剣術   作:王蘭

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剣術

河南(かなん)に住む(せき)という剛直な武人(ぶじん)は沢山の家来をかかえていた

 

石には王蘭(おうらん)という娘がいた

 

王蘭が十歳の時に家の庭で遊んでいたら見知らぬ尼僧(にそう)が現れ王蘭を見ると嬉しそうに

 

『ああ、この子は貰っていこう!!』

 

と言って連れ出そうとしたので驚いた家来達が尼僧を追い出すと

 

『貰うと言ったら鉄の箱に入れていても貰っていくさ!!』

 

と言い残し尼僧は去った

 

はたしてその晩に王蘭がいなくなった

 

石は手を尽くして探したが見つからなかった

 

石とその妻は悲嘆するばかりだった

 

ところが五年後に突然尼僧が石のところに王蘭を連れて来て

 

『さあ全て教え込んだので返すぞ!!』

 

と言い残して去った

 

母親は大いに喜んだ

 

しかし武人である父親は王蘭にかすかな邪気を感じ取り

 

『さあ全て教え込んだ』

 

という言葉の意味を王蘭に問い(ただ)した

 

 

王蘭は最初は

 

『沢山のお経を教え込まれました』

 

と言ったが石は信じなかった

 

 

王蘭が

 

『では本当の事をお話致します』

 

と言った

 

王蘭によると連れ去られていた五年の間に尼僧から剣術を仕込まれたと言うことだった

 

しかしその剣術は尋常のものではなかった

 

暗殺剣であり石の様な武人の間では忌み嫌われている剣術だった

 

その為に石は王蘭の話を聞いてひどく不快になった

 

そして王蘭を次第に遠ざけるようになった

 

同じ頃に(しゅ)という怪しい剣術家が河南にいた

 

朱はそんな王蘭を気に入り石の死後に大金を払い王蘭を自分の手元に置いた

 

また王蘭もそれを(いと)わなかった

 

ある時に朱は河南の資産家の(りん)と仲たがいをした

 

そして朱が林の暗殺を王蘭に命じた

 

しかし算木(さんぎ)による易占(えきせん)に通じていた林は王蘭がくるのをすぐに察知して逆に王蘭を貴賓(きひん)としてもてなした

 

王蘭は林の人間性に感化されその日のうちに林の味方についた

 

そして林の味方について三日目に

 

『私があなたの味方になったので怒った朱が今夜刺客をよこすはずです しかし私が必ず倒します燭台(しょくだい)を三十ばかり並べて置いて下さい』

 

と言った

 

林は王蘭の言った通り燭台を並べて王蘭と二人で夜を待っていた

 

やがて怪しい気配が生じた

 

同時に王蘭の姿が消えた

 

そして赤と白の二枚の旗が宙に現れた

 

燭台に照らされながら二枚の旗が部屋の中をひらりひらりとはためくその様子はさながら戦っているようだった

 

林が驚きながらその光景を見ているとやがて白い旗がいきなり消えた

 

同時に剣を持った男が宙に現れて床の上にドサッと落ちた

 

見ると男は死んでいた

 

続いて赤い旗が消えたかと思うと短剣を持った荒い息づかいの王蘭が姿を現した

 

そして今夜はこれで心配ないと林に説明した

 

『しかし明日の夜は朱が私達を殺しに来ます』

 

と王蘭が言った

 

林が

 

『朱から助かる工夫はないのか?』

 

と王蘭に尋ねると

 

『朱は剣術に加えて妖術の心得があるので私の剣術ではかないません

 

しかし楊(よう)さんと同じ部屋にいれば助かります』

 

と答えた

 

楊とは林の所に逗留(とうりゅう)している書生である

 

『なぜ楊と一緒だと助かるのだ?』

 

『あの方は本物の剣仙に相違ありません

 

あの方が近くに来るだけで恐ろしくて私の身体が震えるのです』

 

と王蘭はこたえた

 

そこで林は家来に命じて夕方になる前に楊の寝具を二人の部屋に移した

 

 

そして今までの話を林が伝えると楊はうなずきながら聞いていた

 

その様子を見ていた王蘭がたいそう安心したので林もまた安心した

 

 

やがて夜も更け楊はすぐに眠ったが林も王蘭も眠れなかった

 

ただ窓の外から月光が射し込むだけだった

 

突如窓の外が昼間の様に明るくなった

 

朱の妖術と気付いた王蘭が急いで楊を起こそうとした

 

と、その瞬間に楊の胸元から出た閃光が窓の外の者を貫いたかと思うと電光の速さで楊の胸元に舞い戻った

 

同時に部屋の外は再び暗くなった

 

二人が寝たふりをしていると楊が起きた

 

そして懐から三寸ばかりの剣を取り出し月光にかざして見ていたが

 

『なんて大胆な奴だ!!』

 

とつぶやくとまた眠った

 

二人は楊を起こして訳を聞いた

 

 

『朱は私の短剣で深手をおいました

 

朱は人間ではありません

 

この短剣は人を傷つけることはないのです』

 

と楊がこたえた

 

 

翌日楊は擦りきれた皮の嚢(ふくろ)を出すと林に手渡した

 

 

『この嚢(ふくろ)を差し上げましょう 化け物を封印する力があります 朱は傷が癒(い)えたら必ずまた来ますから』

 

 

そう言って翌日楊は去って行った

 

 

林は皮の嚢(ふくろ)を珍しそうに丹念に見ていたがふと気づくと王蘭の顔が青ざめていた

 

訳をきくと

 

『これは楊さんが化け物や悪人を盛る袋です こんなに擦りきれているなんて… あの方は今までどのくらい殺してきたのでしょうか!!』

 

と言った

 

 

そして王蘭は林にその皮の嚢を肌身離さず持つ様に念を押した

 

また夜は必ず部屋においた

 

 

ある夜窓の外が黄昏時(たそがれどき)の明るさになった

 

朱が『皮の嚢』の剣気(けんき)に気圧(けお)されているのだと王蘭はさとった

 

しかしまた昼間の様に明るくなった

 

そして部屋に現れたのは実体の無い黒い影だけだった

 

ただ金色に光る眼と赤い口と白い牙のみが見えた

 

 

黒い影は皮の嚢の剣気を前にして立ち止まった

 

 

黒い影がしばしためらっていた

 

そして皮の嚢を引き裂こうとした

 

 

その瞬間に皮の嚢から夜叉の様なものが現れて影をつかんで嚢の中に引きずりこんだ

 

 

驚いた林と王蘭が灯りをつけて皮の嚢の中ををのぞいた

 

嚢の中にはただ清らかな水がわずかにあるだけだった

 

 

そしてその後は怪しいことは何も生じなかった

 

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