「ですから私はそういう邪な気持ちなのではなく!」
身振り手振りを交えて声を上げたのは人間の方だ。女性でピンクを基調とした藤色のラインが入った戦闘服を着ている。身長は女性にしては高く、マッキーよりも少し低いくらいだ。さらさらとした長い黒髪と頭頂部から触覚のような二本の毛—所謂アホ毛が伸びている。彼女は二本触覚を揺らしながら華やかな声で目の前の人物に訴える。
「アークスにも休息が必要だと言っているのです!」
「休息なら既に取っているだろう」
訴えに答えたのは、電子的な男性の声だった。対峙する彼は対峙する女性よりも身長が高く、マッキーよりもさらに高い。黒い機械の装甲で全身を覆っているおり、顔も動物の耳が生えたような形状をしたヘルメットとなっている。だが、それは外側だけではない。内側もまた機械となっている。人間ではないのだ。キャスト—そう呼ばれる種族が彼らの総称だ。
またやってるよとマッキーは思う。両者とも知り合いで、女性の方がカトリといい、機械仕掛けの彼がサガという。二人一組で行動しているアークスだ。
二人がああいう言い合いをするのはいつものことだ。少し呆れ気味に見ているとばっちりと女性の方と目があってしまう。
--あ、しまった。
慌てて逸らそうにもすでに時遅し。しっかりと声をかけられてしまう。
「あなた様!あなた様からも言ってください!」
呼ばれるが聞こえてないかのように即座に回れ右。その時に声の主の顔が絶望に染まったが気にしない。これから自由を満喫するのだ。時間を無駄にできない。そんなことを考えて足早に立ち去ろうとする。
「待ってくださいあなた様!あなたさまああああ」
「なんだよ!ったく!」
大声でえらく切実に呼ばれたために結局また回れ右をして二人に近づくことになった。再び見えた女性の顔が明るくなったのを見え、まったくと苦笑する。彼はああいう表情を見ると渋々でも許してしまうくらいにはお人好しなだったりする。
「よっす。カトリ、サガ」
二人に軽く挨拶をすれば、同じように挨拶が返ってくる。そして電子的な声が訊ねる。
「ここにいるということは任務の帰りか?」
「まぁそんなところかな」
「その格好で出撃したのか……?」
訝しげな声とともにサガは上から下まで彼を見た。隣の彼女も同じように見ている。彼は今赤いジャケットにジーパンというラフな服を着ている。出撃する服としては少々似つかわしくなかった。
「そんなに変かってああ、そいういことか」
自分の服に視線を落とせば、すぐに疑問は氷解した。視線を上げて不思議そうにこちらを見ている二人に答える。
「帰りのシップの中で着替えたんだよ。この後は休みなんでな」
軽く伸びをしながらの答えになるほどと首肯する二人。確かに彼は黒いコートのような戦闘服を着て出撃したが、帰れば休みのために過ごしやすい服装に着替えていたのだ。
疑問を解決した後、それでと切り出した。
「今度はいったい何を揉めているんだ?」
なりながら俺この後休みなんだけどと付け加えて呼び止めた人間を半眼で見る。その胡乱な視線から逃げるように目を逸らす女性アークス。
そして訊ねてはいるが、何を揉めているかは最初に聞こえた一言で大体の予想はついていた。
「いつもの病気だ」
答えたのは機械仕掛けの相方。案の定の答えであり、それだけで察することができた。
「いつものか」
頷く相方。表情はわからないが呆れているような雰囲気を醸し出している。それに憮然となったもう片方の相方が口を開いた。
「いつものとはなんですか!いつものとは!」
「休みたいって言ったんだろ?」
「うっそうですが……」
半眼で見られながら言い当てられてまたバツが悪そうに目を逸らすカトリ。若干冷や汗をかいているようにも見える。サガはため息を吐いたが、彼は表情を崩して苦笑を漏らした。彼女は何かにつけてサボりたがる。病気とはそのことで、サボりたい病だ。実はできれば怠けたい彼は難病に罹っているかの時にこっそり共感を覚えていたりしていた。
