とあるアークスの物語   作:マッキー707

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とあるアークスの兄妹 4

 

--これが自分の妹--瑠璃に会うまでの出来事だった。あれから食事を終えた後、二人と別れてこの後はどうしようかと考えていたところに後ろから肩を掴まれたのだ。振り向いてみれば、笑顔を浮かべる妹の姿と小柄な少女の姿。笑顔なのにすさまじい圧力を伴っていた。どっかの魔人といい勝負だった。

 

 ひきつる顔のままに、二階のテーブルの一角に連行されて今に至るのだった—が。

 

--なんで怒ってるのかがわからん。

 

 どうしてこうなったと心中で思いながらカップを口につけながら気付かれないように、目の前に座る妹を見る。

 

 肌は雪のように白く、小さな顔にはっきりした目鼻立ちをしている。口は小さく、目はぱっちりとしていた。髪は青くさらさらとしていて彼女の腰くらいまであり、今は青いリボンで一つにまとめていた。

可愛いというより、美人という印象を受ける顔立ちだ。今もカップから飲む何気ない仕草も絵になっている。彼は自分の妹ながら美人だと思っていた。

 

 そんな美人な妹の表情が柳眉を釣り上げて、口は少しへの字になっていた。怒っていますと表情に出していた。

 

 連行されてから今朝から何があったかを順番に説明した兄だったが、とんと妹に怒られる原因に心当たりがなかった。よく馬鹿なことや—その時はそう思っていなくても後から思い返せば--しょうもないことをしでかして、妹にお説教を頂戴することもある兄だが、まだそういうことはしていない。だが自分に原因があるのだろうと考える。瑠璃は自分と違って出来た妹だ。理不尽なことで怒ったりするはずがない。兄である彼は今の妹の表情で結構怒っていることを察していた。

 

--ここまで怒ってるんだったら俺が何かしたんだろうけど……

 

 必死に何が原因か思い出そうとするのだが、まったくわからなかった。

 

 沈黙が続く。お昼時になり、周りはお腹を空かせたアークスで賑わっているはずなのに、まるでここだけ切り取られたかのように静かになっていた。実際は二階まで上がってきたアークスは、ある程度このテーブルに近づくと雰囲気を察して冷や汗を掻きながら回れ右をしているので、物理的にも静かになっていたのだが、彼に周りを気にする余裕などはこれっぽちもない。今飲んだ紅茶も全く味がわからなかった。

 

「今日」

 

 重たい沈黙を破ったのは妹からだった。一言ぽつり出た言葉に兄は反射的に顔を上げる。顔を上げれば蒼と紅の瞳がこちらを見据えていた。

 

「約束していたのを覚えていますか?」

 

 約束?と首を傾げそうになったところに、脳内から一つの出来事が引っ張り出されてきた。そうなのだ。確かに彼女の言う通り約束をしていた。何日か前に一緒に出掛けるという約束だ。今でも二人は一緒に出掛けたりする。兄としてはこの歳にでもなれば嫌がったりしないのかなと疑問に思うこともあるのだが、あちらから誘うことが多いのでまあいいかと思っていたりする。

 

 今回もいつものように何日か前に誘われていたのだが、朝から命の危険を感じる衝撃的なボーイミーツガールがあったせいで、すっかり忘れてしまっていた。

 

「あっ」

 

 今思い出したことで思わず声を上げ口元に手を上げた兄に妹はため息を吐いた。約束をすっぽかした兄は、バツが悪そうな表情になる。待ちぼうけを食らった妹は目を半眼にして口を開く。

 

「今朝、連絡もしたんですが返事もなかったですし」

 

 うぐと言葉を詰まらせて視線を泳がせる。言われてから、彼はまだ今朝の連絡が誰からだったか見ていなかったことを思い出していた。色々と言葉が脳裡に浮かんでは、言い訳にしかならないなと消えていく。もう彼の取るべき行動は一つだった。

 

「本当にごめん」

 

 謝罪だ。それもテーブルに手をついて頭を擦りつけんばかりに下げての誠心誠意の謝罪。後頭部に視線が突き刺さるのを感じながらそのまま口を開く。

 

「今日はなんでも奢るから」

 

 せめて埋め合わせにでもなればと口にする。彼の胸中は罪悪感で一杯一杯だった。なにせ徹頭徹尾自分が悪いのだ。弁解の余地がない。しかも彼は自分の妹にかなり甘い。それは自他共に認めるほどに。唯一の肉親なのだからある程度は仕方ないのだが、そんなとても大事に想っている妹の約束をすっぽかしたのだ。心の中はムンクの叫びの如き荒れようだった。

 

 妹の返事はない。罪悪感満載の兄は頭を上げることができなかった。普段ならこのあたりでため息と共にお許しの言葉が出るのだが、今日はそれが出てこない。彼は改めて妹の怒りの深さを再認識した。

 

「楽しみにしてた」

 

