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「なるほど、クエストの依頼ね」
時間をかけて羞恥に悶えてから再起動した--その時ににやにやと笑う姉に一発入れるのを忘れずに--ティアは、まだほのかに赤い顔をしながら呟いた。特に隠すようなことでもない内容なので、今朝の出来事をかいつまんで説明したのだった。
「……手伝う?」
一緒に話を聞いていたエルピスが小首を傾げながら申し出る。しかし、瑠璃は首を横に振って答えた。
「大丈夫よエル。これから行くところがあるんでしょう?気持ちだけ受け取っておくね」
確か、三人でウォパルに行くと昨夜に言っていたことを瑠璃は覚えていた。今回は自分だけでも対処できるクエストだ。わざわざ予定を潰してまで付き合ってもらう必要はないと瑠璃は考えていた。それにと瑠璃は思う。
--ウォパルということはカマロッツに会いにいくでしょう。
頭の中で惑星ウォパルに住む原住民の姿を思い出す。彼はエルピスと色々と縁がある。彼女は近況の報告もかねて定期的に会いに行っているのだ。いつも楽しみにして行っているので、それをフイにするようなことはできなかった。断る代わりに感謝の気持ちを込めてエルピスの頭を優しく撫でる。
「瑠璃一人でも心配はないと思うけど」
手伝うよ?というティアの視線に撫でる手を止めて珍しく自信ありげな表情を浮かべた。
「ご心配ありがとうございます。あのエネミーは何度か一人で相手もしたことがありますし、私も多少戦えますので」
「頼もしいよねー普通はあのエネミー……えっと名前なんだっけ?」
妹に一発叩かれた頭を擦りながらパティは感心するのだが、件のエネミーの名前を出そうとして首を傾げる。名前という情報を忘れる姉にティアは非難の色たっぷりの半眼で凝視した。
「おい自称情報屋」
「トレインギドラン」
あはははーと愛想笑いを浮かべて誤魔化すパティに代わって答えたのはエルピスだ。
「そうそれ!あんなでっかいエネミーを一人で相手にできるなんてすごいよね!」
半眼で口をへの字にした妹をできるだけ見ずに、瑠璃へと話しかける。トレインギドラン--惑星地球で出没するエネミーで見上げるほどの巨体を持つ。本来は複数で相手をする強力なエネミーだ。今回はそのエネミーのエンジンが必要になっているということだった。
「さすが主席卒業だね!」
社交辞令ではなく、本心からの褒め言葉に瑠璃は謙遜をもってふるふると首を横に振る。
「ありがとうございます。けど私なんてまだまだです。兄さんなら難なくこなしてしまうだろうし」
精進しなければと口を引き締めて握りこぶしを作る。
その様子にパティエンティアは揃って苦笑を浮かべた。
彼女はよく自分と兄を比較して未熟だということが多い。確かに彼なら同じことでも難なくこなしてしまうだろうという想像は姉妹で容易にできた--戦っているときの姿は文句をまき散らしながらという所までイメージするのも一緒だ。彼が呆れるほどに規格外なのは彼の友人であるほとんどの人間の共通認識であるが、複数で戦うエネミーを一人で相手取れる辺りこの妹も大概が規格外なのだ。伊達に守護騎士などと呼ばれていないのである。もし自分一人で相手をしろと言われても御免被る。できるとしたら同じもう一人の守護騎士か六芒均衡、もしくは彼ら兄妹の一部の友人くらいだろう。一握りのアークスのみだ。そんな一握りに含まれる彼女なのだが、比較対象がさらに規格外なだけで、周りからしてみれば十分普通の枠組みから外れている。ただ自分の力に決して奢らず謙遜する性格故に未熟と評して一人で少しはできるようになった--くらいの認識でしかないのであった。
--まだまだなんて言ったらほとんどのアークスが未熟になるんだけどなー
姉妹揃ってそんなことを思うのだが、口には出さない。何度か伝えてみたものの社交辞令として取られて本当にそうだと受け取ってもらえないのである。どうやら兄妹揃って鈍感の血筋を引いているらしい。伝わっていなかったとしても何ら--むしろ傲慢にならないという点ではプラスである--悪い方向に働いていないのでそのままにしていた。
そんな姉妹の心中など毛ほども気付かず、この自己評価が低い妹はそれにと苦笑しながら付け加える。
「主席で卒業できたのだって譲ってもらったことですし」
譲ってもらって--と言っているが、決して賄賂等邪なことをしたという意味ではない。当時、持ち前の勤勉さと実直さで主席の候補に名前を連ねていたのだが、卒業試験の時にとある事件が彼女の身に降りかかり、間に合わなかったのだ。当然そうなれば首席で卒業どころか卒業すら危ぶまれるが--主席の座を同じく争っていたある候補生が直訴したことによって紆余曲折を経て主席で卒業できたのだが、それはまた別の物語となる。
とにもかくにも彼女はそのようなことがあって譲ってもらったという認識になっているのだがーーそれを聞いたパティは柳眉を釣り上げる。
