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「るっりちゃーん!」
オーナー直々の腕によりをかけた朝食をご馳走に--思わず笑みがこぼれるおいしさであった--なったあと。小休止を挟んでクエストの準備をしようとショップエリアを訪れた瑠璃の耳に、聞き覚えのある元気な声が届いた。
くるりと呼ばれた方へと振り返ってみれば、思っていた通りの人物が元気よく手を振っている姿と他二人の人影がある。金色の髪をした少女二人と茶髪の少女一人だ。
元気よく自分を呼んだ方が、手をあげたまま小走りで駆け寄ってくる姿を見て軽く頭を下げて挨拶をした。
「おはようございますパティさん」
「おっはよー!」
快活に笑いながらパティと呼ばれた少女から挨拶が返ってくる。両サイドで結んだ少しくすんだ金髪がそれに合わせて揺れた。それを見て微笑した後、続けて少し遅れてきた二人にも挨拶をする。
「おはようございますティアさん、エル」
「おはようございます」
「……おはよう」
ティアと呼ばれた少女は落ち着いた声音で挨拶を返した。パティによく似た顔をしていた。髪は茶髪で違うが、同じように両サイドで髪を括り、顔のつくりや澄んだ翠の目をしているというところは瓜二つだ。だが元気な彼女とは対照的に落ち着いた雰囲気で浮かべる表情も物静かなものであった。体型も女性を象徴する部分に大きな異なりを見せている。二人の容姿が似ているのは偶然ではなく、姉妹--パティがだからであった。
一拍遅れて挨拶を返したのはエルと呼ばれた少女だ。小柄な二人に比べてもまだ少し背が低い。パティと比べて明るい金髪を短髪にしており、二人に負けず劣らず綺麗な青い瞳をしていた。しかし、先の二人と違い、表情は乏しく白い肌も相まって人形のような印象を受ける少女だった。
瑠璃はそんな人離れした印象の少女に親しい人間に向けるものとは違う--家族に向けるような親愛の笑みを浮かべて口を開く。
「迷惑をかけてないエル?」
問いかけながら頭を優しく撫でる。エルはこくりと頷いた。その間、エルは避けようともせずされるがままだ。表情も無表情--に見えるが、ある程度付き合いが長い人が見れば、僅かながら目を細めて気持ちよさそうにしているのがわかる程度には感情が表に出ていた。瑠璃は彼女の感情の機微をちゃんと把握していた。エルを最初に見つけて連れてきたのは自分だ。彼女のことなら誰よりもわかるという自負がある。
エル--本名はエルピス。とある複雑な事情があって、瑠璃とその兄が二人で面倒を見ている少女だ。ちなみにエルピスという名前も二人がつけた名前で最初は名前すらなかった。ちなみにエルという愛称で本人にせがまれて二人がつけたものだ。
閑話休題。
「エルちゃんはとっても頑張ってるよ!」
しばし頭を撫でていると横からパティが抱き着いて声を上げる。若干驚いたような顔をするエルピスだが、特には抵抗する素振りはなかった。
「こらバカ姉。エルちゃんびっくりしてるでしょ」
エルピスの表情を読み取ったティアが窘めるように声を上げた。二人とも瑠璃には及ばないがそれなりに長く彼女と付き合っているために表情を読み取れるのだ。妹の言葉に姉はてへへと笑いながら謝って離れるが、ふるふると首を横に振りながらエルピスは口を開く。
「大丈夫……嫌じゃなかった」
無表情でぽつりとつぶやくように吐かれた言葉だが、彼女らにとって十分だった。表情は乏しいが、仕草は小動物のようでいてとても可愛らしい。
「エルちゃん……!」
パティはそんな庇護欲を掻き立てられる仕草を見て嬉しさや愛しさやらが感極まって再び抱き着こうとするが--
「こらっ」
「いたっ」
ストッパーの妹が頭に手刀を落とすことで阻止されることになった。阻止された姉は恨みがましい目をして振り返る。
「嫌がってないからいいじゃない!」
「そういう問題じゃないでしょもう」
ため息交じりに言葉を吐くティア。今度はエルピスに向かって口を開く。その声音は先ほどの姉への呆れた感じのようではなく、優しさが含まれたものだった。
「エルちゃん?嫌なことは嫌って言っていいんだよ?」
「……大丈夫」
「本当?言うのが難しいならテクニック使ってもいいからね?」
「お姉ちゃんはもう少し優しい方がいいな!?」
「……うん」
「エルちゃん!?冗談だよね!?」
「……?」
必死な様子のパティに不思議そうな顔をして小首を傾げるエルピス。まるで寸劇のようなやり取りに瑠璃は思わずくすりと笑みをこぼす。今のようなやり取りはこの三人が集まるとよく見られる光景だった。それを見たティアが呆れていると取ったのか申し訳なさそうに形の良いを八の字にした。
「うちの姉がすみません」
「いえ、そんな!いつも仲良くしてくれてるみたいでありがとうございます」
まるで保護者のようなことを言う瑠璃。実際彼女にとってエルピスは妹同然の存在だった。この姉妹がよくエルピスを連れて色々なものを見せてくれていることを本人の口から聞いている。そのことにとても感謝していた。あまり外の世界を知らないエルピスにはもっと色々なものを見てほしいと考えていたからだ。