 頭を下げたままの兄の耳に届いた声は妹のものではなかった。思わず頭をあげて妹の隣を見る。すると鮮やかな碧の目と目が合った。隣で黙々とケーキを食べていた彼女だが、いつの間にかナイフとフォークを置いて彼を見ていた。

 

 彼女は、小柄だった。椅子に座った足は地面についておらず、浮いている。瞳はエメラルドのような碧の瞳だ。髪は明るい金色で短く、歳相応の幼い顔つきながら成長すれば美人になると容易に想像できる顔つきをしていた。ただ、表情が乏しく、服装も—彼女うは今は所謂ゴスロリ系の服を着ていた--相まって精緻な人形のような印象を受ける。

 

 彼はどういう意味か訊ねようと人形のような少女の名前を呼んだ。

 

「エルピス?」

 

名前を呼ばれた彼女—エルピスは無表情のまま、淡々と告げる。

 

「お姉ちゃん楽しみにしてた」

 

 瑠璃を姉と呼ぶが二人は姉妹ではない。紆余曲折があってそう呼ぶようになったのだが、長い話になるので割愛する。ちなみに、彼のことはお兄ちゃんと呼ぶ。決して二人は妹萌えとかいう業を抱えていないことを明記しておく。

二人とも本当の妹のように接しているが。

 

 閑話休題。

 

 エルピスの言葉にピクリと瑠璃が反応するのだが、今は彼の視線はそちらに向いていないので気付いていない。

 

「楽しみにしてた?」

 

 繰り返された質問に、二人の義妹はこくりと頷く。

 

「すごく楽しみにしてた」

 

 ガタンとテーブルが音を立てた。音がする方に二人して目を向けてみれば両手をついて立ち上がっている瑠璃の姿があった。こっちを見るその顔は朱に染まっていた。しかも耳まで。その表情におやと彼は疑問に思う。

 

「ええええええええエルちゃん、何をいってるのかしら!?」

 

 間抜けな名前で呼ばれたエルピスは不思議そうに小首を傾げる。

 

「鼻歌まで歌ってたのに」

 

「それはいっちゃだめええええええええええ」

 

 さっきまでの冷や汗が止まらなくなるような怒りはどこへやら。今はもう恥ずかしそうに両手で顔を覆うばかり。耳は相変わらず真っ赤だ。さっきまでの妹の豹変っぷりに、兄はもしかしてと一つの推測を立てた。

 

「拗ねてたのか?」

 

 リンゴのように真っ赤な妹から返事はなかったが、その態度が雄弁に語っていた。彼は思わずにやりとしてしまう。つまり親愛なる妹は自分との約束を楽しみにしていたのに、すっぽかされてひどく拗ねてしまっていたのだ。そう考えるとなかなか機嫌が直らないのにも合点がいく。

 

 

「なんですかその顔は」

 

 にやりと笑って頬杖を突きながら妹の恥ずかしがる姿を見ていると峠は越えたのか両手から顔を上げて恨みがましい視線を兄に向けて寄越した。峠は越えてもまだ顔は紅く、若干涙目だ。しかも内心を推し量れた彼にとっては何の脅威も感じられなかった。だから笑みを崩さず答える。

 

「そんなに楽しみにしてたのにすっぽかして悪かったなと思ってな」

 

「悪いと思ってる顔じゃないです」

 

「ホントに悪いと思ってるさ。ごめんな」

 

 優し気な微笑を浮かべながら彼女の頭をぽんぽんと撫でる。よく拗ねてしまったときにする仕草であった。不満ですと顔全体で表しながら、しかしされるがままになる瑠璃。

 

「さて、行くか」

 

 ひとしきり撫でた後、彼は立ち上がって伸ばすように体を反らした。落ち着いたのか顔色が戻った瑠璃とケーキを食べ終えたエルピスも立ち上がる。

 

「そうですね。早く行きましょう。今日は兄さんが私とエルちゃんの分まで全部奢ってくれるとのことですし」

 

「……あれ?エルの分までとは--」

 

「出してくれますよね?」

 

「モチロンサー」

 

 連行された時と同じ笑みを浮かべる瑠璃に彼は笑顔を引きつらせて肯定するしかなかった。その答えに満足した妹は、エルピスと手をつなぎながら歩き始める。

 

「よかったですねエルちゃん。今日はおいしいケーキをたくさん食べられますよ」

 

「楽しみ」

 

 エルピスは姉と慕う少女の言葉にわずかだが、親しいものが見れば確実わかるように嬉しそうに口にする。

 

「手加減してくれよ?」

 

 自業自得だが哀れな兄は二人が手心を加えてくれることを祈りながら苦笑してあとから追いかけるのだった。




これでお試し版は終わりです。やっぱりギャグを書いてると楽しくなるなあ。最後は一気に書いたから誤字脱字が多いかもしれない。楽しんで読んでもらえたらなによりです。
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