まずは序章的なものを
サブタイトルは変えるかも
彼女は何も知らなかった。
彼女は無垢ではあるが、無知ではなかった。
彼女は拾われて世界を知った。
だから彼女は知りたいと思った--
†
夢を見ていた。呼吸をするとゴボリと音を立てて口から泡が出る。自分が何かの液体に浸かっている。だが液体の中であっても不思議と息苦しくはなく、自然と呼吸ができている。
目の前で二人の男性が話しているのを膝を抱えるようにして見ている。何を話しているかは自分を囲うガラスによって阻まれていてくぐもった声でしか届いてこなかった。だが、もしガラスがなかったとしても理解することはできなかっただろう。それほどに意識が曖昧だ。霞がかった意識をなんとか繋ぎ止めて二人を見る。やがて話が終わったのか一人の男が奥へと消えていき、もう一人の男だけが残された。
ライトブルーの色をした髪と片目を隠すような髪型、もう片方の目元には涙のようなタトゥーが掘られている。耳は縦に長く、目鼻立ちはすっきりと端正だ。はっきりとしない意識の中で、この男は誰だろうかと思案する。見たことがない。会ったことがないはずだ。だがしかし、自分はこの男を知っている。はっきりとしない意識の中でもなぜかそれだけは間違いないように思えた。
男が自分を覆うガラスに触れた。その口元にはうっすらと笑みを浮かべており、しかしその笑みは他者を見下すかのようだった。友好的とは程遠い笑みを浮かべた男の口元が動く。だがやはり何を言っているかはわからない。その言葉に反応するかのように自分の口から泡が漏れ出る。それだけで男は満足したかのように笑みを深くして--ゆっくりと自分は瞼を閉じていった。
「……ん」
彼女はうっすらと目を開けて体を起こす。何か夢を見ていたような気がするが、思い出すことはできなかった。覚醒しきっていない頭でどんな夢だったか思い出そうと中空をぼうっと見ていると一人の女性が奥から現れた。
「エルピス、早く起きなさい。もう朝ご飯できてるわよ」
その女性は自分と同じ名前の瑠璃色の長髪を小首を傾げて揺らし、苦笑を浮かべていた。目元を擦りながらこくりと首肯してのそのそとベッドから降りる。瑠璃の髪の彼女--瑠璃は、その様子に柳眉を下げてさらに苦笑を深めた。
「相変わらず朝は弱いわね……顔洗ってきなさい」
「……ん」
眠そうに目元を擦りながらすれ違い様に返事をして洗面所に向かう。
洗面所についてから歯を磨き、顔を洗った。冷水で意識を覚醒させると顔をタオルで拭きながらふと備え付けられている鏡を見る。そこには当然自分の顔が映っていた。金色の短髪に髪の隙間から笹型の耳が見えている。瞳は碧眼で瞳孔が猫のように縦に長い。目鼻立ちははっきりしている--というのが改めてまじまじと見た彼女の自分の顔の評価だが、彼女の顔を見たとある情報屋の姉妹は、きれーだとかかわいいだとかお人形さんみたいと評して--その時に所謂ゴスロリ風の服を着せられていた--いた。そうなのかなとぐらいに漠然とエルピスは思っていた。
一頻り自分の顔を見つめたエルピスはおもむろに両手の人差し指を口角に当てて持ち上げた。口は弧を描き、笑みになるのだが--
「……違う」
鏡に映る自分は笑顔ではなかった。ただ口角が持ち上げられ弧を描いているだけであった。そのあとも口角を上げる角度を調節したりなど試行錯誤を繰り返すが、納得のいく結果には至らなかった。やがてあきらめて口元から手を離す。そこには無機質な表情を浮かべた自分の顔があった。
--人形みたい。
改めてそう思う。確かに人形のようだと思っていた。じっと変化しない自分の表情を鏡で見つめていると--
「エルーまだかかるかしら?」
遠くで自分を呼ぶ声が聞こえる。結構長い間見ていたようでその声に我に返り、洗面所を足早にあとにする。普段の瑠璃は好きだが、怒らせた瑠璃だけは嫌いなのだ。