「まぁ気持ちはわかる」
「あなた様……!」
共感を得られて嬉しそうにするカトリとどういうことだと訝し気になるサガ。彼はにこにこと笑顔を浮かべながら、口を開く。
「適度な休息は必要だよなー」
「そうです!そうです!もっとサガさんに言ってやってください!」
完全に味方になってくれたと思ったカトリは、すっかり強気になって呆れている相方を指さす。虎の威を借りる狐--この場合は守護騎士の威を借るバウンサーその様子に任せろというように何度か頷いてみせる彼。
「サガ」
「……なんだ?」
「死なない程度に休憩を挟みつつみっっっっちりしごいてやってくれ」
「そうです!そうで—あれ?」
自分の思っていた言葉とは真反対の言葉に硬直する守護騎士を威を借りていたバウンサー体だけでなくフリーズした思考でやっとのことで名前を呼ぶ。
「あ、あなた様?」
そんな彼女に彼は大丈夫と優しく声をかける。その言葉に一瞬安堵しかけるが、次の言葉に絶望に叩き込まれることになった。
「サガならそのあたりはうまくやってくれるよ」
「あなた様あああああああああ!?」
そのあたりとはどのあたりなのか、死なないとしても死にかけるということはある意味死ぬよりつらいことなのではというかそもそも味方ではなかったのか—などと一瞬で様々な思いが去来して悲痛な叫びとしてカトリの口から飛び出した。悲痛な叫びを真正面から受け止めても、いっそ清々しいほどの笑みは崩れない。むしろ彼女の目には先ほどよりも笑みが深くなっているように見えた。好感度も直角で急降下である。
「カトリ」
「ひっ!」
背後から肩をがしりと掴まれたカトリは小さく悲鳴を上げる。さび付いた機械のように振り返れば、そこにはもちろん機械の相方の姿が—そしてその相方はこう言うのだ。逝くぞ--誤字にあらず--と。掴まれた肩は逃がさないという意思を顕すかのように拘束具のように掴まれていた。それはもう若干痛みを感じるくらいに。
「ちょ、ちょっとお待ちを—引っ張らないで!ちょ、力強っ!?あなた様、あなた様あああ」
そのままずるずると引きずられていく。まるで今生の別れのような悲痛な表情を浮かべながら藁をもすがる思いで手を伸ばす。助けてという一心で伸ばされた手を彼もまて掴もうとするかのように伸ばした。それを見て希望を見た--本人は至って真面目である--ように表情を変えて彼への好感度直角回復をした瞬間--
「がんば!」
救いの手は差し伸べられることはなく、代わりにいい笑顔とサムズアップを手向けられただけであった。思わず絶句、また好感度が直角降下。
「今日はいつもより厳しくいくぞ」
サガのその一言がとどめとなって、諦めたかのようにがっくりと項垂れて連行されていった。
「へっ」
彼は地獄に出荷されるカトリを見て笑うのだが—その笑みは先ほどまでの笑みとは違い黒かった。
心中はこうだ。彼女の気持ちに共感もしよう。厳しい訓練を受けなければならない身に同情もしよう。だが、任務から帰ってきて---しかも誇張ではなく命からがら-早々に巻き込んだことは許さん。あの情報部の指令へのイライラと疲労感がマシマシの所にカトリのエマージェンシーだ。青筋が立っても仕方ないだろう。というわけで運ばれていく彼女を見て溜飲を下げるという--八つ当たりに近い理由が一人のバウンサーを訓練の満漢全席へと招待したのだった。本当にタイミングが悪かった。
--けどまぁ。
姿が見えなくなるころには気分が落ち着いていたのだが、かわいそうなことをしたかなと罪悪感が芽生えていた。ほんの少しだけだが。少しバツが悪そうに頬を掻きながら、終わったら何か差し入れでもするかと考えるのであった。
なお、本当に訓練が終わって虫の息のカトリに地球で買ったデザートを差し入れて好感度が回復するのはまた別のお話である。