「こらっそんなこといったらあの娘にまた怒られるよ」
彼女にしては珍しい怒っているような表情だ。実際パティは怒っていた。瑠璃の主席という座は決してお情けなどで勝ち取ったものではないと知っていたからだ。にも関わらず、まるで自分を卑下するような言い方に怒りを覚えたのだ。それに同意するかのようにティアもまた頷いて口を開く。
「あの娘もそんな風に言われたくはないんじゃないかな」
姉の口調とは違い、ティアの諭すような口調に瑠璃は眦が下がる。思い出すのはもう一人の首席候補だった彼女の姿。彼女が直訴してくれなければ自分が首席として卒業することはなく、代わりに彼女が首席として卒業していただろう。だからこそ譲ってもらったという認識が強いのだがーー
ーーティアさんの言う通りですね。
瑠璃は思う。確かにこんなことを聞かれたら彼女に檄を飛ばされるだろう、と。なにより同情や感傷などで譲ってくれるような人ではない。見くびらないでと怒っている姿をありありと想像できてしまい、思わず苦笑が漏れる。
「そうですね……ありがとうございます」
思い直した瑠璃は一瞬謝りそうになるが言葉を飲み込んだ。謝るべきではなくてお礼を言うべきだと思ったからだった。二人はお礼に笑みを持って返した。
「さて!」
パティは、エルピスから離れるとこの話は終わりというように手を叩いて元気よく声を出す。
「三人とも今日はなんの日か知ってるかな?」
訊ねる彼女の顔は得意気な笑みを浮かべている。
三人とも何かあっただろうかと考えてみるが、答えは出なかった。そんな様子を見てパティは満足そうな表情を浮かべて仰々しく口を開く。
「わからない?ならば教えてしんぜよう!今日は士官候補生の実地研修の日なのだ!」
芝居がかったセリフと演技に一同はああと納得した雰囲気を見せる。アークスの仕事は武器を持って戦うことも多い。そのための実戦研修だ。三人一組で卒業したアークスに引率され、実戦を通じて戦闘の心得を学ぶのだ。確かに周りを見てみれば、まだ初々しそうな同輩たちがせわしなく行き交っているのが見つけることができる。朝のフランカ'Sカフェがいつもより賑わっていたのもこれが原因かと瑠璃は納得する。
--もうそういう時期なんですね。
彼らの緊張した顔つきを見て候補生時代の頃を思い出し、懐かしそうに目を細める。
「て言ってもさっき学校の話をしたから思い出したんだけどねー」
あははと笑いながらパティは頭を掻く。そして知っている情報を付け加えていく。
「研修が始まって何日か経つみたいだけどまだ大きな事故はないみたいだよ」
定期的に研修はあるのだが、やはりというべきか大小かかわらず何かのトラブルが起きていたりする。幸いにしてトラブルは起きてはいるが、最悪の事故が発生したというのは起きていないようだった。
「今日は地球での研修があるみたいだよ」
「このまま何事もなく終わればいいんですけどね」
瑠璃は本心からの言葉を口にすれば、三人とも首肯した。なかでもパティはうんうんと腕を組んで頷きながら神妙な顔をして口を開く。
「そうだよねぇ彼の時も大変だったもんねぇ」
「……大変だった?」
瑠璃の記憶では兄の研修は何事もなく終わったと聞いていた。それが大変だったとはどういうことなのか。首を傾げて問い返す瑠璃にきょとんとした顔でパティは口を開く。問い返された時の声のトーンが若干下がっていることに気付くこともなく。
「あれ知らなかったっけ?確か--」
「お姉ちゃん」
パティに言葉を遮ぎられ、今度は同じような顔で彼女を見れば--ジト目の視線とぶつかり合う。
「あっ……」
その瞬間しまったというように両手で口を覆い隠した。それだけで瑠璃は理解する。
「そうですか。そういうことですか」
どうやら自分はまた本当のことを教えてもらっていなかったらしいと彼女は考える。
誰に向かって言う言葉でもなく、まるで呟くような言葉であったが--いつもより下がっている声音は喧騒の中でも三人にはよく届いていた。声音に対して浮かべる表情は正反対ににこやかで--パティはそれを見て背筋に冷たいものを感じた瞬間、二人の手を握って口を開いた。
「そのお話--」
「さぁ!二人とも!そろそろ時間だから行こうか!」
瑠璃が何か言いかけるのが聞こえたが、大きな声を出して遮ると二人の手を引いて歩き出す--というか早歩きだ。一目散である。脱兎である。我が妹がなにやら言ってるが無視である。
あっという間に三人がいなくなり、瑠璃は取り残される形になる。ぽつんと残された瑠璃はしばし考えるような仕草をして--
「本人に直接聞きましょうか」
やがてにこりと笑って呟いた。それを偶然見ていたアークスはきれいな笑みなのに悪寒が走ったとのちに語ったという。
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