これは...夢か?
この惨状を前にして突っ伏している彼、爆豪勝己はそういう感想を生み落とした。辺りは火の海で...例えるならばそう、彼が幼き頃、友人と共に動画投稿サイトで何度も何度も見返した№1ヒーローによる救出シーン...あの時のビルの大火災を彷彿とさせていた。
(いや、それ以上かもしんねぇ...)
あの動画には人間が映っていた。悲鳴も、助けを求める声もあった。だが今観ているこれは、これにはそんなもの無かった。見えるのは勢いを増していく炎と瓦礫、聞こえるのは囂々しい破壊音と姦しい叫び声。
それに、決定的に足りなかったものが一つ。
『ヒーロー』だ。
西暦20XX年に中国の軽慶市で光る赤子が産まれたというニュースがあった。それ以降世界各地で様々な『超常』が確認され、そしてそれらは『日常』と化していった。そんな『超常』(───"個性"と称される)を用いて、悪事を働く者が続出した。『超常』が原因で迫害された者、力に驕る者、理由は様々だが従来のシステムでは彼等を抑える事は難しかった。だが、目には目を歯には歯を、『超常』には『超常』を━━━━━━━━その力を正義として奮う者が現れた。彼等は
ヒーローと。
そんな存在がこの場に居ないのは不自然だ。救助活動を行うべきだろう。いや、今はまだ生存者を探し回ってる最中なのかもしれない。もしくは、まだこの地に到着してないのかもしれない。
(ざけんな...!!このくれぇ一人で)
彼の個性は《爆破》。掌の汗腺から出たニトロの様な物質を用いて爆発させる能力だ。これを用いれば空中へ飛び上がる事も可能で、火の届いていない場所まで避難できる事は容易い。
(...動かねぇ)
しかし、腕はジンジンと痛みを発し続け、これ以上の活動は無理だと知らせていた。なんとか頭を動かして身体の様子を窺うと、着ていたのは所々焼け焦げているが、自身が構想していた
(...あ?)
砂利を踏む音が近付いてきた。ふと視線を上げると、目の前には黒コートの女性が此方を見ていた。満身創痍、いやもう死んでいるのでは無いかと思うほどの多量出血をしている彼女は、口角を上げて口を開けた。
何を言ってるのか分からない。聴覚が一瞬にして消えたのだ。
「...ァ」
今までやろうとしなかったが、無意識的に彼の口は言葉を発した。そしてまた、無意識的に彼の口は心の内を零した。
「なに...泣いてんだ」
(なに、これ...)
燃え盛る炎に包まれた惨状に、彼女は恐怖の念を抱いた。指を伸ばせば、身体は所々焼け焦げ、血を流し、骨も数本折れているのが分かった。指先の感覚があるのが幸いしたようで、彼女は『個性』を用いて死角を含めた全方位を探り始める。
彼女の個性は《糸》。手先から糸を出せるといったものだ。出せる量は1つの指につき1本...即ち合計10本。だがそれでも辺りを探るには充分だった。
(やっぱり...)
しかし糸という性質上、炎で簡単に燃えてしまった。大人しく糸を引っ込めた彼女は聴覚に全てを頼る事にした。先程から視界が覚束無いのだ。右眼は完全に死んでおり何も見えない。左眼には血が入り込み、まともに見ることすら叶わないのだ。
(...夢か)
無意識的にボサボサになった前髪をかきあげると、死んでいた筈の右眼に光が射し込んだ。光と言っても、希望の光では無くギラつく炎の明かりなのだが。
(ん...?)
空気を切る音が彼女の頬に触れた。そしてそれは彼女の視界へ映り込むように飛び降りた。
(またか...)
全身を赤を基調とした色で塗りたくったようなヒトは、彼女の夢に今まで幾度となく出現していた。そしていつも華麗にさるのだ。片手から糸を射出し、どこか遠くへと。今回もその例に漏れずそれだった。
(...ねぇ、アンタ)
去り際に彼女を見つめた顔。マスクで表情は見えないが、それでも彼女は、糸包クミには分かった。
(なんで笑ってんの...?)
(またあの夢...)
瞼を開けば差し込んでくる日差し。程よい揺れが子守唄代わりになりいつの間にか寝てしまっていたようだ。
(学生ばっか...同じ制服...は、居ないんだっけ)
落ちる寸前に留まっていたスマートフォンに目を落とし、慣れた手つきで画面を開く。そこには昔から使い慣れた地図アプリが映されていた。目的地は『雄英高校』。国内にあるヒーロー科の中でもトップに君臨する高校で、毎年多くのプロヒーローを排出している超エリート校。ヒーローになる為の資格取得を目的とする学科の中で、全国で最も人気で最も難しい高校だ。今日はその雄英高校ヒーロー科の一般受験当日。もちろん彼女はそれを受けにこうして電車に揺られているのだ。
(真面目に勉強してる奴、興奮して体温が上がってる奴、ガチガチに震えてる奴...皆大変だね)
右手の先から伸びた糸は、乗車している人間達の状態を瞬時に読み取っていた。別に読み取ってどうこうするという訳では無く、ただの暇潰しだ。
ふと窓に目をやると、丘の上に堂々と聳え立つ青い校舎が見えてきた。あれが雄英高校、彼女の目的地だ。
「次は雄英高校〜。雄英高校〜。お出口は右側です」
(駅から通学バスが出てても問題は無い気はするんだけど...)
