法は一つではない」

 

 悔い改める事こそが、もう一つの方法。

 人を殺めた事を悔い、二度としないと後悔する。

 そうすれば激痛を代償に、バラバラになった魂は帰ってくる。

 

 だが分霊箱を作るような人間が、後悔するだろうか?

 しない、ヴォルデモートが最たる例だろう。

 

「後悔すれば魂は戻る、俺様は違うが……貴様はどうかな?」

「私が不死を後悔している筈がなかろう」

「……そうだろうな、大多数のお前はそうだろう。

 言った筈だ、お前は魂の群体だと」

「───お前はまさか!」

 

 ワイズマンもまた後悔はしていない、神はそんな些細なことは気にしない。

 しかし、全員後悔していないのだろうか。

 ワイズマンを構成する異能者達は、全員人殺しを気にしない悪逆非道の者だけだったのか。

 4000年もの時が経ち、たったの一つの後悔も無い人間が一人も居ないのだろうか。

 

 もし居たら。

 後悔する一人の意志が、前面に出たら。

 一人の後悔が、総体であるワイズマンに等しく降り注いだら。

 

「不死になったことを後悔する奴が、一人も居ないことを願うがいい!」

「止め───」

 

 狙いに気付いたワイズマンが止めに掛かるが、既に遅い。

 杖が分霊箱たる、賢者の石へと向けられる。

 神の過ちは、闇の帝王に自身の情報を与え過ぎたこと。

 ヴォルデモートがやるべきといった二つの内の一つこそ、この神殺しの呪文の完成だったのだ!

 

エネルベート・エンティア(意志よ目覚めよ)!」

 

 賢者の石に当たった覚醒の光が、分霊箱越しにワイズマンに眠る全ての魂へと影響を与える。

 余りのエネルギーの奔流に、彼の持っていた石が砕けて行く。

 そして光の一つが、後悔する魂を捉えた。

 

「─────────!!!!」

 

 声に鳴らない絶叫と共に、ワイズマンが光出す。

 いや、地球そのものが輝いて行く。

 千切れていた魂が、光を発しながらあるべき場所へと返って行く。

 地響きが、轟音が、閃光が無造作に放たれる。

 

「……ヤツは」

 

 全てが収まった時、ワイズマンはただ佇んでいた。

 不敵に、何かを言うこともなく。

 誰しもが理解している、これは嵐の前の静けさに過ぎないと。

 666個全ての分霊箱が破壊された、神を僭称する怪物が口を開く。

 

「……私はお前を、軽んじて居たようだ」

「違うな……俺様は許せないだけだ、魔法族の誇りも、その始祖であるサラザール・スリザリンの遺体すら弄ぶ貴様が!」

「今の私は、三つの賢者の石で維持される死体に過ぎないということか」

 

 分霊箱化の儀式は簡単にできるものではなく、手順を踏まなければ製作できない。

 即ち、残る三つを破壊すれば、神は死ぬ。

 にも関わらず、神の余裕は崩れない。

 

「……遊びは終わりにしなくてはならないようだ」

 

 ワイズマンが手を翳した瞬間、凄まじい地鳴りが辺りを包む。

 何が起きる。

 次の瞬間、凄まじい現象が起きた。

 地盤が隆起し、遥か地下に封印されていたワイズマンの神殿が地上へ顕現し出したのだ。

 

 大地を押しのけ、地盤を粉砕し、大地震が世界を鳴らす。

 ひび割れ裂けるホグワーツの大地に、何人もの人間が呑み込まれていく。

 キリコもキニスもヴォルデモートも、一瞬の内に神殿ごと地上へ放り出された。

 

「ワイズマンは何処に行った!?」

「……上だ」

 

 瓦礫でもみくちゃになりながら、上を見る。

 そこには、杖も箒もなしで、大空を飛翔するワイズマンの姿。

 血みどろで闘うマグルも魔法使いも、ただ事ではない光景に唖然とする。

 

 ぴちゃぴちゃと、小雨が降り始めた時、神は言った。

 

「トム・リドルよ、貴様には報いを受けて貰う」

「報いだと? 何をしようが……!?」

 

 突然ヴォルデモートが、胸を抱え崩れ落ちる。

 彼はまさかと思った、この感覚に覚えがあり、最悪の事態を意味していたからだ。

 

「今この瞬間、お前の残る分霊箱であるナギニとハリー・ポッターは死んだ」

「「!?」」

「ポッターが……分霊箱……!?」

 

 この瞬間に知った真実に、驚愕する暇もなかった。

 何故なら、今ナギニとハリーを殺した裁きは、全員に等しく降り注いでいるのだから。

 

 雨粒が当たった人が、死んでいく。

 雨が激しくなるに連れ、死人は増えて行く。

 信じられない。

 信じてたまるか。

 ───この雨粒一つ一つが、全て死の呪いだなどと。

 

「これが神の力だ……」

 

(キニスの生存、ワイズマンの不死の破滅。

 全てを殺して押し流す、死の呪いの豪雨。

 誰一人として区別なくその姿に限っては、まさに神と呼ぶに相応しい光景だった)




宇宙でたった一人その宿命を持つ男達が、座標を定めて走り始めた。
生き残った男の子、大賢者、異能生存体。
ヴォルデモート、ラグナロク、ワイズマンの完全終結。
絡み合う歯車が、舞台を終わりへと収束させる。
全てを此処で。
次回「乱雲」。
もう止められる者はいない。




 分霊箱には、原作の時点で『悔い改めると、激痛と共に、引き裂かれた魂が還ってくる』という設定があります。
 まあ普通そんなヤツが悔い改める筈が無いので、余り意味がありません。
 しかし複数人の魂の集合体であるワイズマンならば、一つぐらい後悔する魂がある可能性が……悔い改めている可能性がありました。
 ちなみにワイズマン自身も、分霊箱のこの特性については知っていましたが、人間が自身の細胞の意志を自覚出来ない様に、後悔している魂があるとは気付いていませんでした。
 電子基板の引き出死が無いかと思ったら、魂の引き出死だったってオチですね。

 ……けど、いやはや、本当に、()()()悔いてる魂があって良かったですね。

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