「馬鹿姉がエルちゃんに変なことを吹き込まないように見張っておくので」
殴ってでもという意思表示をするかのようにグッと拳を握って妹はそう宣言する。
「ひっどーいティア!まるで私が変なことを吹き込んでるみたいじゃんか!」
いつの間にやらまたエルピスに抱き着いた--腕の中の彼女は満更でもないような表情をわずかだが浮かべている--体勢のまま抗議の声を上げた。そんな不満気な姉に妹は胡乱気な眼をして言葉を返す。
「この前エルちゃんとのあれ……もう忘れたの?」
その声音はナベリウスの凍土のようにとても冷え切っていた。あはははと乾いた笑いを浮かべてパティは冷や汗を掻きながら目をそらす。その様子に瑠璃は苦笑を漏らした。パティの何気ない一言でちょっとした騒ぎが起きたことがあったのだ。そのことは自分や兄も巻き込まれたのもあって記憶に新しい。
目をそらす前科持ちの姉を ひとしきり半眼で見た妹は、決意を固めたような表情を浮かべて瑠璃に向き直った。
「ああいうことは無いようにしっかり見張っておくから」
「よろしくお願いします」
瑠璃自身、あの出来事を特に根に持っているというわけではなかった。些細な行き違いが招いた騒ぎであって悪意がなかったのはわかっている。ただ、パティの好意にお礼を伝えたのだ。
会話が切れたタイミングで、瑠璃はここで会ってからずっと気になっていたことを訊ねることにした。
「ところで一つ、質問なのですが」
「なにかな?」
先程の会話の流れからして何か良くないことだろうかと想像したティアは少し顔が強張る。身構える彼女に瑠璃はさらりとした髪を揺らしながら首を傾げて口を開いた。
「エルのその姿は一体……?」
そう言って改めて瑠璃は抱きつかれたままのエルピスを頭の先からつま先までを見る。
今の彼女は少々特殊な服装をしていた。まず無地の黒のワンピースを着ている。そしてその上にフリルのついた白いエプロンを着用していた。長袖でスカートの裾も長く肌の露出が極力抑えられており、清楚な印象と可愛らしさが絶妙に調和していた。
瑠璃はそんな妹同然の彼女の姿によーく見覚えがあった。
「どうしてメイドのような格好を?」
所謂メイドだった。しかも世間一般で想像されるようなメイド服をそのまま表したかのようだ。金髪碧眼の人形のような端正な顔立ちにクラシカルなメイドの姿はとてもよく似合っていた。
最初から気にはなっていたが訊ねるタイミングがなかったのだ。だから会話が途切れたタイミングで訊ねたのだった。答えてくれそうなティアに目を向ければ石の様に固まっている。
「ティアさん?」
もう一度名前を呼んでみれば錆びついた機械のような動きで顔を逸らした。小首をかしげる瑠璃。しばしの沈黙のあと、ティアは顔を背けたまま口を開いた。
「……姉さんがやりました」
「あれー私だけのせいだったかなー?」
にやにやといやらしい笑みを浮かべながらパティは首を傾げる。ちなみにいつの間にやらエルピスをあすなろ抱きにしていた。完全に抱き枕のようになっている。
ちょうど背丈が同じくらいなので二人の顔はすぐに横にある。にやにやとした笑みを貼り付けた姉はすぐ横にある抱き枕と化したメイドに顔を向けて問いかける、
「エルちゃん、この服って誰に選んでもらったのかな?」
「ティアに選んでもらった」
即答だった。メイドの視線の先で口を金魚のようにパクパクと開くティア。その顔は紅く染まってリンゴのようだ。そんな心も表情もが千々に乱れた彼女に追い打ちをかけるような一言を発する。
「二人とも楽しそうだった」
「うぐぅ……!」
言葉の矢が突き刺さり、地面に手をついて蹲るティア。今や顔色は耳まで真っ赤だ。彼女にしては珍しい姿だった。
--やっぱりですか。
瑠璃は自分の想像通りの答えに思わず苦笑を漏らす。実のところ、どうしてエルピスがそういう服を着ているのかは見当はついていた。この姉妹は彼女をよく色々なところに連れて行ってくれるのだが、それと同じくらいエルピスを着せ替え人形のようにすることも多いらしい。その時はパティ--だけでなくティアまで一緒になってはしゃぐということを着せ替え人形本人の口から聞いたことがあった。そして今のように後から羞恥に悶える--これはパティからの情報である--とのことだった。このことに関して瑠璃は怒っているということはない。エルピス自身そういったことに興味が薄いので、専ら自分が選んでいるくらいだ。だからこういうことがきっかけで興味を持ってくれればと考えているのだ。何より彼女自身、嫌ではないと言っていたことが大きかった。
だがまぁ--やりすぎないようにお願いしようと羞恥に悶える彼女の肩にそっと手を置いて一言告げる。
「……程々にお願いしますね」
「……はい」
ティアは、文字通りリンゴのように赤い顔をがっくりと項垂れることになるのだった。
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