雄英高校の最寄り駅を後にした彼女は、学生達の波に飲まれながらも目的地へと続く坂道を登っていた。
歩みを進める度に揺れる右側頭部で結ばれた髪が甘い匂いを零す。釣られて鼻の下を伸ばす男共は、次に特徴的な彼女の前髪に目をやる。右目を覆う程の長い前髪。一見邪魔では無いかと思うが、死角に入る人間達は全て糸で感知している為特に問題は無い。そして次に目が移るのはその歳に沿わない程成長した胸。これでもまだ成長途中なのだ。
そんな男達を碧く鋭い目で蔑視したと同時に、指から伸ばした糸を鞭の様に撓らせ脛を叩けばそれなりの痛みが出るのは必然だった。糸とは言えど、それなりの強度はあるようだ。
それから数時間後、筆記試験を済ませたクミは実技試験説明会場の席に腰掛けていた。
「...zzZ」
というより、寝ていた。前日の全てを受験勉強に当てていた彼女の睡眠時間及び食事時間その他諸々の時間は0分。偏差値が70を越える高校の入試を後にした彼女の体力は、とうの昔に限界を迎えていたのだ。
「...んぁ?」
とんとんと優しく叩かれた事をきっかけに起こされるクミ。視線を机から周囲に移すと、説明会場には殆どの学生が残っておらず、残っている生徒も出入口へと向かっている最中の者ばかりだった。
「アナタ大丈夫?眠っていたようだけれど...」
「ん?あぁ...ありがとう。大丈夫」
そんな中、クミの傍に立っている女学生が一人。恐らくクミを起こしたのは彼女なのだろう。咄嗟にお礼を言った彼女は、急いで手元の資料と持ってきた荷物達を掴み、その起こしてくれた女学生と共に説明会場を後にした。
クミは起こしてくれた彼女から歩きながら手短に入試の説明を受けた。受験生は7つのグループに分かれ、それぞれの試験会場でロボの様な仮想
「なるほど、ありがとね」
それら一通りの説明が終わる頃には、既に彼女達は更衣室で着替えを済ませていた。ここからはバスで移動するようで、生憎クミと彼女は別のグループに分かれておりここでお別れだった。
「気にしなくて良いわよ。じゃ、お互い頑張りましょ」
「そうね。あ、最後に名前、教えてくれない?」
「蛙吹梅雨よ。アナタは?」
「糸包クミ。頑張ろね」
「えぇ。次会えたら、その時は梅雨ちゃんって呼んで」
バスの乗り際、そう言った蛙吹は笑顔で見送ってくれた。勿論クミも、笑顔で応えた。少しぎこちない笑みだが。
(...今日の夕御飯はアマトリチャーナでいっか)
〜演習場E〜
バスに揺られて数分程度、学生達は巨大な扉の前に連れられてきた。都会のオフィス街を模した演習場が今回の試験会場であり、防犯対策からかそれが幾つもあるなど聞かされていなかった受験者達の口は開いたままだ。
(...って言いたいけど、そんなの少数。殆ど自信満々に始まりを待ってるじゃない)
ゼリー飲料を口に咥えながら、念入りに準備運動しているクミはここでも人間観察をしていた。
(...準備運動はしてないようだけど、そんな余裕な態度だと...足元掬うよ?)
否、彼女が着替えてバスに乗るまでの過程で既に準備運動は終わらせている者が大半である。
「ハイスタートォオ〜!!」
いきなりの開始合図。受験者達が顔を上げれば、校内にある塔の上には入試説明を務めたプロヒーロー:プレゼントマイクが立っていた。曰く、実戦に合図等無いこと。だがその言葉を聞いた時、いや聞き終える寸前に行動を会場した受験者達が大半だった。
(まぁ...もう遅いけど)
その大半に含まれない者が一人。クミだった。
個性の準備運動がてら思い切り糸を伸ばしていたところ、静かだが微かにした扉の開閉の振動とプレゼントマイクの声の振動。それを糸で察知したクミは誰よりも早く駆け出したのだ。
「標的発見。ブッ殺ス!!」
(頭に1...恐らく1ポイント)
駆け出したクミの進行方向を阻害するように、ビルを突き抜けて仮想
(動きが単純...なら)
「殺s「ッラァ!!!!」
なら...カウンターしてやるとでも言わんばかりに左足を踏み込んだ彼女は、個性を使うわけでも無く思い切りその右腕で仮想
「...っ〜!」
「絶...ゼッタタ繧ソ繧谿コ?ス?ス?ス」
完全に破壊する事は出来なかったが、中身はそれなりに壊せたようだ。仮想
ここまで約20秒。追い抜いた筈の受験者達は既にクミを追い抜きかけている。
「さて、と...始めましょうか」
これより彼女、糸包クミの英雄譚。間も無く開演致します。
席に着かれましたら、皆様お手元にある糸をお持ちください。お持ちくださいましたか?
それでは皆様、お手元にあるライターを使って...
━━━━━━━━その糸を燃やしてください。